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続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第6章 新しい試練
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第2話 大騒ぎの1日

 翌日、午前中は会議が一つ入っているだけで、11時には暇になった一臣さんは、

「壱がうるさいから、社内を散歩してくるか」

と外に連れて行けと言わんばかりに、ドアの前で騒いでいる壱弥を抱っこした。


「ぱ~~~!」

「わかった。外には出ないけど、その辺歩いてこような」

「私も行きます!」

 一臣さんと一緒にオフィスを出た。


「日野はいいぞ。ゆっくりお茶でも細川女子と飲んでいたらどうだ。午後も怪獣の相手をするんだから、今は休んでおけ」

 後ろからついてこようとした日野さんにそう言って、

「樋口、行くぞ」

となぜか樋口さんだけに声をかけた。


「はい」

 あれ?樋口さん、嬉しそう。

「わたくしが抱っこしていきましょうか」

「疲れたら頼む。今はいい」

「さようで」


 あ、そっか。樋口さんはそんなに壱弥と関われないから、一緒に居るのが嬉しいのか。それも、抱っことかしたかったんだ。


  一臣さんは壱弥を抱っこしたままエレベーターに乗り、私たちはまず14階に行った。

 秘書課に行き、一臣さんが顔を出すと、

「一臣様?な、何か用事ですか!?」

と、江古田さんが慌てふためき、他の秘書課の人たちも、姿勢を正しつつ、顔を青ざめた。


「あ~、別に用事はないんだが」

「あ!うそ!壱弥様だ~~。可愛い」

 そう喜んで席を立ったのは、大塚さんだ。


「どうしたんですか?いっつも15階にしかいない壱弥様を連れて」

「こいつが部屋で大人しくしていないから、ちょっとな」

「お散歩ですか?」

「悪い。仕事の邪魔だな。他の階に行くか」


 壱弥がその場に下りたがり、じたばたしたからか、すぐに一臣さんは秘書課を出た。

「あ~~~~う~~~!」

 怒ってるぞ。

「壱、仕事の邪魔はしちゃ駄目だ」


「そうすると、どこに行かれますか」

 樋口さんがちょっと呆れた感じで聞くと、

「カフェにでも行くか。確か、外に出られてベンチとかあったよな」

と、一臣さんはまたエレベーターホールに向かった。


「多分今頃、忍者部隊総動員で、カフェに向かっていますよ」

「例の盗聴器か」

「いいえ。今通信で送りました」

「いつの間に。ああ、今の会話をそのまんま、部隊のやつらに聞かせたってことか」


「そんな、総動員なんて大ごとにしないでも」

 私がびっくりしてそう言うと、

「いいんだ。こいつが大人しくしているとは限らないし、みんなで守ってくれていると思えばこっちも楽だ」

と一臣さんは、バタバタと手足を動かしている壱弥をとうとう、

「ほい」

と樋口さんに預けながらそう答えた。


「ぱ~~~」

「おい、樋口はパパじゃないぞ」

「くす。壱弥おぼっちゃまは、男性だったらみんなぱ~~と呼びますね」

「ふん。自分の父親が誰なのか、区別ついていないんじゃないのか?」


「それはないですよ、一臣さん。だって、一緒に暮らしているんだし」

「だよな?」

 一瞬不安げな顔をした一臣さんは、ほっと安堵した顔を見せた。


 カフェに着くと、早めにランチを食べているらしい男性社員が数人いるだけで、あとは店員さんだけだった。11時に開くカフェは、たとえば、早めに食事を済ませ外出するとか、会議がある男性社員が主に利用をしている。


