第10話 とうとう乗り込んできた
私は斗來君ママの話を、部屋に戻ってから一臣さんにしてみた。
「夫婦で夢を持っているって、素敵ですね」
だが、一臣さんの反応は違った。
「文句ばかり言わないで、今いる現実を受け止めてどうやったら楽しくなるか考えりゃいいのにな。子どももせっかく2人目を授かったんだからさ」
え?
「なんだよ、なんで目を丸くして驚いた?」
「意外なことを一臣さんが言うから」
「は?子どもを授かったことか?」
「いいえ。現実を受け止めて楽しくっていうところ」
「なんだよ、俺だってあれこれ文句ばっかり言って、つまらない人生送っちゃったなあって後悔したんだ。お前見ていると、なんでも苦労と捉えず楽しくやってきているだろ?見習わないとなって思ったし、一緒にいるとなんでも楽しくなるしな」
「私がいると楽しいんですか?」
「ああ。それはずっと前に言っただろ?弥生といると飽きないって」
そういえば言われたっけ。
「なんだって俺は、こんな家に生まれて人生全部決まっちまってるんだと、緒方家に生まれて来たこと自体を恨んでいたこともあった。だけど、弥生といると、この人生も悪くない、楽しんでいくかって思えてくる」
「そうですよね!私もいろいろとあったけど、一臣さんと一緒ならなんだって楽しいし幸せです!」
「ははははは」
思いきり笑われた。
「奥さんがこうだと、いつでも明るいし楽しいんだけどなあ。あれは嫌だよな」
「あれ?」
「だから、高尾の奥さんだよ。高尾も嫌にならないかな」
「う~~ん。でも、斗來君ママも、色々と期待した分がっかりしているのかもしれないし」
「そういえばお前も、大学時代は俺が優しくて王子様のように見えていたんだろ?」
「え?王子様って…。えっと、それはいったい誰が?」
「葉月がそう言ってたけどな」
葉月~~~!恥ずかしいことを一臣さんに教えないでよ。絶対今度会ったら、しめあげる!
「だけど、実際俺に会ってがっかりしただろ?」
「え~~~~、どうだったかなあ?」
「は、忘れたのか?」
「確かに、私のことを嫌っていてすっごく落ち込んで傷ついたけど、一臣さんにがっかりしたことあったかな?」
う~~~~ん?と私が思いきり悩んでいると、
「ははははは」
とまた一臣さんは大笑いをした。
「確かに最初はびっくりしました。思っていた感じと違ったから。だけど、一臣さんを知れば知るほど、優しかったし、寛大だったし、なんでもこなせちゃうし、かっこいいし、どんどんさらに好きになったかも」
「わかった。あ、久々鳥肌だ」
「え~~~~?なんで鳥肌」
「弥生にしてみたら、どんな俺でもいいわけか」
「一臣さんは?瓶底眼鏡のストーカーでがっかりしていたでしょ?」
「ああ、まあな。だが、眼鏡とって化粧も落としたら、弥生はめちゃくちゃ可愛いからなあ」
どひゃ。鳥肌は立たないけど、変な汗出た。
「なにしろ、俺の初恋の相手だしなあ。弥生は可愛いしなあ」
「そ、そうですか。えっと、もういいです」
わわわ。思いきり抱き締めてきた。
「パパ~~~!」
「なんだよ、壱も抱っこか?」
私のことを一臣さんが抱きしめていたら、隣の部屋で遊んでいた壱弥が飛んできた。
「壱も可愛いな!」
一臣さんは壱弥を抱っこして、頬ずりをしている。
「そうだ、来週は上条家に行くか。壱も向こうのじ~じに会いたいだろ?」
「うん!」
「臣ニを連れていっていないしな」
ということで、翌週の土曜、私たちは朝から4人そろって上条家に行った。
「壱君!しん君!よく来てくれたね!」
祖父、祖母、父は二人にメロメロ。
私たちが行くことを卯月お兄様や葉月にも知らせたらしく、みんな勢ぞろいしていた。卯月お兄様の奥さんも今妊娠5か月。さらに孫が増えると、父は喜んでいる。
「弥生ちゃんには、色々と子育てについて教えてもらおうかしら」
「お義姉さんだったら、大丈夫ですよ。絶対にいいお母さんになります」
「だけど、最初の子だから、色々と不安で」
「いつでも相談に乗ります。言ってください!」
「弥生が頼もしく見える。驚きだな」
「葉月、うるさいよ。なんだってそう一言多いの。あ!そうだ!あんたには文句があったんだ。一臣さんに私が大学生の頃、王子様みたいに思っていたってバラしたでしょ」
「弥生ちゃん、一臣さんのこと王子様って思っていたの?」
あ、お義姉さんに笑われた。
「まあ、でもわからなくもないわ。見た目そんな雰囲気あるもの。それも、緒方財閥の次期総帥とあれば、王子様みたいなものよね?」
「弥生の場合は、まじでキモイメールばっかり送ってきていたんだ。今日の一臣様の笑顔も素敵。白馬に乗った王子様ってきっとこんなだわ。とか...。俺むしず走ってたよ」
「ははは。そう言うなよ、葉月。それだけ弥生には一臣君がキラキラして見えていたってことだ」
「兄貴のところにも同じようなメール送っていたんだろ?キモイって思わなかったか?」
「卯月お兄様はそんなこと思わないもの。葉月だけでしょ!」
「そうだなあ。キモイとは思わなかったなあ。弥生の気持ちがちゃんと報われたらいいのにって、そう願ってたよ」
「さすが卯月お兄様は優しいです」
そんな話で盛り上がっているとコホンと咳払いをして、さっきまで父と臣ニをあやしていた一臣さんがこっちに来ていた。
あ、まさか聞かれてたかな。
「あ、一臣さん、聞いてました?王子様って、かなりやばいですよね」
葉月、なんだってそういうことを直接聞くの?
