第6話 危ない屋敷?
日曜日の朝になり、私の朝食を持って一臣さんの部屋に現れた国分寺さんが、
「一臣様、今、新しいメイドが到着しました」
と報告をした。
「そうか。弥生が食べ終わったら、会いに行く」
「かしこまりました」
国分寺さんは、一臣様のコーヒーも入れて部屋を出て行った。
「もう新しいメイドさんが来たんですね」
「ああ。……。まあ、その話はあとだ。早く食べろ」
「はい」
あれ?なんだか、一臣さんの様子がおかしいかも。
そう言えば、昨日からあまり話さないし、疲れているのかなあ。
「一臣さん」
「ん?」
「大塚さんが、その…」
噂のこと、話してもいいのかな。一臣さんは知っているのかな。
「なんだ?」
「一臣さんがコロンをつけていないのは、お、女の人に、香りが移らないようにしているからで、とか、そういう噂があるって言ってたんです」
「そんな噂、ほおっておけ」
ってことは、知ってるってこと?
一臣さんはコーヒーを飲んで、新聞をバサバサと広げ、読み出した。
なんか、もしや、機嫌が悪い?
黙って朝食を済ませ、一臣さんと1階に降りた。そして、ダイニングに行くと、喜多見さんが、
「おはようございます。今、今日来た新人を呼んできますので」
と、そそくさとキッチンのほうに行ってしまった。
キッチンのほうから、なぜか日野さん、亜美ちゃん、トモちゃんが来て、その後ろから細くて色が白くて、存在感のうす~~い女性が現れた。
「一臣様、新しいメイドの黒影さんです」
黒影?
「よろしくな、黒影」
一臣さんがそう言うと、新人のメイドさんは何も言わずに頭だけ深く下げた。
黒影…。もしかして、忍者部隊の人?この存在感のなさ、日陰さんと似ているし。
「ほら、早くいらっしゃい」
そういう喜多見さんの声がして、私と一臣さんはキッチンのほうを見た。
「まだ、誰か新しいメイドさんがいるんですか?」
「お前、すっかり忘れているだろう」
「え?あ、もしや」
キッチンの奥から、喜多見さんと現れたのは、やっぱり、モアナさんだ。
「モアナさん!!!」
私はモアナさんのほうに駆け寄った。
「待ってたんですよ~!モアナさん!」
「や、弥生様、よろしくお願いします」
嬉しくて、ついハグをすると、モアナさんは驚いてしまったようだ。
「ごめんなさい。つい嬉しくて抱きついちゃいました」
そう言ってモアナさんから離れると、モアナさんは赤くなって固まっている。
「ハワイから来たモアナだ。弥生つきのメイドとして日本に呼んだ。日野、立川、小平、モアナのことを頼んだぞ」
「はい、かしこまりました」
「モアナさん、日本、寒いでしょう。時差とか、大丈夫ですか?」
「はい。寒いです」
モアナさんは顔を赤くして、恥ずかしそうにそう言った。
「寮に住むんですか?」
「はい。わたくしの妹が先日出て行ったので、私と一緒に住むことになりました」
「日野さんの妹さんが?え?なんで?」
まさか、モアナさんが入るから、出されちゃった?
