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第七話 家族と魔王・団欒編

 家中を巻き込んだ騒動が終わり、蒼河そうが家は一応の落ち着きを取り戻していた。

 かなでもエレルインもバスタオル一枚というあられもない格好をやめ、それぞれの別の服装に着替えていた。奏はシャツにホットパンツという格好だったし、エレルインは黒を基調とした寝間着だった。しかし、エレルインの寝間着はフリルの付いた可愛らしいもので、およそ魔王に似つかわしくなかったが、彼女は気にしていなかったし美少女には似合っていた。

 美少女。そう、美少女だ。銀髪に金色の瞳を持つ、この世のものとは思えないほどの愛くるしさを持つ少女。エレルイン・フォルザアクという名前も、魔王とかいう空想じみた肩書も、彼女の浮世離れした容姿には相応しいのかもしれない。

 そんな美少女が、うつらうつらと頭を揺らしはじめたのは、時計の針が十一時を示したころだった。響も風呂を上がり、寝間着に着替え、エレルインとともに居間でくつろいでおり、隣に座っていた少女の様子の変化に気づいた。眠気が襲ってきたのだろう。魔王が眠るには早い時間帯だと思わないでもなかったが、騒ぎ疲れたのだと思えば、納得できることでもあった。

 彼女が、あくびを漏らす。

「眠いのか?」

「ね、眠くなどないぞ! わらわがこの程度の眠気などに負けるはずがなかろう!」

「いや、なにと張り合ってんだよ」

「眠気如きがわらわを眠らせようなど百年早いのじゃ!」

 俄然気合を入れたエレルインだったが、彼女の目には涙が浮かんでいた。睡魔は、刻々と魔王の意識を蝕んでいる。睡魔に負ける魔王というのも面白い構図だとは思ったが、響は口にはしなかった。いえば、彼女の闘争心に火をつけてしまうだろう。どうやらそのような性格らしい。

 居間の角に置かれたテレビが、全国各地の今日の出来事を垂れ流すように放送している。ちなみに、エレルインはテレビを見ても驚かなかった。魔界にもテレビのような映像配信装置があるらしく、自然と受け入れていた。テレビに映る街並みにも感嘆の声をもらすようなことはなく、むしろがっかりしたようだった。魔界も、似たようなものらしい。

 魔王がそういう発言をするたびに想像上の魔界が音を立てて崩れていくのだが、響にはどうすることもできなかった。

「今日はいろいろあったし、疲れたんだろ。早めに休んでもいいじゃないか」

「むむー……響がそこまでいうのなら、考えてやってもよいが」

「うん、そうしてくれ」

「わかったのじゃ。今日はもう寝るのじゃ」

 また、大きくあくびを漏らした。こうして見ていると、魔王というのが疑わしくなってくるのだが、彼女が魔法のようなものを使ったのは事実だし、彼女の従者もどこからともなく現れる非常識な存在だった。普通の人間でないことだけは間違いなかった。

「じゃあエレちゃん、あたしと一緒に寝る?」

 なにが「じゃあ」なのかわからないが、奏が口を挟んできたのはちょうどよいタイミングだったのかもしれない。響としてもそれが望ましいのだ。いつの間にかこの家に住むことになった彼女ではあったが、外見は普通の少女に過ぎない。いや、少女でなくとも、女性なのだ。姉か母の部屋で就寝するのが、響の価値観からすれば必然だった。

「母さんと一緒でもいいけど」

義姉上あねうえ義母上ははうえには申し訳ないのじゃが、わらわは響のベッドへゴー! なのじゃ」

 さっと席を立ち、階段に向かおうとする少女の肩を掴む。

「いや、待て」

「なぜ止めるのじゃ?」

 こちらを振り返ったエレルインは、寝ぼけ眼のまま、きょとんとした顔をしていた。睡魔は、彼女から思考力を奪いつつある。いや、さほど変わらないといえば変わらないのだが。