「副社長だ」

「え?あ、本当だ」

 ぼそぼそっとそういう声が聞こえ、こちらを窺っているのがわかった。


「おい。子ども連れだ」

「本当だ。いったい、なんだ?家族で昼飯でも食べに来たのか?」

 そんな声がする中、どうどうと一臣さんはテーブルとテーブルの隙間を抜け、外に出た。


 カフェから繋がってるバルコニーは広く、ベンチが置いてある。それから木も植わっているし、小さめの花壇とちょっとした芝生もある。


「うん、ここならいいか」

 樋口さんからひょいと壱弥を受け取り、

「この辺だったら、ハイハイしていいぞ」

と、壱弥を芝生の上に座らせた。


「あ~~~~!」

 壱弥は喜び、ハイハイを早速しだした。

 窓際に座っている社員が、それをじ~~っとびっくりした目で見ていたが、一臣さんがその人を見ると慌てて視線を戻し、慌てたようにご飯を食べだした。


「一臣様、弥生様、コーヒーでも貰ってきましょうか」

「ああ、どうせならアイスコーヒーがいいな。ここ、暑いしな」

「私も、アイスティーでお願いします」

「はい」


 樋口さんが中に入るのと同時に、すっと女性と男性が気配を消して近くに来た。私がすっごくびっくりしている横で一臣さんは、

「ああ、久しぶりだな、黒影」

と挨拶をした。


「あ、く、黒影さんと伊賀野さんだったんだ。びっくりした。突然横に居たから」

「はい。お久しゅうございます。わたくしどもが、壱弥様のことを見ていますので、ごゆっくりベンチで休んでください」

「ああ、悪いな」


 一臣さんは、日陰になっているベンチに座った。

「ああ、いい天気だな」

 空を見上げそう言うと、一臣さんは私を手招きした。


「いいんですか、ここでのんびりしても」

「いいだろ?何で悪いんだ」

「なんか、他の社員に示しがつかないような」

「誰にだ?」


「え?ですから、カフェに居る…」

「見てみろ。もう、慌ててみんな出て行ったぞ」

「え?」

「ゆっくりと昼休憩の時間じゃないのに、副社長が居る横でめしなんか食っていられないだろ」


「でも、さぼっていたわけではないですよね。っていうか、私たちが思い切りさぼっていますよね」

「関係ない。俺らにはあいつらと同じような何時から何時までが仕事で、昼休憩でという決まりがないんだからな」

「え?そ、そんな自分勝手許されるんですか?」


「弥生。あいつらは、緒方商事からサラリーを貰って働いている。そうだろ?」

「はい」

「こっちは立場が違うだろうが」

「ですけど、皆さんがしっかりと働いてくれているおかげでですね」

「俺らも、しっかりと働いている。下手すりゃあいつらよりもずうっとハードスケジュールだ」


「で、ですけど」

「何か文句あるのか?」

「いえ」

 こういうところが、ワンマンと言われちゃうところじゃないのかなあ。


「お持ちしました。どうぞ」

 樋口さんが私たちの飲み物を渡しに来て、すっとすぐに壱弥のほうに行ってしまった。

「あいつらに任せてのんびりするか」

 そう言うと、アイスコーヒーを飲んで一臣さんはほっと一息ついている。疲れているのかなあ。でも、これ、もしかして壱弥の相手をしていて疲れていたりして。


「壱弥おぼっちゃま。お花は駄目ですよ」

 黒影さんの声がして、壱弥を見ると、花を引っこ抜いて投げ捨てて遊んでいる。

「壱君、駄目!お花が可哀そう」

 そう言ってベンチを立とうとすると、

「任せておけ」

と、一臣さんに止められてしまった。


「壱弥おぼっちゃま。お花は愛でるものです」

 うわ。樋口さんからの言葉とは思えない。でも、そんなこと壱弥に言ってもまだわからないんじゃないかなあ。

「ぶ~~~!」


 壱弥はそんな樋口さんの言葉を遮り、そのままハイハイをしてカフェのほうに向かいだした。それも、すごい速さで。

「壱君」

 慌てて私は追いかけた。もちろん、黒影さん、樋口さん、伊賀野さんも一緒に。でも、テーブルの下をくぐって、あっちこっちに行く壱君を捕まえるのは至難の業。


「壱弥様」

「壱弥おぼっちゃま」

 わらわらと、どこからともなく黒服の影の薄い人たちが現れ、みんなで壱弥を追いかけた。


「弥生、任せておけばいい」

 まだ、一臣さんは余裕でベンチに居る。でも、私も疲れてしまい、ベンチに戻り、残っていたアイスティーを飲んだ。

「どっから、現れたんでしょう、みんな忍者部隊の人たちかな」


「そうだろ。さっき樋口がみんなを呼んだと言ってただろ」

「そういえば」

 なるほど。こうなることを、樋口さんはわかっていたのか。恐るべし壱弥。

「一臣さんもこんなだったんですか」


「弥生に似たんだろ」

