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続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第一章 嬉し恥ずかし新婚旅行
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第4話 おじい様とおばあ様

 別荘に到着した。緊張しながら中に入ると、メイドさんの一人が石橋さんを呼んでくれた。

「お待ちしておりました。弥生様お一人ですね?」

「はい。ごめんなさい。一臣さんは今、えっと」

「エイミーさんとテニスをしていらっしゃると聞いております」


「え?誰から?」

「一応、ボデイガードから連絡が来るようになっていますので」

 そうなんだ。ハワイでもその辺は徹底しているんだな。


「どうぞ」

 石橋さんは、さっきからあまり笑わない。昨日もそうだったけど、ちょっととっつきにくい。

「はい」

 私は石橋さんの後ろからお屋敷の中へと入っていった。


 大きなロビーを抜けると、これまた大きなリビングらしき部屋が現れた。やっぱり、床は大理石。大理石だからなのか、ちょっと冷たい印象を受ける部屋だ。


 高い天井と大きな窓ガラス。窓から見える風景は、大きな緑の木々とプール。


 だだっ広いリビングの奥にソファがあり、そこに白髪の髭を生やした色黒の男性と、白髪で色白の女性が座っていた。

「旦那様、奥様、弥生様をお連れしました」

 おじい様とおばあ様だ。わあ、緊張する。


「初めまして。緒方弥生です」

 ぺこりとお辞儀をすると、

「一臣はエイミーとテニスらしいなあ」

と、おじい様が通る声でそう言った。


 おいくつなんだろう。しゃんと背筋が伸びていて、肌つやも健康的。声は大きく通っていて、若々しい。

「弥生さん、初めまして」

 おじい様が座っているはす向かいのソファにおばあ様は座っている。にこりと笑顔をこちらに向けてそう挨拶をしてくれた。


 おばあ様は日に焼けていないし、小柄で大人しそうな印象だ。

「は、はい。あ!あの、私、日本から羊羹を持ってきたんですけど、コテージにおいてきちゃいました。ごめんなさい。あとで取りに行きます」

「羊羹?そんなもんは食わん」


 え。

 

「そんなことより、なんでまた新婚旅行なんてしているんだ?一臣は。仕事はどうしたんだ」

「え、あの。10日間休みを取るために、年末も仕事をして…」

「あいつがなんのために新婚旅行になんか…。ああ、子作りに励むためか?」

 ええ?いきなり、何を言い出すんだ。思わず赤面しちゃうよ。


「弥生さん、さっさと跡取りを産んでくれ。男の子だ。それも二人。長男に何かあった場合、跡取りがいなくなっては困るからな。ちゃんと二人目も男の子を産んでくれ」

「え?あ、はあ」

 

「そこは、こいつも、総一郎の嫁も責任を果たしたからな」

 おじい様は、こいつと言った時におばあ様を見た。そして、私の顔もするどい眼光を向けて見ると、

「いいか、二人の男子を産まないと、お役目達成とは言わないからな。一臣にも言っておけ。よそで子供を作っても、跡取りにはしない。養子も入れさせない。どこで遊んでもいいし、他の女に子供を産ませてもいいが、跡取りだけは弥生さんに産ませろってな」

と話を続けた。


 え、えっと。何それ。どこで遊んでもいいし、他の女に子供を産ませてもいいが。。。って何?ちょっと、何を言われているんだか…。


「さあ、石橋、もういいだろ。弥生さんには下がってもらいなさい。私はこれから、昼寝の時間だ」

 そう言っておじい様はソファを立つと、リビングから出て行ってしまった。


「……」

 ダメだ。足が動かない。頭も働かない。今、何を言われたんだっけ?

「弥生さん、お話があります。ここに座って」

 おばあ様にそう呼ばれ、よろよろとおばあ様の手前のソファに腰を下ろした。


「はい…」

 優しい声なんだけど、おばあ様の顔は笑っていない。

「いろいろと弥生さんのことは聞いておりますよ」

「いろいろと?」

 って何を?


