第5話 いちゃつこう
ぼろっと涙を流すと、
「ん?どうした?」
と一臣さんが優しく私の顔を覗き込みながら聞いてきた。
「ひっく」
ダメだ。我慢すればするほど、涙が出てくる。
「大丈夫だ。もう、どこにも行かないから」
一臣さんは、私の背中をポンポンと優しくたたきながら、そう言った。
「私っ、一臣さんを信じてて」
「うん?」
「ちゃんと、一臣さんとあったかい家庭築くって」
「うん」
「子供も一臣さんと一緒に愛情いっぱいで育てて、あのお屋敷を笑いのたえない明るいお屋敷にしようってそう夢見てて」
「うん」
「それに、亜美ちゃんとかトモちゃんとか、喜多見さんとか、みんなともずっと仲良く楽しく過ごして」
「うん」
「一臣さんにもいっつも笑顔でいてほしくって」
「……。なんだよ、そんな嬉しいことをいっぱい言ってくれて。どうした?」
「お、おばあ様に、夢も期待も捨てなさいって言われました」
そう言うと一臣さんは、私のことをぎゅぎゅっと抱きしめた。
「いいんだよ、そんなこと気にしないで。あれは、ばばあの勝手な独り言だ。真に受けなくていい」
「でも、なんか、すっごく悲しくなって。緒方財閥の男の人は、奥さんを跡取りを産ませる道具としか考えていないって」
「まあ、確かに親父もじじいもそう思っていたかもしれないけど」
「……」
一臣さんはまた、私を抱きしめる腕に力を入れた。
「俺も、昔はそう思っていたけどな。でも、今は違う」
抱きしめていた手を離し、一臣さんは私の髪をやさしく撫で、それから優しい瞳で私を見つめた。
「今は、弥生を愛しているから」
「一臣さん」
「だから、親父やじじいは、自分の奥さんを愛せなかった可哀そうな人間なんだよ。って、今は思ってる」
「……」
「俺は幸せ者だって、そうつくづく思うぞ」
そう言って一臣さんは優しくキスをしてくれた。
「だから、もう泣くな。弥生が傷つくことはないんだ。じじいやばばあの勝手な言い分で、そんなの聞かなくていい。いや、もう会わなくてもいいから。な?」
「はい」
「ハワイでは、俺と思う存分いちゃつくんだろ?」
「はい」
「じゃあ、もう喧嘩もなしな?」
「喧嘩?」
そうか。喧嘩だったのか。
「弥生、愛しているからな?」
「私も」
「やっぱり、弥生が可愛い。弥生が一番だ」
一臣さんは、熱いキスをしてきた。うわ、とろけそう。
あ、でも、なんか今、脳裏にエイミーさんにキスされてた一臣さんの姿が浮かんだ。
「あの、一臣さん、もうキスも拒むって言っていたのに、さっき、エミーさんにされてましたよね」
唇を離されてから、私の口からそんな言葉が飛び出した。
「ああ、そうだったか?忘れてた」
忘れてたじゃないよ。けっこう、ショックだったよ。
「悪かったな。まあ、犬にでもキスされたくらいに思えよ」
「思えないです」
「でも、実際俺は、エイミーのこと犬か猫くらいにしか思っていないし」
「犬とか猫とかって、狸よりましです」
「あはははは。面白いことを言うな、弥生」
面白くないってば。む~~~。
「むくれるなよ。その顔も可愛いけどな」
ますます、むす~~~~。
「エイミーは人懐こい犬みたいなんだよ。昔からそうだ。うまい料理を食わさせたり、高級な服を買うと、尻尾振って喜ぶような」
「え?」
「日本では、親父に反発していたし、あとを継ぐことにも抵抗していたからな、けっこう毎日ストレスためて生活していたんだ。だから、ハワイに来たときには、つい羽が伸ばせて、気も大きくなってた」
「そ、それで?」
「だから、エイミーだけじゃない。言い寄ってくる女と、デートしたり、なんか買い与えたり、そんなことばっかりしてた。日本にいるときより、優しくもなっていただろうし、だから、勘違いもさせていたかもな」
「勘違いって?」
「結婚しても、いつでも一臣は私とデートして優しくしてもらえる、みたいな?でも、安心しろ。エイミーとはこれきり会えないと言ったし、弥生のことも真剣に思っているから、他の女とも手を切ったと正直に話した。まあ、信じてもらえなかったようだけどな」
「え?信じてもらえないって?」
「大丈夫だ。あいつもロスに戻って、年内には結婚もする。20も年上のおっさんとだけどな」
「そうなんですか。そんな人と結婚って、やっぱり、政略結婚」
「親が決めた結婚だが、あいつは贅沢できたらいいんだよ。俺になついてきた時みたいに、旦那にも懐くだろ」
「そういうものなんですか?」
「取り入るのがうまいからなあ。それより弥生、気分はどうだ?まだ、具合悪いのか?」
「いいえ、大丈夫です」
「そうか。よかった」
一臣さんは優しく髪を撫でると、
「夜はナイトクルーズに行こうな?夕日も見よう。けっこう感動的だぞ」
