第7話 一臣さんの誕生日パーティ
6月に入り、一臣さんの誕生日パーティがやってきた。
毎年、一臣さんのピアノ演奏、汐里さんのチェロが披露され、ほかにもゲストを呼んでのちょっとしたクラシックコンサートが開かれるが、今年はなんと一臣さんの提案で、ダンスパーティになるらしい。なぜかと言えば、私のダンスの練習の場ということなんだけど。
「とても無理だと思うんです。親戚の皆さんの前でダンスなんて」
まだダンスパーティと決まる前、私は意を決して一臣さんにそう訴えたが、
「俺がリードするんだ。絶対に大丈夫だ」
と一臣さんの自信はどこから来るのかわからないが、強引に決まってしまった。
まず、ダンスのためのドレス作りから始まった。仕立て屋さんを呼び、私のドレスやお義母様のドレスをオーダーした。
お義母様はグリーンのドレス。やっぱり、緑色が好きなんだなあ。私のはピンク。子どもっぽくない?とちょっと思えるようなドレス。大人っぽいのはお前には似合わないと一臣さんには言われたけど。
出来上がったのを一臣さんの前で着てみたら、
「うん、可愛い」
と思い切り満足していた。惜しげもなく言っちゃうところが照れるよなあ。
「可愛い弥生と踊れるのか」
とにやけているところは、変態じみてる。
そんなこんなで、一臣さんとダンスの練習はちょっとしただけで、当日が来てしまった。
朝からドキドキでいると、
「お前の誕生日じゃないんだから、そんなに緊張するな」
と言われてしまった。そんなこと言われたって、緊張するものはするんだから。
夕方6時半を過ぎた頃からお客様が集まりだした。みんな、きれいに着飾っている。
「緊張する」
亜美ちゃんやトモちゃんの前でそう言うと、
「大丈夫ですよ」
と励ましてくれた。
7時、パーティが始まった。大広間に一臣さんと一緒に行くと、拍手喝采で出迎えられた。
「今日の一臣様も素敵」
「本当に。1曲踊っていただけるのかしら」
「ぜひ、踊りたいわ」
奥様方からも、若い女性の方からも、そんな声が聞こえた。確かに、隣に並ぶ一臣さんは、タキシードが似合っていて超素敵だ。
一臣さんに見惚れていると、緊張は消える。
「こら。隣でそんなにうっとりと見ているな」
小声でそう一臣さんが言ってきた。
「う、ごめんなさい」
前を向いた。でも、うっとりと一臣さんを見ているのは私だけじゃなかった。
「一臣様、お誕生日おめでとうございます」
次々に来る女性陣がうっとりとしながら、そう一臣さんにお祝いの言葉を言う。一臣さんは、愛想よく振舞っている。
司会の人が挨拶を始めた。そのあと一臣さんも壇上に上がり、
「今日はわたくしのためにありがとうございます」
と簡単な挨拶をした。
「今日はダンスパーティです。皆様も心ゆくまでお楽しみ下さい」
そう一臣さんが言うと、どこからともなく拍手がわいた。
だが、一臣さんのピアノだけはみんな聞きたいらしく、まずは1曲披露。やっぱり、女性陣は一臣さんにうっとり。
一臣さんが終わると、汐里さんもチェロを弾き、そのあとは音楽が流れ、立食パーティ。そして、8時を過ぎた頃、司会の人の進行でダンスパーティが始まった。
「一臣様!踊って下さい」
私と一臣さんの間に割って入ってきたのは、香里奈さんだ。一臣さんの腕を引っ張り、
「今日、一臣様と踊るの楽しみにしてきたんです」
とべったりくっついた。水色のすっごく可愛いドレスを着ている。
「まあ、最初はわたくしと踊って下さい」
「じゃあ、そのあとは私と」
若い女の人たちがどっと一臣さんめがけてやってきた。
「待て!」
一臣さんがそう言っても、どんどん集まってくる。
「駄目!一臣様は私と踊るの」
まだ香里奈さんは一臣さんにひっついてる。ああ、私、どんどん一臣さんと離されちゃう。
「俺の誕生日だ!誰と踊るかは俺が決める!!」
いきなり一臣さんはそう叫ぶと、
「え~~?私と踊ってくれないんですか?」
と香里奈さんは口を尖らせた。
「お前はもっと若い男を探せ。ここで、結婚相手でも見つけたらどうだ?俺と踊ったって何にもならないだろ」
「一臣様がいいんです!絶対、一臣様が一番だもん」
何それ~~~。それ、私もだよ、と思っていると、周りの女性陣たちも口々に同じことを言い出した。
「お前がよくても、俺には誰より奥さんが一番なんだよっ!俺は今日、自分の奥さんと踊るためにダンスパーティにしたんだからな。弥生!こっちに来い」
ひょえ!
