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続・ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
最終章 にぎやかなお屋敷
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第9話 カンフーを習う

 臣ニは、モアナさんと日野さんにあずけてきたが、今頃一臣さんが見てくれていると思うので、私も安心してカンフーを習える。

 

 ちゃんとそのためにスエットも持ってきた。それらに着替えてから格技場に戻ると、すでに潤君ママと斗來君ママもやってきていた。


「あ、弥生様、今日はよろしくお願いします」

「はい。とはいえ、教えるのは樋口さんですが」

「樋口さん、カンフーとかできるんですね。びっくり!」

 潤君ママはそう言って、樋口さんにも挨拶に行った。斗來君ママはその場にいる。そして私をちらっと見ると、軽く会釈をした。


「斗來君にもカンフーを習わせるんですね?」

 私から話しかけると、

「今のうちからそういうのを習えば、将来いじめにあうこともないかと思いまして」

と、早口に無表情でそう言ってきた。う、ちょっと怖い。私も苦手かも...。


「さあ、始めようか。あ、弥生様もどうぞ、こちらへ」

「はい!」

 樋口さんに呼ばれ、格技場の真ん中に進み出ると、

「え?弥生様も習うんですか?」

と潤君ママがびっくりしたようだ。


「はい。前から習いたかったんです。護身術になりますし」

「カンフーを習わないでも、弥生様はお強いのに」

 樋口さんが苦笑いをすると、

「え?お強いって何か習っていたんですか?!」

とまた、潤君ママは驚いたようだ。


「弥生様は師範のほうですよ。合気道を教えていらっしゃいます」

「師範?!」

「あ、いえ。まだまだなんですよ。全然まだまだ」

 慌ててそう言ったが、なぜか潤君ママは目を輝かせて私を見ている。斗來君ママは、「へえ」と言ったきり黙っている。


 それから樋口さんは私にはしっかりと、子どもたちにはとってもゆるく、カンフーを教えてくれた。最初、なんとなくやる気を見せなかった斗來君も、だんだんと壱弥や潤君と楽しく取り組みだし、そのうちに遊びだした。


「こらこら。遊ばないでちゃんとやろうね」

 樋口さんが優しくそう言って、またゆる~~く3人に教えだした。私はいったん、休憩をとることにした。


 体が思うように動かず、無理をするのも体に悪いだろうから、今日はもうやめておこう。そう思いながら潤君ママの隣に座って水を飲んだ。


「楽しそうに習っていますねえ」

 そう私が言うと、潤君ママも、

「はい。樋口さんの教え方が優しいし、3人とも楽しそうです」

と私に微笑みながら答えた。


「なんだったら、潤君ママも教えてもらったらどうですか?気晴らしというか、気分転換にもなるし、運動不足も解消できますよ?」

「え?私が?運動苦手なんですけど」

「大丈夫ですよ。どうぞこちらに」

 そう樋口さんも言って誘うと、「じゃあ」と潤君ママは恥ずかしそうに真ん中まで歩いて行った。


 私は、静かに座って子どもを見ている斗來君ママのほうに少しだけ移動した。

「斗來君、頑張っていますね」

 そう声をかけると、斗來君ママは私を見て、

「合気道をしていたんですか?」

と聞いてきた。


「はい。実家で祖父や父に武道は習いました」

「家が道場とか?」

「道場というか、格技場があって、祖父や父は師範の免許を持っていて、休日などに近所の子どもや私たちに教えてくれていたんです」

「そうなんですか。へえ…。旦那に聞いたんですけど、弥生さんもどこかのお嬢様だって。だから、武道なんてできるとは思いませんでした」


「あ、はい。私、限りなくお嬢様とは思えないような暮らしをしていたというか、なんていうか」

 答えに困り、しどろもどろになってしまった。


「でも、政略結婚なんでしょ?あのボンボン…、ここのご子息と」

「はい」

「親同士が決めたんですよね?嫌じゃなかったですか?そういうのって嫌がったり、断ったりできなかったんですか?」

「断ることはできたかもしれないですけど、私、一臣さんを一目見た時から惹かれてしまって、一臣さんと結婚して一臣さんのお役に立てることが自分にとっての夢というか、幸せだって思っていたので」


