第11話 広報誌の取材
大塚さん、江古田さんは、
「すみませんが、15分の休憩に行ってきます」
と秘書課のみんなに告げ、私と一緒に部屋を出た。
今は細川女史が一臣さんの秘書をしているので、江古田さんが秘書課を取り仕切っている。前みたいに秘書課の雰囲気は悪くないし、派閥もないし、真面目な江古田さんだから、みんなも真面目に仕事をしているようだが、ピリピリした空気がなくとってもいい感じだ。
「仕事、抜けてきてもらってすみません」
女性専用のロッカールームには、テーブルと椅子もあり、そこにお茶を持ってきて座って話しを始めた。14階は秘書課しかないので、このロッカールームは秘書課専用になっている。休憩もここで取っている人が多い。あとは、廊下の突き当たりにある喫煙スペース。
「副社長夫人の悩みを聞くのも、秘書の立派な仕事のうちよ」
大塚さんは少しからかうように言った。でも、
「そのとおりですよ。いつでも、相談にのりますよ」
と江古田さんは本気でそう言ってくれている。
「実は、言いづらいことなんだけど…」
新しいプロジェクトチームの話は、二人とも知っていた。そして、
「広報課の土浦でしょ」
と、大塚さんは土浦さんのことまで知っていた。
「同期なの」
「え?そうなんですか!」
「昔から、男の前で態度を変える嫌なやつで。って、私もだけど。キャラ、かぶっているのよね。土浦も胸でかいし」
それ、自分も胸がでかいと言っているんだよね。確かに大塚さん、胸大きいけど。(羨ましいけど)
「こういうことは、一臣さんの耳に入れるべきかどうか悩んじゃって」
「ほっとけばいいんじゃない?自分が相手にされないからひがんでるだけなんだし」
「でも、頭にきますよね。言いたい放題言って。それも、副社長夫人に直接ですよ?普通なら考えられない!」
あ、江古田さん、怒った。
「私、今は弥生と友達だから言わないけど、もし、初対面とかだったら、嫌味の一つでも言ってるかも」
「え~~~?ってそうか。大塚さん、私のことも秘書課に異動になったころ、いびっていましたもんね」
江古田さんが、思い出したかのようにそう言ってから、
「弥生様のこともいじめていましたよね?」
と、大塚さんのことをじとっと見た。
「だって、気に食わなかったんだもん。初めから、一臣様に特別扱いされていたし」
「当たり前です。フィアンセだったんですから」
「それは、知らなかったから。あ、でも、知っていたとしても、いじめてたかも」
「ひどい!」
私より、江古田さんが怒っている。
確かに。ここまで仲良くなれるとは思ってもみなかったよなあ。
「プロジェクトチームに、土浦さんのような人がいるのは、やっぱりどうかと思います。一臣様に報告したほうがいいんじゃないですか?」
「そうしたほうが、いいのかなあ」
江古田さんの言葉にそう呟くと、大塚さんは、
「いいんじゃないの?弥生と一臣様が本当に仲いいってわかったら、もう言ってこないんじゃない?」
とあっけらかんとそう言った。
「それと弥生はもっと堂々としてていいよ」
「そうですよ。副社長夫人なんですから」
「それ、あんまり自覚無いかも。ダメですよね、こんなじゃ、一臣さんにも怒られそう」
「弥生様が落ち込むことじゃないです!お腹に赤ちゃんがいるんですから、ストレス感じないほうがいいですよ」
「そうそう。そんな女の言うこと、ほっておいていいって」
「はい…」
「ただ、噂は本当に広まってはいるけどね。やっぱり、仮面フィアンセだった。結婚してから、一臣様は奥様に冷たくなった。子供が出来たら、奥様のことを放りっぱなしだ。屋敷にも帰っていないんじゃないか。女遊びを再開したんじゃないか。なんて、そんな噂」
「大塚さん!もう~~~。そうやって、弥生様にまたストレスを」
「ごめん。でも、どこからか耳に入ることもあるんじゃないかと思って。だけど、噂なだけだから、気にしないでいいってことよ。実際は、あんなに弥生のこと思ってくれているんだもん。お屋敷でも、弥生に優しくってびっくりしちゃった」
「それは、本当に私も思いました!愛されているんですね~~」
江古田さんがうっとりとして、宙を見つめた。
「だから、弥生は堂々としてていいの。わかった?」
「はい」
背中をぽんと大塚さんに叩かれ、私は背筋を伸ばした。
15分たち、秘書課の部屋に戻った。仕事はしなくていいぞと一臣さんに言われていたけど、手持ち無沙汰も困るので、エクセルで表を作ったり、プリントアウトしたり、コピーしたりと手伝っていた。
バタン!いきなりドアが開いたかと思ったら、一臣さんが顔を出した。
「弥生、戻ったぞ」
「あ、おかえりなさい」
うわ~~~い。もしや、お出迎え!?
