第7話 充実の休日
潤君を連れて、潤君の部屋まで送りに行った。懐かしいなあ。この寮の2階に住んでいたんだもんね。今は、高尾さん一家がそこに引っ越してきたらしい。他の部屋も全部うまったってことだし、もう寮で生活したいです!なんていうことは叶わないんだなあ。
チャイムを一臣さんが押してから、
「潤君連れて来たぞ~~」
とノックまでした。
「はい!」
中から慌てたような声が聞こえてきた。ガチャリとドアが開き、
「いつもすみません、一臣様」
とメイドさんが顔を出した。名前は保谷さん。お義母様つきのメイドさんだ。
「あ、弥生様まで…」
「しん君も連れてきていたんです」
「まあ、そうだったんですか。それにしても、子ども二人いると、土日は旦那さんが上の子を見てくれないと大変ですもんね。その点、一臣様はちゃんと見てくれるから、羨ましいです」
「潤君もパパが見てくれているじゃないか」
「そうなんですけど。でも、二人目が出来たら、夫婦で仕事はなかなか」
「育児休暇だったらもらえるぞ?一人目の時にも休んだんだろ?」
「そうなんですけど...」
「まあ、色々と大変そうなら喜多見さんに相談したらいい。二人目が出来たらの話だが」
「はい。わかりました。そろそろ二人目もほしいねって言っていたので、さっそく喜多見さんに相談してみます」
「喜多見さんは子ども一人だったっけなあ。二人いるやつも寮に住んでいるだろ?相談したらどうだ?」
「はい。聞いてみました。早くから保育園にあずけられたから、特に問題なかったって」
「ああ、そうだな。保育園が休みの日をシフト入れないようにしてもらったらいいんじゃないのか。そのくらい優遇してもらえるだろ」
「そうなんですけど」
なんだか歯切れの悪い返事だなあ。もしかして、お義母様にも相談しないといけない感じなのかなあ。
「あの、お義母様にも相談されては?もしかしたら、土日は休みにしてもらえるかもしれないですよ?」
その私の提案に対して、潤君のお母さんは顔を引きつらせた。
「と、とんでもない。私から奥様に直接相談なんて恐れ多くて」
「え、そうなんですか?」
「まあ、国分寺さんでもいいかもな。国分寺さんの奥さんはおふくろ付きだろ?いざとなったら俺からもおふくろに言ってやるから」
「ありがとうございます」
ペコリと潤君のお母さんはお辞儀をして、潤君を連れて部屋の中に入った。部屋の中からはおいしそうな匂いがしていて、
「ママ、おなかしゅいた」
という潤君の元気な声も聞こえていた。
「さ、俺らも帰ろう。腹が減った」
「はら、へった」
ああ、一臣さんの口が悪いから、壱弥が真似をする。
「壱君、お腹空いただよ?」
「おなか、しゅいた」
まったく。一臣さんの言葉を真似たら、口の悪いおこちゃまになっちゃうよ。
いったん部屋に戻り、壱弥は手を洗ったりうがいをした。私は臣ニにおっぱいをあげ、オムツも替えてから4人でダイニングに行った。
臣二はすでに眠そう。モアナさんが来て寝かしつけてくれて、ベビーラックにそっと臣二を寝かしてくれた。その間に一臣さん、私、壱弥はお昼ご飯をいただいた。
「おいち~~」
壱弥、喜んでる。お腹空いていたんだもんねえ。思いきり遊んだみたいだし。
コックさんが壱弥の分も作ってくれるけど、今日は壱弥の大好きなオムライスだ。それも可愛らしいお子様用のプレートに乗っている。壱弥は車が大好きだから、車の形のプレートだ。ゆでたニンジンやブロッコリー、ジャガイモも乗っかっている。壱弥は好き嫌いなく全部を食べる。
そして何よりも楽しみなのは、デザート。今日はプリンだ。壱弥の顔は満面の笑み。
「あいかわらず旨そうに食べるなあ。プリン美味しいか?」
「……」
ああ、一臣さんの言葉に返事も出来ないくらい、喜んでいるのかな。
「おい、弥生だ、弥生。聞いてたか?」
「え?私?」
「そうだ。プリン、すっごく嬉しそうに食っていただろ」
え?私が?私にも壱弥と同じプリンがデザートに出てきたけど、私に言ってたの?
