第1話 お屋敷に戻る
お屋敷に久々に一臣さんと一緒に戻った。亜美ちゃん、トモちゃん、モアナさん、日野さん、喜多見さんと国分寺さんが出迎えに来てくれて、ようやく帰ってこれたと、私は心底ほっとした。
一臣さんの部屋に戻ってからは、
「もう盗聴器もないし、安心しろ。セキュリテイも万全だ」
と一臣さんが優しく微笑んだ。
「監視カメラも増やしたし、例の監視室には常時侍部隊が交代で見張るようになった。門や門の外も、門の中に入ってすぐのところに、警備室を造って監視するようにする」
「すごいですね」
「ああ。不審者がいればすぐに、会社にある侍部隊や忍者部隊に報告が行く。そのうち、裏の森の中にも部隊の宿舎を造る予定だ。そうすれば、いつ何時何が起きても、すぐに駆けつけられるだろ?」
「えっと。そこには、トレーニングルームとか、格技場は」
「造るだろ。俺も、そこで鍛えるとするかな」
「ぜひとも、私も!」
「はいはい。産後に使え。それまでにはできているだろ。辰巳さんが3~4ヶ月のうちには完成させると言っていたからな」
「わあ」
「お前くらいだろうなあ。格技場が敷地にできて目を輝かせる奥様なんて」
「子供にも習わせるんです!やっぱり、自分のことは自分で守れるくらいに強くならないとっ」
「はいはい。そういうことは任せるよ」
「一臣さんは、たとえば、カンフーとか少林寺とか、子供に教えないんですか?」
「ああ。俺よりもちゃんとした師匠についたほうがいい。教え方も違うだろ」
そうか…。
「じゃあ、えっと、一臣さんは…」
「俺は、子供と弥生と3人で、ただ楽しく過ごしたいだけだな」
「そうですね!それが一番ですよね!!!」
ギュ。一臣さんに抱きつくと、一臣さんも私を抱きしめた。
ああ、一臣さんの部屋で、こうやっていちゃつけるのが嬉しい。もう、盗聴器もないし、堂々といちゃついていいんだよね?
抱きついたまま、離れたくないなあ。一臣さんの胸、あったかいなあ。
「あ、そういえば、言うのを忘れてた。木、金と北海道に行くぞ」
「え?」
「出張だ」
うそ~~~~。
幸せな気分が、一気にブルーだ。1泊の出張でも悲しいよ~~。
「一緒に行くわけには」
「俺だって連れて行きたい。だが、スケジュール半端無いくらい詰め込んでいるからな」
シュン…としていると、一臣さんが私を抱きしめ、
「早くに帰ってくるから。な?」
と優しくそう囁いた。
そうして、一臣さんは木曜日の朝早くから、樋口さんの運転する車で飛行場へと向かっていった。
その車を眺めながら、
「はあ」
と寂しくため息をつくと、
「寮に来ますか?奥様も大阪に行っていらっしゃるから、今なら大丈夫ですよ」
と喜多見さんが言ってくれた。
「はい。そうします」
とりあえずは、一人寂しく会社に行こう。と、朝食を食べていると、細川女史がなぜか迎えに来た。
「細川女史、どうしたんですか?」
なんでわざわざお屋敷まで?