「大学が一臣と一緒で、一臣をすっかり気に入ってしまい、フィアンセに名乗り出たそうですね?」

「え?い、いいえ。私はお父様から婚約者がいると聞かされて」

「そう。じゃあ、ちょっと聞いていた話と違うのかしら。でも、一臣に入れ込んでいて、大学時代はストーカー行為もしていたとか」


 どこ情報?う…。それは否定できないけれども…。

「あの、確かに私は一臣さんのことを、大学時代からとてもお慕いしていましたが」

「弥生さん、悪いことは言わないわ。弥生さんのためにも前もって言っておきます」

「はい」


「一臣に期待をするのはおやめなさい」

「え?」

「結婚に対してあまい夢を見るのも、今後、仲のいい夫婦でいようと期待するのもやめなさい」

 え?!


「緒方家の男どもは、自分の妻は跡取りを産むための道具としか見ていません」

「……」

 ぐっさり。


 今、すんごい涼しい顔でおばあ様、ものすごいこと言ったかも。

「変に夢を見ても、あとあと傷つくのはあなたです。わたくしもそうでした。だから、今のうちに夢も期待も捨てなさいな。ハワイでも、一臣とは別行動をしてるようですが、あなたはあなたで、何か楽しみを見つけなさい。エステなんてどうですか?わたくしと一緒に行きますか?」


「い、いいえ。だ、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」

 私は必死で笑顔を作りそう答え、

「長居しても申し訳ないので失礼します」

と、その場を逃げるように立ち去った。


 重たい足を引きずりながらコテージに帰った。

「弥生様、おかえりなさいませ」

 明るくそうコテージで出迎えてくれたのは、モアナさんだった。

「モアナさん」


「どうかしましたか?顔色、よくないです」

「疲れちゃったかな。少し、ベッドで横になります」

「まあ、大丈夫ですか?」

「寝れば治ります。おやすみなさい」


「はい」

 おろおろと困っている様子のモアナさんをその場に残し、私はさっさとベッドルームに行きベッドに潜り込んだ。


 本当に頭が痛い。ズキズキする。ううん、胸も痛い。喉も痛い。う…。とうとう涙も出てきた。

 何が一番悲しいかって、まったくもって、私はお二人に歓迎されていなかったことだ。


 上条家のおばあ様とおじい様のように、「いらっしゃい、よく来たね」と言ってもらって、笑顔で出迎えてくれて、もしかしたらハワイ式にハグとかあるかも、なんて勝手に想像してた。


 いらっしゃいの一言もなく、おじい様は笑顔すら一回も見せてくれなかった。跡取りを産め。ただそれだけだ。

 それに、おばあ様の言葉もものすごく悲しい。

 緒方家の男は、奥さんを跡取りを産む道具にしか思っていない?


 そうおばあ様や、お母様は扱われていたっていうことだよね。

 でも、一臣さんは違うもん。私の勝手な夢とか、期待とかじゃない。本当に二人であったかい幸せな家庭を築くんだもん。


 う~~~~。なんか、ショックだ。それに、おじい様、私と一臣さんが新婚旅行に来ていることすら信じられない様子だった。


 それに、それに、おばあ様、私がひたすら一臣さんを想っているだけで、私の独り相撲みたいなこと言ってた。

 違う。どんな報告が誰からあったか知らないけど、違うもん!


