表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第3章 副社長は奥様にぞっこん?!
26/112

第3話 消えない噂

 妊娠6ヶ月目。季節は初夏を思わせるくらいの、毎日爽やかな日々。土曜の昼過ぎは一臣さんとお屋敷のお庭でティータイムを過ごしたり、日曜日は一緒にお屋敷のお庭を散歩したり、夜はピアノを弾いてくれたり、そんな優雅で幸せな休日を送っていた。


 お部屋はベビーベッドを置いたりと、徐々に赤ちゃんのものも増え、二人でわくわくしている日々…。


 が、平日は一臣さんの仕事がハードスケジュールで、帰りも一緒に帰れない日が続いていた。


「今日も、1日お願いします」

「はい、弥生様が事務仕事をして下さるから、本当に仕事がはかどって助かります」

 14階の秘書課で、私は重宝がられている。それはそれで、お役に立てて嬉しいんだけど、でも…。


「本当は一臣さんの補佐がしたいのにっ!」

 思わず、お昼を食べながら心の声が飛び出ていた。

「どうどう。弥生、落ち着いて」

 一緒にお昼を食べていた大塚さんに、そう言われてしまった。


 最近、お昼休憩は14階のロッカールーム。これも寂しい。

「広報誌が発行されて、いろ~~んな噂が社内で飛び交っているみたいよ」

「いろんな噂?」

 14階にしかいない私には、そんな噂は入ってこない。


「あの広報誌は衝撃だったし」

「え?何がですか?」

「弥生が一臣様の初恋の相手ってこと。あれを本気にして、ロマンチックって言っている女子と、あんなのでっちあげだって言っている女子が半々」


 でっちあげ~~?

「本当のことです」

 ムスッとしてそう言うと、矢部さんが目をハートにさせながら、

「素敵ですよね。初恋の相手と結ばれるなんて」

とどこだかわからない宙を見ながらつぶやいた。


「え、矢部さん、本気にしているの?」

「だから、大塚さん、本当のことなんです!」

 もう、ここにも信じてくれていない人がいるんだから。

「だって、一臣様がそんなこと言うとは思えないんだもん」

 私だって、一臣さんがそんな話をしだすとは思えなかったけど…。


「今だって、一臣様はお一人で動いているでしょ?社内で弥生と一緒にいるところを見かけることもないし、行き帰りだって別々じゃない」

「一臣様、お仕事忙しいからですよ」

 大塚さんの言葉に、江古田さんがすかさず言葉を挟んだ。


「タイトなんです、一臣さんのスケジュール。それにつき合わせたら、弥生の身が持たないって、連れて行ってもらえないんです」

「なんでそんなにお忙しいの?」

「土日には絶対に仕事を入れないようにしているから…」


「休日はお屋敷で、弥生様とのんびりなさっているんですよね」

「はい。それはもう、思い切り…」

 江古田さんの言葉に、こそばゆくなりながらもそう私は答えた。あ、顔が火照ったかも。


「でも、会社の人間はそんなこと知らないから、二人の仲は仮面夫婦だって」

「もう!大塚さんはそういう話ばっかりしないで下さい」

 あ、江古田さんが怒った。


「お昼くらい、外に行きたくない?弥生」

 お弁当を食べ終え、大塚さんがおやつにと持ってきたチョコレートをつまみながらそう言った。

「はい。多分、そろそろ出ても大丈夫になると思うんですけど」

「一臣様、過保護よねえ。つわりだって終わって、弥生の体調ばっちりなんでしょ?」


「はい、ばっちりです」

「じゃあ、もう外に出ても大丈夫なんじゃないの~~?」

 私は「ですよね」と言い、曖昧に笑った。


「俺や樋口が一緒じゃないと、社内を歩くのもダメだ。外に行くだと?絶対にダメだ」

と、今朝も一臣さんに言われた。15階と14階の行き来しかさせてもらえない。

 というのも、まだ川井さんを雇っていた黒幕を捕まえていないからだそうだ。FBIが動いているらしいけど、その辺のことは詳しく教えてくれないからなあ。


 もう少し待て。赤ちゃんが生まれるまでには絶対に解決するから。な? 