「それが夢?ええ?むなしくないですか?」

「むなしい?!い、いいえ。大好きな人と結婚して一生を共にできるって、幸せなことですよね?斗來君のママもそうですよね?」

 むなしいとか言われ、ちょっとショックというか頭に来たというか、反論してしまった。すると、斗來君のママは、少し黙って視線を下げた。


 あれ?なんか変なこと言っちゃったかな?旦那さんともしや喧嘩でもした?


 ここは話をがらっと変えてみよう。

「斗來君のママは…、高尾さんはラグビーが好きなんですか?」

「あ、はい。学生時代よく観戦に行っていました。旦那もラグビーが好きで…。旦那は高校時代ラグビー部だったんです」

「へえ、そうなんだ。そういえば体も大きいですもんね」


「でも、足のケガで続けられなくなって、高校卒業してすぐにコック見習いになったんです。勉強も好きじゃないからって受験もせず」

「高校の頃からのお付き合いですか?」

「卒業してからコンパで会って。その頃、旦那も私も夢があって、意気投合しちゃって。旦那の影響でラグビーを見るようになったんです」


「夢?」

「私は美容師見習いしていて、そのうちに自分の店を持つって。旦那もコック見習いをしていて、自分の店を持つのが夢だって。どっちが先に夢を叶えられるか、なんていつも話して楽しかったんです」

「素敵な夢ですね!」

 なるほど。斗來君ママは、自分の店まで持ちたかったんだ。すごいなあ。


「結婚して一人目が生まれて…。3か月お休みしてまた働きだして、店長になるところまで頑張ったんです。お給料も上がったし、お金貯めて30過ぎたら自分の店を持とうって思っていました。旦那のほうも、けっこうお金貯めていたし、旦那も自分の店を出すんだろうとそう思っている矢先に二人目ができちゃって」

「今は仕事休んでいるんですっけ?」


「二人目、つわりもきつかったし、体調もよくなくって、旦那に仕事を休めと止められたんです。それに、大きなアパートに引っ越すなら、家賃が安い寮に引っ越そうって」

「はい」

「私は店長をしていたし、まだ辞める気もなかった。だけど、仕方なく店長を他の人に変わってもらって、仕事も復帰するつもりでいます。安い家賃ならお金も貯められるし、店を持つ夢も早くに実現できるかもしれないと思ったし…」


 なんだか、暗いなあ。早くに夢が叶うといっている割には暗いのはなんでかな?

「でも、旦那のほうが、自分の店を持つどころか、この屋敷のコックを辞めることすら考えていなくって」

「え?辞める?」

「数年したら、ここを辞めて別の場所で修業をするって言っていたんです。旦那、腕はいいからこんなところでうずもれているべきじゃないんですよ。もっとちゃんとしたレストランで修業して、早くに店を持ってもらいたいのに」


「……な、なるほど、そうなんですね」

「なのに、ここのコック長はすごい腕を持っているだの、いろんな料理を作れるからここでも修行できるだの、給料がいいだの、なんだかんだと言い訳して、全然変わろうとしない。それに腹が立って。そのうえ、ここの屋敷のボンボンにへこへこ頭下げているのを見たら、もうがっかりしちゃって」


 うわ~~~。そのボンボンの奥さんに言うことかな?今の…。私はどうリアクションをしたらいいのかな?

