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第八話 彼と魔王・就寝編

「ふう……」

 エレルインを母と姉に任せた響は、自室に戻るなりベッドの上に倒れこんだ。ふかふかの布団には嗅ぎなれない匂いが残っていたが、いまはどうでもよかった。エレルインから解放されたからか、疲労がどっと噴き出してきたらしい。一日中大騒ぎだったのだ。疲れもするだろう。よく保ったものだと、他人事のように感心する。

 少女との出会いと、それに伴う大騒動。

 その濃密さは、たった半日の出来事とは思えない。

 しかし、嫌な疲労ではない。むしろいままでの退屈だった日常が粉々に破壊されて、心地よいほどだった。エレルインという少女がもたらす激変は、これまでの日々を忘却の彼方に追いやってしまうかもしれない。それもいいだろう。

 騒々しい未来の足音に包まれながら、響は目を閉じた。疲れが睡魔を呼んだらしい。眠気に抗うでもなく、考える。ドアの鍵は壊れているから確認する必要はない。電灯もつけていない。真っ暗な室内、響だけがいる。なんの問題もない。

 仰向けに寝転がる。このまま眠ろう。

 明日もまた騒がしい一日になりそうだ。それもそれでいい。

 響は、口元に笑みを浮かべた。

 と。

「どーん!」

「ぐへっ」

 突如として腹の上にのしかかってきた物体の重量に、響は情けない悲鳴を上げた。よくよく考えると大した重量ではないのだが、予期せぬ衝撃は痛みとなって響の腹を圧迫した。涙目になりながら瞼を上げると、暗闇の中でもはっきりと分かるほどの距離に、エレルインの顔があった。美少女は頬を膨らませ、怒っているようにも見えた。

「エレ!?」

「響は酷いのじゃ!」

「なにがだよ! っていうか、どうやってここに!?」

「わらわが気を失った隙に義母上に預けるなど、魂約者の風上にもおけぬ!」

 馬乗りになり、肩を震わせ、あまつさえ目に涙を浮かべる少女の迫力に、響は腹の痛みを忘れた。彼女の機嫌を取るにはどうしたらいいのだろう。そんなことを考えてしまう自分の馬鹿馬鹿しさに泣けてくる。

「いや、だから、な」

「響がそうするのなら、わらわも勝手にさせてもらうのじゃ!」

「勝手にって……どうするんだよ」

「ここで寝るのに決まっておろう」

 腹の上でふんぞり返る少女の様に、唖然とする。

「あのなあ」

「もう響の戯言は通用せぬ。わらわは響と一緒に寝るのじゃ!」

 エレルインは、響の上から降りると、布団の中に潜り込んだ。あまりに素早い行動に響は呆気にとられた。

「……はあ」

 響は、嘆息した。さすがに、こうなるとは予想していなかった。たとえ目が覚めても、母と一緒なら我慢してくれると考えたのだが、どうやら彼女のことを根本的に勘違いしていたらしい。奏の妄言に妄想を炸裂させて自滅したことなどどうでもいいのか、響のことだけを考えて行動したらしい。うぶだが、行動力は尋常ではないのだ。

 だから、響の部屋のベッドの上まで空間転移することだって平然と出来るのだろう。そのベッドで響が寝ていることなど、考慮してもいない。いや、考慮した上での行動だとしても、不思議ではなかった。エレルインは怒っていたのだ。

 そして思い知るのだ。やはり彼女は普通の少女ではないのだ、と。魔王エレルイン・フォルザアク。その似合わない肩書も本当なのかもしれない。嘘をつく道理がないのだ。彼女が響達を騙しても、なんの得にもならない。考えれば考えるほど。エレルインが魔王というのは間違いないと結論する反面、とてもそうは思えないのが困りどころだ。

「わかったよ、好きにしろよ」

 響は、敗北宣言をすると、ベッドから降りた。ちょうど、彼女が薄手の掛け布団から頭を覗かせたところだった。

「ただし、布団は別々だ」

「なぜじゃ!?」

「いや、それくらいは認めてくれよ……」

「むむむ……」

 眉根を寄せる少女を尻目に、響は部屋の電灯をつけた。蛍光灯の白い光は、闇に慣れかけた目に痛いがすぐに慣れるだろう。

 布団を用意しなければならない。板張りの床になにも敷かずに寝るのは、さすがに苦痛だった。自室にはないが、両親の寝室にならあるだろう。なくても、父親の分を借りればいい。父が帰ってくるとしても明日明後日のことではないのだ。

「響よ」

「ん?」

 見ると、ベッドの上に座り直した少女が、哀しそうな表情を浮かべていた。金色の目が、潤んでいるようにみえる。

「おぬしは、わらわと一緒に寝るのが嫌なのか?」

「そういうことじゃないよ」

「では、なぜじゃ?」

「うーん……なんていったらいいのかな」

 響は、もどかしさに頭を抱えたくなった。うまく言葉にして説明することができそうにもない。嘘も方便とはいうが、その嘘が思いつかない。思いついても、すぐに見破られそうなことばかりだ。そして、そんなくだらない理屈は、彼女の怒りを買うか、悲しませるだけだ。

 エレルインが、決然と声を上げてくる。

「わらわは響のことが気に入っておる」

 だから、一緒に寝ても問題ないというのだろうが。

 そういう問題ではないといおうとして、やめた。

 彼女は、顔を真っ赤にして布団の中に隠れてしまったのだ。

「……たぶん、俺も」

 言い残して、響は部屋を出た。ドアを閉める寸前、なにか物凄い音がした気がするが、気にしないことにした。


「なにしてんだ?」

 敷き布団を担いで部屋に戻ってくると、エレルインは、ベッドの上でぼけーっとしていた。視線は定まっておらず。完全に呆けている。さすがによだれを垂らしたりはしていないが、放っておいたらそうなっていたかもしれなかった。

