第1話 新しい寮が完成した。
機械金属プロジェクトも、新ブランドカランのプロジェクトも、ものすごく順調に進んでいる。
あの感じの悪かった杉田さんたちも、一臣さんに対しての態度が変わってきている(私に対しては前と同様、見下している感いっぱいだけど)。
着々と成果を挙げている二つのプロジェクトに対して、足踏み状態を続けているのは託児所プロジェクトだった。期限を決めて動けと一臣さんに注意を受け、とりあえず、翌年7月から託児所をスタートすることに決め、それに合わせて動くこととなった。
そのためにも、寮の建設は急ピッチで進められ、来年2月頭には完成し、一臣さんと2月から寮に住むことになった。
結婚してから1年が経った。早かったなあ。壱弥が生まれてからはあっという間だ。
そして年が明け、お正月は上条家に家族3人で泊まりに行った。如月兄の家族、卯月兄夫婦、葉月とその婚約者も集まり、すんごい賑やかだった。
特に葉月の婚約者の千沙さんは、一臣さんを見るなり、
「きゃあ、こんなにかっこいい人を見るのは初めて」
と喜んでずっとはしゃいでいるし、それに対して葉月の反応は冷めているし、この二人大丈夫なの?と周りが心配した。
そして、如月兄の子ども、つまり私の姪っ子も、一臣さんにべったりで、
「いいなあ、弥生ちゃん。こんなに素敵な旦那さんで。パパ、私もかっこいい人と結婚させてね」
なんて、ませたことを言って、如月兄を困らせていた。
で、当の本人の一臣さんはといえば、
「壱弥は最近、寝返りをしそうなんですよ」
だの、
「壱弥は最近、高い高いが大好きなんです」
だの、壱弥自慢を父や祖父にして顔をにやつかせている。
「そうか、高い高いが好きなのか~~。じゃあ、じ~じがしてあげよう」
父が高い高いをしてあげると、壱弥は大喜び。
「まあ、可愛い!壱君は本当に可愛いわねえ」
祖母も大喜び。祖父はそんな壱弥を写真でバチバチ撮りまくり。
「なんだかさあ」
私の横にいつの間にか来た葉月が、
「がっかりだよな」
と呟いた。
「え?何が?」
「一臣氏。もっとクールかと思っていたら、単なる親ばかになってるし」
「いいんじゃないのか?正月に奥さんの実家に子ども連れで泊まりにくるなんて、緒方財閥の時期総帥がそこまで家族想いっていうのも、僕はいいと思うけどね」
「ですよね?如月お兄様」
「ああ。子ども生まれたら、外で遊び歩くんじゃないか?とか、いろんな噂もあったんだろ?弥生のことを大事にすると言っていたし、僕は大丈夫だと信じてはいたが、ここまでオミが子煩悩になっているとは正直驚いているよ。でも、よかったな、弥生。幸せそうで何よりだ」
「はい。幸せです!」
「一臣氏も幸せそうだな」
そこに卯月お兄様も話しに加わってきた。
「はい。そうなんですよね。壱君と一緒のときなんて、ずっと目尻が下がりっぱなしで、お屋敷でもずうっとご機嫌なんです」
「あ~~あ。俺はがっかりだな」
葉月だけががっかりしている。ふんだ。あんただって、子どもができたらデレデレになるんじゃないの?
夕飯も終わり、壱弥は疲れたのか、早々に寝てしまった。一臣さんは如月お兄様とお酒を飲みだし、何やら話し出した。いったいどんな話をしているのかと、おつまみを持って行きながら耳をすませると、仕事の話だった。
ああ、この二人って、仕事大好きだよねえ。
葉月と千沙さんは帰って行き、卯月お兄様も自分の家へと奥さんの雅子さんと帰っていった。残ったのは、如月兄の家族。日本にいる間、上条家の実家に泊まるそうだ。
如月兄の子どもたちと奥さんも、早々お風呂を済ませ、部屋に行った。リビングでは兄と一臣さんがお酒を交わし、祖父と父は壱弥の寝顔をビデオで撮り続け、私と祖母はキッチンで片づけをしていた。
お正月は、お手伝いさんにもお休みを出すので、祖母が家事全般をする。そのお手伝いを毎年私がしていた。去年は新婚旅行に行っていたからできなかったけど。
「弥生ちゃん、幸せそうで良かったわ」
「はい。すんごい幸せです」
「一臣さんも、弥生ちゃんと壱君といると、本当に幸せそう」
「はい」
「それに、我が家にもなじんでいるし、あんなに如月と仲がいいなんてびっくりだわ」
「はい。如月お兄様とは、本当に気があっているんですよね。っていっても、いっつも仕事の話をしているんですけど」
「お互いにいい影響を受けているんじゃない?上に立つ人間同士、話が合うんでしょう」
最初は仲悪かった。犬猿の仲っていってもいいくらいだったのに、今じゃ、まるで親友のような仲の良さ。如月兄が日本に来る時は、たいてい会っているみたいだし、そこにはトミーさんも合流するらしい。