と、優しく耳元でささやいた。
「はい」
あれ?今、なんだかうまくかわされたような。
「あの、一臣さん、キスは」
「ん?またしてほしいのか」
「そうじゃなくって。他の人ともうしないですよね?」
「しない」
そう言って、キスをしてきた。うわ、また熱いキス。
「他の女とキスしたところで、全然気持ちよくないからな」
「は?」
どんな理由…。
「弥生は可愛いよなあ。そうか、俺がエイミーとテニスして寂しかったのか」
よしよしと、今度は髪を撫でる。
「そうか。やきもちも妬いたんだな」
すりすりと、私の髪に頬ずりもしてきた。
「弥生、今すぐエッチするか?」
「いいえ。まだ明るいですし、ほら、ナイトクルーズにも行くんですよね?何時に出発ですか?」
「5時過ぎだ。まだまだ、2時間もある。十分エッチできるぞ」
「い、いえいえ。やっぱり、それは帰ってからのほうが」
「夜、寝る前にするのがいいのか?」
「……はい」
「俺だったら、いつでもOKなんだけどな」
「でも、でもでも、できれば、えっと、む、ムードとか」
「ムード?」
「はい。そういうのも、必要かなあって」
「ムード。っていうのは、なんだ?」
「何だって聞かれても、わかんないけどっ。でも、せっかく、ハワイの素敵なコテージなんだし」
「ああ、アロマでもたいて、キャンドルでも燈すか?」
「きゃあ。それ、すんごいロマンチック」
「……そんなのを、お前でも望むんだな」
お前でもって、どういうこと?
「じゃあ、買い物にでも行くか。アロマやキャンドル売ってる店、モアナだったら知っているかな」
一臣さんがコテージにモアナさんを呼んだ。モアナさんは、私が元気になったことを喜んでくれた。
やっぱり、可愛いな。モアナさんって。
「アロマキャンドルですね。あります。知ってます。じゃあ、マークにお店の場所教えます」
アロマとキャンドルが一緒になっちゃってるけど、まあ、いっか。
マークさんの運転で、モアナさんが教えてくれたお店に行き、わくわくしながらキャンドルを選んだ。
「お土産にも買って行きたい。亜美ちゃん、トモちゃん、それから、大塚さんや江古田さん。あ、細川女史もこういうの好きかなあ」
「好きかもな」
「青山さんは?」
「青山にはいらないだろ。あいつは親父の秘書なんだし」
「じゃあ、お義母様」
「好きかもな」
「わあい。みんなに買っていっちゃおう!そうだ。祐さんにも」
「祐さんは好きそうだな、こういうの」
なんだか、一臣さんとお土産を選ぶことができるってだけでも嬉しい。
「あ、見ろよ。あの店」
一臣さんが目を輝かせ、指を指した。その先にあったのは、ランジェリーショップ。
「やっぱり、ムードといったら色気のある下着だろ」
「無理です。アメリカサイズが合うわけないし」
「あるかもしれないだろ。案外日本人サイズのも置いてあるかもしれないぞ」
「いいです~~~。ちゃんと、日本から持ってきました」
「色気あるのか」
「……」
「おい、どんなのだ?ストッキング履かないんだからガーターベルトはしないだろうし」
「お、教えません」
「なんだよ。結局、たいして色気のあるのじゃないんじゃないのか。ほら、見に行くぞ」
「いいです」
なんだって、ハワイに来てまでセクハラ発言しているのかな。この人は。
「弥生、それじゃ俺のお楽しみが無いだろう」
もう~~~~。
「Tバックです」
「え?」
「何度も言いません。恥ずかしいから」
「まじで?」
「もう、そろそろクルージングの時間じゃないんですか?」
「そうだなっ!」
満面のご満悦の笑みだ。鼻歌まで歌いだしてる。
「そうか、Tバックか。そうか~~~~」
ああ、言いたくなかった。っていうか、そもそも、履く気もなかった。でも、大塚さんが、新婚旅行に持って行けと、プレゼントしてくれたんだよね。
ハワイのサンセットは思い切り綺麗だった。貸切のクルーザーで、ディナーを食べ、夕日が海に落ちていく様子を眺めた。夕日が沈むと、今度は満天の星空。
「ロマンチックですね~~~」
「このまま、この船でエッチするか?」
「しませんから」
もう~~。スタッフの人がいるのに、何を言っているのよ。ロマンチックな気分が台無しだよ。
あ、そうか。いつも、どっかロマンチックやムードにかけるのは、一臣さんのこのエッチ発言だ。これがなかったら、もっとムードが出るのになあ。
コテージに戻ると、
「さっさと、シャワー浴びてするぞ」
とか言うし。
「ムード作りは?」
「んあ?」
あ、今、思いっきり面倒くさそうな顔をした。
「一臣さん、なんのためにアロマキャンドル買ったんですか?」
「ああ、そういえば、そんなの買ったな」
忘れてたの?