 ダメだ。ちょっとのことじゃめげないのに、思い切り落ち込んだ。ただですら、一臣さんがエイミーさんとテニスをしに行っただけでも、かなり滅入っているのに。


 ひっく。涙、止まんないよ~~。


 とっても楽しみだったハワイ。とっても楽しみだった新婚旅行。二人で思い切りいちゃつこうって、一臣さんも言っていたのに、なんで、私一人で泣いているのかな。


 うえ~~~~ん。日本に帰りたい。お屋敷に帰りたい。亜美ちゃんやトモちゃんがここにいてくれたら。喜多見さんにも、国分寺さん、樋口さん、等々力さんにも会いたい。


 みんながいてくれたら、まだ救われたのに。ここはハワイだから、だあれも味方がいないよ。


「弥生様」

 ドアをノックする音とともに、モアナさんの心配そうな声がした。

「はい」

「あの…。これ、よかったら」


 何か飲み物を持って来てくれたみたいだ。

「ココナツジュースです。元気になります」

「ありがとう」

「そんなにお辛いですか?」


 あ、ベッドから顔を上げてしまったから、泣き顔見られた。

「大丈夫です」

「石橋さん、呼びましょうか?」

 うわ。あの人苦手。


「大丈夫です」

「でも。…じゃ、じゃあ、一臣さんをお呼びしましょうか」

「どうやって?」

「石橋さんに頼んで」


「いいです。大丈夫です」

 なんか、石橋さんに言っても、一臣さんには伝わらないような気もするし。

「私、しばらく隣の部屋にいます。何かあったら呼んでください」

「ありがとう、モアナさん」


 そう言うと、モアナさんは少しはにかんだ笑顔を見せ、部屋を出て行った。

 亜美ちゃんやトモちゃんを思い出す。いくつくらいかな。まだ、10代かしら。モアナさん、可愛らしくて癒された。


「はあ」

 少し涙がおさまった。


「帰ったぞ!弥生!いるのか?」

 え?一臣さん?