トミーさんといえば、瑠美ちゃんとの派手な結婚式にはびっくりしたよなあ。芸能人なみだった。一臣さんが、
「トミー、趣味悪い」
と式から帰ってきて、ずっと愚痴っていたっけ。でも、多分あれ、瑠美ちゃんの趣味だ。ドレスもなが~~いベール引きずって、芸能人じゃないな。どっかの王族の結婚式みたいだな。
だけど、瑠美ちゃん綺麗だったから、似合っていたよなあ。
「弥生の花嫁姿のほうが、100倍可愛かったな」
と、一臣さんに言われた時には、恥ずかしさと同時に、この人大丈夫かなと心配したけど。
そんなこんなで、お正月も過ぎていき、いよいよ寮が完成する日がやってきた。
寮が完成するとともに、晴れて亜美ちゃんが婚姻届を出しに行った。式は5月に挙げるらしいが、その前に一緒に住むことを決めたらしい。
「せっかく、寮ができたんですから、二人ですぐにでも住もうってことになったんです」
と顔を赤らめながら話してくれた。そこで、メイドさんやコックさんが寮の休憩所でお祝いをしたらしい。私も呼んで欲しかったと、寂しい思いをした。
「俺らは俺らで、何かお祝いをするか」
「はい!」
一臣さんからそう言ってもらって嬉しい。でも、お祝いの品が新居に置く家具一式だと一臣さんから聞いて、心底びっくりした。
亜美ちゃんと旦那さんの清瀬君にその話をすると、二人のほうがさらに仰天してしまったが、
「どうせ新居に置く家具も、一つもなかったんだろ?もともと家具がセットの寮だと思って、遠慮なく使え」
という一臣さんの言葉に、二人は恐縮していた。
「じゃあ、他の部屋も家具を置くのはどうですか」
「ん~~。まったくの新婚とかで、家具がない場合は置いてやる。もう一組入る夫婦は、すでに家具を揃えてあるらしいからな。いらないだろ」
あ、そうか。あっても邪魔になるだけか。
「さてと。俺らの部屋も、家具を揃えないとだな」
「あ、そっか。そうですよね!きゃ!」
「きゃ?なんだ、その浮かれた声は」
「だって、新婚みたいじゃないですか!家具を買うのも楽しみで」
「お前のセンス、いいんだろうな?」
「多分、一臣さんのセンスより、一般人に近いと思います。寮に置くのにちょうどいい感じの家具、揃えられます」
「じゃあ、任せた」
「ええ?一緒に見に行ってくれないんですか?」
「俺じゃ、一般人のセンスはわかんないからな。多分、俺らが出た後、その家具は寮に置いたままにして、新しく入るやつに提供するだろうし、一般人のセンスのほうが合っているだろ」
「そうか。仮の住まいだから、買った家具、置いて戻るんですよね」
「弥生、一つだけ忠告だ。ある程度金はかけてもいい。貧乏ったらしい家具とか、手作りとかやめろよな。次に寮に入るやつのことも考えてやれ」
「はい」
ひどい。さすがに新婚だもん。ちゃんとしたのを選ぶつもりだよ。
「昭和っぽいのはやめろよ。ちゃぶ台だの、コタツだの」
「ええ!コタツはいいじゃないですか。これからもっと寒くなるんだから、それだけは譲れません!」
と、強く強く私の願望を訴え、和室にはコタツを置くことにした。
3DKの寮には、5帖の洋室二つと、6帖の和室一つ、6帖のダイニングとキッチン。お風呂はトモちゃんたちがいるお風呂よりちょっと大きめ。洗面台とかもちょっとお洒落。それに、二つの洋室は真ん中の仕切りを取れるようになっているので、10帖の洋室としても使える。
それから、収納スペースもわりかしあるから、家族で住むには、本当にいい感じの部屋だ。
1階には専用の小さいながら庭があり、洗濯物やお布団も余裕で干せるし、2階には大きめのベランダがあり、そこも洗濯物やお布団が十分干せて、どの部屋もベランダは南向きだ。
出来上がってすぐに、私と一臣さんと壱弥、亜美ちゃんと清瀬君で中を見に行った。
「素敵~~!こんなに広いんですね!」
亜美ちゃんが絶叫していると、その横で、
「うわお。エアコン完備だ!」
と清瀬君も声を上げた。
「ああ。それに、防音もしてあるから、多少子どもが騒いでも暴れても大丈夫だ」
「一臣さん、さすがです」
「当たり前だ。俺と弥生も住むことになるんだ。回りのやつらに、弥生のあえぎ声なんか聞かせられないだろ」
「うぎゃ~~!なんつうことを言うんですか!信じられない!」
一臣さんの口に手を当て、黙らせようとすると、一臣さんが抱っこしている壱弥がなぜかきゃたきゃた笑い出した。
「壱も嬉しいか?ここにしばらく住むんだぞ」
「きゃきゃきゃ!」
住むのは多分、6月くらいまで。せいぜい4~5ヶ月。壱弥はその頃、まだ歩いていないよね。ハイハイはしているかな。