うわ~~。呼ばれた。みんなが一斉に私を見ている。
「奥さんとなんていつだって踊れるでしょ?こんな時しか他の女性と踊れないんですよ、一臣様」
香里奈さんがまだ、一臣さんにひっついて諦めようとしない。
「他の女性と踊る気なんかさらさらない。自分の奥さんと踊って何が悪い?一番いいだろ?」
一臣さんは強引に香里奈さんをひっぺがし、私のほうに向かってずかずかと歩き出した。
「ほら、弥生、踊るぞ」
「は、はい」
手を取られ、中央に私を連れて行くと、すぐに一臣さんは踊りだした。
うわ。なんの前触れもなく踊りだしたから、足が絡まりそう。でも、一臣さんのリードがうまくって、なんなく踊れるようになった。
「あら、弥生さん、上手じゃない」
後ろからお義母様の声がした。その声を聞いて、一気に私は安心した。
そのうちに、一臣さんしか目に入らなくなり、一臣さんがとっても楽しそうに踊っているから、私もどんどん楽しくなってきた。
「まあ、一臣様ったら嬉しそう」
そんな声がふっと聞こえてきた。そして、やたらと大きな声で、
「そりゃあ、愛する妻と踊れるんだから、嬉しいでしょう。一臣は弥生ちゃんにベタ惚れだからな。ハハハハハ」
という、お義父様の声まで聞こえた。
「親父のアホが…」
ぼそっと一臣さんが耳元で囁いた。あ、一臣さんにも聞こえていたんだ。
ダンスが一旦休憩。一臣さんと二人椅子に座って休むと、国分寺さんが飲み物を持ってきてくれた。
「素敵でしたよ」
私にそう国分寺さんが囁くように言い、その場を去っていった。
いつの間にかすぐ横にお義母様もいて、
「弥生さん、ダンスはどうやら合格のようね」
とにこやかに微笑んだ。
「え?本当ですか?」
「ええ」
「ほらな、だから言ったろ?まあ、俺がリードしたからだ。俺以外のやつと踊ったら、まだまだだから、いつでも俺が踊ってやる」
うわ。隣で一臣さんがふんぞり返った。
「アメリカでのパーティでは、他の方からダンスのお誘いがあるかもしれませんよ?」
「受けなかったらいい。弥生はいつでも俺と踊る」
「……」
あ、お義母様絶句してる。返す言葉もないらしい。
「ハハハハハ。本当に一臣は弥生ちゃんが大事でしょうがないんだなあ」
そこへお義父様が大笑いしながらやってきた。
「うるさい、親父」
「まったく、一臣には困ったものね」
言葉とは裏腹にお義母様は微笑ながらゲストの皆さんに挨拶をしに、大広間を颯爽と歩き出した。
「弥生ちゃんも一緒に挨拶に行くか?」
「俺が連れて行くからいい」
お義父様の言葉を遮り、一臣さんは立ち上がると私のグラスと自分のグラスをすぐそばにいた日野さんに渡し、
「行くぞ」
と私の腰に手を回した。
珍しい。相手からやってくるまでいつもふんぞり返っているのに。
「一臣様、誕生日おめでとうございます」
結局、挨拶に回ろうと思っても、女性からどんどん一臣さんは話しかけられた。
「このあと、チークダンスもあるのかしら。その時のお相手は」
「妻と踊ります」
バシッと一臣さんはそう答え、また私の腰に手を回し、歩き出した。
「弥生はもうみんなの顔を覚えたのか?」
