第3話 二人目ができました
一臣さんが壱弥を連れて大広間を出ていくと、お義父様は、
「しょうがない。帰るとするかな。じゃあね、弥生ちゃん、京子ちゃん」
と私たちにほほ笑み、大広間を出て行った。私たちは玄関まで見送りに行った。
それにしても帰るってホテル?会社?こんな時でもお屋敷で寝ることはしないのか。
「俺らは今夜泊まって、明日の朝大阪に帰るよ」
「そうね。ゆっくりとしていきなさい。じゃあ、私も部屋に戻ります。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
お義母様も2階へと上がっていき、その後ろから私、京子さん、龍二さんも2階へ上った。
「兄貴は本当に壱弥にべったりだな」
「はい。可愛がっています」
「龍二さん、私たちも子ども作りましょう」
「京子、いいんだよ。京子の体に負担になるんだろ?そんなリスク抱えてまで子どもを作る気はないから。俺はずっと夫婦二人でもぜんぜん構わない。子どもの世話とかも苦手だしな」
「本当に?本当は子どもがほしくないですか?」
「特に子どもを欲しいとは思っていないから」
「…ごめんなさい」
「謝らなくてもいい」
二人の会話を聞きながら、ちょっと困っていると、
「あ、ごめんなさい、弥生さん」
と京子さんが私に気が付いた。
「ああ、弥生、朝は見送りとかいいからな。適当に帰るから。じゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい、弥生さん」
二人は龍二さんの部屋に入っていった。
私は一臣さんの部屋に入った。中では一臣さんが壱弥と遊んで、壱弥の笑い声が部屋中に響いていた。
子どものいる私たち、ずっと夫婦二人で生きていく龍二さんと京子さん。生き方はそれぞれだ。
従姉の汐里さんはずっと独身でいるのかな。そういえば、アメリカに行った久世君はどうしただろう。今頃一生懸命デザインの勉強をしているのかな。
みんなそれぞれが、それぞれの生き方をしている。
私は一臣さんと壱弥を見ながら、これからもずっと私はここで生きていくんだ。それがとっても幸せだと感じていた。そのうち、子どもが増えると思うけど、その分またにぎやかになって、このお屋敷はますますにぎやかになるんだろうな。
「一臣さん!」
壱弥を膝の上に置いて遊んでいる一臣さんの横に座り、腕に抱き着いた。
「なんだ?弥生、甘えてきたのか?」
「はい!」
「壱のママは甘えん坊だな?」
「ママ!」
壱弥が私を見てにこりと笑った。ああ、可愛い!
「幸せだなあ~~」
「ん?どうした?いきなり」
「家族みんなが仲良くて、幸せだなって思ったんです。今日はお屋敷の従業員もみんな集まって演奏会を聴いてくれたし」
「そうだな。おふくろも変わったよな。ああいうことを前は許さなかった」
「はい、そうですよね」
「屋敷が明るくなったと、国分寺も喜多見さんも喜んでる」
「子どもが増えたらもっとにぎやかになりますね」
「そうだな。二人目を作るか。よし、壱、早く寝ろ。今日にでも作るぞ」
「え?いきなり?」
「いいだろ?二人目、ほしいだろ?」
「はい」
それからすぐにお風呂に入り、壱弥は眠たかったようで、すぐに寝てしまった。そして、一臣さんの腕の中で熱い時間を過ごした。
「二人目、できますかね?」
一臣さんの腕枕で私は一臣さんに甘えながら聞いた。
「どうだろうな。まあ、焦んなくたっていいさ。俺ら、まだまだ若いんだし」
「そうですね」
「プレッシャーも感じなくていいぞ」
「はい。大丈夫です。ただ、子どもが増えたら、もっと楽しいのかなって思ったんです」
「そうだな。今、壱一人でも大変だから、ますます大変だろうな」
「いえ、大変ってことじゃなくて…。あ、でも、そうですよね。今妊娠しちゃったら大変かな」
「周りがみんなで見てくれるから大丈夫だろ。この屋敷には面倒見てくれる人がわんさかいるんだから」
「そ、そうですよね。私たち、やっぱり恵まれていますよね」
