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第四話 家族と魔王・晩餐編

 魔王少女を自室に迎え入れた響は、どうするべきかと頭を悩ませていた。

 ベッドの上でくつろぐ少女は魔王には見えず、ただのゴスロリ少女としか思えない。外見年齢は十代半ば。つまり中学生の少女がコスプレして魔王になりきっている、という風にしか思えないのだ。

 もっとも、彼女が普通の人間でないことは証明済みだ。空間転移し、荒れ放題の部屋を一瞬で片付けてしまった。それには響も、彼女がただのなりきり少女でないと認めるしかない。

 そんなことを考えていると、階下から物音が聞こえた。響の部屋は、ちょうど玄関の上にある。扉の開け閉めの音がよく聞こえた。姉と母が帰ってきたのだろう。予想していたよりも早い帰宅に驚いたものの、書斎は綺麗になっているのだ。そこは問題ない。

 問題が在あるとすれば、だ。

「どうしたのじゃ?」

 階下の音を拾うのに集中する様子が不自然だったのだろう。少女はきょとんとした顔でこちらを見ていた。

「いや……」

 響は、なんというべきか困った。エレルインには悪いのだが、彼女の存在は家族には隠し通したかった。みずからを魔王などとのたまう少女だ。母も姉も反応に困るに違いないし、なにより、魂約についてはどう説明すればいいのかもわからない。そもそも響自身が理解できていない。

 響は、部屋の扉を閉めると、扉の内側にピッタリと貼り付くようにして立った。鍵が壊れているのだ。外から開けられないようにするには、こうするしかない。

「ただいまー!」

 元気な声は、姉のものだった。

「響くーん、掃除進んでるー?」

 姉は、書斎を覗いたようだ。響をいじるためだけに予定より早く帰ってきたのかもしれない。響の姉には、そういうところがある。

「って、すっごーい! もう片付けちゃったのー!?」

 驚嘆の声が、耳を澄まさなくとも聞こえた。驚くのも無理はない。短時間で、あそこまで綺麗に片付けられるはずがなかった。魔法でも使わない限りは。

「なにをしておるのじゃ?」

 声の近さに驚くと、エレルインが目の前にいた。彼女は、響の態度に純粋に疑問を抱いたのだろう。響の目の前で不思議そうな顔をしている。階下からの声も聞こえたはずだが、それよりも響の様子が気になるらしい。

「えーと……」

 困っていると、ドアを叩く音がした。響の部屋のドアだ。(おそらく)姉が、いつの間にか二階に上がってきていたらしい。階段を登る足音は聞こえなかった。

(忍者かよ)

 胸中で突っ込みながら、ノックに対応する。

「なに?」

「書斎の片付け、お疲れ様。大変だったでしょ」

 響に緊張が走った。姉が労るような声を出すときはなにかを企んでいるときに決まっているのだ。扉を背中で抑えつけながら、目の前の少女に手招きする。エレルインは小首を傾げたものの、近寄ってきた。至近距離。

「え、あ、まあ」

「ん? どうしたの?」

 姉が扉を押し開けようとしているのが背中にかかる圧力でわかる。響の様子がおかしいからかもしれないが、どうすることもできない。普段ならどうでもいいことなのだが、いまはまずい。

 響は、扉に圧を加えたままゆっくりと腰を落とすと、至近距離の少女に手を伸ばした。彼女がはっとした隙に抱き寄せる。彼女の匂いが鼻腔をくすぐった。が、いまはそんなことに思考を回すこともできない。

「ねえ、あ・け・て・よ」

 姉の力が強くなるが、響もそれに対向する。少女の華奢な体が潰れないように気をつけながらだ。

「い・や・だ・よ」

「ど・う・し・て?」

「やりたいことがあるんだよ!」

「ふーん……あっそう」

 まるでなにかを察したかのような口ぶりに、響は内心慌てた。勘違いされても困るのだが、この際それでも仕方がないと思うしかない。そして、扉に加わっていた外圧がなくなったことに安堵する。諦めてくれたらしい。

「まあいいわ。夕飯には降りて来なさいよ?」

「わかってるよ!」

 大声を上げると、足音が遠のいていった。

 響は、しばらく待ってから、息をついた。

「ふう……」

 エレルインを解放する。

「き、急に、ど、どうしたのじゃ?」

 顔を上げた彼女は、耳まで真赤にしていた。湯気さえ立ち上らせそうなほどに紅潮している。突然抱きしめられたことに混乱しているのが見て取れる。初な魔王もいたものだと思う半分、その可憐さに声を上げそうな自分に気づく。

(いかんいかん……)

 頭を振って冷静さを取り戻す。

 なにをしでかすのかわからないエレルインの行動を制限するには、この方法しか思いつかなかったのだ。抱きしめた途端暴れだす可能性を考えなくもなかったが、ちょっとしたことで顔を赤らめる少女のことだ。きっとだいじょうぶだろうと踏んでいた。そして、それは間違っていなかった。

