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「もうこんな家いや!」
たった今開けようとしていたドアが音を立てて開き、そこから妹が突進するかのような勢いで出てきた。
「おぅっ!?」
突然の襲撃者に驚き飛び退ると、彼女は俺に一瞥もくれずに走り去った。制服のプリーツスカートをなびかせて走る様は、なんとも健康的である。
青春してるな~とか呑気に呟きつつ開けっ放しのドアをくぐると、台所の入り口で立ち尽くす母の姿があった。
「どしたの?そんな放心して」
「えっ?あぁ、ごめん。おかえり」
母はそう言って踵を返そうとするが、俺はそれではぐらかされるのが気に食わなかった。
「ちょっと待てぃ」
玄関に立ったまま、やや低い声で呼び止める。振り向きはしなかったが、その足は止まった。
「察するに、妹(仮名)と何かあったんだろ?訊いてんだから答えてくれよ」
俺の無遠慮な物言いに眉をしかめるも、母は年長者らしく理性的な判断を下してくれた。
「あの娘が急に塾を辞めたいって言い出したのよ」
「……ほぅ」
母の声には、意味が判らない、という率直な気持ちが見え隠れしていた。
「それで?」
「辞める理由がないでしょ?って言ったら、疲れて睡眠時間が少ないって言うから。それなら部活を辞めればいいじゃないって言ったのよ」
「ほうほう……」
原因は大体想像がついた。
「陸上部だったっけ」
「えぇ。別に陸上なんてただの遊びでしょう?」
娘が必死になっていることを遊びの一言で片付ける目の前の母親に、俺は軽蔑の溜息を吐きかけた。
「まぁ、とりあえず追いかけてくるわ」
「そう。頼むわね」
俺は踵を返し、我が妹の携帯に電話をかけた。
「ようやく見つけた」
「なんだ……来たんだ」
自宅学区の中学校近くのコンビニ。その裏手の公園の遊具の中に、妹(仮名)はいた。
「聞いたぞ。部活辞めればいいとか言われたんだって?」
「……違う。私が塾辞めたいって言っただけ」
「俺はそれだけじゃないって聞いてるぞ。そもそもそれだと何で飛び出したのかが意味不明。顛末端折り過ぎ」
「うるさい……」
不機嫌そうな声だ。俯いた顔を更に膝に埋めている。
「何にしても、いつまでそうしてるつもりだ?」
「別に。気が済むまで」
「具体的には?」
「……思い出せなくなるまで」
「具体的ではないが、まぁ目安はついたな」
長年の傾向からして、一週間ぐらいだな。
「とにかく。俺は兄という立場上、お前をこのまま放置しておくことは出来ない」
「だったらずっとそこにいれば?」
「嫌。面倒」
「ならとっとと帰ってよ!」
「しょうがないだろ?俺だってお前は心配なんだ。もう一度言うが、兄という立場上、俺はお前を心配しないということは出来ない」
「……キモい」
「その言葉好きだなお前。とにかく帰るぞ。お前の家はあそこなんだ。嫌だろうが何だろうが、それは事実だ」
「あんなところ帰りたくない」
「じゃあ俺が帰りたくなるよう、兄として色々と口添えをしてやろう。正直俺もあの物言いは気に食わなかったんだ」
「そんなこと出来るの?」
「その程度のこと出来るさ」
「……じゃあ、私と一緒に怒って」
「喜んで。もう既に苛々してきてるぐらいだ」
「誰に?」
「我が母親と、いつまでもいじけてる妹に」
「いじけてるって……。あぁーはいはい!帰ればいいんでしょう!?」
「そういうことだ」
妹は立ち上がると、スカートをパンパン叩いて皺を伸ばした。
「もぅ、帰るわよ」
「あぁ、帰ろうか」
俺達は並び立ち、妹のぶつぶつ呟く文句を聞きながら、家路に着いた。