「壱もよく食うな。弥生に似たんだな。大食漢だな」
「だから~~。大食漢じゃないですからね」
「はははは」
そんな会話を見たり聞いたりしているメイドさんたちは、くすっと笑ったり、ほほえましい目で私たちを見守ってくれている。
「壱弥おぼっちゃま、本当によく食べましたねえ。好き嫌いもなくて偉いですねえ」
そう国分寺さんが食器を片付けながら、壱弥を褒めた。
「うん!」
「壱弥おぼっちゃま、おいしかったですか?」
次にコック長がやってきた。
「おいちかった~~~!」
壱弥の言葉にコック長は目がなくなるくらい、嬉しそうに細めた。
「パパ、あそぼ」
「食後は少しゆっくりするんだよ。部屋に戻ってDVDでも見るか。ちょうど臣ニも寝ていて、ゆっくりできる」
「ブーブー!」
「車のDVDか。お前、好きだよなあ。大人になって車乗り回すようにはなるなよ。俺みたいに事故ったら大変だし」
そんなことをぶつくさ言いながら、一臣さんは壱弥の手を引いてダイニングを出て行った。私もそうっと臣ニを抱っこしてあとからついていった。
外は天気だ。午後は芝生の広場に行ってもいいなあ。みんなでシート持ってピクニックをしに行こう。
ああ、やばいくらい、休日は幸せだなあ。
そんな幸せの中にも、ちょっとしたハプニングはあったりする。
翌週、また一臣さんは壱弥を連れてプレイルームに遊びに行った。その後30分して、
「弥生様、一臣様からの伝言です」
と部屋のドアをノックして亜美ちゃんが話しかけてきた。
「亜美ちゃん、一臣さんからの伝言?」
ドアを開けてそう聞くと、
「壱弥様と芝生の広場で遊ぶから、臣ニ様も連れて遊びにおいでとおっしゃっていました。よかったら私もおともします」
おとも…。どうもその言い方は桃太郎の犬とか猿を思い出してしまう。
「ありがとう、亜美ちゃん。ちょうどオムツも替えてしん君もご機嫌だったからちょうどよかった。プレイルームに遊びに行こうかと思っていたんです」
「プレイルームで遊んでいた子どもたちも、外のほうが気持ちよさそうだからって、一臣様がみんなを連れて行っていますよ」
「一臣さん、一人で?」
「いいえ。今日は保谷さん、あ、潤君パパですけどシフトがお休みだから、一緒にいます」
ああ、潤君パパが今日は休みなんだ。
「うちの旦那が、みんなにおやつも用意しているみたいですよ」
「そうなんですか?壱君喜んじゃうかも!」
わくわくしながら、しん君を連れて亜美ちゃんと芝生の広場に行った。そこには一臣さん、潤君パパ、壱弥と潤君、斗來君が遊んでいた。
「弥生、しんも来たか」
「はい。いい天気ですね」
「ああ、あったかいし、外のほうが気持ちいいな」
「あ、斗來君もみんなになじんでいますね」
子ども3人は、楽しく追いかけっこをしている。
「プレイルームでも、一緒に遊びだしたんだ」
「でも、斗來君のパパはいないんですね」
「今日は高尾さん、仕事なんですよ。自分が休みなんで潤と一緒に斗來君も見ますよって言って、預かったんです」
「ママのほうは?」
「多分、家事をしているんじゃないですかね?」
「屋敷の敷地内なら安全だしな。何かあれば、すぐに父親も呼べるし、案外ここは子育てにいいんじゃないのか?保谷」
「はい。本当にありがたいです」
「そういえば奥さんのほうは、二人目がそろそろほしいって言ってたぞ」
「え!?そんな話していましたか?」
「ああ。育児休暇だってあるんだし、そろそろ二人目作ってもいいんじゃないのか?」
「そうですね。3歳くらい離れていたら、潤もしっかりとするかなって思っているんですけど」
「大丈夫だろ。潤君も落ち着いているもんなあ。一番やんちゃなのは、うちのやつだし」
「きゃ~~~~~~」
そう一臣さんが言ったそばから、壱弥は奇声を発して走り回りだした。そのあとを、潤君と斗來君も笑いながら追いかけている。本当に仲良くなったんだなあ。
スッテン!あ、壱弥が転んだ。
でも、平気な顔をして立ち上がった。
「お、壱、強いな。痛くなかったか?」
「うん!」
「壱弥君、すごいねえ」
潤君パパも褒めると、壱弥はドヤ顔をした。まあ、芝生の上だし転んでもあんまり痛くないのかもね。
「みんな~~、おやつですよ。喉も乾いたでしょう。ジュースを持ってきましたよ~~」
「あれ?亜美ちゃん」
いつの間にか亜美ちゃんは、キッチンに行っていたようだ。旦那さんの清瀬さんと一緒にやってきた。
「じゅーちゅ!!!」
潤君と斗來君は目の色が変わった。でも、一番喜んでいるのはおやつを見た壱弥だ。
「う~~~~わ~~~~~い!」
「壱、喜び方半端ないな。ママ似だな」
もう、また一臣さんは!