「いや、まあ、なんだ。アバタもエクボって言うだろ?まあ、弥生がそれだけ俺に惚れていたんだからしょうがない」
「うわ。さすが一臣氏。モテるだけある。そんな風に思えるなんて」
「今じゃ、その一臣氏も、弥生にベタぼれだしね。くすくす」
「奥さんに惚れていて何が悪いんですか。卯月さんだってそうでしょ?」
「ま、まあね。だけど、弥生、良かったなあ。弥生の思いが報われて。こんなに大事に思ってもらえて」
卯月お兄様の言葉になぜだか一臣さんが感動して、
「弥生は本当に妹思いのいい兄を持ったな。如月もそうだけど、弥生は可愛がられているよなあ」
と、しみじみとしている。
「弟だけは馬鹿にしますけどね」
「葉月だって、口ではからかうようなことを言っているけど、弥生のことが好きなんだよ。昔っから弥生といつも一緒にいて、独り占めしようとしていたしね」
「ば!ばっかじゃないの、兄貴。独り占めしたいなんて思ってないし、だいたい弥生のほうが俺に引っ付いていたんだからな!」
「仲がいいってことだな。はっはっは」
そんな話を繰り広げていたら、父も話に入ってきて大笑いをした。どうやら壱弥と臣ニは祖父と祖母が面倒をみているらしい。
お昼もみんなで和気あいあいとしながら食べ、午後4時過ぎにゆっくりとお屋敷に戻った。屋敷に戻ってから壱弥も臣ニも疲れたのか寝てしまった。
そのあとは一臣さんと部屋でのんびりと過ごし、翌日もまたプールに行ったり、樋口さんと一臣さんはテニスをしたりしてプレイルームには行かなかった。
そのまた次の土曜日、
「プレイルーム遊びに行きますか?」
と一臣さんに聞くと、
「う~~~ん。かったるいな。天気もいいし広場で遊ぶか」
と、一臣さんはまたプレイルームに行くのを避けた。
昼頃、本当に気持ちよかったのでみんなで芝生の広場にシートを広げ、お弁当をコックさんに作ってもらい、ピクニック気分を味わった。午後は、部屋で昼寝をしたり、ビデオを見たりして、結局カンフー教室も1回限りで、次の回は予定も立っていない。
「一臣さん、壱君、そろそろ潤君たちと遊びたいんじゃないのかなあ」
夜、ベッドに入ってからそんなことを言ってみると、
「じゃあ、明日弥生が連れていくか?」
と言われた。どうやら本当に一臣さんは、斗來君ママを避けているようだ。
仕方ない。私が明日は壱弥を連れてプレイルームに遊びに行こう。一臣さんに臣ニを見ていてもらうか。
そんなふうに思っていた矢先の出来事だった。
朝食を終え、10時ごろ、部屋で家族4人でまったりとしていると、
「一臣様、失礼します」
と国分寺さんが部屋にやってきた。
「ん?どうした?」
「実は…、その…、先ほど高尾さんの奥さんがお見えになり」
「高尾の?だんなに用でもあるんだろ。キッチンに通せばいいんじゃないのか?」
「いえ、お屋敷の玄関においでになり、一臣様に会わせろと…」
「俺に?なんでだ?」
「今、ロビーで待っているんですが…、どうしましょうか。応接室でも通しますか」
「応接室?コックの奥さんをか?それも変だろ。用件はなんだ」
「何かお怒りの様子でして」
「またか?何も俺はしていないぞ。最近はあそこの子どもにも会っていない」
一臣さんはため息をつき、思いきり嫌そうな顔をした。
「面倒くさいなあ。仕方ない。弥生も来い。俺一人じゃ、俺が逆切れしそうだ」
「あ、はい。一緒に行きます」
「壱弥様と臣ニ様はモアナでも来させます」
「そうしてくれ。今ロビーにいるんだな」
「はい」
「そこでいい。今から行くから」
「かしこまりました。そう伝えてきます」
一臣さんは起きてから、ずっとバスローブでのんびりしていたので、着替えをし始めた。
着替えた頃、モアナさんもやってきたので二人の面倒をお願いして、私と一臣さんは部屋を出てロビーに向かった。
