第12話 お義母様の威厳
翌日、午前中はまたお義母様と京子さんと私とで、ブランド店へ。いったいいくつの店を回るのかなあ。どこもオープンするビルに出店するらしいけど。
今回訪れたお店は、私たちよりも大人向け。お義母様が大のお気に入りのお店らしい。スタッフの皆様総出でお出迎えもあり、VIPの部屋にはお義母様の好きな紅茶、お菓子なども用意され、私と京子さんも至れり尽くせり。私に嫌味を言うスタッフもいなかった。
まあ、若いスタッフもいなかったしなあ。お義母様につく人はベテランばかりで、若いスタッフなんかに任せられないからだということで、お義母様のすごさを垣間見たお店だった。
「すごいですね、お義母様の威力」
「威力?」
リムジンの中でそんなことを思わず口からぽろっと出てしまい、慌てて口を閉じた。が、私の横にいたアマンダさんが、
「今までのお店とは格が違うんですよ、弥生様。だから、一臣の奥さんだからって、嫌味を言ったりいじめたりするようなスタッフはいません」
と、ハッキリと言ってしまった。
「まあ、今まで行ったお店で弥生さんはいじめられたの?」
お義母様の顔が暗くなった。でも、次の瞬間、目が怖くなり、
「アマンダ、どこの店のなんていうスタッフか教えてください。ちょっと懲らしめましょう」
と、とんでもないことを言ったのだ。
「え、こ、懲らしめるだなんて。私が英語も話せなかったから、うまく意思疎通ができなかったからで」
「京子様だったらわかるわよね?弥生様に対して嫌味たっぷりなことを言っていたのを」
え?
「はい。アマンダさんがうまく弥生さんを傷つけないよう通訳しているなあって、私感心していたんです」
「そう。アマンダ、それはありがとう。でも、そういうことはすぐに一臣に報告しないと」
「報告はしています。一臣様は自分が蒔いた種だとおっしゃっていました」
「それだけ?何もそのスタッフにおとがめなし?」
「あ、お義母様、わたしごときのことで、おおごとにしないでも大丈夫です。アマンダさんのおかげで、私は無傷と言いますか、何を言われたかもわかっていないし」
ほんと、英語がわからなくてよかったと思える唯一のことかも。
「弥生さん、あなたはちっともわかっていない」
「は?」
「あなたをバカにしたということは、緒方財閥もバカにされたも同じこと。私たちは客ですよ?それもお得意さんと呼ばれる客です。その客に向かって嫌味を言っただなんて、ちゃんと店の上のものに注意させるか、いいえ、クビにしてもいいくらいなんですよ?」
「クビ?!」
うそ!
「そのくらい、大変なことをしてしまったんだとわからせるってことですか?奥様」
アマンダさんがそう聞くと、お義母様はこくりと頷いた。
「知らしめておかないと、今後のためにもね?弥生さんを、いいえ、緒方財閥をバカにしたらどんな目に合うか」
「いえいえ、クビはさすがに!」
「それはその店の店長なり、社長なりに任せます。どう判断を下すかはその店次第です。ただ、報告はきちんとしておかないとね?嫁が嫌な思いをしたというのに、黙っているわけにはいかないですから」
怖い。やっぱり、敵に回すとお義母様は怖いんだ。
「京子さんは大丈夫だった?」
「はい。わたくしは特に...」
「一臣様が手を出した…、ああ、いえ、すみません、口がすべった。一臣様が仲良くされていたスタッフのようなので、京子様には特にいじめられることはなかったです」
アマンダさんもそう付け加えた。
「そう…。龍二もけっこう遊んでいたけど、一臣のほうが守備範囲が広かった…。あ、いいえ、京子さんも弥生さんも、気にしないで。今はどうやらあの二人、落ち着いたようだから。もう過去のことです」
「はい」
私は思いきり頷いた。でも、京子さんは静かにほほ笑んだだけだった。
あれ?まだ、もしかして二人の間に溝があるのかな。
「龍二が何か京子さんを不安にさせるようなことをしたのかしら?」
あ、お義母様も気づいたんだ。
「い、いいえ。そういうわけでは…。ただ、わたくしが弱いだけなんです」
「弱いというと?」
「弥生さんのように、どんと構えていられないんです。龍二さんに寄ってくる女性がいると、私、すごく不安になってしまって」
「不安にさせているのね。まったく、龍二は…」
「あの、私が勝手に不安になっているだけです。龍二さんは優しいんです。二人でいる時にも気を使ってくれています」
「だから、京子様が強くガツンと言えばいいんですよ。他の女に色目使うなとか、他の女が来ても無視しろとか」
アマンダさん、とんでもないこと言い出してる。
「弥生さんは、一臣に何かそのようなことを言っているの?」
「いいえ!言いたいのはやまやまですけど、言えないです」
「一臣様は弥生様に甘々ですからね。溺愛していて、他の女が近づいても冷たくあしらっているから」
アマンダさんの言葉に、お義母様はくすっと笑い、
「そうですね。パーティでもそれはわかりました」
と頷いた。
「龍二はまだ、そういうことが出来ないわけね。まったく。京子さん、最初が肝心ですよ。社長をわたくしは最初から野放しにしてしまった。もっとギュッと尻尾をつかんでいたら良かったと後悔しています」
はい?お義母様、何を言い出したんだ?