 部屋の向こうから声がした。それから、ズカズカと歩く一臣さんの足音も。

 どうしよう。私、こんな泣き顔だよ。今、顔見せられないよ。


「一臣様、弥生様は具合が悪くて、今休んでいます」

 ドアの向こうから、必死にモアナさんがそう言っているのが聞こえた。

「弥生の具合が悪い?!」

 一臣さんの驚くような声も。


「弥生!大丈夫か?」

 心配そうな声を出しながら、一臣さんがベッドルームに入ってきた。

「弥生?」

 どうしよう。思わず、布団の中に潜り込んじゃったけど。


「どうした?どこか痛いのか?」

「一臣様。弥生様、泣いていらして」

 うわ。モアナさんがばらしちゃった。


「泣いて?」

「大丈夫でしょうか。相当、苦しいんでしょうか」

「弥生、どうした?泣くほど辛いのか」

 くるくると布団の中で首を振った。


「顔見せろよ」

 一臣さんが布団を上げようとしたので、思い切り布団を握り締め、必死に顔を見せないようにすると、

「弥生!手を離せ!」

と怒鳴られてしまった。


「あ、あの、一臣様、お、お優しく…」

「わかってるよ、モアナ。お前はもう下がっていいぞ。何かあったら連絡するから」

「でも」

「大丈夫だ。二人にさせてくれないか」


「は、はい」

 モアナさんは、少しその場に佇んでいたが、

「モアナ、俺がいるから大丈夫だ」

と、また一臣さんに言われ、コテージを後にしたようだ。


「弥生?」

 うわ。いきなり、ものすごく優しい声になった。

「じじいに何か言われたのか?」

 ドクン。


「そうなんだろ?じじいに会ったんだろ?」

「はい」

「とんでもないこと言われたのか?」

「……」


 ギュ。突然、布団の上から抱きしめられた。そして、私の頭にチュッとキスをすると一臣さんは、

「悪かったな。お前一人で行かせて。俺が会いたくないからと、ついつい意固地になった」

と、優しくささやくように言った。


「意固地?会いたくない?」

 私はそっと布団から顔を出し、一臣さんの顔を見た。あ、なんだか、辛そうな顔をしている。

「あ~~あ。すごいブス顔だ。目、腫れてるじゃないか」

 う。こんなときに、ブスって言わなくても。


 チュ。泣きはらしたまぶたに一臣さんがキスをした。それから、おでこにも、そして唇にも。

「ろくでもないこと言われたんだろ?ん?」

「跡取りを早く産めって。男子を二人産むのが私の役目だって」

「それから?」


「…一臣さんにも伝えておけって。外で子供生ませても、養子にはしない。どこで女と遊んでも、外で子供作ってもいいが…って」

「………。なるほどな」

 そう呟くと、一臣さんは私を抱きしめた。


「そんなの、俺がするわけないだろ。外で子供を作るどころか、女遊びだって」

「エイミーさんとテニスした…」

 あ。思わず、そんなことを口走ってしまった。


 一臣さんは方眉をあげ、

「テニスだけだろ。ワンゲームしただけで、帰ってきたし」

とちょっとふてくされたように言った。

「……で、でも、寂しかった」

 聞こえるか聞こえないかの音量で私はそう言ってみた。


「悪かったって思っているよ。弥生のことほっぽらかしたこと。でもなあ、俺よりじじいに会いに行くことを選んだりしたから」

「一臣さん、おじい様が苦手なんですか?」

「苦手なんてもんじゃない。大嫌いだね、昔から」


「そうだったんですか」

「あのじじいは、俺のことも龍二のことも、可愛い孫だなんて思ったことは一度だってないんだよ。ばあさんだってそうだ。ハワイに来ても、ろくすっぽ顔も合わせてくれないし、会っても、勉強はしているのか、将来緒方財閥を背負って立つ人間なんだから、しっかりしろと、それしか言わない」


 そうだったんだ。

「ばあさんは、なんにも話しかけてもくれない。俺も龍二も子供心に、愛されているわけじゃないんだなって勘付いてた」

「そんな…。そんなの、辛すぎます」


「そんなもんだと思っていたから、辛いとも思わなかった。ハワイには、このコテージには来るが、向こうの屋敷には顔を出さなかった。まあ、一回くらい食事は一緒にしたが、そのときも大して話もしなかったし」

「……」


「上条家は違うんだろ?羨ましいよな。お前はじいさんからもばあさんからも、愛されててさ」

「はい」

 そうだった。緒方家って違うんだ。一臣さんは子供の頃から、大人に囲まれ、教え込まれ、両親にもそうそう会えず、あの広いお屋敷のあの広い部屋で一人で過ごし、愛情ってものをあまり感じずに過ごしていたんだった。


「あのじじいはさ、自分の子供に対しても愛情をかけてやれなかった」

「え?」

「親父も、おじさんも、まったくと言っていいほど、自分の親とかかわっていないんだよ。だから、親父は俺や龍二にどう接していいかわからないところもあったみたいだ」


「でも、総おじ様は優しいです」

「ああ。そうだな。親父を育てた周りの大人が、けっこう優しい人だったみたいだ。時には厳しく、時には優しく。ああ、そうだ。お前のおじいさんが親父の武道の師匠らしいが、愛情深く接してくれていたようだぞ」


「おじい様が?」

「ああ。あと、親父の近くにいた執事とか、教育係の人とか。だから、親父は愛情表現はちょっとへたくそだけどさ、忙しいなりに俺に愛を示してはくれていたよ」

 そうなんだ。ちゃんとそれを一臣さんも感じていたんだ。


「俺がほしいってもんを買い与えたりとか、子供の頃に俺が結婚するって言った戯言を真に受けて、婚約させたりとか」

「え?戯言?」

 それ、私のことだよね?戯言だったの?


「うそだよ」

 思わず暗くなると、一臣さんは私のおでこにキスをしてからそう優しく言った。

「あれには親父に感謝してる。俺の子供の頃の発言を覚えていて、ちゃんと初恋の相手と結婚を考えてくれたんだからな」


「本当に?そんな子供の頃に言ったことを、真に受けて結婚させられて、頭にきたりしていませんか?」

「俺が頭にきているように見えるのか?」

「い、いいえ」

「だろ?わかっているなら、そんな馬鹿な質問をしてくるな」


「はい」

 ちょっと、嬉しいかも。

「でもなあ、ちゃんと婚約者の相手が、俺の初恋の相手だって教えてくれなかったのは、親父の抜けてるところだよな。そこまでちゃんと教えておけって言うんだよな。それとも、俺がもっと早くに気がつくと思っていたのかなあ」

「サプライズだったとか?」


「ああ、なるほど。そういうオチか。考えられるな。へんなところで、あの親父は茶目っ気だすからな」

 そう言って一臣さんはくすっと笑った。

 ああ、一臣さんの笑顔。なんか、思い切り今気持ちがほっとしたかも…。


 ギュウ。一臣さんに思い切り抱きついた。

 う、なんかまた思い切り泣きたくなってきた。ほっとしたからかな。



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