第14話 サマーバケーション
いよいよ、夏季休暇です。サマーバケーションです!
ベビーシッターには、モアナさんとトモちゃんが付いて来てくれた。モアナさんはハワイに軽井沢から帰ってから1週間休みを取って戻るらしい。
トモちゃんはと言えば、軽井沢の別荘に行けるなんて素敵!とベビーシッターを立候補したくらい、楽しみにしていた。
それに、別荘にはメイドさんは通常いないのだが、今回は特別に黒影さんがいてくれるらしい。黒影さんは忍者部隊、いわゆるクの一さんだから、心強い。
そんなわけで、今回は等々力さんの運転するリムジンで私、一臣さん、壱弥が乗り、樋口さんが運転する車にモアナさんとトモちゃんが乗り、軽井沢に行くこととなった。
トモちゃんとモアナさんは年齢が近いこともあって仲がいい。二人とも嬉しそうに車に乗り込んでいた。きっと車内でもはしゃいでいるに違いない。あの、いつもは鉄仮面の樋口さんもメイドさんたちとはいつも朗らかに接していて、お屋敷の中の寮でも仲いいらしいし、軽井沢までの道中楽しんでいるんだろうな。ちょこっと羨ましい。
「弥生」
そんな私の心のうちを知らない一臣さんは鼻の下を伸ばし、
「軽井沢ではいちゃつこうな」
とか言っている。
「壱君がいるのに、どうやって?」
「は?そんなのモアナたちに任せるに決まってるだろう。なんのためのベビーシッターだよ」
「モアナさんやトモちゃんにも、テニスやプール楽しんでもらいます」
「はあ!?どこの世界に赤ちゃんの面倒をしに来たやつが、テニスやプールを楽しむんだ。そんなやつ、職務怠慢でクビだぞ?」
「ここの世界には、そういうベビーシッターがいてもいいじゃないですか。日頃お世話になっているお2人なんですし」
「お前、わかってないな。最近のメイドやコックたちは、自分が休みの日に敷地内のテニスやプールで楽しみ放題しているんだぞ。テニスなんて、ダブルスで試合したりしてな、そのうちにトーナメント形式で試合をするか…なんて話もあるそうだぞ」
「そんなに皆さん、テニス上手なんですか?」
「ああ。樋口や等々力が教えたりしているらしいしな」
「ええっ?あのお2人、テニス上手なんですか?」
「ああ。樋口は俺の相手にもなったりしていたからな。そりゃ、ある程度うまくないとな」
「……知りませんでした。だって、以前軽井沢に来た時、お2人ともプールくらいしか入らなかったし」
「暑いから、テニスなんてしたくなかったんだろう。あの2人は2人で、バカンスを有意義に楽しんでいたぞ」
「でしたね、そういえば。あ、今回もお2人にはバカンス楽しんでもらいたいです」
「……ほんと、お前は変わってるよ」
「なぜですか?」
「秘書や運転手やメイドたちに、仕事でついてくるのに、バカンスとして楽しめって言っているんだからな」
「だって、せっかくの軽井沢ですよ!勿体無いじゃないですか、楽しまなかったら」
「はいはい。じゃあ、俺もせっかくのバカンスなんだから、おおいに楽しんでいいんだよな?」
「はい、もちろんです」
「その言葉に二言はないな?」
「……」
え、何その含み笑い。ちょっと怖い。
「あの、えっと、常識範囲内であれば」
「はあ?なんだ、そりゃ」
「言っておきますけど、プールでえ、え、エッチとかしないですからね」
うわ。口にするだけでも抵抗あった。
「なんだよ、ちっ」
今、舌打ちした?もう~~~~。やっぱり、変なこと考えてた!
仕切りがあるから、今の会話も等々力さんには聞こえていないと思う。そして、壱弥はと言えば、車に乗ると例のごとくぐっすりと寝てしまっている。いい子だよねえ。
なんて、壱弥のことを感心しているのは束の間だった。別荘に着くと、壱弥は一臣さんに抱っこされ、目を爛々とさせた。新しい場所に興味深々らしい。
「一臣様、弥生様、お待ちしていました!」
別荘から、元気な上田夫妻が現れた。カバンは旦那さんが持ち、奥さんのほうは、
「壱弥お坊ちゃまですね!可愛らしい~~~」
と壱弥に釘付けだ。
「ああ、今回はうるさいのも来たから、面倒をかけるかもしれないが、ベビーシッターも来ているから、上田さんは壱のことは放っておいてくれても大丈夫だぞ」
「そんなこと仰らないで下さい。私も主人も壱弥坊ちゃまに会えることを楽しみにしていたんですから」
「あ~~~」
壱弥がそんな上田さんに微笑みかけた。
「まあ、可愛らしい。一臣様の赤ちゃんの頃にそっくりですねえ」
「そうか?」
そんな会話をしつつ別荘に入ると、壱弥が突然一臣さんの腕の中で暴れだした。
「わかった。今、おろすから」
一臣さんが壱弥を床におろすと、途端に壱弥は「きゃ~~」と雄たけびをあげ、廊下をハイハイで突き進んでいく。
「待て!こら、壱!」
一臣さんも私も慌てて追いかけた。上田夫妻は「まあ、元気ですねえ」と暢気にしているが、そんなわけにはいかないのよ!