「彼氏と同棲するんです」
「あ、なるほど。いいなあ、同棲なんて、したことない。どんななんだろう…」
ポワンと一臣さんとの同棲生活を妄想しそうになると、
「お前だって、結婚前から俺と暮らしているんだから、同棲していたようなもんだろ」
と、一臣さんに言われてしまった。
「あ、そっか」
「モアナ、しばらく日本でメイドの教育を受けたんだろ?どうだ?」
「はい。大変でした。でも、頑張ります」
モアナさんはそう言って、ぺこりと一臣さんに頭を下げた。
「まあ、モアナはもう合格点に達しているから大丈夫だ」
一臣さんの言葉に、
「え?すごい!やっぱり、ハワイの別荘でメイドしていただけあるんですね?!」
とトモちゃんが目を輝かせた。
「メイドさんって、試験でもあるんですか?」
「メイド協会の検定試験があるんです。でも、その他にも、緒方財閥で働くとなると、きちんとした紹介もないと働けないんです」
「へえ。試験があるんだ~~」
「検定試験で何級だろうが、それはうちには関係ない。おふくろも、今までの実績を重んじているし、特にこの屋敷で雇うのは、今まで緒方財閥の屋敷のどこかで働いていたもので、優秀な仕事をしていて推薦されたものだけだ」
「推薦?」
「その屋敷のメイド長とか、執事の推薦だ。小平みたいな例外もいるけどな」
「え?例外って?」
トモちゃんを見ながらそう聞くと、
「私は両親が、緒方石油のお屋敷で働いているメイドと執事なんです」
とトモチャンが答えた。
「え?そうなんだ。知らなかった」
「経験不足なのに雇ってもらって、ありがたいんですけど、失敗ばっかりしちゃって、迷惑もいっぱいかけちゃってて」
トモちゃんが、申し訳なさそうに下を向いた。
「いい。そんなことはどうでも。俺の中での合格点の基準は、ひとつだけだ。弥生を大事に思っていて、守れるかどうか。それだけだ。だから、小平は合格だし、モアナもすでに合格だ」
「そうなんですね!うわあ。なんか、素敵!本当に一臣様は弥生様を何よりも一番に思っていらっしゃっていて、感動!」
トモちゃんだけじゃない。今の言葉で亜美ちゃんや、日野さんまでが目を輝かせた。私は、恥ずかしくなって、顔が火照っちゃったけど。
「あ、っていうことは、モアナさんはハワイで弥生様を大事に思われたっていうことなんですね?」
亜美ちゃんが、モアナさんを見ながらそう聞くと、
「ああ、こいつは、弥生のためにじじいにたてついたんだ。で、じじいにクビだって言われたから、俺が日本に連れてきた。な?」
と、一臣さんがモアナさんを見てにこりと笑った。
「へえ!会長にたてついたんですか!すごいですね~~~」
なぜかそこに、等々力さんがいて、そう感心しながら言った。
「ああ、等々力、樋口、そろそろみんな揃ったか?」
あれれ?樋口さんもいる。なんで?珍しくない?
休みの日は、寮でのんびりしているらしく、めったにお屋敷に顔を出さないお二人が。
「辰巳さんは?」
「すでに来ております」
「わかった。弥生、一緒に行くぞ」
「え?どこにですか?」
「……。まあ、行けばわかる」
一臣さんはさっきから声を潜め、ひそひそと話しながら歩き出した。
???辰巳さんって、あの怖そうな侍部隊の隊長だよねえ。
一臣さんは私の腰に手を当て、いたわるようにゆっくりと歩きながら、お屋敷を出た。そして、寮のほうに向かって歩き出し、そのままお屋敷をぐるりと回り、お屋敷の裏手に出た。
はじめてきた場所だ。裏手には雑草も生えていて、その先には手付かずの森のような木がうっそうと生えているところもある。
そのうっそうと生えている木々のほうに向かうと、蔵のような建物が見えてきた。
「これって蔵ですか?」
「その昔は蔵だった。戦時中はここの中を掘って防空壕に使っていたらしい」
うわ。そうなんだ。
蔵の扉の鍵を樋口さんが開けた。中に入ると、古そうな箪笥が並び、かび臭い匂いがした。それから、行李っていうのかな。何やらお宝でも眠っていそうなつづら籠が並んでいる。
その部屋の奥に行くと、また扉があり、そこを開けると地下に向かう階段があった。
「ここが防空壕?」
「昔のな。今はきちんと造りなおして、頑丈になっているから安心しろ」
確かに。階段も壁も床もしっかりとしているし、きちんと電気もついている。
それに、通路を行くと、頑丈そうな扉も見えてきた。その重そうな扉を樋口さんが開けた。そして、私は一臣さんに連れられ、その中に入った。
「うっわ~~~~~~」
その部屋は、パソコンだの、モニターの画面だのが並んだ、ハイテクな部屋だった。何かの基地みたいな…。
「辰巳さん、休みの日に申し訳ない」
一臣さんが声をかけたその先には、辰巳さんが椅子に腰掛け、怖い顔をしてモニター画面を睨んでいた。その隣には、二人のでっかい男性が…。多分、侍部隊の人だよね。
「このたびは、大ごとにならず、良かったです。弥生様」
辰巳さんは振り返り、私を見てそう言った。
「え?はい」
「辰巳さん、確かに無事ですんだが、もし、弥生が足を踏み外して階段を転げ落ちていたとしたら、弥生もお腹の赤ちゃんも危なかったんだぞ」
「は。そのようなことがないよう、すでに、忍者部隊を屋敷内に潜り込ませております」
え?