「二人目も別にほしくなかった。子どもは一人で十分だった。でも、旦那は大喜びしていて、ここは子育てにとてもいい環境だとか言っちゃって。それもわからない。自分が働くのに通勤時間もないし、楽ができるってだけじゃない?私にとっては、すんごい住みづらい環境。周りには知っている人もいないし、二人目が生まれてからも誰に協力してもらったらいいのかわかんない」


 わあ。私になんでこんなに不満をぶつけてくるのかな?どうしよう。

「えっと、あの…。環境はいいと思います。この屋敷の敷地内は本当に安全だし。屋敷内の森と言うか雑木林はカブトムシもいます。潤君もパパと一緒に取りに行ったって言ってました。あ、うちも一臣さんと壱弥で朝早くに起きて取りに行っていましたよ。それにプールにも子供用のブールがあって、そこでも遊ばせられるし。それに、旦那さんがすぐ近くで働いているから、何かの時には安心ですよね?」


「……。友達ができないわ」

「潤君も、うちの壱弥も年齢一緒だし、今もあんなに仲良くやっていますよ?」

 3人がまだ楽しそうにカンフーを習っているのを私は指さした。


「たった二人だけ?今までの公園では10人は来ていたわよ」

 あ、ため口になった。それはまあ、いいんだけど。とにかく、ここに引っ越すこと自体嫌だったみたいだなあ。


「旦那はいいわよ。コック友だちもいるんだし、慣れた環境にいるわけだから。でも、こっちは誰もいないのよ」

「だけど、みんないい人です。亜美ちゃんも、潤君ママも。メイドさんたちもいい人ばかりです。喜多見さんも、二人目生まれたら色々とみんなが協力してくれます。もう一つの寮にだって、子育てのベテランもいれば、壱弥の面倒を見くれていたメイドさんもいます。どんどん頼っちゃっていいと思います」


「……ま、まあね。潤君ママに聞いたら、プレイルームで一臣さんが子供の面倒を見て、わざわざ部屋に潤君を送り届けてくれるって言ってたけど…。芝生の広場にもよく連れて行って遊んでくれて助かってるって」

「そうですよ。一臣さん、なんだかコックさんたちと話すのが楽しいらしくって、それに壱弥以外の子どもの面倒も好きみたいなんです。任せてもらっていいですよ?」

「屋敷のボンボンに?つまり、雇ってくれているオーナーにうちの子の面倒を見てもらうってことでしょ?ありえない」


「ありえない…ですか?」

「ありえないわ。私の美容院だったら」

「でも、この屋敷だとありえちゃうんです…けど」

 確かに前はありえないことだったんだけど、変わっちゃったからなあ。


「さ、今日はここまでにしようか。みんなそろそろ部屋に帰るか?」

「あしょぶー!」

 樋口さんの言葉にそう叫んだのは壱弥だ。それから、3人はきゃあきゃあ言いながら追いかけっこを始めてしまった。


「わ~~。明日絶対に筋肉痛」

 おでこの汗を手で拭いながら、潤君ママは私の隣に来た。そして、よっこらせと座ると、

「でも、体動かすって気持ちいいかも。樋口さんにたまに教えてもらいたい。弥生様も教えてもらいますか?」

と聞いてきた。


「はい。ぜひ、一緒にならいましょう」

「他のメイドさんで、習いたい人がいたら聞いてみていいですか?亜美ちゃんとか」

「いいですよっ!カンフー教室開いてもらいましょう!!」

 私も潤君ママも喜んでいると、

「ここの従業員って、みんな仲いいんだ」

と斗來君ママがぼそっとつぶやいた。


「そうなの。仲いいのよ。斗來君ママもみんなとすぐに仲良くなれちゃうと思うよ。今いる寮だけじゃなくって、もう一つの寮にも何人かいるけど、そっちのみんなとも仲良くなれると思う。向こうの休憩室で今度まかない食べない?昼ご飯も出るから。私もそこにお邪魔することあるんだ。子どもの分まで作ってくれるから、楽できちゃうよ」

 潤君ママの言葉に、斗來君ママはようやく笑みを浮かべ、

「楽できるなら行こうかな」

と答えた。


「じゃあ、さっそく明日ね。旦那に言っておくといいよ。まかない作ってくれるから」

「……うん」

 ちょっと合間を開けてから、斗來君ママはうんと頷いた。


 みんなと仲良くなって、ここの生活に慣れてきたら、案外斗來君ママも、楽しめちゃうかもしれないな。



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