私たちの言葉に一瞬、亜美ちゃんたちは顔を赤らめ黙り込んでいたが、
「僕たちはどの部屋に住めばいいんですか?」
と、清瀬君が真面目な顔をして一臣さんに聞いた。
「どこでも。好きなところを選べ。あ、端にしろ。俺と弥生はその反対側に住む。さすがに隣同士や上下は気が引ける」
「う、はい」
「清瀬君、1階がいいかな。2階がいい?」
亜美ちゃんが恥ずかしそうに、そう清瀬君に聞いた。
「そうだな。2階は日当たりが良さそうだけど、1階の庭もいいよな」
「子どもができたら、階段とか危ないし、1階がいいのかなあ」
「いいんじゃないか。庭もそれなりにあるから、花を植えたり、ちょっとした家庭菜園もできる。子どもも遊べるスペースができるぞ」
「わあ!夏場はプールとかできそう。ほら、空気入れで膨らむプール」
あ、私と一臣さん、二人の話に割り込んじゃった。でも、亜美ちゃんも清瀬君も気にしていない様子。
「ああ、子供用の。私も子どもの頃、家の庭で遊びました」
「うちもあった!葉月とよく遊んでいたの」
「なんだ、その、空気入れで膨らむってやつは」
「家庭用のプールです。一臣さん、知らないですか?」
「知らん。俺は子どもの頃から、室内プールで泳いでいた」
「え?どこの?このお屋敷にはないですよね」
「ジムのだ。コーチ陣が来て、本格的に水泳を習っていたんだ」
う…。さすがだ。
「そうだな。室内プールを作るとするか。そうすれば、泳ぎたいときにすぐに泳げるし、壱にも水泳を俺が教えよう」
ってことで、テニスコートと室内プール、格技場の建設も開始された。
寮から離れたところに建設されるから、そうそううるさいことはないと思うけど、どこまで緒方家の敷地はあるんだって、本当に驚く。うっそうと木が生えている森の一部に建設するらしいけど、例の蔵はまだ、森の中にある。一臣さんいわく、蝉を取れる森は残しておくと言っているし、どんだけ広いわけ?
そろそろ、寮に引っ越す日も近づいたある日の休みの午後、お天気だからと壱弥を一臣さんが抱っこして庭を散歩している日に一臣さんとこんな話をした。
「実は私、この敷地全部を歩いたわけではないんです」
「俺もない。屋敷の周りを一周するくらいなら、ジョギングでするけどな」
「は?ないんですか?」
「ああ。車でないと、歩くと何分かかるかわからない」
「え、でも、えっと、セキュリテイは」
「万全だ。屋敷の塀は侵入者を許さない」
「虫とかは?どうやって進入するんでしょう」
「もともと敷地内から出ないんじゃないのか?森と化しているから、毎年敷地内だけで十分なんだろ。まあ、鳥はどっかから飛んできているかもな」
「鳥…」
空からなら進入できるのかな?
「そういえば鶯以外にも、聞いたことのない鳴き声ありますよね。朝早くから鳩の声もよくしますし」
「子どもの頃孔雀も見た。蛇もいたが、それは退治してもらった。狸や狐はさすがに見たことはないが、あ、ここにいるか」
私のこと?!ってか、孔雀~~?なぜ、孔雀?
それにしても、恐るべし緒方財閥。まだまだ、敷地内に余っている土地があるとは。
「そういえば、年に数ヶ月、その森で侍部隊や忍者部隊が訓練するらしいぞ。で、出くわした蛇を退治してくれているらしい。夜はその森でテント張っているとか、忍者部隊は森の木々を飛んで移動する訓練したりって、おい、お前はだめだ。そんなに目を輝かせるな」
え~~~~!そんなに面白いことをしているのに?
「壱も迷子にならないよう、服にGPSをつけておかないとな。俺も龍二も森に迷って、樋口や国分寺さんに助けに来てもらったことが1回あった」
「それも驚きです」
「かなり怖い思いをしたから、その1回だけだ。それ以来、遊ぶのは庭園のみ。それに、誰かにいつも監視されられるようになっていたしな」
「蝉の話を聞いたとき、すごいなって思いましたけど、そこまで深い森になっているとは思いませんでした」
「うん。無駄にでかい。なんで、今まで手をつけなかったのかわからんが、親父も、じじいも、この屋敷にいる時間が少なかったから、どうでもよかったんじゃないのか。二人とも、ほとんどホテル住まいだからな」
「おじい様もですか?」
「じじいのほうが、女遊びが派手だったと聞くし。しょっちゅう海外にも行って、海外の別荘に女はべらせていたらしい。ま、その別荘も今は処分しているけどな」
どこまで聞いてもびっくりの緒方財閥。
そんな緒方財閥の時期総帥の一臣さんは、これから約5ヶ月の間、庶民と同じ暮らしをするんだ。
ああ、どうなることやら。わくわくするけど、ちょっと不安。




