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続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第6章 新しい試練
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第11話 弱気からやる気へ

 新しいマナーの先生は、60代の先生。シャキッと背筋が伸びていて、とても厳しい感じの人。週に1回お屋敷に来てくれたが、お屋敷には和室がなく、わざわざ先生のお宅にまで行き、茶道、華道も習うことになった。


 初めて先生のお宅に訪問をした日のこと。

「弥生さんは所作が綺麗ですね」

と褒められた。

「弥生さんのおばあ様が、書道や琴の先生をしていらして、おじい様も武道家で日本の文化に関してはいろいろと子どもの頃から習われていたそうですよ」

 一緒に私の様子を見に来ていたお義母様が、先生にそう告げた。


「それでなんですね。何も教えることはないようですよ」

 ええ?いろいろと厳しく今まで指導してきたのに、いきなりなんで?

「まあ、弥生さんは模範生ですか?」

 あ、お義母様、うれしそうだ。


「所作を見ていたらわかります。教えることはないですね」

 お褒めの言葉をいただけたなんて。驚きだ!だって、前のマナーの先生からは、ケチョンケチョンに言われたから。


「和に関しては…ですけれどね」

 あ。そういうことか。

「これから一臣と一緒にアメリカにも行くことになりますし、向こうのスタイルのパーティや、食事会にも招待されることも増えると思います」

「そうですか。では、来週の土曜、ホテルのフランス料理を予約して、それまでにフランス料理のマナーを覚えてもらいましょう」

「は?」


 来週の土曜って、すぐだけど?10日くらいしかない。

「明日、コック長にフランス料理のフルコースを作らせます。先生、明日来ていただけますでしょうか」

「いいですよ。では、6時ごろ伺います」

 え~~~~!


 憂鬱になりながら、私は寮に戻り、帰宅した一臣さんにそのことを告げた。

「明日か。残念だ。俺は食事会があって帰って来れない」

「そそ、そうなんですか」

「大丈夫だ。屋敷内なんだから、この機会にしっかりと習っておけ。レストランには俺も行くぞ」

「え?一臣さんも行くんですか」

「当たり前だ。俺と弥生とで行く」


「あれ?先生は」

「え?先生も来るのか?冗談じゃない。俺とのデートにしろよ。そっちのほうが楽しめるだろ?」

「楽しむわけではなく、これも授業の一環で」

「楽しいほうがいいに決まってる。俺とデートしたくないのか?」

「したいです」

「決まりだな」


 あ~~、でも、楽しみより不安が大きい。私、和食だったら自信あるの。今日も褒められたけど、本当に物心ついた頃から、祖母や祖父に鍛えられてきたから。お箸の持ち方、食べ方。それに、実家は和の家だったから、ふすまの開け方、歩き方、正座、お辞儀の仕方、そういうのは、体が覚えるまで教えられてきた。


