第4話 アマンダさんも強い味方
翌日から早速、試練のときがやってきた。
朝、電話で起こされた。その後一臣さんがルームサービスを頼み、一臣さんはバスローブ、私はパーカーとジーンズ姿で朝食を食べている中、ドアをノックする音がした。
「はい?」
ドアを開けにいくと、
「おはようございます」
と、スーツ姿の細川女子と、樋口さんが入ってきた。
「一臣様、今日のスケジュールですが」
「まじかよ。アメリカではいきなり朝早くから、秘書に管理されるのか?」
「…朝早くと言ってもすでに、8時半ですが」
「まだ、日本でも出社していない時間だろ」
「スケジュールなど、車の中でお伝えしていましたが、ここではそうもいきませんし」
樋口さんが表情を変えることなくそう伝えた。う…。なんだか、嫌だなあ。樋口さん、お屋敷ではいつも優しいのに。
「樋口さんと細川女子は朝食は?」
「済ませました。ホテルのラウンジで」
「あ、そうなんですね。じゃあ、早くに起きたんですね」
「いつもと同じ時間です」
「あ~~~あ、部屋では弥生とのんびりしたいんだけどなあ!」
わあ。一臣さん、いきなり駄々こねた。ほんと、この人って樋口さんの前では我が儘言うよね。
「そうは言いましても、10時にはアポイントがありますから」
細川女史が笑いをこらえながらそう答えた。樋口さんはというと、やれやれっていう表情。
「おや?壱弥様は?」
樋口さんはそう言いながら、寝室のほうを覗きに行った。と同時に、
「ぱ~~~ぱ~~~」
と大声を上げて壱弥がハイハイで突進してきた。
「壱弥様!おはようございます。元気でしゅね~~」
樋口さんの声も表情も一気に変わり、壱弥を抱っこして、そのうえ高い高いまでしてあげた。
「きゃ~~~」
ああ、大喜び。
「壱弥様、この部屋になじんでいるんですね」
「ああ、屋敷にいたときと変わらず、すげえ元気だ。さっきから、こっちの部屋と向こうの部屋をハイハイしまくってる。朝から大運動会を一人でしているぞ」
「まあ、そうなんですか。くすくす。でも、そんなに元気で安心しました。なかなか慣れてくれなかったら、大変でした」
細川女史も壱弥を抱っこしたいのか、樋口さんの腕にいる壱弥に両手を出した。でも、樋口さんが渡そうとしない。それに壱弥は抱っこより、ハイハイ一人運動会を再開したいみたいで、樋口さんの腕の中でもがきだした。
「はい、どうぞ。ハイハイして下さい」
樋口さんは壱弥を床におろした。するとすごい勢いで、壱弥はまた向こうの部屋にハイハイして行った。
「大丈夫ですか?どこかにぶつかったりしないんですか?」
「細川女史、心配しないでもいい。壱は運動神経がいいみたいで、ぶつかる寸前に曲がったりブレーキをかけて止まったりしている。放っておいても大丈夫だ。そのうち疲れてやめるだろ」
「お屋敷でもああなんですか?」
「そうだ。食堂でも大広間でもメイドやコックたちが追いかけて大変なんだ。前は椅子やソファに突進していたからな。何度かぶつかって、痛い思いをして学習したんだろ」
「……さようで。そう言えば15階の廊下も、ハイハイで突進していましたっけね」
「で。10時からの予定は?」
「○△タイムズのインタビュー、11時からは、TVCMの打ち合わせ、12時からは取引先の大手ブランドの副社長との食事。午後からは…」
樋口さんが淡々とスケジュールを話し出した。
「そのうち、弥生様が同席されるのは…」
「待て。細川女史、全部弥生と一緒じゃないのか」
「弥生様は弥生様で別にスケジュールがあります。奥様同士の集まりもありますし」
え~~~~!そうなの?
「弥生様には私が付き添いますし、いつも京子様と一緒です」
あ、ちょっと安心した。
「昼は?」
「夫婦同伴ですので一緒ですね」
樋口さんがまた顔色も変えずそう答えた。
「は~~~~。よくもまあ、それだけ詰め込んでくれたな」
「仕方ありません。半月ほどしたら、日本に戻って日本での仕事をこなさなければなりませんし、ニューヨークにいる間、出来るだけのことをすべてやっていただかないと、オープンに間に合いませんからね」
「なんだっけ?オープン前のいろんなイベントごともあるんだろ?ほぼパーティらしいが」
「そうですね。多くの企業からも招待されていますし、一流ブランドも何店も入りますからね、そのブランドのお客様相手のパーティもございます。緒方財閥主催でするパーティです」
「うげっ」
うわ。一臣さん、すごい嫌そうな顔。
「あれだろ、金持った高慢ちきな奥様たちの集まりだろ。一番苦手だ」
「…そうですか。前は喜んで出ていませんでしたか?知り合いの方も何人もいて」
「樋口!」
「あ…」
樋口さんは私のほうを見て口を閉じた。もしや、一臣さんが付き合ってた女の人とか?
「大丈夫です、弥生様。私がいつも見張っていますから」
「樋口、その言い方はなんだよ。俺が悪さをしないように見張るってことか?」
「いえ、その逆です。周りの女性たちが一臣様や弥生様に悪さをしないよう、見張っています」
「あ!そうだぞ、細川女史。俺がいないところでかよわい弥生がいじめられないよう、気をつけてくれよな?」
「は?あ、はい、もちろんです」
細川女史が一瞬目を点にしてた。私だって耳を疑ったもの。かよわいって一臣さん言わなかった?