階段を降りると、玄関の扉の真ん前で仁王立ちしている高尾さんの奥さんがいた。その隣に国分寺さんがいて、
「あ、一臣様がいらっしゃいました」
と高尾さんに告げた。
そして国分寺さんがその場を離れようとすると、
「国分寺、いてもいい」
と一臣さんが引き留めた。
「で、なんだ?用件っていうのは」
「……」
しばらく斗來君ママは黙っていた。
イラっと一臣さんがしたのがわかった。
「で?なんの用件だ?」
「昨日も、その前の週もプレイルームにちゃんと顔を出しました。でも、来ていませんでしたよね?」
「誰が?壱弥か?今日は弥生が連れていく予定だ」
「弥生さんが?それでは意味がないんです」
「なんでだ?」
また一臣さん、イラっとした。声も苛立っているし、肩眉も上がっている。
「私、ちゃんと謝りたいと思って、プレイルームに行ったんです。何度も何度も行ったのに、謝らせてももらえないなんて、嫌がらせですか?」
「はあ?なんだ、それは。こっちだって用事があるんだ。そっちの都合で動いているわけないだろ」
「ですから!こうやってお屋敷まで来ました」
「それが謝る態度か?」
一臣さん、プチ切れ...。
「え、えっと。斗來君ママ…」
私が間に入ろうとすると、その横から、
「謝りにというのは、この前の一件のことですね」
と国分寺さんが冷静に斗來君ママに聞いた。
「旦那が謝りに行けと言うので来ました。色々と失礼なことを言いまして、申し訳ありませんでした。それから、子どもの面倒も見ていただき、ありがとうございました」
うわ。棒読み。一切心がこもっていない。やば~。一臣さん、絶対に怒ったよね。
「……。わかった。もういいだろ」
あ、もう関わりたくないのかな。さっさと切り上げたいみたい。
「うちの旦那がクビになるようなことはないですよね」
「高尾はいいコックだ。腕もいいし、コック長もかっている。それにいつも頑張っているのを知っている。クビにしたりしない。だが…」
「だが、なんですか?」
「あ、いや。高尾の奥さんのほうは、別に従業員ではないわけだし、俺があれこれ文句を言うことでもない。いちいち屋敷に来なくてもいいし、いや、従業員でもないんだから、屋敷にまで来てほしくもない」
え~~~!それ、金輪際関わるなって言っているようなものだよね。
「でも、プレイルームでは会うこともあるだろうし、子どもたちはこれからも一緒に遊ぶことになるんだろうし、これからもよろしくお願いしますね!斗來君ママ!!!」
なんとかそう繕ったが、斗來君ママの顔は引きつったまま。どうしよう。
「は~~~あ。面倒くさいなあ。だけど、まあ、子どもが関わるわけだし、お母さん同士仲良くしたらいい。弥生とは仲良くなれるだろ?」
「一臣さんは?」
「俺に期待をするなよ。まあ、高尾のほうが子ども連れてきている時だけ、俺も壱を連れて遊びに行ってもいいけどな。パパ同志、けっこう楽しんでいる。それに、芝生の公園に壱が行く時、斗來君や潤君も面倒をみてやってもいい。それでいいだろ?」
「……わかりました」
「高尾さん、もうよろしいですね?寮にお戻りになっていただけますか」
国分寺さんがやんわりと聞くと、斗來君ママはうなずき、玄関のドアから出て行った。
「あ~~~、面倒くせえなあ。国分寺、もしまた来た時は、うまいこと言って追い返してくれよな。せっかくの休日が台無しだ」
「かしこまりました」
やれやれと肩を回して、一臣さんは階段を上りだした。一臣さんが思いきり雷を落とすんじゃないかってハラハラしたけど、そうならずに無事済んだ。
無事済んだ?のかな?
このまま、何事も起きないことを祈るばかりだ。私も一臣さんじゃないけど、やれやれ…と心の中で思っていた。