「一臣様と樋口さんがいない間、わたくしが弥生様を守るよう仰せつかっております」
ぺこりと細川女史がお辞儀をして、一緒に等々力さんの車に乗り込んだ。とはいえ、細川女史が助手席だけど。
「北海道に出張とは、弥生様、お寂しいですね」
運転をしながら、等々力さんがそう言うと、
「2日間なんて、あっという間ですよ」
と細川女史が、クールにそう言った。
「はい…」
そう言われてしまうと、なんにも言えなくなっちゃう。
15階まで細川女子と一緒に行き、鞄だけ置いて私は14階の秘書課に行った。大塚さんや矢部さんも一臣さんの出張を知っていて、
「今夜、泊まりにでも行こうか?」
とまで、大塚さんが気遣ってくれた。
「大丈夫。メイドの皆さんも、気を使ってくれているから」
さすがにメイドさんたちのいる寮に泊まりに行くとは言えず、そう言葉を濁すと、
「弥生様はお屋敷でも、人気ありますもんねえ」
と矢部さんににこりと微笑まれてしまった。
人気があるかどうかわかんないけど、みんなに大切にしてもらっているのは確か。
なんて、そんなことを思いつつ、秘書課で事務仕事をお昼開けてからもしていると、
「ちょっと、弥生!ランチを江古田さんと隣のビルに食べに行ったら、すごいこと聞いてきちゃった」
と、1時に秘書課に戻ってきた大塚さんが、目を輝かせながら私のところに飛んできた。
「大塚さん、やめましょうよ」
江古田さんが大塚さんの腕を引っ張ったが、
「ううん、こういうことは報告したほうがいい」
と大塚さんは、突然真面目な顔になった。
「じゃあ、ここで話すことでもないから、休憩室に行きましょう」
江古田さんは、少し暗い顔をしている。これは絶対に、一臣さんがらみのことだよね。
休憩室に行くと、大塚さんは早く話したいっていう顔をして、椅子に腰掛けた。そして、
「同期の子に聞いたの。今、新しいプロジェクトが始まっているじゃない?」
と目を輝かせ話し出した。
「機械金属のですか?」
「違うよ。ブランドを立ち上げるとかなんとか。この前も弥生、その会議に出ていたじゃない」
「あ、はい」
「土浦。いたでしょ?私の同期の。今日、プロジェクトの会議をさぼって、有給申請を突然電話でしてきたんだって」
「え?何か事情でも?」
「北海道!同期の子が、土浦とまあまあ仲良くしているらしく、一臣様が北海道に出張だからって、自分も着いて行くって言ってたんだって」
「はあ?何で一臣様の出張に?」
江古田さんが心底呆れたっていう顔で聞いた。
「だって、一臣さんは機械金属のほうのプロジェクトで、視察に行くんですよ?」
私もびっくりして、顔を乗り出し大塚さんにそう聞いた。
「視察に同行するわけじゃなくって、ホテルで待ち構えるつもりなんじゃない?」
「どこのホテルに泊まるかなんて、わかんないじゃないですか」
「それが、わかるのよ、江古田さん。チケットを取った総務とか、その支払いを任されている経理とか、そういうところに聞けば」
「そんなこと、簡単に教えてくれるわけ無いじゃないですか」
「そうなんだけど~~~。まあ、いろいろとあるんじゃないの?ツテが…」
「……」
北海道まで行ったの?なんか、びっくりして頭回らない。
「大丈夫ですよ。そのくらいで、一臣様がぐらつくわけないじゃないですか」
「ぐらつく?」
江古田さんの言葉をそのまま、オウム返しにすると、
「変なこと言いました。すみません」
と江古田さんが思い切り頭を下げた。
「でもなあ、据え膳食わぬはって言うし」
「大塚さん!!!!」
「こわ」
江古田さん、今、すっごい怖かった。私もびっくりした。
「一臣さんは、大丈夫です」
「すごい自信だね、弥生」
「自信じゃないけど…。でも、信じているし」
「そうですよ。一臣様は弥生様一筋なんですから」
「まあ、そうだけど」
「それより、そんなことしたら、きっと一臣さんの怒りをかって、プロジェクトチームから外されます」
「会社にだっていられるかどうか。どこかに飛ばされるか、最悪、クビ」
大塚さんがそう言うと、江古田さんは一瞬黙ったが、
「だけど、自業自得ですよ。仕事サボってまで、そんなことするくらいですから。クビになるくらいの覚悟あるんじゃないんですか」
と冷たく言い放った。
「女の執念怖いからね。前から一臣様のこと狙っていたって噂も聞いた」
「そうなんですか?」
「一臣様に、一回だけデートに誘われたことがあるようだけど、一臣様の体調が悪くてドタキャンされたとか、そんなことを同期の子にもらしていたみたいだよ」
「それって、いつ?」
「一臣様が入社してすぐの頃。まだ、弥生が来る前の話だから」
江古田さんの怖い視線に気がつき、大塚さんが慌てたようにそう言った。
その行動力には驚かされるけど、一臣さん、すんごい怒っちゃうのかな。それとも、クールに断る?
まさか、部屋に入れちゃうなんてことは…。
ないない!!