 と、私をハグしながら一臣さんは言っていたけど…。

「はあ」

 いつまで続くのかなあ。


 私一人だったら、自分の身ぐらい守れる。だけど、今はお腹に赤ちゃんがいるから無理ができない。


 翌日、めずらしく一臣さんが1日オフィスにいた。

「久々に昼は外で食べるか」

「はいっ!」

 わあい。嬉しい。


 コック長が作ってくれたお弁当は樋口さんにあげた。一臣さんは等々力さんの車で、近くの和食屋さんに私を連れて行ってくれた。


 お腹いっぱいおいしく食べ、また等々力さんの車で社内に戻る。役員専用の駐車場を使うから、他の社員と顔を合わせることもなく、そのまま15階に戻る。

 結局、外に出たといっても、車で移動してご飯を食べただけ。それでも、嬉しいって言ったら嬉しいけど…。


「あの、たまには14階以外の場所にも行きたいなあって思うんですけど」

「午後、機械金属プロジェクトのミーティングがあるから、10階の会議室には行くぞ」

「え?はい」

 ……。まあ、14階以外に行けるのは久々だから嬉しいけども。


そして午後3時、10階の会議室に移動した。エレベーターで他の社員と会うと、みんな一臣さんと私にお辞儀をし、中には、

「広報誌を見ました。おめでとうございます」

と言ってくれる人もいた。


「ありがとうございます」

 私は緊張しながらお礼を言った。でも、一臣さんは軽く頷く程度で何も答えず。ただ、私の腰に腕を回し、樋口さんも私のすぐ横をキープして警戒をしている。


 10階についてからも、すれ違う社員がお辞儀をしたり、

「弥生様、おめでとうございます」

と声をかけてくれた。

 

 機械金属のプロジェクトチームのみんなに会うのも久々だ。

「弥生様、お元気そうで何よりです」

「ありがとうございます」

「広報誌見ましたよ。お二人の馴れ初め、知りませんでしたよ」


 わあ!そうだよ。みんなに見られちゃったんだよね!

「初恋のお相手だったんですねえ、一臣様」

「みんな集まったな。すぐにミーティングを始めるぞ、時間が無い」

 うわ。無視した。完全に無視しちゃったよ、一臣さん。


 話しかけた人も、ばつの悪そうな顔をして椅子に腰掛けた。


「あんなに、あからさまに無視しなくても…」

 ミーティングが終わって、15階に戻るときにそう言うと、一臣さんは眉をひそめ、

「じゃあ、どう答えればいいんだ。あんなこっぱずかしい質問に」

と、少し照れたような口調でそう答えた。


 わあ。照れくさかったんだ、一臣さん。可愛い!

 でも、他の人には一臣さんが照れて何も言えなかったって、そういうのは伝わってないよねえ。


「恥ずかしいも何も、そんな恥ずかしいことをインタビューで話したのは一臣様ですよね」

「樋口、うるさいぞ。あの時は噂をどうにかしたくてだな」

「だから、いつでもご一緒にいれば、そのうちそんな噂も消えると申しましたのに。でも、最近、ご一緒にいることもすっかり減りましたから、初恋の話もでっちあげではないのかと、そんな噂も流れていますよ」