「いいえ、まだです」
「まあ、ここにはいろんな連中が来ているから全員は無理だろうが、抑えておいた方がいい人物は紹介しておく」
「え?はい」
今までも結婚式や、パーティなどで顔を合わせていた社長クラスの人の顔は頑張って覚えた。でも今日は、一臣さんは緒方財閥外の人に私を紹介してくれた。
取引先の銀行の頭取、弁護士、医者、中には警察官の人もいる。多分警察でもお偉いさん…。
うわ~~~。そんな人まで一臣さんの誕生日パーティにやってくるんだ。
他にも学者さん、大学教授、有名なピアニスト、作曲家、大手デパートの社長。今まで会ったことがない人ばかり。
「可愛らしい奥様だねえ。羨ましいな、一臣君」
そんなふうに話しかけてくる大学教授。どうやら、大学時代の恩師らしいけど、同じ経済学部だったけど、私は知らない教授だわ。
「今後ともよろしくお願いします」
大手デパートの社長が頭を下げる。すごいなあ。
「ふう」
ちょっとよたつきながら、もといた場所にある椅子に腰掛けると、
「疲れたか」
と一臣さんも横に座りながら聞いてきた。
「はい。一気に顔、覚えられません」
「だろうな。俺だって、こいつ誰だっけ?ってやつもいたからな」
「そうなんですか」
「カランを立ち上げただろ?その関係でやってきた連中も多いし」
だから、デパートの社長?
「今日は緒方財閥以外のやつも、かなり来ている」
「招待状を送っているんですよね」
「そりゃそうだ。変なやつが来たら大変だろ?」
「じゃあ、たくさんの招待状を送ったんですね」
「親父と誰を呼ぶか決めたんだ。上条グループからもけっこう来ているぞ。親父さんには会ったのか?」
「え?来てましたか?」
「なんだよ、いただろ。挨拶に行くか」
「はい!」
「途端に元気になったな」
父と卯月お兄様が来ていた。如月お兄様はアメリカでの仕事が忙しく来れなかったらしい。
「弥生、ダンスうまいじゃないか」
「一臣さんのおかげです」
「ドレスも似合っているよ」
「ありがとう、卯月お兄様」
ここに葉月がいたら絶対に「馬子にも衣装」と言われてたな。
父たちと談笑していると、曲調が変わり、
「チークタイムです」
と司会の人が静かに話しだした。
「ああ、弥生、踊るか」
「はい」
チークって、まだ照れくさい。でも、他の女性に一臣さんを取られちゃうのは嫌だ。
中央に行き、一臣さんと踊りだすと、周りにも数人、カップルが来て踊りだした。年配の人もいれば若い夫婦もいた。だけど、そんなに大勢の人が踊っているわけじゃなかった。
ほとんどが遠巻きにしていて、
「弥生様が羨ましい」
とか、
「一臣様と踊りたかった」
とか、
「本当に仲のいい夫婦なのね」
とか、そんな声が聞こえてきていた。
もしかすると、仲のいい夫婦をアピールしたかったのかなあ。なにしろ、2年前の誕生日パーティで、嫌嫌私と婚約したっていう脚本にしたものだから、いまだに緒方財閥の一部の人は、仮面夫婦だと思っていたらしいし。
だけど、そんな声も途中から気にならないくらい、私は一臣さんとのダンスに酔いしれていた。やっぱり、私の旦那さんが一番素敵。




