第9話 嬉しいニュース
広報課に早速、アンケートを依頼に行った。託児所を作るというプロジェクトも始まるから、私も忙しくなる。でも、わくわくしている。
そんな中、いきなり亜美ちゃんから、
「実は、結婚しようと思うんです」
と衝撃発言が飛び出した。
「え?!」
うそ。付き合っている彼氏と?
「プロポーズは前にされてて。一人前になったらって話だったんですけど、それを待ってたら亜美、年くっちゃうねって言われて。弥生様のこともあって、早めにこどもはほしいよねって」
「そうなの?!まさか、すでに妊娠…」
「してません。赤ちゃん産んだら、メイドの仕事やめないとならないのかなとか、いろいろと悩んでいたんです。でも、育児休暇もあるし、働いてからもみんなが助けてくれるってわかったから、安心できて」
「そうなんだ!おめでとう!式はいつですか?」
「まだ、決めていないです。住む場所も、今の寮、いっぱいだし、どうしようかと思って」
「彼氏の部屋に一緒に住むのは?」
「彼、他の見習いコックと相部屋なんです。私とトモちゃんみたいに」
あ、そっか。
「今後、人が増えることも考えて、寮の部屋を増やさないとですねえ」
「今の寮を建て替えるとかですか?」
「でも、建て替えている間、住む場所がないですよねえ」
「はい」
寮って、家族で住むとけっこう手狭。子どもが一人ならいいけど、二人できたらさすがに無理。
今いるメイドさんやコックさんで、寮だと狭いからって、近くに引っ越した人もいるらしいし。
「一臣さんにも相談してみます」
「はい」
亜美ちゃんは少し顔を赤らめながら、部屋から出て行った。
今日は、一臣さんは会合があって、食事もしてくるらしく私だけ先に壱弥と帰ってきた。
お風呂に入れるのは、亜美ちゃんに手伝ってもらった。やけに亜美ちゃんが、普段一臣さんとどうやって壱弥をお風呂に入れるのか、聞いてくると思った。きっと、参考にするためだったんだな。
うわ~~~。わくわくする。いよいよ、亜美ちゃんも結婚か。
確か、彼氏の名前は清瀬くん。だから清瀬亜美になるんだ。わ~~~~~。
結婚式はどこで挙げるのかな。亜美ちゃんなら教会が似合うかな。うん。ウエディングドレスが似合いそう。
清瀬君も、シュッとしていてタキシードが似合いそうだ。
その日は、一臣さんが10時に帰ってきた。
「お帰りなさい」
壱弥はもう寝ている。一臣さんはベビーベッドの壱弥を見ると、
「なんだ、寝ちゃったか」
とがっかりしている。
「一臣さん、ビッグニュースです」
「ん?」
まだ、スーツの上着しか脱いでいない一臣さんの腕をつかみ、
「亜美ちゃん、結婚するって」
と報告した。
「へえ」
あれ?反応薄い!
「いつ?」
「まだ、先ですけど。まず、新居とか考えないとならないし。今、寮っていっぱいじゃないですか」
「そうだな」
「近くのアパートとかだと、子ども生まれてからみんなで面倒見れないし」
「じゃあ、もう1軒寮を建てるか」
「え?改装じゃなくて?」
「改装なんて面倒だ。敷地内にもう一棟くらい建てられるだろ。そうだな。家族専用にするのはどうだ?」
「いいかも!」
そうしたら、家族が増えても寮に住めるよね。
「今、2DKだから、新しい寮は3DKとか」
「そうだな」
一臣さんがネクタイを外して、ふうっと息を吐きながら、ソファに座った。
あ、お疲れモードだ。
「会合、大変でしたか?」
「いいや。たいしたことはない。ただ、来ていたやつらの見え透いたお世辞やおべっかに疲れた」
「おべっか?」
「緒方電気の杉田みたいに、俺を見下しているやつらも頭にくるけど、うわべだけのやつらも頭にくるよな」
「…はい。ですよね」
私も一臣さんの隣に腰掛けようとしたが、腰を抱かれ、膝の上に座らせられた。そして、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「ようやく落ち着いた」
「壱弥の寝顔で癒されなかったんですか?」
「う~~~ん。ぬくもりが欲しくてな…」
相当疲れたんだな。
「裏ではバカにしているくせに、俺の前ではへつらう…。そういうやつらが一番頭に来る。まあ、そんなやつばっかりだけどな」
なんだか、一臣さんがこんなに愚痴をこぼすのって珍しい。
一臣さんの膝から降りて、一臣さんのほうに体を向けた。そうして、ぎゅうっと抱きしめた。それから髪も撫でると、一臣さんも私を抱きしめてきた。
「壱もいつか、こんなふうに嫌な思いをするんだろうな」
「…大丈夫です。そんなときには私と一臣さんが、ちゃんと壱君の味方になれば」
「うん、そうだな」
「他にもきっと、たくさんの味方はいます。一臣さんにだっています。樋口さんも一臣さんのこと、本当に大事に思っているし」
「そんなの、前から知ってる」
「そうですよね」
私よりも前からずっと。
「大丈夫だ。弥生、心配するな。ちょっとだけ弥生に愚痴りたくなっただけだ」
「はい。いつでも聞きます。バンバン愚痴って大丈夫です」
