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異世界で害虫駆除のお仕事始めました。

作者:

暇潰しにどうぞ。

 ――――赤、紅、朱。


「う……ぁ……ぁぁ」


 呻きが聞こえた。死の香りを漂わせたその声は俺を何よりも興奮させる。


「ぁぁああぁ……ううぅ」


 意味不明な言葉。むしろそれは言葉にすらなっていない。だがそれでも、その声には明確に俺に対する糾弾と憎悪が色濃く宿っている。


 ――――赤、紅、朱。


 赤が男から止めどなく流れ出す。俺に切り裂かれ、パックリと内臓を晒した腹部。見開かれた眼光。口から洩れる吐息さえ紅い。

 俺はそれを美しいと思った。生命が流れ出している。死体から血は流れない。それは雄が生きていた証しだった。


「美しい……」


 今度は声に出す。すると、雄の肩がピクリと動いた。


「ふ……ふ、ふ……ふぁ……える、な」


「何だって?」


 俺は雄のはみ出した腸を引っ張る。醜い外面と違って、内臓は存外綺麗だ。


「ぴ、ぴ、ぴぃぃぃいいいいいっ!!」


 すると、瀕死だったはずの雄が痙攣する。俺はまだそんな余裕があったのかと感心して、面白くなる。二度、三度と、繰り返し腸を引っ張り、結んだりして弄ぶ。その度に雄は奇声を上げて悶え苦しんだ。


「ぎ……ぎぎ…………」


 だが、それも長くは続かない。体力の限界を示すように雄の反応が鈍くなっていく。


「おい!」


 俺は腸をグイッと幾分強く引っ張る。


「…………うぅ」


 雄はもう俺の満足いく反応を示さなくなっていた。腸が千切れる。


「あ……あ……あぁ」


 最後の力を振り絞ってか、雄が視線を虚空に彷徨わす。そっちに大切な奴がいるのかもしれない。そんな安息を許してなるものかと、俺は雄の視線が定まる前に頭を砕こうと脚を振り上げる。


「…………ぁ」


 ゴォンッ!!


 雄が声を上げたのと、頭が砕けたのはほぼ同時だった。


「ちっ」


 俺は不愉快だった。雄が最後に見せた表情。それはほんの僅か、大海の砂粒程ではあるが、安心したような救われたような表情だったからだ。


「気分が悪い……」


 それが酷く不快だった。不快ついでに男が最後に何を見たのか、男の視線を追う。男の視線の先――――俺の背後には死体の山が築かれていた。石造りの地面に血がしみ込んで変色する程の出血量。死体。その中にひとつ、その死体の山には不釣り合いな死体があった。鎧を着込んだ屈強な雄の中、一匹だけ年若い雌がいたのだ。長い金髪を煌めかせ、純白のドレスを赤く染める雌。その表情は、自分が死んだことにも気づいていない阿呆面だった。


「――――ああ……確かこいつは……」


 その瞬間、俺は数時間前のことを思い出していた。








 ――――どこだ?ここは。


 俺は見たことのない場所に立っていた。石造りで広い部屋。眼前には傲慢そうに玉座に腰かけ、こちらを見下ろしている男。その隣には可憐な笑みを浮かべた少女が男を慕うように肩に手をかけている。


「…………」


 周囲を見渡す。屈強な兵士が俺の取り囲むように並び、その後ろには俺を値踏みするように豪奢な服を着た老人達の姿。


「よく来たな」


「ふふふふっ」


 上から目線で玉座の男が言う。俺が混乱する様を見て、金髪を揺らしながら少女が嗤う。


「どこだ?……ここは?」


 とりあえず、そう言った。今いる場所の内部構造から判断して、お世辞にも近代的とはいえない。また、俺は自室にいたはずだった。それが気づけば見知らぬ場所にいる。現実的に考えればありえないこと。何か俺の常識を逸脱した出来事が起こったのだと悟る。


「……頭が高いぞ」


「なに――――!?」


 玉座からの声が俺の耳に届く。その時には俺はもう地面に叩き伏せられていた。


「――――ッ」


 口内が鉄の味で溢れる。ペッと唾を吐くと、真っ赤な痰が地面を踊った。


「それでよい」


「うふふふふふ……」


 満足そうな玉座の主と少女。その塵芥でも見るような暖かみの欠如した視線が癇に障る。いったいこいつらは何様なのだろうか?少なくとも、俺にはこんな扱いを受ける謂れは一切なかった。


「身の程を弁えよ」

 

 取り巻きの老人共が口々に言う。生意気だとか、貧相だとか、口々に好き勝手に言いまわる。


「ぎっ!?」


 突然、無理矢理顔を上げさせられ、首筋の筋肉が悲鳴を上げた。強引に玉座の男と少女に視線を固定される。


「貴様は我が呼んだ。ゆえに我が飼い主である。よいな? 貴様にはやってもらわねばならぬ事がある」


「よいな?」


 決まり切って当たり前にの様に言う男と、楽しそうに復唱する少女。よいな?と言われて、言い訳があるか。飼い主だと?俺はお前のペットではない!!