あ、一気に秘書課の空気が変わった。江古田さんや大塚さんまでが、背筋を伸ばし緊張している。
「戻るぞ」
「はい」
江古田さんにコピーしたものを持って行き、
「お邪魔しました」
とお辞儀をして、他の人にもお辞儀をして部屋を出た。みんなも、丁寧に私にお辞儀をしていた。
「15階に戻る前に、広報部に行くぞ」
エレベーターに乗ると、一臣さんはカードキーを差し込まずそう言った。
「え?なんでですか?」
「早速、広報誌やホームページに載せることになった」
「何をですか?」
「お前が妊娠していることだ」
「え?」
「安定期になるし、発表する頃だろ?」
「妊娠を?広報誌で?」
「跡継ぎだぞ。そりゃ、広報誌で発表くらいするだろ」
え~~~~~~~~?
「これから取材だ。化粧直しするか?いや、そのままでいいな」
「写真も撮られるんですか?こんな格好で?」
「ああ。そのワンピース、似合っているし、十分だ」
「でも、顔、ほとんどすっぴん」
「弥生はすっぴんのほうが可愛いんだから、いいんだよ」
それは、一臣さんの中だけの判断ですよ~~~。
有無も言わさず、広報部に連れて行かれた。そして、広報部の応接室に行く途中、土浦さんに出くわしてしまった。
「一臣様。いかがされたんですか?広報部に来られるなんて」
「弥生の取材だ。跡継ぎが出来たことを発表する」
「ああ、それで…」
また、何かを含んだ目で私を見た。
「本当によかったですね、一臣様」
今度は一臣さんに一歩近づき、上目遣いでそう言った。
「これで一安心ですよね」
「生まれるまでは、安心ではないけどな。それに、二人目もすぐに作らないと」
「え?でも、もう跡継ぎは…」
「二人は作る。いや、3人でも4人でもいいんだけどな」
え?!何言ってるの、一臣さん。そんなに子供作る気でいるの?本気?
「う~~ん。でも、すぐに二人目を作るのも勿体無いか」
「勿体無いと言いますと?」
土浦さんはにこやかな目で一臣さんを見た。でも、
「妊娠中はエッチがなかなかできなくなるからなあ。すぐにまた妊娠しちゃうと、弥生といちゃつけなくなる」
と、とんでもないことを一臣さんが言い、土浦さんの目が皿のように丸くなった。
「は?い、いちゃつく?」
「ああ。なあ、弥生。それは弥生も寂しいだろう?」
一臣さんは私の腰に腕を回しそう言うと、
「そうだ。写真も、思い切り仲よさそうに見えるよう、撮ってもらおうな」
と私のことを抱き寄せた。
どよ!っと、広報部のみんなが私たちを見てどよめいた。土浦さんは、私のことを怖い目でにらんでいるけれど。
「お二人すごく仲いいじゃない。仲悪いとか、奥様のこと相手にもしていないとか言っていたの誰?」
「仮面夫婦じゃないのか?」
「わざと仲いいところを見せているのかしら」
「そりゃそうだよな。一臣様があんなことを平然と社員の前で言うとは思えないし」
ざわつく中で、そんな声が聞こえてきた。
いやいや。平然と言っちゃってるんです。嘘でもなけりゃ、仮面でもなんでもない。多少、わざと大きな声でそう言って、仲がいいところをアピールしているかもしれないけど。
「弥生」
腰を抱いたまま、一臣さんは歩き出して、
「お前も、いつもみたいにべったり俺に甘えていいんだぞ」
と耳元でささやいた。
「む、無理です。恥ずかしいし」
「なんだよ。仲いいところを見せ付けたっていいんだぞ?」
「なんで一臣さんは恥ずかしくないんですか?」
「は?恥ずかしがることでも、なんでもないだろ」
その感覚がわからない。それとも、作戦のうちだから、恥ずかしいっていうこともないんだろうか。
でも、その後の取材でますます、一臣さんがわからなくなってしまった。
「弥生様、おめでとうございます」
広報部の取材を担当している男性社員と女性社員が、私たちを応接室で出迎えた。広報部の応接室と言っても、立派なソファもあり、観葉植物もあり、モダンな造りで、どうやらこういう取材のときに使う部屋らしい。
「どうぞ」
若い女子社員が、お茶を持ってきた。一臣さんの顔を見て、その人はポッと顔を赤くし、そのまま部屋を出て行った。
その人だけじゃない。取材を担当する若い女性も、一臣さんを見て赤くなっている。
「一臣様、今日もわたくし市川が担当します。カメラは小岩さんが担当します」
「ああ、よろしく頼むな」
「弥生様もよろしくお願いします」
「はい」
緊張するよ~~。
「緊張しなくていいぞ、弥生」
そう言って、一臣さんはにこりと優しく微笑んだ。それに、私の手も握ってくれた。
キュン。優しい!