「な、なんでもないのじゃ! そ、それにしても遅かったではないか」

「さすがに親父の布団を持ってくるのもかわいそうだと思って、母さんにほかにないのか聞いたんだよ。で、下から持ってきたってわけだ」

 説明しながら、床に布団を敷く。長い間物置に放置されていただけあって、臭いが多少気にはなったが、今日のところは我慢するしかない。埃はかぶっていないし、汚れているわけでもない。ふかふかではないが、それも問題ではなかった。掛け布団にはタオルケットを持ってきている。

「そうじゃったのか。わらわはてっきり義母上と一緒に寝てしまったのかと心配しておったのじゃ」

「ねえよ」

「わかっておる。たわむれじゃ」

 響は、至極上機嫌のエレルインの様子に不気味なものを覚えながら、布団の上に転がった。少女が、ベッドの上から見下ろしてくる。そして、枕を投げつけてきた。避けることもできず、枕は響の顔面に直撃する。無論、痛みはないが、突然の攻撃に驚きはした。

 響は、枕を顔面から剥がすと、静かに上体を起こした。見やると、少女は不敵な笑みを浮かべている。

「エレ、これはいったいなんの真似だ」

「わらわにはわらわ専用の枕があったのを忘れておったのじゃ」

 そういって、彼女は背後から大きな枕を取り出した。背後にはなにもなかったはずなのだが、彼女に常識を問うだけ無意味だろう。そして、その羊のような生き物を模した枕は、恐らく彼女の執事が用意したものだ。彼はお泊りセットを持ってきたとかいっていたのだ。

「そうかそうかそれで枕を投げつけてきたのだな、おまえは」

「投げて寄越すほうが早かろう?」

「そうだなそれは正しい」

「うむ」

「だからっていきなり投げつけるこたあないだろ!」

 響は、枕を彼女目掛けて投げつけた。枕は一直線にエレルインに殺到したが、枕ガードで防がれ、彼女の足の上に落ちる。

「響よ、わらわの顔を外しおったな? その甘さが命取りよのう」

「ちぃっ」

「いま、わらわには枕がふたつ。この意味はわかっておろうな?」

 枕を二刀流に構え、凶悪な笑みを浮かべた魔王を前に、圧倒的な絶望感が響を包む。

「くっ……だが、まだだ! まだあきらめん!」

「勇敢よのう。じゃが、その程度の力で魔王に挑むなど、無謀というのじゃ!」

 嘲笑とともに投げ放たれたふたつの枕が、響の腹と脳天を直撃した。相変わらず優しい衝撃だったが、響は大袈裟に背後へと倒れこんだ。

「おのれ、まおおおおお!」

「ふはははははは!」

 などと、ふたりして大声を上げていると、突然、響の部屋のドアが開け放たれた。

 寝間着に着替えたかなでが、無表情で突っ立っていた。彼女の口が厳かに開かれる。それはまるで死の宣告のように、響達の耳には轟くだろう・

「うるさい」

『ごめんなさい』

 ふたりは、異口同音にいうと、平謝りに謝ったのだった。


「まったく……ひどい目にあったぜ」

 響がつぶやくと、頭上から返事があった。

「だれのせいじゃだれの」

 顔をベッドの上に向けると、少女が布団の隙間から顔だけを覗かせているのがわかる。評定はよくわからない。部屋の明かりは既に消していた。

「俺のせいだってのか?」

「わらわのせいでもないぞ」

 彼女があまりにも自信満々にいってくるので、響は自分の考えに自信がもてなくなった。

「そうかなあ」

「なのじゃ」

「別にいいけどさ、姉さんは怒らせない方がいいってのはわかったな?」

「わかったのじゃ……あんな恐ろしいものを見たのは初めてかもしれないのじゃ」

「魔王よ……」

「そんな目で見るでない」

 エレルインはそういってきたものの、彼女の顔ははっきりとは見えなかった。響の目が闇になれるまでもう少し時間が必要だったのだ。もっとも、目が闇に慣れるのを待つ必要はない。

「……とにかく、もう寝よう。疲れた」

「そうじゃのう。わらわもへとへとじゃ」

 それもそうだろう。今日は半日、騒ぎまくっていた記憶しかない。彼女なんて、出会いからいまに至るまでずっとはしゃぎ倒していた。なにが楽しかったのか。なにもかもが楽しかったのか。エレルインが心の底から楽しんでいたなら、それでいいのかもしれない。

 響は、ベッドの影に見えなくなった少女に声をかけた。

「おやすみ」

「おやすみなさいませ、なのじゃ」

 そんな言葉を交わして、響は目を閉じた。疲労のおかげか、すぐに睡魔が襲ってきた。同じ布団に寝なかったのも大きいのだろう。よく知りもしない少女と同じ空間で寝るなど、緊張して眠れないものだと思っていたのだが、どうやらそうでもなさそうだった。それは相手がエレルインだからなのかもしれず、そうだとすればどういうことになるのだろう、などととりとめのないことを考えているうちに、響の意識は夢に沈んだ。


 翌朝、時計のアラームに叩き起こされた響は、鼻腔に満ちた匂いと体に感じる重量に嫌な予感を抱きつつ目を覚ました。いや、その悪寒が目を覚まさせてくれたというべきか。

「……ったく」

 響は、やれやれ、とでもいうべきかと思った。

 響の布団には、いつの間にかエレルインが潜り込んでおり、彼の胸の上で健やかな寝息を立てていたのだ。


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