第4話 戻ってきた甘い日々
「おはよう、弥生」
「ん~~、おはようございまふ」
翌朝、目覚めると一臣さんが隣で優しく私を見ていた。
「朝飯たらふく食うんだろ、早く起きろ」
優しい目とは裏腹な憎らしい言葉…。そう言いながら私の鼻をぎゅっとつまむし…。
「たらふくは食べません~~」
ははは、って爽やかに笑っているし。
これもこれで、幸せな朝だよなあ。
私が顔を洗ったりするのを待って、一臣さんは一緒にダイニングに行ってくれる。片手に新聞を持って。
前は部屋で一人でコーヒーを飲んでいた。でも、最近はダイニングまで一緒に来てコーヒーを飲んでいる。
新聞を広げ、たまに私を一臣さんは見ると、
「うまそうに食うなあ、弥生は」
と感心する。
「朝からお二人は仲がよろしいことで」
私の食べたお皿を片付けながら国分寺さんがにこりと微笑んだ。
「国分寺、うるさいぞ。こういうことも全部、親父に報告しているんじゃないだろうな」
「もちろん、報告しております」
国分寺さんはにこりと微笑み、キッチンに戻っていった。
「ったく、なんでも報告しているんだから、まいるよなあ」
「きっと、お義父様は一臣さんのことをなんでも知りたいんですねえ。それだけ一臣さんが可愛いのかも」
「弥生、気持ちの悪いことを言うな」
くす。
そばにいなくても、お義父様は一臣さんのことをいつも思っているんじゃないのかな。
朝食が終わり、会社に行く支度をして一臣さんと車に乗り込む。一臣さんは私の太ももを撫で、樋口さんの報告する1日のスケジュールを聞いている。
「よし。今日も弥生と一緒に行動できるな」
「弥生様、よかったですねえ、最近はいつも一臣様とご一緒で、寂しい想いをなさらないですんで」
きゃわ~~~。等々力さんったら、何を言い出すの。
「一臣様も、最近はずっと弥生様と一緒で、ご機嫌で何よりです。弥生様がいないと、不機嫌になりますもんねえ」
「うっさいぞ、樋口!」
わあ。一臣さんが照れてる!
そんなこんなで、楽しく会社に着く。エレベーターでも、一臣さんは私の腰を抱き、私もついつい一臣さんに甘えてしまう。一臣さんのお部屋でも、ついついベタベタと…。
そして、そのラブラブな状態のままエレベーターに乗り、今日は7階にある会議室に向かった。15階から、一臣さんが私のお尻を撫でながら、
「最近、弥生は胸が大きくなってきたなあ」
とぼそっとつぶやく。
樋口さんが先に会議室に行っているから、今は二人きり。
「ブラジャー、今までのじゃ小さくて…」
「ん?確か青山が一回りでかいのを買ったよなあ。それが小さいのか?」
「はい」
「また買わせるか…。なんカップくらいあるんだ?」
と言いながら、私の胸を揉んできた。
「こんなところで、揉まないで下さい」
「…なあ、弥生。安定期だし、大丈夫だろ?」
「はい?」
「抱いても大丈夫だろ?今夜あたりどうだ?さすがに俺も、我慢の限界にきているぞ」
「そんな話を、こんなところでしないで下さいってば」
「いいだろが、二人きりだぞ」
そう言って、一臣さんが私のことを思い切り抱きしめた時に、チンッとエレベーターのドアが開いた。
「わ!す、すみません」
エレベーターのドアの向こうで、若い男性社員が慌てふためいているのが見えた。
エレベーターは9階に止まっていた。若い男性社員と、その後ろに40代くらいの女性社員も顔を真っ赤にして立っている。
「……ふん」
えらそうに鼻を鳴らし、一臣さんは私を抱きしめていた手を離し、(でも、腰に回した手は離さず)前を向いた。
「乗るのか、乗らないのか、どっちだ」
わあ。一臣さん、そんなこと言ったら乗れないでしょう。
「あ、次のを待ちます。すみません!」
ほら。ぺこりとお辞儀をしたまま、顔もあげられなくなってる。40歳の女性社員も、一緒にお辞儀をしているし。
一臣さんは、ドアを閉め、
「なんだよ。乗らないなら、エレベーターを呼ぶな」
と、とんでもないことを呟いた。
「あれは、一臣さんがエッチなことをしているから、乗って来れなかったんですよ」
すりすり。いつの間にか一臣さんが私の頭に頬ずりしている。
「聞いてますか?一臣さん!」
「今日は早くに帰ろうな?弥生」
絶対に聞いていない!