「まあ、わたくしもわたくしで自由にやっているので、わたくしたちはこれでいいのかと思いますが、京子さんは寂しい思いをしているというなら、ギュッと、龍二をつかんでおきなさい。ね?」
すごいアドバイスだなあ。京子さんもびっくりしている。
「わたくしに出来るでしょうか?」
「出来ますよ。案外龍二は、押しに弱いかもしれないし。べったりくついて、離れないくらいにしたらどうですか?ほほほほほ」
「……」
私もアマンダさんすら、返す言葉がなかった。でも、京子さんはお義母様が味方になってくれているとわかったのか、嬉しそうに顔を赤らめた。
「はい、お義母様、ありがとうございます」
「そうだわ。こうなったら、男性陣に内緒で、わたくしたちだけの同盟を作りましょう。何かの時には手を取り合って、男性陣をやっつけるの」
「は?」
さすがに京子さんも目が点。私もだ。
「それはいいアイデアです、奥様。私も同盟に参加していいですか?」
「あなたのボブは大丈夫でしょ」
「いいえ。一臣様と龍二様ですよ。浮気なんかした時には、私がこらしめます!」
「まあ、頼もしい。ほほほほほほ」
完全にお義母様、面白がっているな。っていうか、もともとこんなこと言い出す人でしたっけ?
「楽しいわね。わたくし、弥生さんと京子さんで本当に良かったって思っているの」
「え?」
私と京子さんが同時に聞いた。
「だって、他のお嬢様たちはわがまま放題しそうでしょ。こんなに一緒にいて楽しいとも思えないでしょうし、仲良くなれるとも思えないわ。弥生さんとは串揚げ屋も楽しく行けました。あ、京子さんも今度一緒にどこかに行きましょうね。京子さんは食べるのよりも、舞台とかクラシックのコンサートがいいかしら」
「はい!嬉しいです」
ますます京子さんの頬がピンク色に染まった。
「ハーブも素敵でした。私、また聞きたいです」
「本当に?弥生さん、嬉しい。弥生さんの琴も聞かせて」
「私はお聞かせするほどのものではないんですけど」
「うちで身内だけの簡単なコンサートでも開きましょうか?日本に帰ったらすぐにね?」
お義母様も嬉しそうにそう提案してくれた。京子さんは喜んで頷いた。私も京子さんやお義母様の演奏を聴けるのは嬉しい。あ、一臣さんのピアノも聞けるかな。でも、私はなるべく演奏したくないな。みんなとは比べものにならないもの。
だけど、京子さんもすっかりお義母様と仲良くなって良かった。車内はそのあとも笑いが絶えなかった。
そんなこんなの日々が続き、あっという間に日本に帰る日がやってきた。一臣さんも一緒に帰るが、今後は時々アメリカに出張することになるそうだ。
帰りはお義父様とお義母様も一緒に、またジェット機をチャーターして帰ってきた。そして、龍二さん、京子さんと別れ、お義父様はそのまま会社へ、お義母様、一臣さん、私と壱弥はリムジンでお屋敷に直行した。
「ああ、やれやれ、疲れたな」
リムジンで一臣さんがそう言って首をぐるりと回している。さすがにお義母様も一緒だから、私の太ももを触ったり、大あくびもしないでいる。
「壱君は寝ちゃったわね。飛行機でははしゃいでいたものね」
「そうですね」
お義母様と一緒に寝ている壱弥を見た。可愛い寝顔だ。
「そういえば、京子さん、なんだか積極的になったよなあ」
「そうですね。前よりも龍二さんにぴとっとくっ付いて、パーティでは腕を組んで、ずうっと横にいるようになっていましたね」
「龍二も鼻の下を伸ばしていた。ああやって、甘えられるのがあいつは嫌じゃないんだろ」
「くすくす」
お義母様が笑った。
「なんだよ、おふくろ。何笑っているんだ?」
「ちゃんとアドバイス通りにしているから、京子さんが可愛らしくて」
「おふくろのアドバイスだったのか?俺も一度、もっと龍二を尻に敷いてもいいくらいだとは言ったんだけどな」
「尻に敷くというより、可愛らしく甘えたらいいんですよ。京子さんが横にぴったりと寄り添うだけで、龍二はとっても嬉しそうでした。あんな龍二の顔を見たら、他の女性は近寄りませんよ。あ、あなたもね。弥生さんが隣にいると、鼻の下伸び切っていますもんね?」
「おふくろ、そういう言い方はよせ」
あ、恥ずかしがってる。耳が赤いし。
「ま、まあ、良かったんじゃないか。龍二と京子さんも仲良くなって」
「そうですね」
本当にそうだ。それにお義母様とも仲良くなれた。
実は、ブランド店でも、パーティでも、お義母様は私や京子さんを守ってくれていた。一緒にいて私たちをみんなに紹介してくれたんだけど、とっても褒めてくださった。本当にありがたかった。
それに、例の私をバカにしていたスタッフのことも、お義母様が店長に報告して、クビにはならなかったものの、どうやらお店を変えられてしまったり、ボーナスカットになったりと、そのスタッフは大変な目にあったらしい。それが噂を呼び、緒方財閥の人間を怒らせると怖いと、どの店でもそれ以来私をバカにするスタッフはいなくなった。
ちょっと申し訳ない気もする。私がまるでお義母様を使って復讐したみたいな…。まるで告げ口をしたみたいな後味が悪い感じもする。
だけど、一臣さんにまで言われた。緒方財閥をバカにすると、それだけの目に合うんだと思い知らせるいい機会だったと。
そういうものなのかな。上条家だったら、そんなことしないな。穏便に済ませそう。あ、でも如月お兄様だったら、その場で怒っていそうだな。熱い人だからなあ。
「弥生はもう緒方財閥次期統帥の嫁なんだ。堂々としていろ。な?」
一臣さんにもそう言われた。どう堂々としていいかわからないけれど、どこに行っても変わらない態度で威厳を持っていたお義母様を見て、私ももっといろんなことを勉強して、ちゃんと一人でも立っていられるようになろうとそう決意した。
アメリカでの2週間、私にとって、とっても学ぶことが多い毎日だった。




