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続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 副社長は奥様にぞっこん?!
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第9話 一臣さんに甘える

「いたたた」

 さっきまで、声を上げずに耐えられたのに、声を抑えることもできなくなってきた。

「大丈夫?弥生ちゃん」

 祖母が腰をさすってくれる。


「だ、大丈夫」

 本当は辛い。でも、祖母に甘えてしまうのは気が引ける。

 

 交代で喜多見さんが私の腰をさすってくれた。でも、やっぱり申し訳なくて痛くて辛いのに、

「ごめんなさい、すみません」

と痛がりながらも謝ってしまう。


「大丈夫ですよ。わたくしのことは気になさらないで」

 そういうわけにはいきません。もう2時間以上腰をさすってもらってる。いくら祖母と交代したとしても、二人ともずっと腰をかがめたまま。絶対に腰を痛めちゃうよ。


「あの、今、何時ですか?」

「6時半ですよ。何かお食べになりますか?」

「いいえ。私、なんとか一人で大丈夫なので、ご飯食べてきてください」

「そんなわけにはいきません」


「そうよ、弥生ちゃん。夕飯抜くくらい大丈夫です。それに、おにぎりを持ってきたから、あとで喜多見さんと食べますよ。そんな心配しないでもいいのよ、弥生ちゃん」

「はい、ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫ですよ、弥生様」


 そう言ってくれても、申し訳ないよ。このあとどのくらい陣痛が続くんだろう。その間ずっとつき合わせたら、おばあ様や喜多見さんのほうが体がまいっちゃわないかな。


 また陣痛が来てそれに必死で耐えた。でも、痛いと声が出てしまった。

 そんなこんなを繰り返しながらも、何度も私は時間を聞いた。何度聞いても6時台、おかしい。時間がたつのがなんでこんなに遅いの?


一臣さん。一臣さ~~~ん!!


「弥生!」

 え?!

 ガラリとドアが開き、一臣さんが息を切らしながら入ってきた。

 私の心の叫びが聞こえたの?


「一臣おぼっちゃま」

「ああ、喜多見さん、あ!弥生のおばあ様もいらしたんですね」

 そう言いながら一臣さんは病室に入ってくると、すぐに私の隣に来て、

「大丈夫か?」

と頭を撫でてくれた。


「一臣さ~~ん」

「ん?どうした?」

 思わずうるうるっときた。そして、一臣さんの手を取ってほっぺにすりすり。

「なんだよ、甘えてるのか?」


 そう言うと一臣さんは、おでこにチュっとキスしてくれた。


「陣痛は?」

「今、ひいたところです。でも、そろそろまた来る…」

「まだまだ、かかりそうなのか?」

 一臣さんの質問に喜多見さんが、

「まだかかると思いますよ」

と答えた。


「そうか。じゃあ、喜多見さんとおばあ様は休んでください。今までずっとついていてくれたんですよね」

「そうね。じゃあ、一臣さんに頼んで外のベンチでおにぎりでも食べてこようかしら」

「一臣お坊ちゃまはお夕飯は?」

「車の中で適当に食べてきたから大丈夫だ。今、樋口が軽く食べられるようなものも買いに行ってる」


「そうですか。では、ちょっと休んできます。すぐそこにいるので、何かありましたらお呼びくださいね」

「はい」

 喜多見さんとおばあ様が廊下に出て行った。それを確認してから私は一臣さんの腕にしがみついた。


「大丈夫か?弥生」

「う~~~~~、ダメです。痛いです~~~~」

「陣痛きたのか?」

「はい」


 ああ、でも、一臣さんの顔を見ただけで安心した。陣痛は痛いのに、気持ちが全然違う。


「どこだ?お腹をさするほうがいいのか?」

「腰が痛いです~~」

「腰だな?」

 一臣さんは腰をさすってくれた。


 一臣さんの手、あったかい。

「いたたたた」

「そんなに痛いのか?」

「痛いです~~~~~~~」


 ふえ~~んと一臣さんにしがみついた。

 一臣さんはただただ、腰をさすってくれた。


「よしよし」

 一臣さんが優しい。いつものことだけど、めちゃくちゃ優しい。だからつい、もっと甘えたくなっちゃう。

 すうっと陣痛が引いた。

「一臣さん、仕事は?」

「まだあったが、細川女史に頼んできた」


「え?そうなんですか?」

「プロジェクト関係の仕事は、メンバーに頼んだ。みんな赤ちゃんが生まれるって言ったら、早く奥さんのところに行ってくださいと言ってたぞ」

 そうなんだ。なんだか恥ずかしい。


「なにしろ、副社長は奥さんにぞっこんだの、甘甘だの、そんな噂が流れているようだからな」

「ええ?」

 そうなの?うっわ~~。恥ずかしい!