「ははは。頼もしいな」
一臣さんはしばらく私を抱きしめたまま、離れなかった。
きっと今までも、いろいろと嫌な思いもしているんだろうな。でも、いつでも俺様な態度で、落ち込んだ姿なんて見せたことも無かった。社員にだって一回も。
毅然とした態度で、みんなから怖がられるくらいの、そんな姿しかきっとみんなは知らない。だからこそ、私の前では弱いところを見せてもいいよ。
「一臣さん」
「ん?」
「ダイダイ大好きです」
「…なんだよ、突然」
「めっちゃ愛してます」
「うん、知ってる」
一臣さんがそう言って、あっつ~~いキスをしてきた。
「壱、寝てるし、大丈夫だな?弥生」
「え?」
そのまま、お姫様抱っこをしてベッドに寝かされた。もう、さっきの熱いキスで、私の意識は朦朧としている。
「でも、一臣さん、お疲れなんですよね」
「ああ。だけど、弥生を抱けば疲れなんて吹っ飛ぶ」
そうして、甘美な世界に連れて行かれた。壱君、ずうっと泣かずに寝ていてくれてありがとう。
ほわわん。
「汗掻いた。シャワー浴びてくるから、弥生、先に寝てていいぞ」
「はい」
夢心地で一臣さんのぬくもりの余韻に浸っていると、壱弥がぐずぐずとぐずりだした。
「壱君、お腹すいた?」
バスローブを羽織り、すぐに壱君におっぱいをあげに行った。バスローブは一臣さんの提案で、ベッドのすぐ横にいつも置くようにしている。
壱君を抱っこして、ベッドに腰掛けおっぱいをあげた。すると一臣さんが髪をバスタオルで拭きながらバスルームから出てきて、
「壱、悪いな。今日は俺のほうが先に、弥生のおっぱいすっちゃったぞ」
と、とんでもないことを壱弥に、まるで内緒話をするように囁いた。
そんな言葉を無視して、壱弥は一心不乱に私のおっぱいを飲んでいる。
「なんだよ、無視かよ」
「もう~~。変なこと言ってないでください。壱君がスケベ親父になっちゃう」
「まるで俺が、スケベ親父みたいな言い方するな」
「だって、そうじゃないですか…」
「は~~~?いつも俺のことを熱い目で見てうっとりしているくせに、スケベなほうは弥生だろ?」
う…。それは、反論できないけど。
「さてと。寮を建てること、誰に指示するかな。屋敷を取り仕切っているのは国分寺さんかな。うん。国分寺さんから親父に伝えてもらうか」
「そうしたら、新しい寮には誰が住むことになるんですか?」
「今、子どもも一緒に暮らしているっていうやつはいないからな。国分寺さんもすでに子どもが独立しているし、喜多見さんのところも、もう出て行ってるしな」
「あれ?じゃあ、寮を作っても住む人がいない?」
「いや。結婚して子どもが生まれるからって、近くのアパートに出て行ったコックがいたから、呼び戻せばいいんじゃないのか。確か、2年前くらいにコックとメイドが結婚したぞ」
「へえ!職場結婚、多いんですね」
「逆に、他の場所で出会う機会がないんだろ。行き遅れたメイドも多いって聞くしな」
「そうか。私もきっと、一臣さんがお嫁さんにしてくれなかったら、一生売れ残ったかもしれないですよね」
「……」
あれ?返答無し?
「それはないだろ。お前、意外とモテていたし」
「え?まったくですよ!恋愛対象からいつも外されてました」
「いただろ。結婚を前提にまで考えていたやつ。久世とか、トミーとか」
「あ、あれは、えっと。そんなに本気にされていなかったというか」
「本気だったろ。絶対に、俺が他のやつになんか渡しやしないけど」
お腹いっぱいになった壱弥が、満足そうな顔をしていると、
「ほら、オムツ換えてやる」
と一臣さんは壱弥を抱っこした。
「その前にゲップだな」
そう言って一臣さんは壱弥の背中をさする。
「ゲフ」
早い。もうゲップ出た。一臣さん、上手になったなあ。
「最近、この部屋はミルク臭くなったよな」
テキパキとオムツを換えながら一臣さんがそう言った。
「そうですよね。なんてういか、私と一臣さんが二人で子どもを育てているっていう感じもするし、すっかりこの部屋が家族団らんの部屋…みたいになりましたよね」
「そうだな。確かにここでオムツを換えていると、俺と弥生で育てているっていう気もするよな」
「はい」
「でも、実際は仕事中はベビーシッター。俺がいない時にはお風呂の世話をメイドが手伝うし、ほんと、この屋敷に住んでてよかったな。子育てが楽だ」
…確かにそうだ。私ったら、一臣さんと二人だけで子育てしている気になっちゃった。みんながいて手伝ってくれているから、私は仕事と子育てを両立できているのに。
でも、そんな私が社内で働く子育て中の女性たちのために、よりよい託児所なんて作れるのかな。
みんなと同じ立場でもないし、同じ目線でものも見れないし、意見なんか言える立場じゃないよね。
なんか、みんなの役に立てるように頑張るだの、私もアドバイスしようだの、おこがましいこと思っていたんだ。
そんなことを考え出したら、わくわくがだんだんと萎んでいった。