「いや、とりあえず難は去った……」

 とはいったものの、少女は聞いている様子もなかった。響から離れてもじもじしている。と。

「なーんちゃって」

 声に緊張したときには扉は押し開けられ、響は倒されて床とキスをする羽目になった。即座に体制を建て直して顔を上げると、姉が扉の隙間から顔を覗かせていた。にやけているのは、なにか良からぬことでも考えていたからに違いない。うめく。

「げっ」

「あら?」

「うぬ?」

 姉とエレルインの視線が合ったのだろう――ふたりが同時に疑問の声を上げた。

 響は、世界の崩れる音を聞いた。

 そして、長い――といっても数秒程度だろう――沈黙があった。エレルインは小首を傾げたまま疑問符を浮かべており、奏はにやけた顔のまま凍りついている。そのまま扉が閉まった。

「なんだったのじゃ?」

「えーと……」

 なんて答えたらいいのか困っていると、扉の向こうでどたばたと物凄い音がした。悲鳴。

「きゃあああああああああああああ! お母さあああああああん! 響が、響がああああああああああああああ!」

「どうしたの? そんなに慌てたら危ないわよ?」

 階下からの母の声をかき消したのは、何者かが階段を転げ落ちるけたたましい物音だった。姉だろう。またも悲鳴。

「いったあああああああああい、ってそれどころじゃなあああああい! 響が女の子を連れ込んでるのよおおおおおおお! 春よ、春がきたのよおおおおおおおおおおお!」

「まあ!」

 母の驚きの声は、喜びに満ちていた。

「今日は赤飯にしましょう!」

「それ違ううううう!」

 姉は盛大にツッコミを入れた後もギャーギャーと喚き立てていたものの、次第に静かになっていった。

 静寂が、響の部屋に訪れた。

「ああ……終わった……なにもかもが終わった……」

「先ほどのおなごは、響のご家族かの?」

「ああ……姉だよ……。かなで姉さん……」

「おおっ、義姉上あねうえだったのじゃな! ふむ、確かに似ておるのう」

 合点がいったのか、彼女はぽんと手を打った。

「まさかこんなにも早くばれるだなんて」

「……響よ、おぬしはわらわを隠しておくつもりだったのではあるまいな?」

 エレルインが、半眼をこちらに向けた。美少女はどんな表情でも美少女に違いはなく、魔王らしい迫力は皆無だったが。

「そりゃあ……」

「ふむ、おぬしのいいたいこともわからぬではないがのう。少し哀しいのじゃ」

 しょんぼりと肩を落とした少女の姿に、響の心が罪悪感に締め付けられた。とっさに叫ぶ。

「ああっ、ごめん! 俺が悪かった!」

「……やはり響はやさしいのう」

 瞬時に表情を明るくした彼女の有り様に、響ははめられたのかと一瞬考えたが、そんなこともあるまいと思い直した。純真過ぎる魔王様なのだ。恋だの愛だのに現を抜かしたこともないのかもしれない。ちょっとしたことで顔を赤らめ、抱きしめれば思考停止してしまうほどだ。愛らしいにもほどがあるといえる。

(まあいっか)

 響は、腹を決めた。

 隠したところで、どうせすぐにばれただろう。神出鬼没の彼女を隠し通すなど、どだい無理な話だ。いまさら己の浅はかさに気づく。無謀過ぎる考えだった。だったら最初から家族に紹介するべきだったのだ。

 

 夕飯時、響はエレルインを連れて居間に向かった。居間では、姉・奏と母・鈴音すずねが座って待っていた。母は、エレルインを見た途端、満面の笑みを浮かべた。エレルインは、さすがに緊張した面持ちだった。

 食卓にはいつになく豪勢な料理が並んでおり、まるでだれかの誕生日かなにかのようだったが、原因はわかっている。恋人いない歴=年齢の響が、恋人と思しき少女を連れてきたのだ。母としては祝福したくなるのもわからなくはない。

(わかりたくもないけど)

 手作りなのがはっきりとわかる豪華な食事からは、食欲をそそる薫りが立ち上っている。響は空腹だったことを思い出したのだが、さっさと椅子に座れという奏からの無言の圧力を前にそそくさと椅子に向かった。

 鈴音と奏、響とエレルインの四名でテーブルを囲んだが、それはとても不自然なことのように思えてならなかった。父のいない日にテーブルを四人で囲むなど、ありえないことだったのだ。しかし、悪いものでもない。鈴音はいつも以上ににこにこしていたし、奏は不必要ににやにやしている。響を除くだれもが、このひとときを楽しんでいる。

 最初、沈黙があった。しかし、空気の重さに耐え切れなくなって、響は口を開いた。

「えーと……なにから話せばいいのやら」

「もう、さっさと紹介しなさいよ、彼女でしょぉ?」

 奏が野次を飛ばしてくるが、響は耐えた。ここは我慢しなければならないところだ。懇切丁寧に説明すれば、たとえこんな姉であっても理解を示してくれるだろう。

「彼女じゃ……」

「なにをいっておるのじゃ? わらわは――」

「あー、だからその、だな」

「わらわはエレルイン・フォルザアク。魔界の王なるぞ!」

 エレルインが胸を張ったのを見て、響は頭を抱えた。やってしまった。なにもかもおしまいだ。二階であれほど魔王のことはいうなといったのに。しかし、本物の魔王に魔王であることを隠せというのもおかしな話で、彼女が魔王でないのなら問題なく受け入れてくれたかもしれない。そういうことを考えれば、彼女が魔王ということに自負を持っているのは確かだ。

 しかし、だ。魔王なればこそ、状況をわきまえて欲しいと願うのは勝手すぎるだろうか?