腰を抱いたまま7階でエレベーターを降りると、一臣さんはゆっくりとした歩調で会議室に向かった。今日の会議は、新プロジェクトの会議。土浦さんが抜けたあと、新しいチームメンバーが参加するらしい。
会議室に入ると、すでにみんなが揃っていた。
「遅くなったな」
そう言って、一臣さんは席に着き、私もその隣に座った。
「お茶でよろしいですか?」
「ああ、いい。さっき、昼と一緒にお茶なら飲んだ。それより、土浦のあとの新メンバーっていうのが、君か?」
「はい。広報部広報課の金町です」
「そうか。よろしく頼むぞ」
「はい。よろしくお願いします」
そうお辞儀をしたのは、20代後半くらいかな。黒縁の眼鏡をかけ、ボブカットで痩せ型の、仕事のできそうな女性だった。
今日もまた、一臣さんは何も意見も述べず、ただ会議を聞いていた。金町さんは、土浦さんよりもずっとテキパキと発言し、周りの人もどんどん意見を出し、決めるべきこともどんどんと決まっていった。
なんか、この人、すごいんですけど…。
会議が終わり、資料を金町さんが片付けていると、
「何で初めから金町がメンバーにならなかったんだ?」
と一臣さんが隣に行き聞いた。
「はい?」
「土浦よりもずっと仕事ができるだろう」
「そんなこと…。課長は若くて行動力のある土浦さんをかっていましたから」
「行動力は確かにあったな。それも、変な方向に行っていたが…」
「そのようですね。札幌支店に移動になったと聞いて、広報部のみんな、驚いていましたよ。一臣様は、前々から怖がられていましたが、もっと怖がられる存在になってしまいましたよ」
「怖がる?冗談じゃない。当然の処置だろう?」
「まあ、確かに…」
ちらっと金町さんは私を見た。
「弥生様もとても優秀だと聞いております。一臣様の補佐をしていると」
「ああ、そうだ」
「なので、会議に参加されると聞いて楽しみにしていたんですが」
金町さんは私のほうを向き、
「今日の会議はいかがでしたか?」
と私に意見を求めてきた。
「はい。みなさん、優秀ですばらしいですね」
「…それで、何か弥生様自身のご意見とかは」
「ないです。みなさん、優秀なので私が意見することなど何も…」
本音を言ったんだけど、金町さんはつまらなさそうな口調で、
「そうですか」
と、目を伏せ、また資料を片付けだした。
「今のところ、特に問題もなさそうだし、リーダーを中心に進めていいと俺も思う。今後は俺と弥生は会議に参加しない。報告だけしてきてくれ」
一臣さんは金町さんと、リーダーにそう言い残し、私と一緒に会議室を出た。
「一臣様」
廊下を歩いていると、後ろから金町さんが追いかけてきて一臣さんに声をかけた。
「なんだ?」
「あの、今後、もし相談事があったら、ご相談に乗っていただけますか?」
「…リーダーは俺じゃない。まず、リーダーに相談しろ」
「ですが、リーダーに相談しても、解決できなかったら」
「リーダーから俺に報告をよこすようにしろ。金町は、リーダーに頼れ」
「……。一臣様と一緒にプロジェクトを進めて行けるのだと、すごく期待していたんです」
「何で俺と?それより、プロジェクトメンバーに選ばれたんだから、それを喜べよ。そして、いい結果が出るように頑張ればいいだろう」
「一臣様のアシストがほしかったんです」
「意味がわからん」
「今は広報部にいますが、前々からマーケティング部に移動を希望していたんです。今回のプロジェクトで、それが叶うのならと思いまして」
