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続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第6章 新しい試練
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第4話 いざ、勝負

 格技場はしんと静まった。

 呼吸を整え、心も無にする。目の前の辰巳さんをただ見る。


 相変わらずの怖い顔。でも、そんなのも気にならないくらい、心を無にする。


 すると、自然と見えてくる。辰巳さんがどう動くか…。動きもゆっくりに見えるし、そのあとの動きまでがわかってくる。


 勝負なんだけど、心が静まり返っているから、負かそうとか、そんな気負いもない。

 ただ、辰巳さんの動きに合わせ、いや、動く前に封じる。


 ドサッ。辰巳さんが床に倒れる。でも、すぐに起き上がった。だけど、動く前に倒す。向かってきた瞬間に避けて、突く。急所を掴み、動きも封じる。


「いっ」

 辰巳さんの顔が歪んだ。そのあとは声も出さず、堪えている。さすがだ。これはかなり痛いはず。でも、耐えてる。


 試合が終わって、周りにいる人みんながしばらく黙り込んでいた。

「弥生様、いったい今、合気道何段なんですか」

 辰巳さんがタオルで顔を拭きながら聞いてきた。私は特に汗もかいていなかったが、なんとなく顔を拭き、

「段は…3段なんですけど」

と答えた。


「3段?3段ですか?私は4段ですよ」

「辰巳さん、4段なんですね、素晴らしいですね」

「いや、簡単に負かされました。本当に3段ですか?」

「はい。でも師匠に、弥生は師範に匹敵する。段審査ではいろんな規制があるから、すぐに師範になれないがって言われていました」


「やっぱり!」

「師範を目指すならこのまま稽古を続けて、段審査を受けなさいと言われたんですけど、私、特に合気道の指導者になる気もないから、段審査は3段取った段階で受けていないんです」

「いや、もったいない!絶対に受けるべきだ。せめて4段、指導者になれるまで受けてください。そうすれば、我が部隊や忍者部隊の指導者になっていただく。ぜひとも願いたい!」


「い、いえ、そんな恐れ多い」

「恐れ多いなんて思っていませんよね。自分の実力、認めていらっしゃるでしょう」

「…」

 図星。


「合気道をする時のたたずまい、目、呼吸、いつもの弥生様とはまったく違っていました。とても静かで、動じないのに、ですがすごい力を感じました。弥生様は『道』に対しての心得がしっかりとありますね」

「…心得ですか」

「そうです。武道だけでなく、茶道、華道にも通じる。禅の道とも通じるものです」


「えっと…。それって、無になるってことですか」

「はい。邪念を落とし、無になっていましたよね」

「はい」

「素晴らしい。やはり、指導者になっていただきたい。一臣様の許可が必要だというなら、わたくしからお伺いを立てます」


「いえ、一臣さんより、師匠に聞かないと」

「許してもらえないんですか?」

「……。一応。ただ、師範になることを望んでいたから、多分、OKになるとは思うんですが」

「師匠といえども、我が部隊のことは内密にしていただきたい」


「もちろんです!師範になるために段を取りますと、それを認めてもらうわけですから」

「認めないわけがないでしょう。弥生様には、天性のお力が備わっている。前に、神とまで言われた合気道の師範の演技を見たことがありますが、それに近いくらいの見事な動きでした。私なんて、足元にも及ばない」

「それは言い過ぎです!」


「でも、実際そうでしたよね?」

「……」

 頷いてもいいのかな、ここで。

「御見それしました。これからは、先生と呼ばせていただきたいくらいです」

「そ、そんな!今までどおりにして下さい」


 そう言っても辰巳さんは、ぺこりとお辞儀をして、そのあと私を見る目は今までとは違っていた。お義父様や一臣さんを見る時とも違う、なんていうか、そう、まるで尊敬のまなざしみたいな、そんな感じの…。