「シャワー浴びたらだ。ほら、浴びに行くぞ」
「お先にどうぞ」
「一緒に浴びるに決まってるだろう!来い」
ぐいっと腕をつかまれ、ずるずるとバスルームに連れて行かれた。なんだって、ハワイに来てまでこんなに強引なんだか。
でも…。
ずうっと、一人寂しくお風呂に入っていたから、ちょっと、いや、かなり嬉しくてテンションあがる。
それも、なんだか、どんどん気分がとろけてきた気もする。なんで?
「この石鹸」
「え?」
「甘い香りがするな」
「そういえば」
一臣さんが優しく手で体を洗ってくれているけど、バスルームに充満する石鹸の香りでぼ~~っとのぼせてきたかも。
「ん?魅惑的な香り、プルメリアって書いてあるぞ」
「魅惑的?」
ほわわん。
「やばいな。この匂いのする弥生。今すぐ襲いたくなってきた」
「ダメです。ちゃんとアロマキャンドルたいてってするんですから」
「面倒くさいなあ。なんだって、そういうことにこだわるんだか」
う~~~。そういうこと言うから、すぐにムードが壊れるんだよ~~。なんだって、一臣さんは、こういうことまで面倒くさがるの?
バスルームから出ると、私の体を拭いてくれるかもと思いきや、一臣さんはさっさと自分の体だけ拭いて、
「ああ、喉渇いた」
と、バスルームを出て行った。
もしかして、結婚すると男の人ってこんなにも変わるわけ?絶対に私の体、拭くって言ってきかなかった人が。
体を拭き、こっそりTバックのパンツを履き、バスローブを羽織りリビングに行くと、バスローブ姿で炭酸水をぐびぐび飲んでいる一臣さんが、私を手招きした。
「髪、乾かしてやるから来い」
「はい」
髪は乾かしてくれるんだ。
あれ?なんか、いい香りがする。
「ベッドルーム、アロマキャンドル焚いておいたぞ」
「いつの間に?」
「今だ」
「くんくん。いい香りですね」
「ああ、興奮しそうな香りだな」
また~~。そういう発言をする~~~。
でも、髪を乾かすのは優しくしてくれる。私の髪に触れる手も、時々首筋や頬に触れる指先も。そのたび、ドキッとしちゃう。
チュ。
わ。うなじにキスした。ドキドキ。
「いい匂いだな。さっきの石鹸の匂いだな」
耳元でささやかないで。一臣さんの息がかかるだけでも、ドキッとする。
一臣さんは私の髪を乾かすと、自分の髪もささっと乾かし、
「ベッドルーム行くぞ」
と、いきなり私をお姫様抱っこした。
ベッドルームはアロマの香りと、キャンドルの火で、すでにムード満点。アロマキャンドルの明かりだけにして、一臣さんは電気は点けなかった。
ベッドに私を寝かせ、そっとバスローブを脱がされた。
「へえ」
そう言って私を見てから、一臣さんは私の胸にキスをした。
「キャンドルもいいな。弥生がいつもの倍、色っぽく見えるぞ」
いつもの倍?じゃあ、いつもはあんまり色気ないってこと?
一臣さんもバスローブを脱いだ。わあ、一臣さんも色っぽい。
ゆらゆらと壁や天井に、キャンドルの火の影が揺れる。一臣さんの体から、プルメリアの香りがして、部屋はアロマキャンドルの甘い香りがする。
チュ。と耳にキスをして、
「弥生、愛してるよ」
と囁かれた。
うわ~~~~。
これぞ、ムードありまくり。
「弥生は?」
「あ、愛してます」
私も一臣さんの目をうっとりと見つめながらそう答えた。
そうして、熱い熱いキス。
溶けた。脳みそ溶けた。もう、なんにも考えられない。
「可愛いな、弥生の尻」
え?
「Tバック、いいよな~~。脱がせたくないな」
は?
「これからは、会社でもこれを履け。尻を撫でやすくなる」
そう言って、私のお尻をすりすり撫で、その上キスまでしてる。
「ちょ、やめて下さい。お尻にキスなんて」
恥ずかしいよ~~。
「いいだろ、減るもんじゃなし」
わあ。お尻揉んでない?
「か、一臣さん。あ!」
今、舐めた?うわ。甘噛みした?
待って~~~~~!!
ムードが!溶けてた脳みそが!ぶち壊しだよ~~~~。
「弥生」
「は、はい?」
「俺に火をつけたな」
「え?火?」
「今日は、たっぷり時間をかけて愛してやるからな」
はい?
「朝まで、じっくりと弥生を責めてやるからな」
はあ?!
「ムードを作ったお前が悪いんだからな。覚悟しておけ」
え~~~~~?!覚悟って~~~~?!
それから、何時間が過ぎただろう。一臣さんに全身くまなくキスをされ、熱いキスも何度も何度もされてはとろけ、思い切り愛されまくってしまった。
はう。もうだめ。果てた。
でも、疲れ果て、一臣さんの腕の中でぐったりしながら眠りについたけど、私の胸は満たされてて、超幸せだった。