「さ、そろそろ準備するぞ。昼までは別行動だ。弥生は京子さんと、大手ブランドの社長夫人に呼ばれているんだろ」
「…わたし、そこでどうしたら」
一気に不安が。
「わたくしもついておりますから、大丈夫ですよ」
「そ、そうですね」
ドキドキしながら、細川女史が用意してくれた服に着替えた。色が艶やかなワンピースだ。大きな花柄だしこんなの似合わないのに。
「ああ、そのくらい派手でも弥生は可愛いな」
ええ?!なんと言いました?
「じゃあ、がんばれよ、弥生」
チュっと頬にキスをして、一臣さんはかっこいいスーツ姿で先に樋口さんと出て行ってしまった。
と、同時ぐらいにモアナさん、日野さんが来て、
「弥生様、素敵ですね。楽しんできてくださいね」
と言ってくれた。
「はあ、壱君のことお願いします」
「はい」
楽しんでと言われてもなあ。重い足取りで細川女子と昨日とは違う黒人のSPとエレベーターに乗った。ロビーにはすでに京子さんがアマンダさんとボブといた。あれ?アマンダさん、一臣さんと行ったんじゃないんだ。
「弥生!おはようございます!今日はわたしがついているから安心して下さい」
「はい。よろしくお願いします」
アマンダさんも強いのかな?でも、SPだけでも充分迫力あるから、安心なのになあ。
なんて、私はぼけたことを考えていた。そう、安心して下さいの意味を履き違えていたのだ。
私と京子さんは、車に乗り込み、大手ブランド本店のビップ室に通された。そこに社長婦人と娘さんがいて、どうやらその娘さんが一臣さんとデートもしたことがあるらしく、私のことを意地悪そうに見ていたのだ。
すっとそんな私の横に立ち、何気に威嚇している様子のアマンダさん。
向こうは英語でぺらぺら話す。最初の挨拶程度はわかったが、その後はさっぱりだ。アマンダさんが通訳してくれて、なんとか英語で答えられるところは答えていたが、
「日本語でもいですよ。通訳します」
とアマンダさんが言ってくれたので、途中から日本語にした。
京子さんは、英語で返していた。さすがだ。差が出てしまう。
社長婦人が店内を案内してくれて、これはどうだと京子さんに勧めている。京子さんは、主人に相談しますと言って、うまく誤魔化している。
私にはあまり社長婦人は話しかけてくれない。私は娘さんがずっとついていて、どうやらチクチクと嫌味を英語で言っているようだが、アマンダさんが嫌味の無い言葉で通訳をしてくれている。
だけど、目つきでわかってしまうんだなあ。絶対に見下している。こんな女がなぜ一臣と?みたいな雰囲気漂わせているもの。
でも、アマンダさんが始終にこやかに私と彼女の中にはいり、通訳をしてくれている。
私がいるから安心してって、こういう意味か。一臣さんがらみの女性から守ってくれるって事なのね。
細川女子は一歩下がったところで、見守ってくれている。それに、つかず離れずボブがいる。
「弥生様がお気に召すものはないようですね、と言っています」
「え?あ、そういうわけではないんですけど、ほら、えっと、サイズが合いそうも無くて」
慌ててそうアマンダさんに言って、通訳してもらった。
「HAHA」
あ、娘さん、笑った。鼻で笑った。
1時間がたった。長かった。次のスケジュールがあるからと、細川女史がそう相手に伝えて、私と京子さんは店を出た。
「は~~~」
車に乗ると、勝手に私からため息が出た。
「あ、すみません」
思わず細川女史やアマンダさんに謝った。
「大丈夫。あのダイアンには前々から頭にきていた。私もほんと、疲れました。ヤヨイ、お疲れ様でした」
「え?ダイアンってさっきの娘さんですか」
京子さんがそう聞いてから、
「確かに…。わたくしもちょっと頭にきていましたわ」
と珍しく毒を吐いた。京子さんはダイアンさんの言っていた言葉がわかったのかあ。
「あんなのと付き合っていたなんて、本当に一臣様は趣味が悪い…。おっと、失礼しました、弥生様。でも、きっと性格悪い女としか付き合っていなかったんです。本気にならないように」
「そ、そんなに性格悪いんですか?」
「典型的な我が儘娘ですよ」
うわ。細川女史も毒を吐いた。
「私、英語わからなくてよかったかも…」
そう言うと、京子さんは、
「本当に良かったですよ。あんな人の言うこと真に受けていたら、いくら弥生様でも傷ついていましたよ」
と、心配そうな顔をした。
「あ、わからなかったから、傷ついてもいないんで大丈夫ですよ」
「アマンダさんの通訳、すごかったです。あんなふうにやんわりと優しく変換して訳して、すごいなあって横で聞いていて感動してました」
そうなんだ。やっぱり。
「心の中じゃ、この馬鹿娘って頭にきていた。でも、ヤヨイのために、そのまま伝えられないからね」
「まあ、まあ、一応大事な取引先ですからね、そのくらいにしておきましょうか」
細川女史の言葉で、アマンダさんも黙り込んだ。でも、
「ヤヨイ、今後も私がついています!大丈夫!私もボブもいつでもヤヨイの味方です」
と言ってくれた。ああ、なんて頼もしいんだ。
「私もですっ」
京子さんもそう言って私の手を握り締めた。
リムジンの中はなんだかよくわかんない決断力が芽生えていた。でも、これもすべて、一臣さんが若い頃遊んでいたからなんだよなあ。それも、フィアンセが嫌で遊んでいたんだから、結局原因は私なのかなあ。
と思ったら、ちょっと落ち込んだ。
いや、こんなの私らしくないね。みんなが元気付けてくれたんだもの。よし、がんばるぞ。負けないぞ!!!