「う!また来た」

「陣痛か?」

「はい」

「よしよし」

 そう言ってまた腰をさすってくれる。また一臣さんの腕にしがみつき、なんとか陣痛の痛みが去った。


「一臣さん」

「ん?」

「おばあ様や喜多見さんがいてくれたのは、心強かったんです」

「そうだろうな」


「でも、気兼ねするっていうか、甘えられないっていうか」

「お前、ずっと一人で頑張ってきたから、甘えるのが下手なんじゃないのか?」

 そう言いながら頭を一臣さんが撫でた。

「でもでも、一臣さんがずっと甘えさせてくれていたから、私すっかり一臣さんの前では甘えん坊になりました」


「そうだな。じゃあ、俺が来てほっとしただろ?」

「はい」

「俺には遠慮なく甘えていいぞ」

 ぎゅぎゅ。一臣さんの腕にまたしがみついた。


 一臣さんが頭や頬を撫でてくれる。ああ、ほっとする。


 トントン。

「弥生様、失礼します」

 という声がして樋口さんが入ってきた。

「弥生様、いかがですか?」


「今は大丈夫です」

「一臣様、軽食を買ってきました」

「ああ、その辺に置いていってくれ」

「よろしければ、わたくしが弥生様についていますので、廊下でお食べになりますか?」


「いや、いい。弥生は俺がいないと不安らしいからな。樋口、俺はさっき車で軽く食べたが、お前食べてないだろ。何か食べてきていいぞ」

「では、弥生様、お産頑張って下さい」

「はい」


 う。きた。陣痛…。でも、なんとか樋口さんが病室から出て行くまでは痛みに耐えた。でも…。

「いった~~~~~~い」

 樋口さんが出た途端、思い切り声に出てしまった。


「大丈夫か?」

「ダメです~~。いたたたたた」

「よしよし」

 ああ、私って、思い切り一臣さんに甘えてる。一臣さん、呆れないかな。


「出産には立ち会えなくて悪いな」

「いいえ、いいんです」

「ちゃんと廊下で弥生のこと応援しているからな」

「はい」


 立会いは無理だと言われた。あまり血に強いほうじゃないらしい。

「だから、分娩室に入るまでは甘えていいぞ。な?」

「はい」

 

 そのあと、喜多見さんが来てもおばあ様が来ても、一臣さんは、

「俺がついていますから、休んでいてください」

と言って、ずうっと私のそばにいてくれた。


 看護師さんが来て、いよいよ分娩室に行くことになった。

「頑張れ、弥生」

「はい。頑張ってきます」

 そう言って一臣さんとぎゅっと手を握り合い、そのあと分娩室まで移動した。


 痛い。陣痛はさっきよりもずっと痛くなってる。でも、いよいよ生むんだと思ったら、気持ちが引き締まった。

 ここからは一人だ。


 壱君、ママ頑張るからね。君も頑張って。


「緒方さん、頑張って」

「もう少しよ」

 

 分娩室では一人だと思った。でも、ずっと先生も看護師さんや助産師さんが励ましてくれた。


 そして…。

 分娩室に入って1時間後、

「おぎゃ~~~~、おぎゃ~~~~!」

という元気な赤ちゃんの声が分娩室に響き渡った。


「元気な男の子ですよ」

 体重を量ってくれ、

「3100グラムです」

と壱君を抱っこして、私の隣に看護師さんが連れてきてくれた。


 小さい。可愛い。顔が真っ赤だ。


「壱君」

 ああ!感動のご対面だ!!!


「パパにも会ってきましょうか。ね?」

「はい。お願いします」

 看護師さんが壱君をまた抱っこして、分娩室を出て行った。


 今頃一臣さん、壱君に会っているんだろうな。どうかな。パパになる自覚ないみたいだったけど、抱っこしたかな。

 一臣さんがパパって、どうも想像つかないな。


「じゃあ、病室に行きましょうね」

 体力使い果たしてぐったりの私を車椅子に乗せてくれて、分娩室を出た。


「弥生!」

「弥生ちゃん!」

 一臣さんとおばあ様が、私のもとにすっ飛んできて、

「よくやったな」

「無事に生まれてよかったわね」

と喜んでくれた。


「弥生様」

 その後ろから喜多見さんと樋口さんが、にこにこしながら私を見ている。って、あれれれ?