 響がひとり途方に暮れていると、鈴音が笑顔のまま手を重ねた。

「魔界の王? 魔王様ってことねー」

「へー、魔王ねー。いや、日本人だとは思っていなかったけど、まさか魔界のひとだとはねー。こりゃあ一本取られたわ」

「いやなんで素直に受け入れてんだよ、つっこみどころだろ、つっこめよ」

 響は、なぜか平然と受け入れているふたりの反応に唖然とした。コスプレ少女の妄言と聞き流している風でもなければ、ボケに乗っているようでもない。エレルインの言葉を素直に受け止めている。

 そして奏はノリノリでエレルインに質問する。

「で、その魔王様と響はどういう関係なの?」

「だからなんで理解してんだよ」

「あーもーうっさいわね! 響のくせにごちゃごちゃいってんじゃないわよ」

「響のくせにってなんだよ。っていうか俺はなにも間違ってねえ」

 響は、そっぽを向いた。不貞腐れたところで事態はなにひとつ好転しないのだが。

「エレルインちゃんだっけ?」

「エレと呼んでくださってもよろしいのじゃ、義母上ははうえ

 エレルインは、鈴音に対しては敬うような態度を取っていた。当然といえば当然なのかもしれないのだが、どうにも釈然としないものもある。魔王ならば傲岸不遜に振る舞って欲しいものだ。夢が壊れる――などと、思ってもいないことを考えるのは、響が完敗してしまったことに気づいたからだ。なにに敗北したのかは自分でもよくわからない。ただ、圧倒的な敗北感に打ちのめされている。

「まあ、義母上だなんて」

 鈴音は、エレルインのことが気に入ったのかもしれない。笑顔をまったく崩していない。そしてそれは作ったような笑顔ではない。心の底から滲みだすような笑顔だ。鈴音は普段から笑顔を忘れないような人物だったが、ここまでの笑顔は父のいるときにしかしていなかった。それは、響にとっても嬉しいことだった。

 奏が、にやりと目を光らせると、箸をマイクに見立ててエレルインに向ける。

「ほほーう。つまりは響の彼女ってことで正解なのだね?」

「そのような縁の薄い間柄ではないのじゃ……です」

「彼女以上の関係ということでよろしいので?」

 奏が響を一瞥してきた。そのまなざしが、おぬしもやるのう、とでもいっているように見えて、響の心は死んだ。エレルインの文法が崩壊していることなど、どうでもよかった。

「魂約を交わしたのでござりまする」

「婚約!?」

「へ? 結婚を前提にお付き合いってやつ?」

 さすがに、ふたりの声が裏返った。衝撃的な発言だろう。見た目には十四歳くらいの少女だ。そんな少女と高校生の響が婚約など、どう考えてもおかしい。狂っている。だが。

「魔王家に婿入りするってことになるのかしら……?」

「響、やったじゃない! 玉の輿よ玉の輿!」

 鈴音も奏もあっさりと受け入れていた。それどころか喜んでいた。話半分に聞いている様子もない。なにもかもありのまま受け入れた上で喜んでいる。その事実が痛いほどわかるから、響は愕然とする。

「なんで喜んでんだよ、なんでなにもかも信じてんだよ……」

「響の義母上と義姉上は話が早くて助かるのじゃ」

 エレルインの満足気な表情に、響はがっくりと肩を落とした。

「はあ、どうなってんだよ、この家」

「まあ、いいじゃない。母さんも喜んでいるんだし」

 奏がそっといってきた言葉に、響は、心が救われる思いがした。そうだ。母が喜んでいるのならそれでいいのだ。それですべてがうまくいくはずだ。なにも心配することはない。エレルインだって悪い子ではないのだ。魔王などと宣っているが、その正体は純真な少女だ。鈴音にも奏にも気を使い、響に嫌われることを極端に恐れている。

 つまり、なにも問題はない。

 響は、今度こそ本当に覚悟を決めた。

「あー……とだな」

 響に三人の視線が集まった。とくに熱い視線を投げかけてくるのはエレルインだ。彼女は、家族に紹介されたことが心底嬉しいのだろう。笑顔がいつにもまして輝いていた。

「母さんも姉さんも、エレと仲良くしてやってくれよな」

「義母上様、義姉上様、ふつつかものですか、どうぞよろしくお願いします……なのじゃ」

 エレルインが、改めて挨拶すると、食卓は歓声に包まれた。


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