第9話 俺様健在
ホテルに到着した。ドアボーイがすっ飛んできて、
「お待ちしておりました。緒方様」
と深々とお辞儀をした。
それからフロントに行くと、みんなが私たちに向かってお辞儀をし、支配人が来て、
「どうぞ、こちらへ」
と何も受付もせず、そのままエレベーターに案内された。
エレベーターに乗り込むと、カードキーを入れ最上階のボタンを押した。
「本日は、ご内密ということですね」
「ああ。頼んだぞ」
「かしこまりました」
内密も何も、フロントでみんなしてお辞儀をしていたから、目立っちゃったと思うんだけどなあ。
最上階に着き、ロイヤルスイートっていう部屋に案内された。
「ここでしばらく、ゆっくりしよう」
部屋に入ると一臣さんはそう言って、私の肩を抱きソファに座らせた。
支配人は、鞄を置いて部屋を出て行った。
「しばらく、泊まるんですか?」
「そうだな~~。あの川井ってやつ、どうやら焦っているかもしれないし」
「焦る?」
「ああ。よくわかんないが、お前を狙っているのは確かだし…。つわりもよくなったから、久々に里帰りさせたと偽の情報を屋敷内には流すようにしてある」
「え?それって、うちの実家が狙われたりしませんか?」
「ちゃんと侍部隊も忍者部隊も配置させた」
いつもながら、すごいなあ。
「ああ、それにしても、腹立たしいよな!なんで、弥生を狙うんだよ。くっそ~~~~」
うわ。いきなり怒りがあらわに。お屋敷では、ぐっと抑えていたんだろうな。
「すぐにでも、あの二人クビにしてやりたいんだが、辰巳さんがしばらく泳がせて、黒幕を調べるとかなんとか言ってるから。そんなの待ってたら、弥生が危ないって言ってるのに!あの、くそじじい」
くそじじいって、辰巳さんのこと?
「川井が怪しい電話をしていたことは、もう辰巳さんにも報告されていると思うから、弥生を連れ出したことに文句は言わないだろうけどな。それに、樋口の話では、だいぶ黒幕の正体もわかってきたらしいからな」
「え?そうなんですか?」
「川井の親父ってのが、厄介なやつで、産業スパイをしていたようなんだ。で、会社をクビにされた」
「それで?」
「親父のほうの行方はわからないみたいなんだが、娘はどうやら、スパイ業を受け継いだらしい。そういう黒歴史は、全部塗り替えていたみたいなんだけどな、緒方財閥の情報網のほうが上を行くんだよ」
「も、もしや、緒方財閥もスパイをどこかに送り込んでいたりとか?」
「いや、忍者部隊が秘密裏に動いているが、産業スパイみたいに姿を表に出さないんだよ」
「え?」
「忍んで探る。だから、水戸黄門で言う風車の弥七なんだ」
「すごいですね」
「まあ、それだけじゃないけどな。あらゆるところから、情報がやってくるから。警察、弁護士、検察、医師、他、もろもろ」
緒方財閥恐るべし。
「川井の親父のほうも、そのうち情報が来るだろ。とりあえず、川井に依頼しているアメリカの会社が、マンハッタンにビルを買って、市場を広げようとしたのを、緒方財閥と上条グループで邪魔しちゃったみたいなんだよな」
「アメリカ進出プロジェクトですか?」
「ああ。買い付けようとしていたビルや土地を、俺らのほうで買っちまったから、恨みを買ったみたいなんだ。別に、こっちは土地をのっとったわけじゃないぞ。逆恨みだろうな」
「そ、そうか。そんなことが…」
いろいろと、新しいことをすると問題が出てくるもんなんだな。
「だからって、弥生を狙うのはお門違いもいいところだろ?」
「ですよね」
「跡継ぎ狙って、何がしたいんだか」
一臣さんはため息をつくと、窓の外を見に行った。
「ホテルに缶詰も嫌だろ?明日は、ここからオフィスに行くぞ」
「え?行っていいんですか?」
「ああ。会社のほうが、弥生を守れる。車の移動も大丈夫だったみたいだしな?」
「はい。もう、大丈夫です」
「じゃあ、明日から仕事復帰だ」
「はい。頑張ります」
「頑張らなくていい。無理はするな」
「…でも、ずっと仕事も出来なくて、お屋敷でうずうずしていたから」
「じゃあ、無理しない程度にやれよ?」
「はい!!!」
やっと、仕事復帰だ~~~。嬉しい!