どこに登るかもわからないし、どこにぶつかるかもわからないし、何を壊しちゃうかもわからないんだから。実はお屋敷内の高そうな壷を割ったこともあるし、絵画も破いたことがあるんだ。前科ものなんだから、目は離せないのよ。
メイドさん、コックさん、国分寺さんたちが、いっつも目を配り、気をつけてくれているから、今までかすり傷ぐらいですんでいるし、可愛い壱君のしたことだからって、絵画も壷も、うん万円するかと思うけど、お義母様は許してくれている。
だけど、よそさまの別荘で粗相されては。って、ここも緒方財閥の別荘なんだけど、でも、他の緒方財閥の方も来る別荘だし…。
「捕まえた!壱弥お坊ちゃま、お元気ですねえ」
そう言って壱弥を抱き上げたのは、黒影さんだった。あまり、知らない人だからか、壱弥は静かになり、
「ぱ~~!」
と一臣さんに助けを求めた。
「黒影、悪いな。この通りやんちゃ坊主なんだ。面倒かけるがよろしく頼んだぞ」
「はい」
黒影さんの腕から壱弥は、一臣さんの腕へと戻った。そして、しばらくはおとなしくしていた。
あとから、樋口さんたちが別荘に到着した。リビングに入ってきたトモちゃんは、
「うわ~~~、素敵!」
と喜んでいた。お屋敷とは違って、ここの別荘は明るいし、私も最初に来た時、舞い上がったもんなあ。
「おい、小平。舞い上がっていないで、壱の面倒を見てくれないか」
ソファに座っている一臣さんの腕の中で、壱君は暴れていた。下におろすとどうなるかわからないので、一臣さんはずっと抱っこをしていたのだ。
「はい、壱弥お坊ちゃま、おいで~~」
トモちゃんがそう言うと、壱弥はすぐにトモちゃんの腕の中に抱かれに行った。その横にいるモアナさんにも笑いかけている。やっぱり、いつも面倒を見てくれていた2人には思い切り懐いているよね。
「樋口も等々力も、ここまでの道、何の問題もなかったよな?」
「はい。特には」
問題?
「黒影は昨日からこっちに来ているんだよな。どうだ?怪しいやつはいなかったか?」
「はい。さすがにこの別荘に来られるのは、相手もわかっていないとは思いますが。念には念をいれたほうがいいですから、忍者部隊のものが常に、別荘の周りを見て回っています」
「そうか。まあ、ただの保育士が別荘の在り処まで把握しているとは思わないがな。車をつけてくる可能性はあったわけだが、そういう車はなかったか?」
「はい。なかったですね」
等々力さんが真顔でそう答えた。
「よし、等々力も樋口も運転で疲れただろ。昼食まで特に用事もないし、休んでいいぞ。そのうち、壱弥を面倒見てもらうかもしれないけどな」
「かしこまりました。では、部屋でゆっくりとさせていただきます」
2人は自分のかばんを持って2階に上がった。
上田さんの旦那さんは私たちのかばんを部屋に入れた後、
「お2人のかばんも持って行きましょうか?部屋は2階に上がって左手の一番奥になります」
と、モアナさんたちに聞いた。
「自分で持っていきます。置いておいて下さい」
「そうですか。では、壱弥お坊ちゃまは私が抱っこしましょう」
上田さんは壱弥を抱っこした。すっごく嬉しそう。まるでお孫さんを見るおじいちゃんみたいだ。
モアナさんとトモちゃんは、かばんを持って2階に上がり、ドアを開けて、
「きゃあ、素敵な部屋!いいの?ここ使っても」
と、トモちゃんのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「あいつは普通に楽しんでいるよなあ。仕事だって言うのに」
一臣さんは眉をしかめた。でも、
「ま、いっか」
とすぐにソファでくつろぎだした。
「可愛らしいですねえ」
「壱弥か?天使に見えるが、とんだやんちゃ坊主だぞ」
「そんなところも、一臣様に似ていますねえ」
「俺が?やんちゃは龍二だろ」
「いいえ。一臣様も2歳くらいまでは、本当にやんちゃでしたよ」
上田さんは遠くを見つめながらそう答えた。きっと、思い出しているんだろうなあ。
「そうか。弥生も子どもの頃はやんちゃだったらしいから、どっちのDNAを引き継いだとしても、やんちゃになってたんだな」
一臣さんは変に納得している。
「あ~~~」
そろそろ、上田さんの腕の中で退屈したらしい。
「壱君、お散歩しようか」
私が抱っこして、リビングから庭に出た。庭にはプールがあり、太陽に照らされてキラキラしている。壱弥はそれを見て、きゃ~~と雄たけびをあげた。
「壱君、プールに突進はしないでね。落っこちたら大変だからね」
「うきゃ~~~」
わかっているのかな。すっごく喜んでいるけど。
プールからもっと先まで足を延ばした。だが、太陽が燦燦と輝いていて、ジリジリと暑い。
「帽子もかぶっていないし、リビングに戻ろうか」
今年の夏は暑い。壱弥が建物から知らない間に出て、どっかを徘徊しないよう気をつけないとなあ。
これは、「思い切り楽しむぞ」と一臣さん言っていたけれど、トモちゃんとモアナさんだけで、壱弥を見れるかわからないな。お屋敷でも、メイドさんやコックさん総動員で壱弥の面倒を見ることもあったからなあ。
前回は確か、ライバルが現れたんだっけ。それもそれで、大変だったけれど、今年の夏も違った意味で大変そうだ。