 だから、兄も、あの葉月ですら、その辺のことは完璧。だけど、洋のほうはまったくと言っていいほど、マナーも何も教えられていないから。


「俺が弥生と逆だな」

「え?」

「箸の持ち方とか、うるさくは言われたが、屋敷には和室もないし、正座も不得手だ」

「そうなんですか?」

「たまに座敷での会合とかあると、足はしびれるし、苦手だな」

 そうなんだ。知らなかった。あまり、一緒にそういうところに行ったことないし。


 翌日。先生もいらっしゃって、お義母様、私、先生の3人で、あの長細いダイニングテーブルに座り、フランス料理のフルコースを食べることになった。


「弥生さん、音を立てない」

「はい」

「弥生さん、落としたものを自分では拾わない」

「は、はい」

「弥生さん、なんでそのナイフを使っているの、それは肉用のですよ」


「あ、あれ?」

「外側から使っていけばいいだけです。なんで間違えたんですか。ああ、いいです。こうなったら、徹底的に指導しましょう」

 うわ~~~~~。


 っていうことで、料理を食べ終わってから、一旦食器を片付け、そこに、フランス料理用のすべてのナイフやスプーンやフォークを、国分寺さんが用意してくれた。


 他にも食器、グラスなども運ばれ、わざわざまた、綺麗なナプキンまで用意してくれた。


 ナプキンの使い方、どのナイフが何に使われるか、それこそ、バターナイフまで細かく先生が教えてくれ、なんとかそれを頭に叩き込んだ。


 そのあと、スープの飲み方も、空の食器とスプーンを使って練習。パンの食べ方。これは、実際にまたパンを持ってきてもらっての練習。ワインの飲み方。これは水で代用。フィンガーボウルの使い方などなど。


 すべてが終わったのは、10時を過ぎていて、ちょうど一臣さんが戻ってきた時だった。

「こんな時間まで食べてたのか」

「いえ。食べ終わってからの指導でこの時間になりました」

 ぐったりしながらそう言うと、一臣さんは、

「こんな遅くまで、申し訳ない、ちゃんと運転手に送らせます」

と先生に丁寧に頭を下げた。


 私も慌てて頭を下げると、

「タクシーを呼びましたよ」

と、お義母様が横からそう一臣さんに言った。


「おふくろも付き合っていたのか」

「わたくしは、途中で抜け出しましたけど。先生、本当に遅くまでありがとうございました」

「いいえ。今度の土曜、また今回のおさらいをしましょう」

「え?」

「まだまだ、三ツ星クラスのレストランに行くには、なっていませんからね」

 ですよね。私もすっごく不安です。


 先生を見送り、一臣さんと寝てしまった壱弥を連れて寮に戻った。壱弥は私のそばにいないとぐずるので、ずっとダイニングでモアナさんや、日野さんが面倒を見ていてくれた。そのうちに眠くなり寝てしまったのだ。


「今度の先生は、随分と熱心だな」

「はい。完璧になるまで教え込まないと気が済まないそうです」

「そりゃ、よかったな」

「いいことですか?」

「恥をかくよりはいいだろう?」


「そうですけど」

 なんか、一臣さん、最近冷たい。優しい言葉をかけてほしかったのに。先生にお礼を言ってくれたのは正直驚いた。でも、私にも何かねぎらいの言葉をかけてほしかった。


「壱は大人しくしていたのか」

「はい」

「へえ。随分といい子じゃないか」

 壱弥は褒めるのね。


 あ、私、もしかして心がすさんでる…とか?


「そういえば、来月、立食パーティがあるんだ。弥生は立食パーティのマナーはわかるんだよな?何度かこの屋敷でもやっていたし」

「え?立食パーティにもマナーあるんですか?」

「知らないのか」

「はい」


「そうか。フランス料理を完璧にしたら、次は立食だな」

 が~~~~ん。

「一臣さんは、もう完璧なんですよね」

「そりゃ、物心ついたころから、パーティだのにも参加していたし、それまでに叩き込まれたしな」


「私も家で、和食は教え込まれたんです。子どもの頃からだから、体が勝手に覚えました」

「俺もそんなようなもんだ」

 そうか。一臣さんも、振る舞いが綺麗だもん。食べ方も歩き方もすべて綺麗だなって思ってた。


「はあ」

 ため息がつい出てしまった。

「なんだよ、弥生らしくないな。なんでも前向きなお前が」

「はい。頑張ります。緒方財閥の嫁にふさわしいように」

と、ちょっと作り笑いをしながら一臣さんに答えた。


「う~~~~ん。ふさわしいかどうかっていうより、自分に自信を持てばいいんだよ。堂々としていろ。それだけ弥生はいい女なんだから」

「私のどこが?」

「そういう発言が、自信のなさを窺わせる。俺が認めた女だ。堂々としていたらいいんだよ。弥生は和食屋なら、どうどうとしているだろ?歴史ある懐石料理屋でも、まったく動じず美味しく食べていた。寿司屋でもそうだな」


