第11話 とある日の日曜日
ある日の日曜日。朝ゆっくりと朝食を作っていると、
「弥生!壱がずりばいしているぞ」
と一臣さんが私を呼んだ。
「え?」
慌てて火を止め、リビングに行くとプレイマットでずりずりと壱弥がずりばいしている。前に進んでいるのか後ろに行っちゃってるのかわからないが。
「本当だ。ビデオ、ビデオ!」
私はすぐにビデオでその様子を録画した。
「壱弥がずりばいをしています!」
と解説付きで。
「この分ならすぐにハイハイもするな」
横から一臣さんの声がした。
「それにしても、面白いよな。人間のというか動物の進化を見ているみたいだな」
と面白がっている声も。
私はビデオを一臣さんの方に向けた。一臣さんは壱弥を見ながら優しい目をしている。
「な?そう思わないか?」
こっちを見た。あ、まだ一臣さんの髪、寝癖が…。
「って、俺を撮るなよ」
「は、はい」
慌ててビデオのスイッチを切った。でも、寝癖の一臣さんなんて貴重な映像を撮れちゃって、内心喜んでいる。一人でこっそりと見ちゃおうっと。
「朝ごはん作ってきます」
「ああ」
日曜はのんびりと起きて、一臣さんも一緒に朝ごはんを食べる。コーヒーを飲むからたいてい、洋食になる。トーストとハムエッグと、簡単なサラダ。そんな感じ。
「ふあ~~~~。今日は何の予定もないし、天気も悪いし、ここでのんびりするか~~」
「そうですね。天気が良ければ、敷地内散歩したり、芝生でピクニックみたいにお弁当食べたりできるんですけど」
「う~~ん」
あれ?一臣さん、眠そうな声。と振り返ってリビングの方を見ると、壱弥の隣に寝転んでいた。
すっかり、寮の生活に慣れちゃっているよなあ。お屋敷にいる頃は、ごろんと横になる場所もないから、ソファで本を読むか、パソコンで何かしているか、そんな感じだったのに。
コタツは片付けた。あたたかくなり、コタツの季節は終わった。コタツも幸せだった。一臣さんとコタツに入ってのんびりするなんて、そんなことが叶うとは思ってもいなかった。
一臣さんもコタツの生活は初めてだったらしいが、気に入っていた。ただし、私はコタツで眠くなり、転寝することもあったが、一臣さんはそういうことはなかった。寝ている私をコタツの中で足で蹴飛ばして、
「寝るな。風邪引くぞ」
と怒ることはあっても。
だけど、あったかくなって、お日様がリビングに当たってぽかぽかするようになり、一臣さんはこうやって壱弥と一緒に寝転がることをするようになった。その時は思いきり顔はゆるみ、本当にのんびりとしている。今日は曇っているけど、多分ごろごろするのが当たり前みたいになっているのかもしれない。
「朝食できましたよ、一臣さん」
「ん?ああ」
「壱君も。離乳食食べようね」
壱弥の離乳食もスタートして、3人で食卓を囲むようになり、それもまた幸せの時間だった。
「い~~ち。ほら」
休みの日は一臣さんが壱弥に食べさせる係り。もぐもぐと食べる壱弥を見て、
「うまいか?」
と一臣さんは優しく笑う。
ああ!!めっちゃ、幸せだ~~~~!これよ、これ。ごくごく普通~~~の親子の生活だって言われそうだけど、これが私の望んでいた結婚生活。
食後、洗濯物を外に干せないから部屋の中に干し、一臣さんはまたリビングでまったりと壱弥と遊んでいる。部屋の中には壱弥のために、子どもが聞く童謡が流れ、たまに一臣さんがそれを口ずさむ。
「お!壱が好きな番組の時間だ」
壱弥がやけに気に入っているキャラクターの出る子ども番組があり、一臣さんはテレビをつけた。あぐらをかいた一臣さんの膝に壱弥を乗せ、一臣さんも一緒にその番組を見ている。壱弥はきゃっきゃと上機嫌だ。
番組の中で歌われる歌も一臣さんは覚えた。たまに、壱弥に振りつきで歌ってあげている。絶対に会社では見せない一臣さんの姿。こんなの見たら、緒方商事の社員びっくりするだろうなあ。
「昼は屋敷で食うか?弥生」
「でも、雨降ってきましたよ。それもけっこう」
「そうか。傘さしてわざわざ屋敷に行くのも面倒だよな」
「わりと冷蔵庫の中に食材があるから、何か作ります」
「ああ。手伝うことがあったら手伝うぞ」
「はい」