おやつは清瀬さんお手製のドーナツだ。こりゃ壱弥はたまらんな。大好きなんだよね。
「お昼が食べれなくなるから、一人1個ですよ」
可愛らしい籠にドーナツが並んでいた。大人にしてみれば小さめのドーナツ。
「一臣様、弥生様もどうぞ」
「俺はいい。腹にもたれそうだ。すまんがアイスコーヒーでも持ってきてくれ」
「はい、かしこまりました」
芝生にシートを広げ、ドーナツの入った籠と、ジュースがのっているトレイを置いて、清瀬さんは屋敷内へと戻っていった。亜美ちゃんがピッチャーから子供用のコップにジュースを入れ、私にも大人用のグラスについでくれた。
「はい、弥生様」
「ありがとう」
オレンジジュース嬉しい。
「保谷さんもどうぞ」
「あ、悪いね、亜美ちゃん」
「私もここに混ざりたいよ、保谷さん」
「どうぞ、亜美ちゃんもジュース飲んで休んでください」
私がそう言うと亜美ちゃんは驚いて一臣さんの顔を見てから、
「滅相もないです。仕事中ですし。それに今っていうわけじゃなくて、子どもと一緒にここに混ざりたいなって思ったんです」
と慌てたように言った。
「あ、そういうことか」
「亜美ちゃんも、早くに子ども作って清瀬さんとここに混ざればいいんだよ。この屋敷内は子育てに最適だよ?」
「そうだぞ、立川。あ、今は清瀬か。ややこしいな。とにかく、育児が楽な職場だと思うぞ。何かあっても父親はすぐそばにいるし、喜多見さんとか他にも大勢助けてくれる人もいるんだしな」
「セキュリティ万全の遊び場もこれだけありますしね。カブトムシを今年は取りに行ったんですが、寮の近くにあんなにいい森があるとは、本当に周りの連中に羨ましがられるんですよ」
「周りって、コックさんですか?」
「いえ、保育園のママさんパパさんです。職場の屋敷の敷地内の寮って、通勤時間とかないからいいけど、窮屈だったり、子どもの遊び場もなくて困らないかって聞かれたことがあって」
「窮屈?」
「すぐそばに上司もいれば、お屋敷の主人とか奥様とかいるんだろうから、大変なんじゃないかと聞かれて、現状を話したんですよ。そうしたらみんな羨ましがっちゃって。ははは」
「現状...ですか?」
私が質問すると、保谷さんはニコニコ顔で、
「寮にはプレイルームもあって、潤には年が近い仲よしもいるし、屋敷内には森みたいな場所があって、夏はカブトムシが取れるし、従業員が休みの日に使えるジムやプール、テニスコートもあって、子ども用プールもあるからそこでも遊べるし、広い芝生の広場もあって、そこでも遊ばせてもらえるし、それも敷地内だから絶対に変なやつは入ってこないから安全だし」
「うん、確かにな!」
あ、一臣さんドヤ顔。
「そのうえ、まかないも食べられるから、奥さんも手抜きができるし。寮の家賃も安いし、家具やエアコン完備だったしって言ったら、ママさんたちが羨ましがって。パパたちは、ジムがすぐそばにあって、使いたい放題って聞いて、羨ましがっていましたよ」
「空いていれば、使ってもいいからな。コックやメイドたちも利用しているのか」
「はい。うちに嫁もたまにメイド友達とテニスして遊んでいます。本当にありがたい職場です」
「まあ、ここの広場は俺がいないと使えないけどな。あ、でも俺か弥生に言えばいいぞ。ただし、おふくろがいないときにな?」
「あ、はい。それはもう、十分承知しています」
「俺がいれば、おふくろが屋敷にいる時でも遊んでいいからな。何か言ってきても、壱弥のためだって言えば納得するから」
「はい」
昔だったらありえないよね。ここでコックさんの子までが遊んでいるのをお義母様が許してくれているなんて。
のんびりとおやつを食べ、ジュースを飲み、子どもたちはきゃっきゃと遊びだした。しん君もいつの間にか気持ちいいのか寝てしまって、ベビーラックを亜美ちゃんが持ってきてくれてそこに寝かした。
大人の私たちも、芝生の上のシートに座ったまま、のんびりと話していると、
「ここにいたの?!」
と、いきなり女の人の怒った声が聞こえてきた。
「え?」
聞き覚えのない声にびっくりして振り向くと、斗來君のママだった。




