表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第4章 副社長は子煩悩
46/112

第12話 壱弥を残して

 翌日、壱弥を残し、一臣さんの車に乗り込んだ。壱弥はモアナさんが抱っこしているが、私と一臣さんだけが車に乗り込んでもにこにこしている。

「じゃあね、壱君。いい子にしているんだよ」

「あ~~」


「壱君…」

 うるるっとしていると、

「車出してくれ」

と一臣さんは冷静にそう言って、車は発進した。


「まったく。たった1日会えないだけでしょぼくれてどうする」

「う、そうなんですけど」

「お前は俺がいなくてもダメになるが、壱でもダメになるのか」

「…そうみたいです」


「仕事の時は、ちゃんと仕事に集中しろ。そのへん、きっちりと切り替えろよ」

 うわ。言われた。そういうこと、今まで一臣さん言わなかったのに、なんでいきなり。

 やばい。今、久々に頭上に岩が…。


 落ち込みかけていると、一臣さんが私の頭を撫でてきた。あれ?呆れてたんじゃないの?

「弥生、もっとメイドたちを信じろ。何かあれば、すぐに連絡も入る」

「え?あ、はい」

「働いている世の中のお母さんたちだって、仕事は仕事と割り切ってるだろ」


「そうですけど。でも、母親だから子どもの成長とか見ていたいって思うだろうし、ちょっと具合が悪ければ心配もすると思うんです。だから、様子がわかりやすければ、もっと安心して仕事できるかなって」

「モニターでもつけるのか」

「はい」

「屋敷にか?」


「え?いいえ。託児所の話です」

「なんだよ。弥生、やっぱり、しっかりと仕事のこと考えているんだな」

「はい。こうやって壱弥と離れて仕事をするとなってみて、そういうこと考えたんです」

「ふん。いいんじゃないのか。屋敷にもモニターをつけて、パソコンかなんかで見れるようにしたらどうだ?今日はとりあえず、スマホに動画でも送ってもらえ」


「はい、そうします!」

 ちょっと元気でた。

「ははは」

「え?」

 なんで笑われたのかな。


「お前はあれだよな。自分の体験をなんでも仕事に繋げられるし、マイナスもプラスに変えちまうよな」

「そうですか?」

「ああ。俺から離れたときだけは、とことん落ちていくけどな?」

「ですね。きっと、一臣さんは私の力の源なんです」


「ああ、そうだな。まあ、俺もだけどな」

「え?」

「俺も、弥生がいなくなると元気なくなるからなあ」

 うわ。その言葉は嬉しいかも。


「だから、壱から離れていても元気出せ。俺のためにもな?」

「はい」

 ぎゅっと腰を一臣さんが抱いてきた。そうか。壱弥がいないから、ちょっと新婚時代に戻ったみたいだ。

 しばらく運転席との仕切りもして、一臣さんと車内でいちゃついた。


 車はそのまま、工場に直行した。工場と言っても、すでに閉鎖になっている工場だ。今日は工場長に出てきてもらってる。

 閉鎖…。なんだか、心が痛む。その前になんとかできなかったのかなあ。


 まずは1件目。都内にある小さな町工場だ。私が働いていた工場よりも小さい。工場の脇の路地に車を停め、すでに「閉鎖」と書かれて閉まっている門を樋口さんが開けた。


 門は錆付いた音をさせて開いた。すでに工場は寂れている。工場のドアを開けて出てきた人は、白髪の小柄なおじいさんだった。いや、もしかしたらまだ60代かもしれない。でも、なんだか弱弱しく見える。


「工場長ですか。こちらは副社長の」

「副社長の緒方一臣だ」

 樋口さんが紹介する前に、一臣さんがさっさと工場長のほうに歩み寄った。

「それと、私の妻の弥生だ」


 ぺこりとお辞儀をすると、工場長も無言でお辞儀をした。

「悪いな。わざわざ工場を開けてもらって」

「いいえ。中にどうぞ。何もおかまいできませんが」

 工場長の声も弱弱しく、無表情のまま私たちを中に案内した。


「ああ、まだ機材はそのまま残っているんだな」

「はい。業者に頼もうと思っているんですが…」

「工場は手放したのか」

「買い手がまだないんですよ」


「だったら、緒方機械か、緒方金属で引き受ける。この辺の機材も使えるか調べさせる」

「そうですか」

 工場長、まだ背中丸めたまま。

「従業員は?ちゃんと次の仕事に就けたのか」


「……。一人を除いては」

「一人って?」

「息子です。今年41歳になります。41にもなると、再就職は難しいんですよ。正社員になんてそうそうなれない。私はいいんです。もう今年で65だ。年金貰ってうちのやつと細々暮らしていけばいい。だが、息子はそうはいかない。奥さんと子ども養っていかなきゃならない」


 そうなんだ。

「今はどうしているんですか?」

 一臣さんが黙っているから、つい私から質問してしまった。

「就活しながら、日雇いで働いていますよ」

「え?日雇い?」


「技術者って言っても、そうそう雇ってくれるところなんかないんですよ。嫁がなんとか働いて、どうにかやっていっていますけどね」

「何を作っていたんだ?詳しく聞かせてくれ。息子さんにも今度面接したい。技術者は必要なんでな」

「え?息子を雇ってもらえるんですか?」


「ああ。もちろんだ。緒方商事の子会社だったんだ。ちゃんと面倒見る」

「ほんとですか?」

 あ、工場長の目が輝いた!

