オンラインゲームを始めよう@その3「楽市楽座」
「オンラインゲームを始めよう」の後日譚的ななにかです。
URL : http://ncode.syosetu.com/n2972bu/
「あ、あの……。こ、これください……」
「あ? なんだって!」
「ひっ……」
露天商の怒鳴り声に白魔女子は首を竦めた。頭を下げてその場を立ち去る。
人込みを涙目で縫い歩いて路地へと避難。その場でしゃがみ、魔女帽子を目深に被り直した。
(樹守銃士さんすみません、わたしには買い物無理そうです……)
一際賑わう北欧風空想都市はダンジョン以上の恐怖だった。今市場は定例開催される〈楽市楽座〉の真っ最中。多くの出店は人を呼び、往来は活気に溢れている。
雑多な音が鳴り響く。消えない喧騒。隣には人の川。
それでも今いるのは陰った路地だ。人の流れからは逃れられる。頭も徐々に落ち着き始め、火照った顔も少しは冷めた。
(見つけてもなかなか買えないなぁ……)
渡された買い物リストを参照しながら、シロマはため息を吐いた。
手元に映写展開した画面は憂鬱の元凶だ。キシュからお願いされた「見つけたら買って欲しい物」が書き込まれているが、実際に購入できた物は一点のみ。それも喧騒が今ほど酷くなる前になんとか買えた物でしかない。
(見つけるのは難しいし、見つけてもさっきみたいになるし)
賑わいが凄すぎて、声を拾ってもらえない。大きな声を出せば解決するが、それはシロマにとって難題だった。
キシュは「〈楽市楽座〉は掘り出し物が多いからガンガン買ってね! アタシも買いまくりですよ!」とはしゃいでいた。その勢いが羨ましい。自分にもあれくらい――いや、その半分でもあれば――いやいや、四分の一でもあれば――いやいやいや、とシロマは愚考のループに堕ちていった。
買い物を始める前を思い出す。
「い、一緒じゃないんですかっ」
「アタシのペースだと間違いなくシロマははぐれるからねー。最初から別行動すれば解決というわけ」
「そ、そんなぁー……」
「良い物買うには最初が肝心なのですよ! 一時間後に待ち合わせて、それからはゆっくり見てまわるからオーケー。はい、これリストね」
「うぅ。わかりました。――こ、この値段より安ければ買うんですね」
「いえす、ざっつらい! 難易度別に配点も決めてあるから採点を楽しみにするがよい」
「い、意味が解りません……」
「これはシロマくんを試すテストなのですよ、ふふ」
「赤点だったらどうなるんでしょうか……」
「〈ミミズと芋虫の森丘〉でハイキングとかかなー」
「わーむ? きゃた?」
「知らないのなら行ってのお楽しみ。そして絶望するがいい!」
「…………」
「うん、赤点だからね。ただのハイキングなわけはないよね。理解してくれたようで嬉しいよ! 必死に頑張ってくれたまえ!」
どんよりとした面持ちでシロマは立ち上がった。
「や、休んでる場合じゃなかった……」
息を吸う。息を吐く。路地から出る。
陰から陽光の下へ。視界を塞ぐ眩輝に思わず目を細める。
とにかく店を見てまわり、リストの品を探そうと心に決めた。
「あっ――」
零した声に羞恥を覚え、俯きながら足を止める。
布を張って日除けした店先。そこに目当ての品が吊り下げられていた。
商品の主力は装飾品なのだろう。様々なアクセサリーが所狭しと並んでいる。お目当てのチョーカーをじっくりと確認するが、やはり間違いない。しかもかなり安い。
「あの、これ……」
「んんー? おお、いらっしゃい」
店主が眠たげな声を上げる。随分と年老いた仮想の体だった。
「なにか買うのかね」
「は、はい、えっと」
老爺に問われ、吊り下がるチョーカーに視線を戻す。
(良かった、今度は買えそう……)
ゆっくり指し示した先の品を――横から伸びた手がつかみ取る。
一瞬のことだった。
「え……」
買えると思ったはずのチョーカーは、今や見知らぬ手の中にある。
「なによ」
呆然とするシロマに、相手は睨み目で応じた。派手に着飾った女性だった。
「私が先に取ったんだから、私が買うわ。あなた見てただけでしょ」
「…………」
刺々しい口調に抗えず、帽子を目深にシロマは沈黙する。
「悪いが、売れないね」
「はぁ?」
物静かな店主がきっぱりと告げた。
「売り物でしょ。私が買うって言ってるのよ。倍出してもいいわ」
「売る気はないよ」
「――客寄せ用ってわけ? 最初から売る気がなかったわけね。どうりで安すぎると思ったわよ。ふざけたやり方。気分悪い。最低。時間無駄にしたわ」
矢継ぎ早に言い募ってチョーカーを放る。
周囲が何事かと足を止め始めたところで、女性は憤慨しながら去っていった。
「やれやれ」
店主の老人は呆れ顔だった。シロマは落ちたチョーカーを拾って渡す。
「う、売り物じゃないんですね……」
「んんー? お嬢ちゃんが買うんだろう?」
「……え?」
「買ってくれないのかい」
「か、買います買います! 良いんですか?」
「先に声をかけてくれたのは、お嬢ちゃんだったからの」
店主の老爺は笑う。
「安くて、びっくりしました」
取引を終え、チョーカーを手に入れたシロマが率直な言葉を零した。
「安いのには秘密があっての」
ちょいちょいと近寄るように手を振られる。
シロマは少しためらうが、好奇心が勝った。
「〈楽市楽座〉は掘り出し物が多い。皆必死に探しまわる。そこに一際安いもんが転がってたらどうなると思う」
「さ、さっきみたいに……」
「うむうむ。そういうこともある。だがな。その掘り出し物を見つけたときの顔が皆面白い。千差万別の対応が見られる。こちらの値付けで踊っている様は滑稽での。これがやめられん。悪しかろう悪しかろう。だからこれは秘密で頼むよ、お嬢ちゃん」
「は、はいっ」
変らぬ老爺の笑みが違って見える。
聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
(わたしも踊らされていた……?)
妙な気分になる。見れば老爺がまた笑っている。
「うー……、あ、ありがとうございました」
負けた気がする。いや、負けていた。完敗である。
足早にその場を去るシロマ。
安く商品を買えたわけではない。買わされたのだ。
「あ、もう時間」
キシュとの待ち合わせ場所へと向かう。人の流れから外れた一角だ。
「というわけで、買えたのは二点だけです……」
「よーし、採点採点」
秘密は伏せる。それは頼まれたからでもあり、悔しいからでもあり。
「あれ、このチョーカー買えたの? っていうか安っ! なにこれっ」
「はは……」
キシュの反応は上々。何度もお礼の言葉を告げてくる。
気恥ずかしさを覚えるが、それもまた心地良い。
「それじゃ、一緒に見て回りますか!」
満点ではないが赤点は免れた。自分にしては上出来だ。
シロマはそう思い、キシュの後を追う。
ふたりなら、また違った〈楽市楽座〉が見られるかもしれない。
まだまだ市場は人で込み合っている。
その熱気を、どこか期待して受け入れている自分にシロマは驚いた。
賑わう〈楽市楽座〉の熱に浮かされたのか。
不思議と、悪い気はしない。