第3話 黒髪スレンダーの妹
翌朝、部屋でのんびりとルームサービスを頼んで食べた。一臣さんは英字新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいる。
ハワイでも朝の日課は同じなのね。
「弥生、お前、まだじいちゃんたちと会う気でいるのか」
「もちろんです。せっかくハワイまで来たんだから挨拶します」
「そうか。わかった。じゃあ、勝手にしろ」
え?
なんか、まだ不機嫌?
ホテルを出てリムジンに乗り込んだ。今日もアマンダさんとボブさんが乗っている。
「あの、アマンダさんもずっといてくれるんですか?」
「別荘に着きましたら、別行動させていただきます。私たちはホテルに泊まるので」
「そうなんですか」
「ハネムーンまだだろ?まあ、せいぜいのんびりしろよ」
「ありがとうございます、一臣。それも、スイートルームを取ってくれて。なんだか、申し訳ない」
「いい。休暇返上して弥生に付き合ってもらったんだ。帰りにまた弥生の土産買うのを付き合ってもらうが、それだけは頼むな」
「はい。もちろんです」
そうか。アマンダさんはボブさんとこれから休暇を楽しむのか。
本当に仲良さそう。それに比べて一臣さん、今日は腰に手も回さないし、手も繋いでくれない。朝から、キスすらしてくれなかった。
いつになったら機嫌直るのかな。
セスナ機に乗り、オアフ島を後にした。マウイ島に移り、車で行くこと30分。確かに東京のお屋敷とはまったく違う、ハワイアンな感じの可愛らしいホテルみたいな建物に到着した。
ビーチがまん前に広がり、ホテルみたいな建物の奥には、コテージらしきものが点々と建っている。
海には人っ子一人いない。
「誰もいないんですか?」
アマンダさんに聞くと、
「プライベートビーチですからね。でも、いつもならもっと緒方財閥の人間がお正月にはいるんです。みんなバカンスを取りに来ますから」
と答えた。
「え?でも、誰も」
「俺と弥生のハネムーンだ。みんな気を利かして、今回はホテルに泊まっているんだろ。じゃなきゃ、別の別荘に行っているか」
「別の?」
「ハワイだけじゃなく、タイとか、バリとか。昔はもっといろんな国にあったが、不景気だしな、赤字続きだったから、手放した別荘もあるんだよ」
「みなさん、お正月は海外に行くんですか?」
「お前は?ああ、海外初だったっけ。親父さんとかも行かないのか?」
「行きません。お正月は家で過ごすか、親戚の家を回るか、みんなが訪問してくれるか」
「ふうん。面白いな」
いいえ!それが多分、一般的な日本のお正月の過ごし方かと。
「じゃあな。俺はコテージに行く。アマンダ、弥生を屋敷に連れて行って、じいちゃんとばあちゃんに会わせてやれ」
「一臣さんは?行かないんですか?」
「行かない。どうせ、ろくなこと言いやしないし。まあ、10日いる間に、一回くらいディナーに誘われるだろ。くそ面倒くせえけどな」
そうして、一臣さんはボブさんに荷物を持たせて、スタスタとコテージのほうに行ってしまった。
「信じられない。挨拶にも行かないなんて」
ぼそっとそう言うと、アマンダさんが、
「本当にお会いになるんですか?」
と聞いてきた。
「え?そりゃ、ハワイに来たんだし。挨拶はきちんとしないと。ちゃんと羊羹も持参したんです」
「よーかん?」
「和菓子です」
「わがし?」
「えっと。日本のスイーツ」
「ああ、甘いもの」
アマンダさんはこちらですと言い、お屋敷の玄関に案内してくれた。ドアを開けると、大理石の床のだだっぴろいロビー。吹き抜けの天井。
そこには3人ほど女の人がいて、掃除をしているところだった。
「あら、アマンダさん。もしかして、一臣様がご到着?」
「はい。到着してコテージに行きました」
掃除をしている人に指示を出していた40代か50代の、黒髪の女性がすぐに私たちを見つけてやってきた。
「そうですか。そちらの方は誰かしら。新しいメイド?」
「わ、わたくし、緒方弥生と申します」
「緒方弥生…。あ!失礼しました。一臣様の奥様ですね」
深々と頭を下げられた。
黒髪で、日本語も上手。日本人かな?でも、ちょっとだけ、日本人離れしている感じもする。
「弥生が会長に挨拶をしたいと言うので、お連れしました」