「大丈夫ですよ!他にも工場が閉鎖になっちゃったりしているんですけど、新しいプロジェクトもたくさん動き出してて、人が必要なんです」


 私がそう言うと、工場長は私を見て、

「本当ですか。息子もちゃんと働けるんですね」

とまた念を押すように聞いてきた。

「はい!」

 力強く頷くと、工場長の目に涙がきらっと光った。そして、嬉しそうに笑うと、

「すぐにあいつに言ってやります」

と携帯を取り出した。


 鼻をすすりながら、工場長は電話をしている。

「一臣さん」

 私も涙をこらえながら、一臣さんの腕に引っ付いた。

「ん?」

「よかったですね」


「そうだな。他の社員たちはちゃんと転職できているみたいだしな」

「じゃあ、この後この工場はどうなりますか?」

「ここはもう取り壊しだな」

「きっと、工場長にとっては、思い出の場所ですよね。守ってあげられないのは、辛いですね」

「ああ」


 一臣さんは静かにそう言うと、樋口さんに指示を出した。樋口さんはすぐさま携帯で連絡を取り出した。


「工場長、明日にでも息子さんと面接ができればいいんだが」

「明日ですか!はい」

 電話中の工場長に一臣さんがそう告げると、工場長は喜んでそれを息子さんに伝えていた。


 1件目の工場をあとにした。工場長は会った時と打って変わって、元気になっていた。そして、ずっと私たちの車を見送っていた。

「工場長も元気になってよかったですね」

「自分のことより、子どものことなんだな」


「え?」

「俺もそうかもな。もちろん、緒方財閥で働いている人みんなを大事にしないとならないが、でも、壱のことも、多分自分のことよりも大事にしていくんだろうな」

「はい。私もです。私も一臣さんや壱君のことが私のことよりも大事です」

 一臣さんは優しく微笑み、私を抱き寄せた。


 2件目は、都内でも町外れにあった。敷地内は広く、敷地内に車を停めた。ここはどうやら、閉鎖になる寸前の工場らしい。借金を抱え、銀行などからも見放され、にっちもさっちもいかなくなり、閉鎖に追い込まれていると報告を受けていた。


「わざわざ副社長自ら来て頂き、申し訳ありません」

 そう言いながら工場の事務所から飛び出してきたのは、頭がつるぴかのおじさんだ。

「いいや、もっと早くに来れなくて悪かった」

 そう一臣さんが言うと、その人はますます頭を下げた。


「どうぞ、こちらへ。工場長がお待ちです」

 あれ?この人が工場長じゃないのか。

「えっと、失礼ですけど、あなたは?」

「私は経理を担当しております」

 なるほど。ここは、工場長自ら現れたりしないのか。


 事務所の中に案内してもらい、その一番奥の部屋のドアをその人はノックして、

「工場長、副社長がいらっしゃいました」

と言い、ドアを開けた。そして、

「ささ、どうぞ中へ」

とへりくだりながら、私たちを通した。


「どうも!工場長の北野です」

 部屋の奥のでかい椅子から立ち上がり、背の高い40代くらいの人がそう元気に挨拶をしてきた。

「…緒方だ。それと妻の弥生だ」

「はじめまして」


 ぺこりとお辞儀をすると、

「どうぞ、お座りください」

と私たちを部屋の真ん中にあるソファに座らせた。


 座ると、クッションがほとんどなくなっている硬い椅子だった。とっても座り心地が悪い。

「お茶をどうぞ」

 若い人がお茶を運んできてくれた。なんだか、綺麗な人だ。事務服を着ているから、事務員さんかな。


「娘の春美です」

「お嬢様?」

「はい。春に美しいと書いて春美です。3月生まれなんです。弥生様もですよね?」

「はい」


「年も一緒なんですよ」

「え?そうなんですか?」

 私より落ち着いて見える。でも、綺麗な人だ。

「弥生様は結婚もされてお子さんも生まれて幸せそうだ。うちの娘はまだ一人もんでね。いやあ、もう少し早くに副社長を会えていたら、ぜひ嫁に貰って欲しかった。はっはっは」


 明るい。工場が閉鎖に追い込まれているのに?

「いやだ、お父さんたらやめてよ。身分が違いすぎるじゃない」

「今のご時勢に身分違いは古いだろう。はっはっは」

「でも、弥生様は上条グループのお嬢様ですよ?私とはまったく違うわ」

 そう言うと娘さんの春美さんは、部屋を出て行った。


「本当に残念ですよ」

 春美さんが出て行った後、工場長は本当に残念そうに一臣さんに話しかけた。

「うちの娘は、どこに出しても恥ずかしくない娘です。副社長にも気に入っていただけたでしょうに」

 え?本気で言ってたの?


「もし、春美ともっと早くに出会っていたら、副社長夫人になれましたかね。副社長のおめがねにかなっていましたかねえ?」

 何その質問。一臣さんもなんて答えるの?

「もっと早くに?」

 一臣さんはそう返し、眉間にしわを寄せた。そして、しばらく黙り込んだ。


 まさかと思うけど、私なんかより春美さんがよかったとか、そんなこと言い出さないよね?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