「ご指導とまでは言いませんが、うちの部隊のものと手合わせしていただきたい」

「あ、はい」

 それから、私は図体のでっかい侍部隊の面々と何人も手合わせをして、さすがに汗もかき、

「弥生様、そろそろ休憩されますか?プールサイドにでも行って、冷たいものでもいかがですか?ご用意しますよ」

と、いつの間にか現れた国分寺さんが言ってくれた。


 合気道の練習は終わり、みんなで一礼をした。それから私は国分寺さんとプールに向かった。

「一臣さんはプールにいるんですか?」

「いらっしゃいますよ。しばらく泳いで、そのあと壱弥様とプールで遊んでいらっしゃいましたが、今はプールサイドで休んでいますよ。壱弥様もプールサイドでお昼寝されています」

「そうなんですね。じゃあ、私も一臣さんと一緒に、ちょっとバカンス気分を味わいます」


「は?」

「プールサイドでのんびりって、バカンスみたい」

「ああ、なるほど」

 国分寺さんはくすっと笑い、

「弥生様は泳がないんですか?」

と、聞いてきた。私は首を横に振った。


 十分、合気道で汗をかいたし気も晴れた。気分をよくしてプールの扉を開いてみると、50メートルのプールと、ちょっとした子供用の可愛いプールと、プールサイドには観葉植物とパラソルもあり、そこに長椅子が何個か並び、一臣さんが寝そべって本を読んでいる姿が見えた。


 その横にベビーベッドらしきものがあり、どうやらそこで壱弥が寝ているらしい。

「一臣さん」

 静かに近寄ると、

「ああ、弥生。終わったのか」

と一臣さんがこっちを向いた。


「バカンス味わいに来ました。すごいですね。ここ、天井が吹き抜けてて、観葉植物にその先にはカウンターもあったりして、南国のホテル並ですね」

「南国のホテルなんか知らないだろう」

「新婚旅行で行ったハワイもこんなでした」


「ああ、そうだな。そこを意識して造らせたからな」

 やっぱり~~~。

「わざわざハワイに行かなくても、行った気になるだろう?」

「はい!」


 私はすでに道着を脱ぎ、Tシャツとキュロットだった。一臣さんの隣の長椅子に腰掛けると、

「お待たせしました」

と亜美ちゃんが私に見た目トロピカルなジュースを持ってきてくれた。


「わあ、これ、なんですか?」

「私の旦那が作ったジュースです。グワバジュースって言ってました。こういうの得意なんです」

「すご~~い」

「俺のはパインジュースだ。これだけでも、南国気分になれるな」

 一臣さんは至極ご満悦らしい。


「これからは、くそ暑い日はここで休もう。あ、従業員のみんなも使えよな。平日は俺もいないし、使わなかったらかえって無駄になる」

「え?いいんですか?この長椅子で寝たりしても?」

「いいぞ。旦那と一緒にバカンスを味わえ」


「わあ~~~~~~!」

 亜美ちゃんは、スキップする勢いでプールから去っていった。


「で、合気道はどうだった?」

「楽しかったです!」

「そうか。良かったな」

「はい」


「こっちは、大変だったぞ。壱弥ははしゃいじゃって、はしゃいじゃって。樋口も、付き合ってくれた他の若いコックたちも、ヘトヘトになって、もう寮に戻った。壱弥はモアナが来て、寝かしつけてくれたけどな」

「樋口さんもここでのんびりしたらいいのに」

「自分の部屋でのんびりしたほうが、落ち着くっていうからな。今頃、寮の休憩室でビール片手にテレビでも見ているんじゃないのか」


「そっか」

 私と一臣さんは、そのあとものんびりと壱弥が起きるまでバカンス気分を味わった。なんと、ハワイアンの曲までプールサイドに流れていた。


 ところで、後日本格的に辰巳さんから申し出があり、お義父様から私の父に話を持ちかけ、父から師匠に弥生が師範になるために、段審査を受けていいか聞いてくれた。即、師匠からOKの返事が来て、早速私は師匠のもと、合気道の指導を受けることになった。