 そう言いたいが、言えばどうなるか分からない程俺は馬鹿ではないつもりだ。十中八九死ぬだろう。仮に死なずとも、死ぬより酷い屈辱を与えられるに違いなかった。俺の背中に兵士が体重をかけ、背骨がミシミシと音を立てる。脳内はさっきからずっと、苦痛が限界であると危険信号を放っていた。俺は無力だ。頷くべきだ。むしろ、頷く他に道はない。頷かなければならない。


 なのに――――


「……ふ、ふざけるなぁ……誰がお前のペットになど……なるかぁッ……」


 気が付けば、俺は否定していた。意識した訳ではない。理解していない訳でもない。ただ気が付けば己が誇りを証明するように、異を唱えていた。

 

 ザワッと周囲に不穏な気配が漂う。王は能面のような無表情。少女は退屈さを露わにしている。対して、兵士ととりまきの老人共は悠々とした表情を一変させ、激怒していた。


「き、きき、貴様あああああああああッッ!!」


 誰かが甲高い声を張り上げる。背中が容赦なく踏みつけられ、肺の空気が一瞬にして吐き出された。


「ゴフッ!」


 呼気と同時に吐き出されたのは赤黒い血。唇が切れたものではなく、肋骨や肺に何らかの傷害を受けて吐血した。

 全身が苦しさと痛さで悶えそうになる。だが、拘束された俺にはそれすら許されず、ただその場で僅かも発散できずに耐えるしかない。


「もうよいわ……こ、殺せ……」


「殺せー」


 明らかにテンションが低くなった声。それが誰の言葉が姿を見ずともよく分かった。ここまでほんの数十分――――もしかしたら数分かもしれない出来事。俺は自分が放った一言の失言だけで、どことも分からぬ場所、人に殺されかけていた。だが、不思議と後悔はない。ペットとして屈辱に塗れて生きるよりも、ここで死んだほうがマシだと思い――――


「……はっ?……死ぬとか冗談だろ?」


 俺がそう自覚した瞬間、脳裏を疑問が埋め尽くす。

 まず、そもそも何故俺は殺されなくてはいけないのかという根本的な疑問。激昂した老人や兵士に殺されるのは分かる。一時の感情に身を任せる。愚かだが、実に人間的な思考プロセスだ。ところが、だ。実際に俺の殺害を命じた人間から怒りの感情を俺は読み取ることができなかった。感じたものは退屈、諦観、そして恐怖。そう、恐怖だ。ほんの僅かではあるが、玉座の男の声は震えていた。


 ――――何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?


 圧倒的優位にいるはずの男が見せた恐怖の出所はどこだろうか。男は俺に言った。『やってもらわわねばならぬことがある』と。俺の拙い知識でも、こういう事態のお約束ぐらいは分かる。魔王やなんやらを殺す。英雄や勇者と呼ばれる存在。仮にそれに俺を当てはめて考えてみると、俺には奴らが恐れる存在を殺すだけの力、若しくはポテンシャルがあるはずだ。しかしそれならば、俺を殺す理由が見当がつかな――――


「……いや……あ……る」


 ヒューヒューと最早俺は虫の息だった。だが、俺の意識だけはどこまでも鮮明であり、生まれ変わったかのような開放感さえあった。死を意識したその瞬間から、俺の中でカチリとピースが嵌まった。最初からそうあったかのように違和感のない自然な感覚。それが縦横無尽に暴れまわる。脳裏を埋め尽くす疑問の中で、唯一疑問を抱かなかったのが俺という自己。俺がこんな所で死ぬはずがないという自己信仰。それこそが、力を扱う最大の条件にして最大の難関である。


 ――――奇跡を行使する自分おれを決して疑うな!


「こ、こいつぅッ!」


 兵士が俺の浮かべている表情を見て、慌てだす。その太い武骨な両手を俺の首にかけ、欠陥が湧き立つほどの力を入れて絞める。


「は、はは……はは……ははははッ」


 俺は笑う。全能感が全身に溢れて行き場をなくす。手始めに、その残滓は俺と接触している兵士達を侵食しだした。背中のみならず、俺の身体には手足それぞれ一人ずつ触れている状態だ。その五人共が同時に内側から破裂した。


「はははははははははははッッ!!」


 邪魔な異物がなくなり、俺は全力で哄笑する。目に映る何もかもが面白くてたまらない。


「き、貴様ッ!」


 ようやく玉座の男が慌てふためく。だが、その表情は失敗を犯したというよりも、何故に今になってという理不尽さを嘆く表情だった。傍らの少女はポカンと状況を理解していないのか、風に揺れる花のように首を傾げるだけ。


「――――契約」


 自分でも俺の視線がギラギラとしているのが分かる。獲物を狩るハンターのように、俺は玉座の男を射すくめた。

 

「『貴様は我が呼んだ。ゆえに我が飼い主である。よいな? 貴様にはやってもらわねばならぬ事がある』だっけか?あの言葉にはきっと強制力があった。何としても頷かせようとする力があった……」