「アマンダ。まだまだ、日本語がなっていないですわね。弥生様と呼びなさい。申し訳ないです、弥生様。旦那様はプールに泳ぎに行っていますし、奥様はエステを受けていらっしゃいます」
わお。さすが、暮らしぶりが違う。
「わかりました。では、またいらっしゃるときに伺います」
「では、昼食のあとにでも、いらっしゃってください。私からそのようにお伝えします」
「お願いします」
アマンダさんと一緒に屋敷を出た。そして、コテージに行くと一臣さんがすでに水着に着替えていた。
「会えたのか?」
「いいえ。お二人ともいませんでした」
「ふん。そんなことだと思った。ほら、弥生も着替えろ。海に行くんだろ?」
「はい」
「寒いから、なんか、羽織っていけ」
「はい」
「あと、服はそんへんのクローゼットにしまえよな」
「はい」
コテージの中は、素敵だった。応接セット、ダイニングテーブルやカウンター、開放的な空間の中に、籐でできた家具。そして、隣にある部屋に行くと、天蓋つきのベッド。それも、籐でできている。
バスルームに行くと広い洗面台と大きなバスタブ。ガラス張りのシャワールーム。
急いで服をクローゼットにしまってから、水着を着た。その上に短パンやパーカーを羽織った。
「気温低めだからなあ。あんまり泳げないかもな」
「わ~~~~~」
コテージからすぐの浜辺に行くと、あたり一面白の砂浜。誰もいない海。真っ青な海と空。
「すごい開放感」
「だろ?ワイキキなんかで泳ぎたくなくなるだろ」
「はい」
良かった。一臣さん、機嫌直ったかも。
大きなパラソルと、その横に長いすが二つあった。そこに一臣さんは横になり、手にしていた本を読み出した。私も隣に座ったが、何分暇だ。
「あの、誰か来ましたけど」
「ああ、メイドだ。飲みもん持ってきたんだろ」
「はあ」
どうやら、ハワイの現地の人らしい。黒髪で、色黒で、ボインだ。
静かにビールとトロピカルジュースをパラソル下にあるテーブルに置くと、
「一臣様。お久しぶりです」
と、可愛らしくそう言った。
「ああ、モアナ、久しぶりだな」
一臣さんがそう言うと、モアナさんは恥ずかしそうに微笑んだ。
まさか、この人にまで手を出していないよね。
「モアナ、俺の奥さんの弥生だ。こっちにいる間面倒を頼んだぞ」
「はい」
モアナさんは私にも微笑んだ。
「弥生です。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をすると、なぜか驚くように私を見て、モアナさんは去っていった。
「なんか、驚いていましたけど」
「お前が頭をさげたからだろ。緒方財閥の女性は、メイドに頭を下げるやついないからな」
そうなんだ。それはそれで、びっくり。
「さっき、お屋敷で会った人は誰なんだろう。名前、聞けなかった」
「日本人っぽかったか?」
「はい」
「石橋さんだろ。日系2世の」
「日系?」
「石橋さんのおじいさんが若い頃日本からハワイに来たんだ」
ああ、それでどこか、日本人離れしている感じもしたんだな。
「そうだ。一臣さん。浜辺をかけっこしませんか」
「は?」
「追いかけっこです」
「絶対、嫌だ」
そう言うとまた一臣さんは本を読み出した。
う。叶うかと思ったのになあ。
のんびりとしているうちに、私は寝てしまったようだ。
くすぐったい。なんだろう。胸、なんかもぞもぞとしている。
ハッと目を覚ますと、一臣さんが私の胸元にキスをしていた。
「うわあ!何をしているんですか?」
「そんなに驚くな。いつものことだろ?」
まだ、胸を触ってる。
「でも、ここ、ビーチ!」
「誰もいないから、別にいいだろ」
「良くないですっ」
「なんだよ。ったく。だったら、寝るな」
そんなこと言ったって~~。暇なんだもん。
一臣さんは立ち上がり、
「そろそろ昼だぞ」
と、先に歩いていってしまった。
私はずれていた水着を直し、パーカーのファスナーをあげた。もう、信じられない。右の胸出てた。それも、キスマークついてた!なんだって、寝ている隙にそういうことをするかな。ほんと、スケベなんだから。
コテージに戻り、軽くシャワーを浴びて砂を落とした。それから着替えをして、
「さてと。昼飯はホテルに行くか」
と、一臣さんはどこかに電話で連絡をした。
数分後、コテージの前まで車が来て、昨日とは違う人が運転席から現れた。
「運転手のマークだ」
昨日はジョージさん。今度はマークさん。いったい何人の運転手がいるわけ?