「黒影っていうメイドもそうだから、弥生、これからはみんなで守るからな」
「私のためにですか?」
「当たり前だ。お前のお腹には緒方財閥の跡取りがいるんだ。いつ、誘拐されるかもわからないし、殺される可能性だってあるんだからな」
殺される~~~?このお屋敷で?
「あの、メイドたち、怪しい動きはないか?」
「今のところはないですね」
また、辰巳さんはモニターを見た。
「とりあえず、このあとは、樋口にも監視してもらう。弥生、俺らの部屋にも盗聴器がしかけてあるから、こういう話は一切部屋ではしないからな。あと、黒影以外のメイドはこのことを知らないから、弥生も言うなよ」
「と、盗聴器?」
「ああ、屋敷に盗聴器がしかけてある。だから、屋敷内ではあまり話が出来なかったんだ」
それで、昨日から口数が少なかったんだな。
「このことを知っているのは国分寺さんだけだ。喜多見さんにも言っていない」
「はい。あ、えっと。忍者部隊さんはお屋敷の中にいるんですか」
「ああ、日陰も来ている。いつでも、お前のことを守ってくれているが、あんまり部屋から出ないほうがいいな」
「はい」
「俺の部屋にも勝手に入られたしな…。あ、例の二人の経歴はわかったのか?樋口」
「はい」
樋口さんは持っていた鞄から、何やら書類を取り出し、一臣さんに渡した。
「しっかりとした経歴だよな。それとも、これも偽装か?」
「いいえ。前に働いていた屋敷の執事に問い合わせたところ、二人とも優秀なメイドだったそうですよ」
「だよな。そういう経歴がないと雇えないからな。だとすると、それすら、計画的だったってことか」
「スパイだった可能性も高いですよね」
「ふん。スパイが弥生を殺そうとするのか」
「殺すまではないにしても、跡取りを産ませないようにしている可能性もありますし、屋敷内を探っている可能性もありますね」
「ったく。とうとう会社だけじゃなく、屋敷にまで潜入してきたのかよ」
「昔もありましたよ。それから、この監視室を造ったんですから」
「ああ、俺が誘拐されそうになった時だよな」
そうなんだ。緒方財閥って、いろんな敵がいるってこと?
会社内の裏組織にもびっくりしたけど、お屋敷の敷地内にまでこんなところがあったなんて、本当に驚きだよ。
「この場所はばれていないよな?」
「はい。メイド二人には国分寺さんがついていて、仕事をさせているようです」
「そうか。俺は、気分転換に弥生を散歩に連れ出したってことにするからな。黒影を呼んで、一緒に屋敷に戻るぞ」
「はい」
樋口さんが、誰かに携帯で連絡をした。一臣さんと蔵を出て、またお屋敷の周りを歩いていると、
「お待たせしました」
と黒影さんがやってきた。
「ああ、散歩に行っていた。一緒に屋敷に戻るぞ」
「はい」
黒影さんは、それ以上言わないでも承知しているようで、すっと私と一臣さんの背後に回り、静かに後ろからついてきた。
「弥生、しばらくは屋敷の敷地内での散歩デートで我慢しろよな。安定期過ぎたら、またどっか遠出でもしよう」
「はい。楽しみです」
そう言いながらお屋敷に戻ると、
「お二人でお散歩ですか?仲良いですよねえ」
と、亜美ちゃんが出迎えながらそう言った。
「あれ?等々力さんが来ていたから、てっきりどこかに行かれるのかと思いました」
トモちゃんの鋭い観察力に、
「ああ、仕事のことで話があって、等々力さんと樋口は呼んだんだ。もう用も済んだから、寮に戻っているんじゃないか」
一臣さんはまったく表情も変えずそう言った。
「あとは、部屋でのんびりする。喜多見さんに、部屋の掃除は午後頼むと伝えてくれ。弥生、昼からはピアノでも弾いてやるからな」
「はい!」
そして、二人で部屋まで行き、その後は当たり障りのないことを話し、二人でのんびりと過ごした。




