第8話 新たなライバル?!
「ごめんなさい!遅くなりました」
10時からの託児所プロジェクトのミーティングが長引き、またも機械金属チームの会議に遅れてしまった。
「なんだ?何か問題でも起きたか?」
何やら資料を読み込んでいたようで、みんな静かだった。そんな中一臣さんの隣に座ると一臣さんが聞いてきた。
「いいえ。みんないろんなアイデアが飛び出して、話が盛り上がりすぎて長引きました」
「ふうん。それで、期限には間に合うんだろうな?」
「はい。みんなやる気満々で、いろんな手配も順調に進んでいるんです」
「そうか。そりゃよかった」
「会議、始めませんか」
そう緒方電気の杉田さんがクールな顔で言ってきた。
「ああ、その資料は読めたか?仙台工場で始める新しい企画だ。すでに機械金属部で製品の単価なども決めてある。弥生が昨日家で見積書も作ってくれた。弥生、説明を頼む」
「はい!」
私はプロジェクターを使い、具体的にどのくらいの利益が出るのか説明をした。
「このように、かなりの利益を得られます。早くから営業の人たちにも動いて欲しいんですが、それで、一月どのくらいのペースで工場を動かすかも計算するので」
「緒方機械の営業部、マーケティング部にも動いて欲しい。うちの機械金属部は、すでに動き出している。マーケティング部にも俺から声をかけた。今日、その担当が来るはずなんだが」
一臣さんはそう言いながら、樋口さんのほうを見た。
「はい。時間は伝えてありますが、ちょうど来客があると言っていましたので、遅れるかもしれません」
「そうか。じゃあ、次だ」
一臣さんはそう言うと、手元にある資料をめくり、
「ああ、また弥生、説明を頼む」
と私を見た。
「はい!次は栃木にある子会社で持っていた機械を稼動することになりました。製造する製品なんですが、製品の説明は綱島さん、お願いします」
綱島さんが、細かく説明をし、
「こちらも、どのくらいの収益や利益になるかシュミレーションしてみたんですが」
と、そのあとを私が説明した。
「うむ。採算はなんとか取れるだろうな。ただ、利益についてだが、緒方電気の営業部の力次第だな」
そう言うと一臣さんは、緒方電気の杉田さんをまっすぐに見据えた。
「どうだ?」
一臣さんはただそう一言聞いた。
「はい。持ち帰って検討します」
「検討?なんのだ?もちろん、利益を出せるよな?この製品は今後この子会社が、利益を出して倒産しないですむかどうかの大事な製品だ。なんとか倒産は避けたい。いや、もっと利益を生み出して子会社を大きくして欲しいくらいだ」
「…、わ、わかりました」
「利益を出せるんだな?」
「社に持ち帰り、マーケティング部とすぐに打ち合わせします」
「営業もすぐに動けるようにしろ。余裕なんかない。子会社は潰れるかどうかの瀬戸際なんだよ。わかってるよな?」
「……はい」
「弥生も徹夜で見積書を作成してくれて、すまなかったな」
ぼそっと一臣さんは無表情のままそう私に言った。
「え?い、いいえ。一臣さんが壱弥の面倒を見てくれたからできたんです。こちらこそありがとうございます!」
ぺこりとお辞儀をすると、
「まったくお前は謙虚だよなあ」
と一臣さんは私を褒めた。その言葉に緒方商事のメンバーはなぜか微笑んでくれた。
「なあ、杉田さん。弥生はこのメンバーに必要だと思わないか?」
うわ。一臣さん、そんなこと聞いちゃうの?
「あ、そうですね」
杉田さん、なんだか気まずそうだ。
トントン。その時、ドアをノックする音と、
「遅くなりました。マーケティング部の山之内です」
と、ふわふわにパーマをかけた、紅い口紅が似合うワンピースを着た女性が入ってきた。
「一臣様、お久しゅうございます」
お久しゅうございます?!なんか、どっかのお嬢様っぽいけど。でも、見た目は派手。
「ああ、なんだ。山之内が担当なのか」
「はい。一臣様のお役に立てて至極光栄でございます」
「……」
今のやり取りを、メンバー全員が目を点にして見つめている。
「あ、あの、お知り合いですか?」
勇気を出して聞いてみると、
「大学の同級生だ。だが、子どもの頃から山之内の家族と交流はある」
と一臣さんは淡々と答えた。
「そそ、そうなんですね」
にこりと微笑んでみたつもりだが、ほっぺたが引きつった。だって、私を見る山之内さんの目の奥が笑っていないんだもん。すっごく怖いよ。口元は微笑んでいるのに。
「奥様の弥生様ですね。わたくし、2ヶ月ほど前大阪支社から移動になったので、お初にお目にかかります。とっても可愛らしい方ですねえ、一臣様?」
声も、話し方も、どっか怖い。
「お前、相変わらず本心が見えないよなあ。本当にそう思っているのか?京都の女はだから怖い」
一臣さんは嫌味を言ってからはははと笑った。ああ、京都出身なのか。どうりで少しイントネーションが違ってる。
「みんなに自己紹介をしてくれ」
「マーケティング部の山之内です。皆様、お手柔らかにお願いします」
ぺこりとお辞儀をして、山之内さんは静かに空いている席に座った。
「山之内は、京都の老舗旅館の娘さんだ。緒方財閥の人間もよく泊まりに行っている。俺も京都に遊びに行くとよく泊まる」
それで子どもの頃から、交流があるんだ。
「一臣様のお嫁さん候補からもれてしまって、本当に残念です」
え?!何それ。
「は?もともと、そんな気はないだろ。結婚に興味も持っていないだろ?」
「そんなことありまへん。相手が一臣様なら別です」
あ、京都弁出た。ちょくちょくイントネーションも京都弁。けっこう方言に弱い男性多いよね。メンバーのみんなも、なんだか鼻の下伸びてない?