「そのアシストがほしかったんなら、仕事を頑張ったらいいだろう?悪いが俺には、人事の権限はない。土浦みたいに、とんでもないことでもしたら、左遷することはあってもな」
「…わかりました。わたくし、頑張りますので、名前と顔は覚えていてください」
「もう覚えた」
一臣さんはそうクールに言うと、私の背中に腕を回して、エレベーターホールに向かって歩き出した。
「……。一臣さんに頼りたかったんでしょうか」
「俺に媚売って、出世したかったんだろう」
「媚?」
「まあ、俺が言えば、人事も動かせるかもしれないが」
「え?さっきはそんな権限ないって」
「いいや。ある。副社長にだって、そのくらいの権限はある。だから、左遷もできる。ただ…」
「はい?」
「そんな面倒なことは引き受けない」
う。出た。面倒くさがり。
「だいたい、そんなことを一回でもしてみろ。次から次へと言い寄ってくる女が現れるぞ。それも、色目使ったり、女の武器使ったりしながら」
「女の武器?」
「ああ。体使おうとするような、そんな女があとをたたなくなっても、弥生が困るだけだろ」
「体?!」
「今までもいたしな。そんな女」
え!!!
「か、一臣さん、そ、そ、それで」
「俺を利用しようとするような女、誰が相手にするものか」
「………」
それ、ほっとしていいの?
「そうやって、専務とか、人事のやつに言い寄っている女もいるようだし、それを相手にするようなエロじじいもいるようだが、俺はそんな女、大嫌いだからな、昔から」
昔から?
「抱いたあとにそんなことを申し出てきたら、即別れておしまいだ。それでもしつこかったら、逆に支店や子会社に飛ばしてやる」
こわ。一臣さんって、本当にそういうことしそうだから、一臣さんを利用しようとなんて誰もしないんじゃないのかな。
っていうか、昔の話とはいえ、そういう話はあまりしたくない。
「だいたい、男が誰でも女の色気にほいほいのると思ったら大間違いだ。俺みたいに淡白な男だっているんだ」
なんか、いばってる?っていうか、怒ってる?
一臣さんはエレベーターに乗り込むと、他の社員もいるからおとなしくなった。でも、私の腰はしっかりと抱いている。そして、14階に着き、カードキーを差込みドアを閉めると、
「弥生だったら、迫ってきてもウェルカムだ」
とわけのわかんないことを言って、私にキスをしてきた。
きゃあ。不意打ち。そんな熱いキスしてこないで。とろける。
「他の女なんて、こっちから願い下げだ」
とろける意識の中、一臣さんがそう言ったのをぼけっとしながら聞いていた。
夜…。夕飯を終え、一緒にお風呂に入ったあたりから、一臣さんの様子が変になった。妙にうなじやら、肩にキスをする。お風呂から出て、髪を乾かしてくれるときにも、鏡に映る一臣さんの目つきが色っぽい。
これは、すでにその気モード?
「弥生…」
耳元で囁く声が、甘ったるい。
「はい…」
やばい。その声にも目にも、すでに私もスイッチが入りかけてる。
「優しくする。お腹張ったりしたら、すぐに言え」
「……はい」
腰を抱かれ、ベッドに連れて行かれた。そして、一臣さんは今までにない気配りや、優しさを見せてくれた。
うわ~~~~~。
そんな優しい一臣さんに、胸がときめくやら、満たされるやら…。
久々の甘い夜。ぐっすりと一臣さんの腕の中で眠りに着いた。
ああ、幸せだ~~~~~。