その日は、ホテルでのんびりと一臣さんと過ごした。最近、お屋敷で一臣さんも気を張っていたようで、いつも以上に一臣さんは甘えモードになっていた。
「弥生、弥生」
と名前を連呼するし、べったりくっついてくるし、可愛いと言って抱きしめてくるし。
「エッチはできないのはわかってるけど、風呂くらいは一緒に入ろうな?」
「はい」
なんとなくだけど、盗聴器があるから、お風呂も一緒に入るのをやめていた。今日は久々に、気兼ねなくいちゃるける!それに、つわりもよくなったし。
さすが、ロイヤルスイートだけあって、バスタブも大きいし、ジャグジーもついている。一臣さんの部屋のお風呂に入っているみたいだ。
バスタブでは、一臣さんが後ろから私を抱きしめ、
「少し、腹も出てきたな」
と、お腹を撫でてきた。
「はい」
チュ。一臣さんがうなじにキスをした。
「もう、こんなことがないように、メイドもしばらく新しいのを入れないからな」
「え?そうなんですか?」
「ああ。モアナも来たし、黒影は川井たちがいなくなったら、もといた部署に戻るが、大阪に行ったメイドをひとり、戻すらしいしな」
「龍二さん、怒りませんか?」
「龍二から言って来たんだよ。わけのわかんないメイドなんか入れて、弥生に何かあったら大変だろって」
「そうなんですね」
嬉しい。
「あいつ、弥生のこと、大事に思っているし。お腹の子のこともな」
じ~~~ん。感動だ~~~~。
「龍二とこんなふうになれたのは、弥生のおかげだよなあ」
「そんなことないです。私、なんにもしていないし」
「したよ。弥生が龍二の味方になるって言ってから、あいつ、弥生のこと信頼して心開いたんだし」
「……。でも、本当によかったですね。一臣さんだって、龍二さんとまた仲良くなれて…。やっぱり、兄弟なんだし、仲いいのが一番です」
「そうだな」
ギュ。一臣さんが後ろから私を優しく抱きしめてくれた。
「子供も、兄弟仲良く育てような」
「はい」
あ~~。何日ぶりかな。この幸せ感。
私も、一臣さんがそばにいてくれたら、幸せだったけど、でも、やっぱり不安だったんだな。
そう思うと、一刻も早く、安心できるお屋敷に戻ってほしい。
翌朝、ルームサービスを呼び朝食を済ませた。
「だいぶ、食べれるようになったんだな、弥生」
「はい」
「スーツを1着持ってきたが、スカートはいるか?」
「履いてみます」
と、頑張ってみたが、
「無理するな。お腹の子にも悪いし、ワンピースを着ていけ」
と、昨日着ていたワンピースを着ていくことになった。
「マタニティも買わないとな。また、青山に頼んでおくか」
「青山さんにいつも甘えちゃって、申し訳ないです」
「気にするな。あいつはこういうことをするのが好きなんだよ」
「そうなんですね」
「青山はセンスがいいからな。弥生に似合うものを用意してくれるし。逆にお前が買うよりずっといい」
むっ。それって、私のセンスが悪いってこと?
当たっているだけに言い返せないけど。
「さ、行くぞ」
一臣さんはスーツの上着を羽織り、私の腰に手を回した。ああ、いつもながら、かっこいい~~。
今日のスーツも似合ってる。立ち振る舞いもかっこいい。うっとりしながら歩いていると、
「こら。あんまりそういう目で見るな。襲いたくなるから」
と一臣さんは頬にキスをして言ってきた。
「は、はい」
その言葉だけでも、十分腰を砕けさせる。
私たちは正面玄関ではなく、地下の駐車場に直接行った。そして、いつもなら等々力さんの運転する車なのに、違う車が待っていた。でも、運転席には等々力さん。あれ?
「親父の車だ。ここまで、カモフラージュしないでもいいかとも思ったんだが、念には念を入れたほうがいいと辰巳さんも言っていたからな」
「じゃあ、等々力さんの車は?」
「会社においてきました」
助手席には樋口さんの姿が無い。
「樋口さんは?」
「会社です」
樋口さんも会社においてきちゃったの?
「樋口がいたら、俺がここにいるのがばれるからな。念には念を入れ、別行動だ」
「そうなんですね」
徹底しているんだな。
「安心しろ。忍者部隊のやつらがちゃんと守ってくれているからな」
「あ、はい」
そうだよね。樋口さんって、秘書だけどボディガードでもあるんだよね。樋口さんがいない分、誰かに守ってもらうことになるんだな。
車に乗り、会社に向かった。いつもと違う車でも等々力さんが運転しているから、安心できる。
「等々力だと、酔わないだろ?」
「え?」
「いつもと同じ運転手のほうがいいと思ったんだ。安心も出来るだろ?」
「はい!思い切り安心できます」
「そう言っていただけると嬉しいですよ」
等々力さんは、本当に嬉しそうに笑った。
これも、一臣さんの配慮かな。ああ、優しいな~~~~。
思わず、一臣さんの肩にもたれかかった。一臣さんは私の手をギュッと握り締め、
「今日はなるべく一緒にいるからな」
と耳元でささやいてくれた。キュン!