 毎週土曜日の午後。それは私も好きなことだから、特に辛さも何もなかったんだけど…。


「弥生さん、秋にアメリカのビルが建ち、カランも出店するでしょう?一臣も龍二も、レセプションやパーティに出席するから、弥生さんもそのおつもりでね」

と、とある土曜日の夕飯をお屋敷で食べていた時に、お義母様が突然私に切り出してきた。


「え?はい」

 夕飯を食べ終わり、それまで黙って食べていた一臣さんが話し出した。

「どのくらい、俺らは滞在したらいいんだ?」

「2週間から、一月かしら」

「一月?そんなにあけられないぞ。他に仕事もある」


「そうですね、なんとかスケジュールを調整させましょう。樋口さんや青山さん、アメリカの秘書にも伝えなさい」

「おふくろは?」

「わたくしは1ヶ月はいますよ」


「おやじはどうせ、そんなに長くいないだろ。パーティだっておふくろに任せるんじゃないのか」

「主要人物のパーティには一緒に行かせます。もちろん、あなたもね。もう副社長という立場なんですから」

「面倒だな」

「それも仕事ですよ」


「はいはい」

 大変なんだなあと他人事に思いつつ、気になることがあり、私は顔を暗くしていた。一臣さん、一月もアメリカに行っていないよね。そんなに長く会えないなんて絶対に寂しい。


「あの、2週間くらいで帰ってくるんですか?」

「俺か?ああ、もしかすると、行ったり来たりするかもな」

「そうですか」

 会えたり、会えなかったりするのか。でも、仕事なんだもん。わがまま言えない。


「壱君はさすがにアメリカには連れて行けないですよ」

 お義母様の話している内容も、なんとなく落ち込みながら聞いていた。

「なんでだ?ベビーシッターがいれば大丈夫だろう」

「行ったり来たりしていたら、疲れるでしょう」


「2週間くらい滞在して帰ってきたらいい。そこまで、弥生はアメリカにいる必要はないだろう。あとは、俺がどうしても行かなきゃ行けない時だけ行くさ」

 え?ちゃんと聞いていなかったけど、壱弥もアメリカに行くの?

「あ、あの、壱君もアメリカに連れて行くんですか?」


「そうだ。そんなに長い期間離れるのは、弥生も嫌だろう?」

「え?私は?」

「弥生さんもアメリカに行くんですよ。アメリカではパーティに夫婦同伴が当たり前のことですからね」


 え~~~~~~~~~~っ?!

「私もパーティに?!」

「そんなに驚くことでしたか?弥生さん」

「え、だって、そ、そういうのに出席したことがなくて。あの、私英語話せないです」

「……学校で習いませんでしたか?」


 うわ。今、お義母様が呆れた。

「得意でした。成績もトップで…。でも、会話は苦手です」

「それは得意とはいえません。まったく、これだから今の日本の教育は…。中学高校と英語を勉強しても、まったく役に立たない」

「すみません」

 うわ~~~。なんか、顔をあげることもできない。


「特訓ですね」

「は?」

 今、なんて?思わず顔をあげて、お義母様の顔を凝視した。

「英会話の特訓です。それから、フランス料理のマナー、パーティでのマナー、ダンス、すべて秋までに完璧になってもらいますからね、弥生さん」


 フランス料理?ダンス?!

「社交界デビューにもなるんですから、気を引き締めて頑張って下さいね」

「社交界?って?」

「そういう場に呼ばれるってことか?」


 一臣さんも顔をうんざりさせて、そう聞くと、

「ええ、副社長になったんですから当然です。それも結婚したんですから、皆さんにお披露目しないとね」

と、お義母様は当然といった顔した。


「はあ~~。仕方ない。だけど、スパルタはやめろよ。弥生、無理しない程度に頑張れ」

「は…、はい」

「何を悠長なことを。一流の指導者をお呼びしますから、弥生さん、しっかりと学びなさい。そして、完璧にしなさいよ。わかりましたね?」

 うひゃ~~~~~~~~~~~~~!お義母様の目が怖いんですけど!


「は、は、はい」

 私は、合気道では指導者になったけれど、他の事ではがっつり指導される側になってしまったようだ。

 ああ、これからどうなるのやら。



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