それから、出産予定日はいつなのかとか、どんな子に育ってほしいかとか聞かれたが、一臣さんは勝手に、
「ハネムーンベイビーじゃないな。ハネムーンから帰ってきたときにつわりが始まったから。その前だな」
とか、
「弥生には、あと2~3人は生んでもらいたいな」
とか、質問されていないことまで言いたい放題。
「ハネムーンはいかがでしたか?」
「楽しかったぞ。ハワイに行ってきたんだが、のんびりとできたし。な?弥生」
「はい」
「テニスは弥生がよわっちくて、試合にならなかったが…」
また余計なこと言ってる!
「弥生様は、新婚旅行の何が印象に残りましたか?」
「あ、はい。えっと、クジラのウォッチングとか、サンセットクルーズとか」
「へ~~。クジラ見れたんですか?」
「はい」
「始終、弥生は喜んでさわいでいたな」
「そんなことばらさなくても。それに、一臣さんだっていつになく、はしゃいでいました」
「一臣様がはしゃぐ?」
市川さんが、目を点にした。
「でも、今日もそういえば、いつもよりも口数が多いですね」
そう言ったのは、カメラを構えている小岩さんっていう若い男性社員だ。
「そうか?」
「では、新婚生活はいかがですか?」
メモを取りながら、市川さんが聞いてきた。
それも、広報誌に載るの?そんなことまで?と答えるのを躊躇していると、
「仕事が忙しいから、二人でゆっくりできないな。それに、弥生はずっとつわりもあったし」
と一臣さんは真面目に答えだした。
「それで、会社にも来れなかったんですね」
「はい。すみません」
「あ、いえいえ。そんな…」
つい謝ると、市川さんは慌てたように首を横に振った。
「これからは安定期にも入るし、また仕事に復帰できる。そうしたら、俺の補佐をしてもらおうと思っている。無理の無い程度にな?」
そう言って一臣さんは、私のことを優しく見た。それをすかさず、小岩さんが写真に撮った。
「お二人は、とても仲がいいですね~~。ご結婚の時には、このようにインタビューさせていただくことができず、披露宴の記事と社長や副社長のコメントだけを載せさせていただきました。なので、今回の取材でお二人のことをいろいろとお聞きしたいと思っていました」
市川さんはそう前置きをしてから、
「大学が一緒だったとお聞きしましたが、その頃からお付き合いされていたんですか?」
と聞いてきた。
「いや。あの頃は話すこともなかったし、同じ大学にフィアンセが通っていることすら、誰も教えてくれなかったからな」
「え?そうなんですか?弥生様も?」
「わたくしは、父から聞いておりました」
「弥生は、大学時代から俺を思い続けていたらしいから」
また、そんなことばらして!顔が一気に火照ったよ~~~。
「では、弥生様のほうが先に一臣様に惹かれて…ということですね?でも、わかります。こんなに素敵な方がフィアンセだったら、嬉しいですよね」
「はい!そうなんです。一目見て、私のほうは恋に落ちて、それからは一臣様一筋に思い続け、少しでもお役に立てるようにって、勉強も料理や裁縫も頑張っていたんです」
一気にそうまくし立て、我に返り、もっと顔を火照らせ黙り込んだ。
「くすくす」
笑っているのはカメラマンの小岩さんだ。
「弥生、怖いぞ。お前は…」
一臣さんが呆れたっていう顔をして、ため息をついた。ああ、失敗した。
「すみません」
「では、一臣様は弥生様の存在をどちらで知られたんですか?会社に入ってから?」
「会社に入ったことすら、知らされていなかったからびっくりした」
「え?そうなんですか?」
「親父…、社長が勝手に中途採用で入れていたんだ。まあ、弥生は優秀だし、今後も俺の仕事の補佐をしてもらおうと思っているが」
「初めて弥生様に会われて、最初の印象は?」
一臣さんの話を遮り、市川さんはやや興奮気味にそう聞いた。
「最初の?最悪だったけどな」
ばらした~~~。もう少し、そういうところでは嘘を言ってくれてもいいじゃない。やんわりと。
「最悪?」
「まあ、その話はここではしないが」
「知りたいですよ。最悪だったのが、どう変わったんですか?」
「そんなことを社員にまで知らせるつもりはないし」
「じゃあ、ここだけの話っていうことで」
「無理だ。断る」
バシっと一臣さんは断った。市川さんは、一瞬、はっとしたような顔つきになり、
「申し訳ありませんでした。わたくし、つい興奮して。すみません」
と深く頭を下げ謝った。
「ふん。じゃあ、もっと前に弥生には会っていたんだが、その時の印象でもいいか?」
「え?もっと前に?」
「最初に会ったのは、8歳のときだ」
一臣さんは、本当に私たちが最初に出会ったときの話をし始めてしまった。