前だったら、そんなこと疑ってもやもやしたけど、今はそんなこと絶対にありえないって思えるもん。
仕事が終わり、また細川女史が一緒に車に乗ってお屋敷まで見送ってくれた。
「お疲れ様でした。では、わたくしはこれで。また明日迎えに来ます」
「え?もう帰られるんですか?」
「はい」
「じゃあ、タクシー呼びます」
「大丈夫です。電車で帰りますよ」
「でも、駅まであるし」
「わたくしが駅までお送りしますよ」
車の前でそんな話をしていたら、等々力さんが運転席から降りてきてそう言った。
「悪いですよ、そんなことを頼んだりしたら」
「大丈夫です。車ならあっという間ですし。どうぞ、乗って下さい」
等々力さんが助手席のドアを開けると、細川女史が遠慮がちに乗りこんだ。
「気をつけて」
私、亜美ちゃんやトモちゃんも一緒にぺこりと細川女史に頭を下げた。
「細川女史って、今、弥生様の秘書なんですか?」
「違います。一臣さんの第2秘書です」
「あ、それで、弥生様の送り迎えをしているんですね」
亜美ちゃんが納得したようにそう言いながら、私の鞄を持ってお屋敷に入っていった。私はその横をとことこ歩き、ちょっと後ろからトモちゃんとモアナさんがやってきていた。
「今日は、私たちの部屋にお泊りですよね~~~。きゃ!」
後ろで嬉しそうにトモちゃんが浮かれた声を出した。
「明日も弥生様はお仕事がありますし、夜更かしはダメですよ、立川さん、小平さん」
その声を聞いた喜多見さんが、そうビシッと注意をすると、トモちゃんが「は~~い」と舌を出した。
夕飯を終え、着替えを持って亜美ちゃんたちの部屋に行った。お風呂も亜美ちゃんの部屋で入れさせてもらうことになった。
ああ、このサイズのお風呂、一人ならすごく落ち着く…。
お風呂からみんな出ると、亜美ちゃんたちはお菓子を広げた。でも、お腹の子のために、お菓子とかは食べないようにしていると言うと、二人は慌ててそれらを閉まった。
「二人は食べてもいいのに」
「いえいえ。ダイエットのために我慢します」
にこりと亜美ちゃんは微笑んだ。じゃあ、ホットミルクでも…と、トモちゃんが私のために作ってくれた。亜美ちゃん、トモちゃんはそれぞれ飲みたい好きな飲み物を用意した。
そして、女子トークが始まった。亜美ちゃんと彼氏のこととか、トモちゃんが学生の頃の友達に誘われ、コンパに行った話とか。
そして、一臣さんは、本当に優しいですよね~。という話に発展した。
「弥生様のことを本当に大事に思われているのがわかります」
「この前の、入曽さん事件の時にだって、弥生様以外の女なんかどうでもいい的な発言、しびれちゃいました」
トモちゃん、それ、恥ずかしい。
「私たち、本当に前は一臣様が怖かったけど」
「今じゃ、全然。一臣様、変わりましたよね~~~」
二人とも、うっとりとした目で話し出した。
「だけど、入曽さんみたいに一臣様目当てでメイドが来たら困りますよね」
「うんうん。今後は、あんなことが起きないよう、雇うメイドにも気をつけないと」
「そうですね…」
「だけど、そうそう辞めるメイドもいないだろうから、当分大丈夫ですよ」
亜美ちゃんがそう言うと、トモちゃんがすかさず、
「亜美ちゃん、結婚の予定とかないの?」
と亜美ちゃんに質問した。
「ないない!まだ彼、半人前だし…。それに、もし結婚しても、ずっとこのお屋敷で働きたいねって話をしているんだ」
「なんだ!そういう話はしているんじゃない!いいな~~~」
そうなんだ!なんだか、話を聞いているだけでドキドキしちゃった。
「式には呼んでくださいね、亜美ちゃん」
「え?まだですよ。まだまだまだまだ先の話です!」
亜美ちゃんが真っ赤になって、首を横に振った。
ああ、今日は二人のおかげで寂しくない。亜美ちゃんがベッドで寝て下さいと言ってくれたので、今日は遠慮せずベッドを使わせてもらった。そして、亜美ちゃん、トモちゃんの寝息を聞きながら、ほっとして私は眠りについた。
明日には帰って来るんだもん。もう少しの我慢だよ。
でも、やっぱり、一臣さんが恋しいな~~~~。




