第7話 自信を持て
寮の生活もだんだんと慣れてきた。金曜と土曜はお屋敷で夕飯をいただき、日曜日は家族3人みずいらずで過ごす。そんな日々を送りながら、プロジェクトも順調に進んでいた。
「一臣様、弥生様、社長がお呼びです」
そんなある日、機械金属プロジェクトのミーティング後、壱弥とまったり一臣さんとオフィスで過ごしていると、樋口さんがインターフォンで伝えてきた。
「おやじ、まさか壱と遊びたくて呼び出したんじゃないよな」
ぶつくさ面倒くさそうに一臣さんは、壱弥を抱っこしたままソファから立ち上がり、壱弥の「あ~う~」という話し声に、
「そうだよなあ?壱もじ~じの相手が嫌だよなあ?」
と返事をした。壱弥はそんなこと思っていないと思うけど。
「樋口は仕事を続けていていいぞ」
「はい」
樋口さんと細川女史を残し、私たちは社長室に向かった。
そして、
「壱く~~~ん、じ~じだよ~~!新しいおもちゃを買ったんだよ~~」
とお義父様は1オクターブ高い声で、壱弥を出迎えた。
「そんなことで、呼び出したのかっ!」
一臣さん、切れた。すぐにくるっと後ろを向いてドアから出ようとしたが、
「違うぞ、一臣。まあ、弥生ちゃんも座んなさい。そうだ。おやつがあるんだよ。美味しい羊羹だ。食べるだろ?弥生ちゃん」
とお義父様は私たちを引きとめた。
「まさか、それが目的か?!」
「まあ、お茶を飲んで落ち着きなさい。今、青山が持ってくるからね」
そう言うとお義父様は壱弥を抱っこして座り、私たちもソファに座った。一臣さんはムッとしたまま。
羊羹とお茶で一服したあと、
「最近ね、セキュリティ強化してね、防犯カメラの映像だけじゃなく、音声も聞けるようにしたんだよ」
とお義父様は話し出した。
「なるほどな」
一臣さんはまだしかめっつらのまま。壱弥がじ~じの膝の上で嬉しそうにしているのが、気に入らない様子。
「今日、機械金属プロジェクトのミーティングがあったろ?」
「会議を盗聴していたのか。で、なんか文句でもあるのか?」
ほんと、一臣さんってお義父様には態度がでかいのは、なんでかなあ。
「いや、会議自体は聞いていない。一臣に一任しているしな。それより気になったのが、会議室近くのトイレでの会話だ」
「トイレにもしかけているのか?趣味悪いぞ、親父」
「そういうところで、スパイが電話で話したりするかもしれないだろ?」
「ん~~、そうかもしれないが。え?スパイがいたのか!?」
「いや、スパイじゃないが、チームのメンバーに緒方商事以外の人間がいるだろ?」
「ああ」
「そいつらの会話が気になってな」
「あいつらか。どうせ俺の悪口か何かだろ?」
「いや、お前の悪口は言っていなかったが…。弥生ちゃんのことをね」
「弥生の?」
ドキン。私?
「副社長夫人の、次期社長夫人の悪口を緒方商事の社内で言っているのはどうかと思うんだがね」
「いるだろ。実際にこの会社の中の人間だって」
「だが、プロジェクトで一緒に行動していくメンバーだ」
「……。説教か?俺に注意しろってことか?」
一臣さん、思い切り面倒くさそう。もしかして、一臣さんは私が悪口言われていても気にならないのかな。
「いや、今回はお前じゃない。弥生ちゃんに話があるんだよ」
「え?私ですか?」
「うん」
「弥生に説教か?」
「一臣は少し黙っていなさい」
そう言うとお義父様は、壱弥を一臣さんに渡した。一臣さんはしぶしぶ、壱弥をあやしだし、お義父様は私に優しい表情で話を始めた。
「弥生ちゃんがプロジェクトに参加していること、それに託児所プロジェクトのことも反対みたいだね。一臣のことは認めているみたいだったが、奥さんは単なるお飾りで、仕事の補佐をしているなんて形だけで、いなくてもいい、お屋敷で子育て専念してろって、そんなようなこと言ってたね」
そうか。前にも言っていたけど、いまだに変わっていないんだな。やっぱり、私は足手まといなのかな。
「うちの奥さん、結婚した頃から威厳があったんだよ」
「え?お義母様ですか?」
「うん。つんとすましていてね、屋敷にいる従業員にも厳しかったし、社員にだって、礼儀がなっていない連中にはビシッと注意もしていた」
「そ、そうなんですね」
「怖かったでしょ?初めに会った時」
「は、はい。確かに、いきなり怒られました」
「僕が副社長の時、結婚したんだけど、周りになめられないようにって、当初から態度でかかったからね」
「緒方財閥では、肩身の狭い思いをしていたんじゃないのか?」
一臣さんが、今まで我慢していたようだが、そう静かに話に加わった。
「一族の中では、大人しかったさ。今でもそうだ。だが、うまくコネクションを利用してるよ。彼女はいろんなパーティに出て、自分の得になる連中とは仲良くなるのさ」
「要するに、計算高いんだろ?」
「まあね。だが、それなりのプライドもある。緒方商事では、彼女は怖がられている。平気で彼女の悪口を言うような社員はいない。そんなのばれたら、怖いからねえ」
「だから?何を弥生に言いたいんだ」
「弥生ちゃんも、もっと堂々としていていいんだよ?副社長夫人なんだから。誰かに見下されたり、バカにされたら、言い返してもいいし怒ってもいい。なんなら、立場を利用してプロジェクトを辞めさせたっていいくらいだ」