それから、車で10分。ホテルに着いた。フロントに行くと、支配人らしき人がやってきて、
「緒方様!お待ちしていました」
と、ぺこぺこお辞儀をした。
「いきなりの予約で悪いな。席は空いているか」
「もちろんでございます」
この男性は日本人のようだなあ。その人に引き連れられ、レストランに行った。レストランは1階にあり、外のビーチが良く見える席に案内された。
そして、二人で昼を食べ終えると、
「午後は、ここのテニスコートでテニスをするぞ」
と、一臣さんはコーヒーを飲み終えてから言った。
「はい。あ、でも、その前に挨拶に行きます」
「はあ?もういいだろ」
「石橋さんが、午後に挨拶に行くとおじい様にお伝えしてくれているから」
「そんなの、あのじじいがちゃんと聞くかどうか」
「え?」
「いいんだよ。わざわざ挨拶になんか行かなくたって」
「そうは行きません。父からも言われています。羊羹だって持って来ました」
「羊羹!?じいちゃんもばあちゃんも、そんなの食わないぞ」
「え?そうなんですか」
どうしよう。
「挨拶なんか行かないでいい」
「行きます!」
「そんなにあの爺に気に入られたいのか」
「は?」
「い、いや。ふん。俺はテニスをするから、勝手にしろ」
「テニスをするって言っても、一人じゃ無理ですよね」
「マークでも誘う!」
あの運転手の?もう、白髪だったよ?
「一臣!!!」
ん?誰?
可愛らしい声に振り向くと、外人の女性が嬉しそうに走ってこっちに向かってきていた。
「エイミー?」
え?今、一臣さん、エイミーって言った?
「なんで、エイミーがここにいるんだ。ロスに住んでいるんだろ?」
「アマンダが仕事でハワイに行くって言ってたから、絶対に一臣がハワイに来るって思ったの。だから、来ちゃった。それも、絶対にここでランチするって思ったんだ!良かった~~~。会えた~~~」
うわあ!一臣さんに抱きついてキスした!
なんで?キスされないように回避するって前に言ったのに。されてるよ?一臣さん、全然避ける様子無かったよ?
それに、エイミーさん、青い目だけど、アマンダさんと違ってスレンダーで、髪長くて、さらさらしてて、もろ、一臣さん好みかも。だって、黒髪だし!
「あ、だあれ?その子」
まだ、一臣さんに抱きついたまま、エイミーさんは私を見た。
「ああ、俺の奥さんだ」
「奥さん?!」
エイミーさんは目を丸くした。一臣さんはそんなエイミーさんを自分から離し、
「エイミーも婚約したんだよな。おめでとう」
と、微笑んだ。
「奥さんと旅行?うそでしょう!なんで?」
「なんでって、結婚したんだ。ハネムーンに来ても別にいいだろ」
「結婚したって、奥さんと旅行もしないって言ってたじゃない。ハワイに来たときには、エイミーと過ごすって」
え?
「そんなことも言ってたな。でも、もう3年も前のことだろ」
3年前?って言ったら、まだ一臣さん、大学生?
「仕事してから、全然ハワイに来てくれなくなって、やっと会えるって嬉しかったのに」
また、エイミーさんは一臣さんに抱きついた。
「離れろって。俺はもう独身じゃないんだ。弥生の前でそういうのやめろよな」
「はあ?信じられない。何を言ってるの、一臣」
「弥生、テニスしに行くぞ」
「え?あ、でも、私はお屋敷に」
「まだ戻る気か」
じろっと一臣さんが私を睨んだ。
「はい」
「そうか。わかった。じゃあ一人で行けよ!エイミー、テニスして遊ぶか」
「ほんと?嬉しい。私、すんごい練習したの。一臣の相手、できるくらいに」
「へえ、そりゃ楽しみだな」
そう言って、一臣さんはエイミーさんとレストランを出て行った。
うそでしょ。エイミーさんとテニス?二人で?
が~~~んと、頭に何個も岩を乗せたまま、車に乗りに行った。そして、私一人でマークさんが運転する車でお屋敷に戻った。
「マークさん」
「はい」
「一臣さんって、エイミーさんと仲いいんですか?」
「そうですね。でも一臣様は、誰とでもフレンドリーですから。ははは」
今の、わざとらしい言い方だった。笑い方も思い切りぎこちないし。きっと、気を使ったんだ。
ああ、なんだか、新婚旅行なのに超暗いかも。