「それはいろいろとおかしいだろ」

「なにがおかしいのじゃ? わらわは響の魂約者で、響はわらわの魂約者。なにも問題ないではないか」

「いやいやいやいや……」

 正論を語ったつもりの少女が動き出さないように肩を掴んだまま、響は、少女をどう言い含めるか考えた。まともなことをいってもとり合ってくれないのはわかりきっている。だが、ここで諦めてはいけない。彼女を説得し、安らかな睡眠時間を勝ち取らなければならないのだ。そんなことを考えていると、奏が前言撤回してきた。

「ま、あたしはどっちでもいいけどね」

「風呂は駄目で、一緒に寝るのはいいのかよ」

「だってあんたが手出しできるはずないし」

「……くっ」

 奏に図星を刺されて、響は、視線を逸らした。確かに姉のいうことも一理あるだろう。実際問題、エレルインと同じ部屋で寝るからといって問題があるわけではない。問題になるようなことが起きるはずもない。たとえ同じ布団で寝たとしても、だ。響は、彼女をどうすることもできないだろう。

 風呂が駄目なのもわからないではない。響にはいろいろと刺激が強すぎる。エレルインの外見は十代半ばの少女にしか見えないし、成長途上といった体型ではあるのだが、だからといって黙殺できるわけもない。彼女は気にもしないのかもしれないが、響が気にする。

 響は、意を決して、口を開いた。

「……やっぱり、よくないと思う」

「なぜじゃ?」

「そうよ、どうしてよ?」

「姉さんまでエレの味方をするのかよ」

「あたしはエレちゃんの味方よーん。魔王様の配下なのよ」

「さすがは義姉上なのじゃー」

 エレルインの声に覇気がないのは、眠気に圧倒されているからだろう。彼女の華奢な体がふらふらし始めていた。このままだと立ったまま寝てしまうのではないか。そんな無駄な心配をしてしまうほどに、彼女の様子は危うかった。

「だってほら、将来の楽しみがなくなるだろ」

 結局、響が発したのは、奏がエレルインを納得させた必殺の台詞だった。将来の楽しみ。いったいどんな将来が待っているのかは考えるだけでぞっとしないのだが、しかし、そういうことで彼女がおとなしく従ってくれるのなら安いものだった。が。

「いやーん、響ったら、将来のた・の・し・み、だなんてー。家族の前で大声言うもんじゃないわよー」

 全身をくねくねさせながら思ってもいないことを口走るおぞましい姉の姿に、響は軽く敵意を覚えかけたが、目の前の少女が両目をぱちくりとさせたことのほうが気になった。

「ふえ!?」

 エレルインが素っ頓狂な声を上げたと思ったら、彼女の透けるように白い肌があざやかな朱色に染まった。

 そして、そのまま、卒倒した。

「エレ!?」

 響は、咄嗟に少女の体を抱きとめた。彼女の華奢な肢体は、響の腕力でも支えられるくらいに軽い。少女の体温の妙な熱さにどぎまぎする。妄想を爆裂させて気を失ったらしい少女からは、規則正しい呼吸が聞こえる。そのまま眠ってしまったのだろう。響は安堵した。

「あらん、やりすぎちゃったかしら」

「姉さん……」

 自分を抱きしめたままくねくねしていた奏だったが、響が一瞥すると、動きを止めた。そして、響の腕の中の少女を見下ろす。

「……エレちゃんって意外とうぶなのね」

「意外じゃないだろ」

「魔王っていってたしー」

「言動を考えれば精神年齢が幼いことくらい見当がつく」

 実年齢は教えてもらっていないし、本当に背新年齢が幼いのかはわからない。そう装っているだけかもしれない。相手は魔王だ。なにを考えているのかなどわかるはずもない。

「そうねえ……あたし、あんたほど気にしてなかったみたい。だから気づかなかったのだわ」

「あのなあ」

「やっぱ愛の力って偉大だわね」

 祈るように両手を握りしめ、あまつさえ瞳をきらめかせながら薄ら寒いことを平然と言い放ってくる姉に、響はあきれてものもいえなかった。いっても、勝てやしないのだ。だったら黙っておくのが賢いやり過ごし方だった。

「で、どうするの?」

「そーよ、エレちゃんはだれの部屋で寝かせるの?」

「そりゃあ……」

 考えに考えた挙句、響は、ふたりに頼み込んだ。



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