確かに、美人さんだ。紅い口紅がここまで似合うなんてなかなかいない。派手に見えて、上品さもあって、口元鮮やかでも、目元が涼しげだからかな、日本っぽさがある顔立ち。
「さて、さっきの報告をもう一度弥生頼む」
「え?!」
「仙台工場の新製品だ」
「あ、は、はい」
いきなり言われたから、しどろもどろになった。そんな私をまた山之内さんが怖い瞳で見ている。
「わかっていると思うが、ちゃんと利益を」
「承知しております。任せていただけますか?」
一臣さんの言葉を最後まで聞かず、山之内さんは答えた。答えたときには真剣な表情。そして、にこりと笑った。
なんだか、この人怖いかも。今までいなかったタイプだ。
会議が終わると、緒方電気の杉田さんたちは静かに会議室を出た。今までと違い、3人とも私にも頭を下げて行った。
「一臣様」
私も会議室を出ようとすると、後ろから山之内さんの声が聞こえてきた。
「先ほどのは冗談ではないですよ」
う…。つい、一回部屋を出てから聞き耳を立ててしまった。私の横で、樋口さんと矢部さんまでが聞き耳を立てている。
「本当に父に立候補したいと言ったんです。でも、一臣様とお前では身分が違いすぎると笑われました」
「ああ、フィアンセのことか」
「ええ。だけど、あとから料亭のお嬢様も候補者に上がっていたと聞いて、私父を責めたんです」
「まあ、無理だったろうな。弥生に決まっていたし」
「やっぱり?最初から上条グループのお嬢様と結婚すると決まっていたんですか?政略結婚だったんですね」
「お前、社の広報誌見ていないのか。それかホームページ」
「…あんなのは信じておりません」
「……。まあ、どうでもいいが、そういう私情は仕事に挟まないでくれ。私情を挟むようなら、担当をはずれてもらう」
「わかりました。これ以上はこの話をしませんから」
山之内さんはそう言うと、クルッと体をこっちに向けた。
やばい。盗み聞きしていたのばれちゃう。足音を立てないよう、その場を離れたが、なぜか樋口さんだけは離れようとせず、
「お話は済みましたか?一臣様、弥生様がお待ちですよ」
と、ドアの影から声をかけた。
「ああ、悪い。待たせたな、弥生」
大きな声をあげ、一臣さんは山之内さんを大股で追い抜かし、部屋から出てきた。
「壱が待ってる。行くぞ」
「はい」
「壱って、おぼっちゃまですよね?お会いしとうございます」
「山之内、個人的に会わせられないなあ。だいたい、お前に壱を紹介する意味もないだろ」
一臣さんは冷静にそう返し、私の腰を抱いて廊下を歩き出した。
なぜか、背中にゾクッとする視線を感じた。振り向かないでもわかる。山之内さんのだ。
「あいつ、杉田のやつ、多分、弥生のことを見直していたぞ」
「そうですか?」
「ああ。弥生の力を思い知ったんだろ。あれで、利益を生み出せなかったら、すぐにチームをクビにしてやる」
「困ります」
「なんでだ?あんなやつがクビでもなんでもいいだろ」
「利益を上げてもらわないと困ります。だって、会社が倒産」
「当たり前だ!上げさせる。まあ、緒方商事の営業にも優秀なやつがいるから大丈夫だ」
「……」
「なんだ?信じられないのか」
「い、いえ」
山之内さんのことが気になって。とは言えなかった。
それにしても、何だってみんながみんな、一臣さん目当てなんだろう。なんだって、そんなにモテるの?
いや、わからなくはない。一臣さんは魅力的だもん。でも、たまには一臣さんにまったく興味ありません~~って人がいてもいいじゃないか!
なんて私の思いも知らず、一臣さんはオフィスに戻ると、壱弥を抱っこして鼻の下を伸ばしていた。