「そ、そんなこと私にはできないです。そんな権限もないし」
「そのくらい胸張って、えばっていてもいいってことだよ」
お義父様は優しい口調だ。でも、もしかして、私が頼りないって言いたいのかもしれない。もっと、副社長夫人らしく振舞えって…。
「いいんだよ!弥生は弥生だ。おふくろとは違う。弥生はこのまんまでもう会社のためになっているんだからな」
「…なんだ?一臣。お前は本当に弥生ちゃんに甘いんだなあ」
「そういうことじゃない。弥生には弥生に良さがある。いや、おふくろも適わないくらい、弥生は無敵なんだよ」
「無敵?」
「そんなの親父もわかっているだろ?弥生は誰からでも好かれる素直さとかひたむきさとか、根性とかがあるんだ。明るいし発想も豊かだ。現に屋敷の連中にも、行った先々の工場や子会社のやつらからにも好かれている」
「確かにそうだけど、でも、それだけじゃ社長夫人として足りないだろ?」
「威厳ってやつか?それ、必要か?」
「威厳もだが、態度だ」
「弥生の腰の低さがいけないのか?いいだろ。誰もが親しみ安い。だけどな、親父。弥生はいざとなると強いし頼りになる。っていうか、実際に強いんだよ。親父は弥生と龍二がさらわれた時のことを、見ていないからわからないだろうが、何人もの男が弥生にやられてのびていたんだぞ?」
「いや、だから、武道のことを言っているわけじゃなくて」
「うるさいなあ。弥生は弥生のままでいいんだ!弥生、自信を持て。お前はそのままでいい。そうだな、もし、今欠けているとしたら自信だ」
「…自信?」
「俺の奥さんでいる自信。次期社長夫人になる自信。未来の緒方財閥総帥の母親である自信。弥生にはぴったりだ。弥生だからこそいいんだ。だから、自信満々でいていいんだ」
一臣さん…。そんなふうに思ってくれているんだ。
「それだ!それ!それを言いたかったんだ」
お義父様が何度も頷いた。
「なんだよ、親父。適当なことを言いやがって。さっきまで威厳だの態度だの言っていたくせに」
「自信を持てば態度にあわられるだろ?弥生ちゃん、自信を持ちなさい。それで、ど~~んと構えていればいい」
「だからっ!そういうことは俺が言うからいいんだ。親父の出番はないんだよっ」
一臣さんはそう言い放ち、
「行くぞ。用はそれだけだな」
とソファからおもむろに立ち上がった。
「あ~~~」
壱弥もちょうど飽きたようで、一臣さんの腕の中でジタバタし始めたところだった。
「わかったよ、壱。オフィスに戻ったら遊んでやるからな」
一臣さんはそう言いつつ、社長室を後にした。
「あ~~~、壱君、もっと遊びたかった」
というお義父様の声をあとにして。
一臣さんのオフィスに戻り、
「一臣さん、ありがとうございます」
とお礼を言うと、一臣さんは不思議そうに私を見た。
「このままでいいって言ってくれて。私、ちょっと気になっていたんです。なんにもできていないのかな、足手まといかなって」
「お前らしくないな。前向きなへんてこりんのパワーはどうした」
「ですよね?私もそう思います。でも、もう大丈夫です」
そう言ってガッツポーズをした。
「ん?元気出たのか」
「はい!だって、一臣さんがついているから。自信出てきます」
「ははは。俺が原動力だもんな」
「はい。一臣さんのためなら、頑張れます」
「ああ、そうだったな。お前、とたんに元気になるもんな、俺のためにだったらいくらでも」
「はい!」
「よし。じゃ、親父の言ったことも気にするな。俺はなあ、おふくろみたいに高慢ちきな人間にはなってほしくないからな」
「高慢ちき…。お義母様は違います。多分、負けずと頑張ってきたんだと思います」
「負けずと?」
「だって、味方も少なかったと思うし、寂しかったと思うし」
「かもな…」
「でも、最近は壱君と遊ぶとき、すっごく嬉しそうだし、お屋敷でも明るく話をしてくださるし、良かったです」
「それは弥生のおかげだろ?」
「え?そうですか?」
「弥生が変えたんだよ。だから、自信を持て」
「はい」
一臣さんは、壱弥を隣の部屋のプレイマットに寝かせると、私をぎゅっと抱きしめてきた。
「大丈夫だ。そのうち、お前のことを見下したり、バカにするやつはいなくなる」
「一臣さん、私、もう大丈夫です。何か言われたって、私のことをわかってくれる人はたくさんいるし、一臣さんもいるし、だから、へこたれたりしません」
「そうだな。お前、味方たくさんいるもんな」
「はい」
ギュウ。一臣さんに私も抱きついた。
私は本当に、本当に嬉しかった。このままの私でいいと言ってくれた事が。
うん!一臣さん、私、パワーが思い切り湧いてきたよ。いろいろと頑張る。
ゴロゴロと嬉しそうに壱弥が寝返りを打って、隣の部屋からやってきた。
「壱!お前、なんだってそんなに動き回るんだ」
一臣さんがそれを見て、笑いながらひょいっと壱弥を抱っこした。
「壱はいったいどんな男になるだろうな。とりあえず、このやんちゃぶりは弥生似だな」
「え?一臣さんだって、やんちゃだったんですよね?」
「まあな。どっちに似ても、大人しくはならないな」
「ですよね」
一臣さんに高い高いをしてもらい、思い切り笑う壱弥。これからの壱弥の成長も楽しみだな。