こんなふうに、本当に私たちはこの生活に慣れてきた。スタート時はあんなにてんやわんやしていたのになあ。慣れってすごいよなあ。
「そうだ。屋敷の部屋の改装、だいぶできてきたらしいぞ」
「そうなんですね」
「楽しみだな、壱」
実は今、一臣さんと私の部屋だったところを改装している。お風呂場もつるっと転ばないような工夫をしたり、手すりをつけたり、窓も簡単に開かないようなロックをできる窓に変えたり、戸棚、テーブルの角にガードをつけたり、そういうのも全部業者に頼んでやってもらっている。
子煩悩な(心配性な?)一臣さんが、私たちが居ない間に改装しようと提案した。今後安心して子どもたちが過ごせるようになるんだから、私も誰もそのことには反対しなかった。でも、一臣さんも龍二さんも特に問題なく過ごせたお屋敷の部屋なのに、そんなに万全にしなくてもいいような気はするなあ。
「甘いぞ、弥生。俺も龍二も勝手にバルコニーに出て、あやうく落ちそうになったところを忍者部隊のやつに助けてもらったこともあったんだ」
「え?でも、バルコニーの柵、けっこう高くて子どもじゃよじ登れないですよね」
「子どもっていうのは悪知恵が働くんだ。台を持ってきて登ろうとした」
「そ、そんなにやんちゃだったんですね」
「俺と弥生の子だ。もっと何をしでかすかわかんないだろ?」
そうかもしれないけど。
「お前に似たらサルだしな」
「狸じゃなくて?」
「木登りしていたんだろ?」
そうでした。
「さて、今日は部屋にずっといるなら、このまんまでもいいか」
寝癖の髪のまま、一臣さんはそう呟いてまた寝転がった。一応服はパジャマから着替えているけど、ラフなジーンズとパーカーだ。私も色違いのパーカーとジーンズだ。二人とも家では、壱弥と遊ぶとよだれもつくし、壱弥を抱っこしても大丈夫なように洗濯しやすく、優しい綿の素材のものを着るようにしている。
だから、本当にカジュアルなラフな格好ばかりだ。そんな服を一臣さんと買い物に行って、色違いのおそろいで買ったのだ。これもまた、私には嬉しいことだ。こんな普通のことがとっても幸せだ。
ブルルル。一臣さんの携帯がテーブルで振動した。一臣さんはそれを手にすると、
「ん?なんだ?」
と電話に出て、
「何か用事か、国分寺」
と面倒くさそうにそう聞いた。
国分寺さんから?珍しいな。休みの日って、あんまり電話かかってこないんだけど。
「は?誰が来たって?」
お客さんかな。
「なんだってまた。ああ、わかった。行くから応接間にいるんだな」
そう言うと一臣さんは電話を切り、
「ちょっと屋敷に行ってくる」
と、一臣さんの膝によじ登ろうとしている壱弥をプレイマットに寝かせた。
「誰かお客さんですか?」
「ああ。何が目的て来たんだか知らないが、山之内だ」
「え?!山之内さん?」
「昼までには戻ってくる。昼はここで食うからな」
「はい。って待ってください!その格好で行くんですか?」
「別にいいだろ」
「でも、せめて寝癖を」
「ん?寝癖?」
一臣さんは洗面台に行き、そこで初めて寝癖があることに気づいたらしい。えっと。顔は朝洗っていたよねえ。鏡は見なかったのかな。
「あ~~~あ。面倒だ。ゆっくりできると思っていたのに」
ぶつくさ言いながら寝癖を直して、一臣さんは傘を手にして部屋を出て行った。
「あ~~~!だ~~~~!」
パパがいなくなったことに、どうやら相当な不満があるらしい声を壱弥が発した。
「ママ、ご飯を作るから、壱君はちょっとDVDでも見ていてね」
壱弥が大好きなDVDをつけ、壱弥が没頭しているうちに、私はお昼ごはんを作り出した。天ぷらとおそばにしよう。夜は煮物とか、焼き魚がいいかなあ。日本酒を飲みながらもいいな。おつまみになるものも、何品か作ろうかしら。
そうして、ほとんどお昼ごはんの用意が済んでしまったのに、一臣さんは帰ってこない。
「う~~~~」
DVDに飽きた壱弥が、寝返りをうって文句を言い出した。それから、ずりずりとずりばいも披露している。
「遅いねえ、パパ。山之内さん、なんの用があったのかな」
プレイマットにまた壱弥を抱っこで移動させ、私はその横に座りそう呟いた。
その頃、お屋敷ではちょっと面倒なことが起きていたことも知らず。