 その力と同種のものが全身を満たす今ならそれがよく分かる。


「だけど頷いてしまえば最後。契約完了。俺は従順なペットになっていた……」


 頷けばそれだけで相手を好きにできる力。恐るべき、と言う他なかった。


「その契約を拠り所とした結果……お前は拒否した俺を殺すほか選択肢はなかった。お前達にとって、俺が頷かないという結果はありえなかった」


 俺は自分でも何故否定できたのか未だに分からない。ただ、屈してはならないという心の叫びに耳を傾けただけ。本当の意味で誇りや名誉が命よりも重いと俺が思っていた証だった。


「まさか……否定されるとはな……。こんなもの伝承の中にしか……。よりにもよって……私の生きている間に起こるとは……」


 運命を呪うように、男が言う。ただ自分は運が悪かっただけだと心底から思っていて、俺に対する罪悪感など欠片もない。屑にも劣る、人とは呼べぬ存在。虫けら、塵芥。そこに存在しているだけで生理的嫌悪で居ても立っても居られない。


「はぁ……」


 諦めたように男が玉座に深く腰掛ける。


「お父様?」


 少女が心配そうに沈鬱とした男の頭を撫でた。それに答えるように男は少しだけ微笑んで、少女の頭を撫で返した。

 反吐が出そうだった。ゴミ屑同士の傷の舐め合いなど見るに堪えない。

 俺は手を横に振るう。


「ゲビッ!?」


 数人の兵士がペシャンコに押しつぶされる。全身のいたるところから体液が押し出され、霧状に舞った。少しは俺の気持ちも分かったというものだろう。兵士の間に動揺が走る。それもそのはず、彼らが仰ぐべき主からは何の指示もない。狭い空間も相まって、烏合の衆である。


「ギヒッ!!」


 指を弾くと、兵士の頭が三体四体と景気よく宙を舞う。まるで花火のようだ。殺されたことも理解していない馬鹿面が俺の足元に飛んでくる。サッカー好きの俺はその顔を思いっきり蹴っ飛ばし、兵士の集団へゴール!


「う、うわああああああああああああッ!!」


 音速で飛ぶ頭が集団を形成する先頭の男にぶつかり、ドミノ倒しのように布陣が崩れていく。指をさらに鳴らし、首を飛ばす。そして蹴っ飛ばす。何体もの頭が跳弾の様に城の中を跳ね回る。運悪くそれにぶつかった兵士や老人は新しいボールとなった。


「…………あー気持ちが悪い」


 一体何体いるのだろか?想像するだけで気が重くなる。


「お、お父様をイジメるな!」


 吐き気を催す俺の前に少女が立ちふさがる。


「…………」


 まったくもって理解不能だった。俺とそれほど歳の変わらぬ少女。状況を理解できない訳もないだろうに。


「気持ちが悪い」


 俺が少女に――――いや、その雌に抱いた感情はやはりそれだけだった。手で触るのは嫌なので、苛立ちを発散するように顔を側面から蹴りつける。ゴキッという嫌な音がして、雌の顔が一回転する。


「ユリアアアアアアアアアアアアッ!?」


 その瞬間、今更男が絶叫をしだす。本当に今さらだ。何がしたいんだろうか。俺にはほとほと理解ができない。人間・・には本当に分からぬ生き物だ。

 雌にしがみ付こうとする雄を絶対に雌の元へ行けないように俺は遊んだ。蹴って、蹴って、嬲って、焼いて、水に浸して、そして――――当たり前のように男は死んだ。










「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 俺は悲鳴を他人事のように聞いた。

 王城内の生き物をすべて殺しつくした俺は城を出て、うんざりした気分だった。

 この魔法らしき力は今の所玉座の雄と俺だけしか使えるところを見ていない。ゆえに、殺すのは非常に簡単である。だが何分数が多い。城だけでもそれなりに労力を使ったというのに。外へ出るとまだまだうじゃうじゃいる。俺は自分の弱きを叱咤して頑張って殺した。殺して殺して、殺しつくして、次の町へ。殺して殺して、殺しつくして次の国へ。そこまでやらなくても、と思う者も当然いるだろう。だが、俺は人より少々潔癖症の気があるのだ。家で一匹でもゴキブリを見かけたら、バルサンをたいて部屋中をチャックしないと安心して眠ることができないのだ。おまけに、この世界のゴキブリは少しでかい。気持ち悪さも倍増という訳だ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああッ!!イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ助けてえええええええええええッ!!!」


 ソレは悶え苦しんでいた。心はまったく痛まない。子供の頃、夏に花火でセミやカマキリを焼いたことを思い出す。昆虫が悲鳴を上げれば、きっとこんな声を聴かせてくれたに違いない。普段の喋り声は鬱陶しく、耳障りなだけだが、悲鳴だけは悪くない。悲鳴を聞いていると、落ち着いていられた。


 視線を前に向ける。呆然としていたソレが一世に逃げ出した。この世界には、ソレがまだまだいる。いつになるかは分からないが、一匹残らず殺すその日まで、安眠できるその日まで。

 ――――俺は殺し続けるだろう。人間として……

最後までお読みいただきありがとうございました!!

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