「1件、出かける用事があったが、さっさと済ませて帰ってくる。あとは、会議くらいだ。それは弥生も出席できるよな?」
「はい!」
「ははは。元気いいな」
もちろんです!だって、一臣さんが横にいるんだよ?!元気の源がいるんだもん。
会社に着いた。なんと社長専用の駐車場に停まり、いつもと乗るエレベーターすら違う。
エレベーターが到着すると、そこは社長室に繋がる廊下だった。
「親父、いるかな」
一臣さんはそう言いながら、ドアにADカードをかざし、何やらパスワードも入力する。そしてドアを開くと秘書室に入り、
「おはようございます」
と、青山さんがぺこりとお辞儀をした。
「親父は?」
「いらっしゃいます」
「ちょうどよかった」
そう言って、一臣さんはまたドアにIDカードをかざした。
「社長、一臣様と弥生様がお見えです」
「ああ、中に入れ」
という声も待たず、さっさと一臣さんはドアを開けていた。
「親父!大変なことになってるんだから、すぐに連絡よこせよ」
中に入るといきなり、一臣さんが怒鳴った。ほんと、一臣さんって、お義父様には態度がでかいよねえ。
「辰巳からも報告を受けている。あ、弥生ちゃん、大変な目にあったね。体のほうは大丈夫かい?」
「はい」
「うん。元気そうで何よりだ。今日から出社するのかな?」
「はい。仕事も復帰します」
「それはよかった」
「よくねえ!!」
あ。また、一臣さんが怒鳴った。
「今の状態じゃ、屋敷にも帰れないんだよ」
「大丈夫だ。あと数日で、尻尾をつかめる」
「親父、もう把握してるのか?」
「ああ。黒幕の正体はばっちりな」
「で、なんで弥生を狙っているんだ?」
「上条グループと緒方財閥の離縁を狙ってるな」
「はあ?んなことあるわけないだろ」
「お前にメイドを近づけさせたのも、作戦のうちだろう」
「なんのだよ」
一臣さん、さっきからおでこに青筋たってる。相当怒っているかも。
「メイドに手を出させ、何か証拠を握り、スキャンダルにでもするか、上条グループに報告でもするか」
「馬鹿らしい!そんなのに俺が乗るとでも思っていたのか」
「思っていたんだろうなあ。お前、女に手が早いって有名だろうし」
「ふん!そんなの遥か昔の話だ。今は、どんな女が言い寄ったって、絶対になびかない自信があるぞ」
「そんなに、自分の奥さん一筋なのかい?すごいねえ、弥生ちゃんの威力は」
そう言って、お義父様は大笑いをした。
「うるさいぞ、親父」
「純愛なんだねえ。羨ましいな。そんな人とめぐり合えて、そんな人と結婚までしちゃって…。ああ、初恋の相手なんだもんなあ」
「うるさい!それ以上からかうな!」
あ、一臣さん、思い切り照れてる。顔が赤い。可愛い!
「ははは。いいじゃないか。弥生ちゃん、僕の初恋はね、中学校1年のとき、担任の先生に恋をして、切ない恋だったなあ」
「親父の初恋なんか聞きたくないっ」
「別に一臣に話しているわけじゃないぞ。僕は弥生ちゃんに」
「もう話は終わったな。じゃあ、行くぞ、弥生。10時半から、ミーティングがある。弥生も一緒に来い」
「あ、はい」
「なんだよ。弥生ちゃんと話をしてもいいじゃないか」
ぶーぶー文句を言っているお義父様を置いて、一臣さんはとっとと社長室を後にした。
やっぱり、この親子はおもしろいなあ。絶対に仲がいいと思う。
「ったく。俺がメイドなんかに手を出すわけが無いのに、そんな見境の無い男と思われたのが癪に障るよな」
あ、まだ、一臣さん、怒ってる。
「弥生!」
「はい?」
ぐいっと私の腰を抱き、
「弥生が社内にいなかった間、変な噂が立った。それを全部打ち消すくらい、仲良くするからな」
「え?」
「思い切り、みんなの前でいちゃついてやる」
はあ?!
ああ、まだまだ、一臣さんの『俺様』の態度と、スケベ発言は健在なのね。