「え~~?」

「お前、相当やんちゃだったって言ってただろ?」

「………まあ。男の子によく間違われていましたけど」

「はははは」


 笑うところ?それにしても、いいのかな、ほっておいて。あ、捕らえられたみたい。

「壱弥おぼっちゃま、あの芝生だけで遊びましょうね」

 樋口さんの腕の中に捕らえられ、壱弥は不服そうだ。


「追いかけっこも十分出来たし、そろそろ戻るか?壱」

「さようで」

 ぐったりした様子で樋口さんが答えた。


「壱君、ママのところにおいで」

「ま~~~!」

 樋口さんから壱弥を受け取ると、樋口さんは汗を手で拭きつつ、小さなため息をついた。

「ははは。さすがの樋口も疲れたか」

「……」


 だから、一臣さん、笑うところなの?そこ。樋口さんも今、一臣さんを睨んだよね。

「いつも俺のそばにいないとならないから、壱の世話ができなくって寂しがっていたが、どうだ?懲りたろ?俺の世話しているほうがずうっと楽だろうが」

「そうですね」

 樋口さんは、ほとんど棒読み。ロボットのようにそう答え、でもすぐに口元を緩くあげ、

「わたくしは一臣様の秘書ですからね」

と優しくそう言った。


「ふ、ふん。まあ、そのうちにもっと若いタフなやつを壱につけるさ。樋口には任せないから安心しろ」

「そうしていただけると、ありがたいです。ただ、たまには壱弥おぼっちゃまの世話もさせて下さい。お屋敷でお休みの日でいいですから」

「孫の面倒みたいなもんか」

「そうですね」


 今度は、嬉しそうにそう樋口さんは答えた。


 それにしても、忍者部隊総動員での大騒ぎ。カフェ店員からその噂はあっという間に社内に流れ、

「副社長の息子は、ものすごいやんちゃなんだそうだ」

「家族水入らずで、カフェに遊びに来たらしい」

「副社長は子どもに甘いらしい」

「一臣様は子煩悩らしい」

「一臣様は家族を大事にしているらしい」

と、どんどんなぜか、一臣さんの株が上がる噂になり、その噂を耳にした一臣さんは、

「まあ、言わせておけ」

とどや顔だった。


 私の心配なんか無用だったのか。それにしても、わが社のみんなは心が広いんだなあ。副社長自ら、子どもと就業時間に戯れていても、文句も言わないなんて。


「社長と違って、副社長は奥様や子どもを大事にしているようだな」

「女遊びも再開するかもとか言われていたけど、まったくそんな気配もないな」

「会社に子どもも連れて来るくらいだしな」

「託児所ができたら、そこに預けるんだろ?」

「相当やんちゃなお子さんらしいから、大変だな」


「って、そんなことエレベーターで聞いたわよ。壱弥様、そんなにやんちゃなの?」

 そう言ってきたのは大塚さんだ。1週間後、何度もハイハイして脱走する壱弥に手こずって、壱弥を私が連れ、14階に遊びに行った時に大塚さんがそう言ってきた。


「やんちゃなんです。部屋でじっとしていてくれないから、こうやって連れてきました。でも、すぐに戻ります。一臣さんは外出中で、本当は一緒に行こうかと思っていたんだけど、ベビーシッターさんだけじゃ、てんてこまいしていたから、私は残りました」

「大丈夫なの?そんなで。託児所に預けても大変そう」


「お友達がいればいいんです。託児所はある程度遊ぶスペースもあるし」

「託児所さえできたら、OKなんだ」

「はあ。なんだってこんなにやんちゃなんだか」

 大塚さんは子ども好きで、今も膝の上に乗せ、壱弥のことをかまってくれている。


「今から手なずけて、壱弥様の奥さん狙おうかな。玉の輿狙い」

「ははは。笑えるなあ」

 大塚さんの言葉に、横から町田さんが笑った。

「町田さん、いつからそんな偉くなったの?秘書課じゃ私のほうが先輩なのよ」

「あ、すみませんでした」


 町田さんは素直に謝り、パソコンの画面に向かった。

「あ~~~う~~~~」

 ものめずらしいからか、壱弥、大人しいかも。

「壱弥様、一臣様の赤ちゃんの頃に似ているのかしら」

 江古田さんも近くに来た。


「可愛いわよね。絶対に将来はイケメンね」

「もてるんでしょうね、弥生様も大変ですね」

 私が?

「どんなお嫁さんが来るのかしら」


 江古田さんと大塚さんの言葉に、私も想像してみた。でも、こんなやんちゃな我が子の将来なんて、まったく想像もできない。近い未来なら、もっとやんちゃになったらどうしようという不安ばっかりだけど。


 ああ、歩くようになったら、もっと大変なのかなあ。また抱っこして15階に戻りながら、私はそんなことを思っていた。


 

 


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