「女の子でも男の子でもいいぞ。男じゃないといけないなんてじじいが言っていたが、俺は別にいいと思っている。たとえば、壱が社長になって、二人目が女の子だとしても、女が副社長になってもいいんだしな。それに、今の副社長だって、おふくろの弟だ。異例があったっていいんだからな」
「そうですね。汐里さんのお父様、全然会社にノータッチですもんね」
「そういうことだ。だから、弥生は気にせず、子作りにはげもうな?」
「え?」
「エッチ、たくさんしような?」
「もう~~。スケベ発言です」
とか言っちゃって、本当は嬉しい。そうか。女の子でもいいんだ。女の子だったら、どんな子に育つかな。あ、一臣さんが溺愛しまくりそうだなあ。
それからも、一臣さんは半月に一回、アメリカに出張した。その間はアマンダさんが秘書としてついてくれていたが、メールでいつも、
「今日も一臣の周りに女性は近づけさせなかったから安心して」
と報告をしてくれた。
アマンダさん、あの同盟をきっと覚えているんだろうなあ。
実を言うと、私はあんまり心配していない。一臣さんからも、けっこうな頻度で電話やメールが来る。
「壱は元気か?歩けるようになったか?歩いているところビデオに撮って送ってくれよな」
とか、
「弥生、一人寝で寂しくないか?俺は弥生がいなくて眠れない」
と弱気の可愛いメールまでが来る。
「だからって、他の女性と一緒にいないでください」
そう送ると、
「あほか!弥生以外の女なんて興味ないし、邪魔なだけだ!近寄せていないから安心しろ」
と送られてくる。
そして帰ってくると、思いっきり愛してくれちゃうのだ。
そして秋が過ぎ、ようやく一臣さんがアメリカ出張もなくなった頃、壱弥は一人でよちよちと歩けるようになった。最初はビデオに撮って喜んだり、会社でも社長室に連れて行って、歩いているところをお義父様に見せたりした。
15階の廊下もよちよちと歩き、その姿を細川女史や樋口さんもほほえましく見ていたが、そんなの1週間くらいだけだった。
そう。よちよちから、だんだんと歩く速度が増してくると、ただただ、危なっかしいだけになってしまった。時々、「きゃ~~~」と走り出すし、あっちこっちとどこにでも行ってしまうので、またお屋敷中のメイドさんやコックさんが総出で追いかけることになったり、とにかく大変。
だけど、時々庭にも出て、壱弥とみんなで追いかけっこをしたりしている。芝生の広場では日曜日、シートを広げてお弁当を食べたりして、ピクニック気分も味わっている。
一臣さんはすごく嬉しそう。たまにお義母様もそのピクニックに参加する。
雨の日はプレイルームに行く。コックさんの子どもと壱弥はすっかり仲良しになっているが、ごくたまにけんかもする。それも一臣さんは、特に何も言わず眺めてはほほえんでいる。ああやって、人とのかかわりを覚えているんだな...と、ちょっと嬉しそうだ。
コックさんは自分の子が壱弥に手を出すと慌てているが、
「いい、大丈夫だ。すぐに仲直りするだろうから、大人が口を出すことじゃない」
と、コックさんにそう言って、安心させている。子どもの世界では上下などない。従業員の子だからと言っても、壱弥とは同等なのだと。
壱弥には、私が誰に対しても同等と見ているように、上下関係で縛りたくないのだそうだ。それに、子どもの時には子ども同士でちゃんと遊ばせたい。いろんな経験をさせたいと一臣さんはよく言っている。
私も、壱弥にはいろんな経験をしてもらいたいけれど、誰よりも一臣さんに、子どもの頃体験できなかったいろんなことを、壱弥や私と一緒に体験してほしい。
屋敷の裏にあるプールは温水プールにもなるので、12月、ちょっと外が寒くなってきても、プールはあったかい。お義母様までが一緒に泳いだりしている。壱弥もプールは大好きだ。家族みんなで、プールでバカンス気分を週末は味わった。
そして…、1月の正月開けてすぐ、またご飯のにおいで気持ちが悪くなり、
「弥生、まさかつわりか?そういえば、この前生理いつだった?」
と一臣さんに聞かれ、すぐに妊娠検査薬で調べてみた。
「一臣さん!二人目できたみたいです!」