 樋口さんが珍しく、一臣さんに意見を言ってる。

「わかっている。弥生には寂しい想いをさせているのもわかってる。細川女史が、スケジュールを調整しているから、そろそろこの忙しさからも開放される」

「そうですか。だったら、よろしいですけど」


 え?もしかして、私が寂しがっているから、一臣さんに意見を言ったの?樋口さん。


 ガチャリ。樋口さんがドアを開け、オフィスに入った。私と一臣さんも一臣さんのオフィスに入ると、細川女史が電話をしているところだった。そして、

「あ、一臣様、辰巳氏からちょうど連絡が来ました」

と、すぐに一臣さんに電話を変わった。


「例の黒幕、やっと捕まったようだな」

 電話を終えると、一臣さんは細川女子と樋口さんにそう話しかけた。

「尻尾を掴んだ割には、時間がかかりましたね」

「まったくだ。うちの連中だったら、こんなに時間を掛けたりしない」


「でも、これでようやく、弥生様も安心ですね」

「そうだな。だが、これからも細川女史、弥生の警護は怠らないよう、忍者部隊には注意をしておいてくれ」

「わかっております」


 私の腰を抱き、一臣さんは部屋に入った。そして、

「は~~~~~~~」

と長いため息をつくと、ソファに座り、ネクタイを取ってシャツのボタンも2個外した。

 べたり。その隣に私はひっついて座り、一臣さんの胸にびとっとくっついた。


「これで一安心だな」

「はい」

「弥生、6月にいろいろと移動がある。機械金属のプロジェクトチームにも優秀な人材が入ってくるし、そうしたらそいつらに任せて、俺ももう少しゆっくりできる」


「他にも移動があるんですか?」

「ああ。秘書室にも新しく入ってくる予定だ。今度は臼井課長の推している人間だから、安心しろ」

「はい」

「矢部には、今後弥生の秘書をしてもらう。忙しくない程度に、弥生には俺の補佐を頼む」

「え?補佐の仕事していいんですか?」


「ああ。ただし、安定期の時期だけな。だから、まあ動けてもあと2ヶ月くらいか?」

「……じゃあ、今までよりも一臣さんと一緒にいられますか?」

「ああ。一緒にいられるぞ」

 よかった。ほっとして、私は一臣さんの胸に顔をうずめた。


 ギュウ。一臣さんも私を抱きしめ、

「会社でこんなふうにいちゃつくのも久しぶりだな」

と満足そうに微笑んだ。


 翌日から、一臣さんは私も連れて、出かけることが多くなった。取引先も、近隣の工場や子会社にも。


「弥生様、おめでとうございます」

 子会社や工場に行くと、みんなが広報誌を見て知っているのかそう言ってくれた。

「これで、跡取りもできて一臣様も安心ですね」

「ああ、そうだな」


「弥生様は、妊娠してから具合が悪かったんですか?」

「ああ、そうだ。つわりとか大変だったんだ。ようやく体調も回復して、今後は俺の仕事の補佐をしてもらう」

「そうなんですね」

 鶴見の工場長はそう言うと、私に「よかったですね」と微笑みかけてくれた。


 前に私がいた子会社の緒方鉄工所にも顔を出した。大門工場長が、めちゃくちゃ喜んでくれた。

「広報誌も見ましたよ。初恋の相手が弥生ちゃんだったんですねえ、一臣様」

 大門工場長がにこにこしながらそう言っても、一臣さんはむすっとしたまま。


「受注はどうだ。前よりも増えたか」

 いきなり、仕事の話をし始め、工場長も慌てたように帳簿を持ってきて見せた。それからは、仕事の話になり、私は事務の人と、ゆったりとお茶をして待った。


「弥生様、これで一安心ですね」

「え?」

「跡取りですよ」

「あ、はい」


 そういう話ばかりをみんなするなあ。

「一臣様はいかがですか?」

「え?いかがって?」

「忙しくしていて、あんまりお二人でゆっくりもできないんじゃないんですか?」


「はい。でも、お休みの日はお屋敷でゆっくりと過ごしています」

「え?お二人で?」

「はい」

 そう答えると、事務の人がなぜか目を丸くした。


「あ、そ、そうなんですね。よかったですねえ」

「えっと?」

 なんで、ちょっと慌てたのかな?

「実は学さんが、あの広報誌を見たときに言っていたんですが」


 事務の人はぼそぼそと内緒話をするように、声を潜めた。

「一臣氏は、女遊びをしてきた人だから、跡継ぎができて安心して、また女遊びを再開したんじゃないか、弥生ちゃんが心配だって」

「え?」

 学さんまでが?


「あの広報誌のインタビューもわざとらしいって」

「そういえば、学さんは?」

「今日は出かけています」

「そうなんですか」


 なんだ。直接会って、一臣さんは女遊びなんかしていないって、そう言ってやりたかったのに。

「じゃあ、弥生様は、お幸せなんですね?」

 事務の人が、心配そうに私を見た。

「え?はい。めちゃくちゃ幸せです…」


 そう答えてから、考えてしまった。子会社でもこんなふうに噂をしている人がいる。まだまだ、私と一臣さんは仮面夫婦だって、そう思っている人が多いってことだよねえ。


「弥生、帰るぞ」

 事務室にそう一臣さんが言いながら入ってきた。

「あ、はい」

「今日は工場長の息子は不在らしいな」


「そうですね。会えなくて残念です」

「え?!あいつに会いたかったのか!?」

「そういうんじゃなくて」

 私と一臣さんは仲がいいってことを、見せたかったのになあって。


「ふん!いなくてよかった。あいつ、弥生に色目使っていたからなあ」

「ないです、ないですってば、そんなこと」

 呆れながらそう言うと、隣で事務の人がクスッと笑った。

「一臣様でも、やきもち妬かれることがあるんですねえ」


「やきもちじゃない。ただ、自分の奥さんに色目を使われたら、感じ悪く思うのは当然だろう」

 一臣さんは片眉を上げながらそう言うと、

「行くぞ」

と私の腰を抱いた。


「はい。お邪魔しました」

 私は緒方鉄工所のみなさんに挨拶をして、車に乗り込んだ。


「大丈夫ですよ」

「え?」

「噂なんて、そのうちに必ず消えますから」

 樋口さんがバックミラー越しに、優しく私にそう言った。


「あ、はい」

 なんで私が落ち込んでいたのをわかったのかな。そんなに私、沈んでいたかな。

「そうだな、弥生。もう、あれこれ仲がいいアピールをするのも面倒だし、ほうっておくか」

 あ、とうとう面倒になったのか。


「アピールしなくても仲がいいんですから、大丈夫ですよ」

 等々力さんも優しくそう言ってくれた。

「はい、そうですよね」

 二人に励まされると、私はいつも元気になれる。


「いっつもありがとうございます」

「お礼を言われるようなことは、しておりませんよ、弥生様」

 笑いながら、等々力さんが答えた。樋口さんも優しく微笑んでくれていた。


 



 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