「弥生様、よかったです。無事にお生まれになって」

「樋口さん?!」


「赤ちゃんの産声が聞こえたあたりから、こいつ泣いているんだ」

 え~~~~~?!!樋口さんが泣いちゃったの?でも、今も目が真っ赤。

「とっても可愛い赤ちゃんで…。お名前は壱弥様ですね」

「はい」


 うるうるしている樋口さんを見ていると、私まで涙が…。すると、

「お母様も天国で喜んでいるわ、きっと」

とおばあさ様まで泣き出した。


「おばあ様…」

「無事に生まれたこと、お屋敷のみんなに報告しますね」

「はい」

 喜多見さんまでが目尻をハンカチで拭きながら、携帯を取り出して廊下を歩いていった。


「病室にお連れします」

 看護師さんがそう言いながら車椅子を押し出した。

「一臣さん、赤ちゃんは?」

「もう新生児室に行ったぞ」


「会いましたか?」

「ああ」

 あれれ?それだけ?感動の対面じゃなかったのかな。


 病室に着き、ベッドに横になった。どっと疲れが出てきて、

「は~~~~~」

と大きなため息をついてしまった。


「弥生、お疲れ。よく頑張ったな」

 一臣さんがそう言って私の頭をなでてくれた。

「はい…」

 なんだか返す言葉も、疲れ果てて出てこない。


「弥生ちゃん、大成にはさっき電話したから、もうすぐ来ると思いますよ。大成も孫の顔が早く見たいって言っていたから」

「お父様が?…あ、おばあ様、お疲れですよね?もう休んでください」

「大丈夫。ずっと長いすに座っていただけですし、大成が来たら一緒に赤ちゃんを見に行って帰ります」


「名前は壱弥です」

「壱弥君。いいお名前だわ」

 一臣さんの言葉におばあ様も嬉しそうに笑った。


 それから5分もかからないうちに父がおじい様とやってきた。

「弥生!生まれたんだって?」

「赤ちゃんはどこだ?」

 ガラッとドアを開けると共に、二人ともうるさい。


「静かにしてくださいな。赤ちゃんは新生児室に居ますよ」

「なんだ。そうか」

 かなり二人ともがっかりした様子。


「二人とも、弥生ちゃんにかけてあげる言葉は無いの?何時間も陣痛を耐えたのよ」

「弥生、よく頑張った。一臣君、男の子だってね。跡継ぎが生まれてよかったよかった」

「はい、ありがとうございます」

 父の言葉に一臣さんは、静かにそう答えた。


「ん?社長や奥さんは?」

「二人とも出張中なんです」

「そうか。予定日よりも早かったしな。でも、一臣君は忙しい中やってきてくれたんだね」

「はい。出産には何とか間に合いました」


「もう赤ちゃんに会ったのかい?」

「はい。生まれてすぐに抱っこしました」

「それは羨ましい。可愛かったろう」

「はい」


「大成!見に行くぞ。ほら、お前も来い」

 おじい様に引っ張られ、おばあ様も新生児室に行くらしい。

「弥生ちゃん、じゃあまたね。また明日にでも来るわね」

「はい、今日はありがとうございます」


「ゆっくり休むんだぞ、弥生。一臣君、弥生をよろしくな」

「はい」

 お父様もそそくさと顔をにやつかせながら、病室を出て行った。


「喜多見さん、一回お屋敷に戻っていいぞ。樋口、等々力は屋敷に戻ったそうだから、お前が運転して一緒に戻ったらどうだ?」

「かしこまりました。では、スーツなどご用意して、明日の朝届けに参ります」

「ああ、頼む」


「え?明日の朝ってことは、一臣さんここに泊まるんですか?」

「当たり前だ。なんのためにこの部屋を頼んだと思っている」

 うそ。

「緒方財閥専用の個室だ。ベッドももう一つ用意してもらった…が、多分お前の横で寝るぞ」


 まじで?

 それでベッドがもう一つあったんだ。この部屋、やけに広いし、テレビやら冷蔵庫やら、デスクとソファまで置いてあって豪華だと思った。


「シャワールームも完備してある。樋口、何着か着替えも頼む」

「かしこまりました」

「え?え?でも、食事とかは?」

「今夜は適当に樋口が買ってきたものを食べる。朝はコーヒーだけだし、明日の夕飯は多分、外で食ってくる」


「……明日からもお仕事忙しいんですよね?」

「ああ。どうせ屋敷に帰っても一人じゃ眠れないからな、ここで寝る」

 そういうことか。

「お前も俺がいるほうが安心だろ?」

「はい」


「赤ん坊はずっと新生児室で見てもらうしな」

「あ、でも、パジャマとかないですよね?」

「いい。裸で寝る」

「そういうわけにも…」


「パンツの着替えとバスローブはオフィスから持ってきてあるぞ」

「……」

 用意周到…。

「では、わたくしはこれで失礼します」

 喜多見さんと樋口さんは帰っていった。


「さ~~~て。邪魔者は消えた」

 一臣さんは私の寝ているベッドに座り、

「弥生、本当によく頑張ったな」

とまた頭をなでたり、チュっとキスをしてくれた。


「はい」

 ふわん。一臣さんの優しい手に触れ、一気に気持ちが緩んでしまった。

「眠いのか?」

「はい」


「うん。寝ていいぞ。頑張ったもんな」

「一臣さんは?」

「シャワー浴びてくる。でも、寝るまでそばにいるぞ」

 そう言って私が眠りに着くまで、一臣さんは私の頭を優しくなでてくれていた。




 


 




 






 

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