「そうか!!!」
翌週、産婦人科に行くと、妊娠していることが確実となり、お屋敷に戻ってからお義母様にも報告した。お義父様にも一臣さんが報告をすると、とっても喜んでくれた。
お屋敷中のみんなもとても喜び、
「二人目ですね!おめでとうございます。楽しみですね!」
と亜美ちゃんもトモちゃんもそう言ってくれた。
「私たちも実は、そろそろ子ども作ろうかって言っているんです。お給料も夫のほうが少なかったから、お金貯めてからって言っていたんですけど、この分ならなんとかなりそうだしって。それに壱弥様を見ていると、僕たちも子ども欲しいって言ってくれて」
「亜美ちゃん、そうなんですね。亜美ちゃんにも子どもが出来たら、同じ年の子になるのかな」
「ですよね!私もがんばっちゃいます」
ああ、そうしたら、ますますにぎやかになっちゃう。プレイルームはたくさんの子が遊ぶようになるね。
つわりでしばらくまた会社に行けないが、今のところ機械金属プロジェクトもたくさんの人が関わりながら、とっても順調に進んでいるし、特に私は今関わっているプロジェクトもない。
一臣さんも海外事業部のほうが落ち着き、副社長としての引継ぎも終わっているし、わりと落ち着いている。
「そうか。またしばらく一緒に出社できないのか。壱もその間は屋敷にいるのか?」
「はい。メイドさんたちが面倒を見てくれるから、一緒に屋敷にいます」
「寂しいなあ」
一臣さんだけが寂しい思いをすることになったが、つわりは意外と早くにおさまってしまった。
壱弥はお屋敷でも、プレイルームに行ったり、若いコックさんがプールで遊んでくれたり、ちょっと温かい日はメイドさんたちと庭で追いかけっこをしたりして、案外楽しく過ごしていた。
私も一緒につわりが酷くないときには、壱弥とプレイルームに行ったり、部屋でも子ども向けのビデオを見たり、お義母様も一緒に大広間で遊んだり、楽しい1か月を過ごした。壱弥がお腹にいてつわりでお屋敷にいた時に比べたら、全然寂しい思いもせず過ごすことができた。
そして、2月半ばから、会社に復帰。3月には「副社長夫人、二人目をご懐妊」とホームページにも載った。会社で会う社員のみんなから、おめでとうございますとお祝いの言葉をもらった。
壱弥の成長も早かった。歩くようになって、おしゃべりも始まり、一回しゃべりだしたらどんどんと言葉を覚え、一臣さんは壱弥との会話を楽しんでいる。だけど、たまにわけのわからないことを言ったりするので、まだまだ、
「宇宙人を相手にしているみたいで楽しいな」
と笑っている。
壱弥の成長はお屋敷のみんなで見守っていた。お義母様も休日は、多くの時間を壱弥と過ごした。壱弥は一臣さんの弾くピアノも好きで、時々一臣さんの膝の上に乗り、ピアノの鍵盤をたたいて楽しんでいた。壱弥はいつか、演奏会でピアノを披露するのかもしれない。
春は、花が咲くお屋敷の庭をみんなで散歩したり、芝生の広場でピクニック気分を味わい、夏は虫網と虫かごを持って、森の中に入り、カブトムシを取ったりした。姿を見せないが忍者部隊のみんなも見守ってくれていた。
季節とは関係なく、プールでも泳いだ。プールが壱弥は大好きだった。
暑い夏、私のお腹が大きいから、遠出の旅行はできなかったが、一臣さんは樋口さんとテニスをしたり、プールでバカンス気分を味わって、夏の休暇は過ごしていた。
暑い夏が終わり、壱弥の2歳の誕生日パーティをお屋敷で開き、みんなが集まってお祝いをしてくれた。とはいえ、まだ2歳。実際に多くの人を呼んでのパーティは、20歳になってからのようで、まだまだ身内といってもいいほどの少人数でのパーティだった。
お義父様、お義母様、龍二さん、京子さん、私の実家のみんな、樋口さんや細川女史。いつも壱弥のことを可愛がっている人たちからの祝福で、壱弥も嬉しそうだった。私も嬉しかった。ちょっとはしゃいだりもした。
そんなはしゃいで少し疲れが出て、翌朝、お腹がはっちゃってるなあと思っていると、陣痛が始まった。
いよいよ、またあの辛い陣痛が始まってしまった。