「高そうなものが出てくると、ちょっと恐れ多い気はしてますけど」

「だけど、味を堪能するくらいの余裕はあるだろ」

「はい」

「それは、和食に関しての礼儀作法に自信があるからだろ?」

「……」

 私は首をかしげた。


「和食って、そんな礼儀作法ありましたっけ」

「あるだろ。箸の持ち方、置き方、茶碗の持ち方。食べる順番、食べ方。汁物にいたっては、蓋の開け方だのなんだのって、面倒くさいのがいろいろと」

「……。それはだって、特に気をつけなくても、体が覚えているから別に」

「それだ。体が覚えているから、気にしなくて済む。緊張もしないで済むし、堂々と味を楽しめる」


「はい」

「フランス料理も一緒だ。覚えてしまえば、あとは堂々と構えて食べていたらいいだけだ。他のマナーも、英語も、ダンスも、自分の身についてしまえば、どうってことはない。あとは、弥生は弥生らしくしていたらいい」

「私らしく?」

「ああ。明るく前向きで元気なお前だ。人を魅了させる力を持っているんだから、堂々としていろ」


「私がですか?一臣さんだったらわかるけど」

「お前の力だ。誰にでも好かれる。海外でだってそれは有効だ。いや、案外、弥生は海外で人気出ると思うぞ。可愛いからな」

 うわ。出た。一臣さん、絶対にそれはあばたもえくぼってやつだよ。


 そして、ギュッと抱きしめられ、

「とっとと、マナーでもなんでも身につけろ。託児所も出来上がったんだ。壱を預けて、弥生は俺と一緒にどこにでも行けるようになるんだぞ」

と耳元で囁かれた。


「託児所…。壱君大丈夫ですかね」

「そんな心配要らない。それより少しは俺と離れていることを寂しがれよな。弥生は寂しくないのか」

「寂しいです」

 でも、ごめんなさい。一臣さん。正直、壱弥の後追いとか、マナーだのの勉強とかで頭がいっぱいでした。


「俺は、オフィスに弥生がいないことが、けっこう堪えているんだからな」

 すりすりと頬ずりをしてきた。

 一臣さんのほうが、寂しいのか…。あれ?一臣さんも心がすさんでるとか?


 ぎゅ~~~~。一臣さんを強く抱きしめた。

「弥生は、癒しそのものだな」

 一臣さんはしばらく、離してくれなかった。


 どうやら、一臣さんも疲れているらしい。自分のことで精一杯になったり、もっと優しくしてほしいと思ったりして、一臣さんのことを労われなかった。


「お仕事、お疲れ様です。一臣さん」

「ああ。弥生もよく頑張ったな。壱も寝ているし、さっさと風呂に入って寝るか」

「はい」

 順番にお風呂に入り、二人でベッドに潜り込んだ。


「明日も早いし、弥生を抱いてやれなくて悪いな」

「だ、大丈夫です」

「そうか?欲求不満じゃないのか?」

「それは、一臣さんでしょ」

「ああ、そうだ。不満だ」


 え?まさか、いきなり襲ってくるんじゃ…。熱いキスを一臣さんはしてきたけれど、

「おやすみ、弥生」

と、一臣さんは目を閉じた。


 ものの5秒ですーすーと寝息を立てた。どうやら、本当に疲れていたんだな。そんな一臣さんのおでこにキスをして、

「おやすみなさい」

と囁いた。マナーの練習でひーこら言っている場合じゃないよね。早く職場復帰して、一臣さんのお手伝いをしなくっちゃ。


 そう思うと俄然やる気も、元気も出てきた。ああ、私って、本当に一臣さんのためなら、いくらでもやる気が出るんだなあ。よ~~し、頑張るぞ。心の中でガッツポーズを作り、私も眠りについた。



 

 



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