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蒼穹輪廻の魔法騎士  作者: 如月 蒼
Prelude:日常編
2/8

輪廻1 空戦

 初っ端から力量100%の主人公ですが、宜しくお願いします。念の為に言っておくと、最初に出てくる男は主人公ではありません。


 西暦36XX年03月10日。



 ゴゥン、ゴゥン、という騎巧艇(きこうてい)の駆動音が雲の中に響く。

 騎巧艇のサイズは小さい。浮遊大陸を走るモーターバイクよりも一回り小さい程だ。

 艇、という字が名前に付いている通り、騎巧艇は地面の上を走る乗り物では無い。海上を進む乗り物でも無い。

 現在、人間の住める本当の大陸と、海なんて存在しないのだから。

 だから騎巧艇は、空を飛ぶ為のものだ。


「奴は何処だ!」


 騎巧艇に跨がった一人の男が雲の中、視界を遮られた中で苛立たしそうに叫ぶ。

 厳つい顔をした、子供に泣かれそうなゴツい男だった。

 騎巧艇はサイズこそモーターバイクより小さいものの、形や見た目はそれ程変わらない。推進機関などの内部構造は、使用する場所が違うのだから明らかに違いがあるが、ハンドルがあってクラッチがあって、というような外見の構造はあまりモーターバイクとは異なっていない。ただ、騎巧艇にはタイヤが無い。まぁ、空を進むのだから当たり前だ。本来タイヤがある筈の騎巧艇の下部からは、下に向かって何かが放射されているのが空気の揺らぎで分かる。

 滞空する騎巧艇の上にいる男は、左手でハンドルを掴みながら、右手には銃を握っていた。

 濃い灰色の銃身には、赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。グリップの部分は手で隠されているが、そこには極小の魔法陣が刻まれている事を騎巧艇に乗る者なら一瞬で理解出来るだろう。極小の、と言っても、グリップに刻み込めるサイズが「極小」である。


「ふざけるなよ、ちまちまと雲の中に誘導しやがって……」


 男は悪態を吐く。

 その相手は現在戦闘中の敵だった。


「くそ、何処行った!」


 男は尚も叫び、周囲を見回す。

 だが、ここは雲の中。十メートル程先はもう真っ白で何も見えなくなってしまう。

 と、男のフラストレーションが最高潮にまで溜まり、もう闇雲に銃をぶっ放そうか、と考えたところで声が聞こえた。


空戦(エアライド)で冷静さを失うのは戴けないな」


 何処からともなく聞こえてきた声は、多少あどけなさの残る少年の声だった。

 前か後ろか右か左か、聞こえてきた方向が分からない。雲の中で反響する不気味なそれに、男は慌てて敵の姿を探り出そうと首を(めぐ)らせる。


「だから、冷静さを失ったら駄目だって」


 再び何処かから、今度は呆れたような声。

 戦闘中にしてはあまりにも呑気なそれは、男の神経を逆撫でした。


「早く出て来い、この糞餓鬼(クソガキ)!」

「糞餓鬼とは酷いなぁ。というか、俺は今、アンタの事殺せるんだけど。あんまり怒らせるような事は言っちゃいけない」

「なっ……くそっ……」


 騎巧艇の上で男が呻く。

 考えて見れば、少年の方は自分のいる場所が分かっているのだ。対して自分は少年のいる場所が分からない。このままでは殺されてしまう。

 少年がさっさと自分を殺さずに話し掛けてきたのは人殺しをしたくないからなのか、それとも、悔しいが情けなのか。

 どちらにしても、それは「甘い」と言わざるを得ない。

 何とかして少年を見つけて反撃する。その時間を持たせてくれた敵を嘲笑いながら、男は必死に雲の中に目を凝らす。


「そんな必死になられると、姿を現さないのは憚られるな」


 またしても呑気な声が、雲の中に反響して聞こえて来た。

 そして、漆黒の騎巧艇に跨がった少年が、上から男の前に出てきた。


「う、上!?」

「うん、そう、上。全く可笑しいな、アンタ前後左右しか探してなくて的外れにも程があるし。ウケるー」

「な、何が『ウケるー』だこの糞餓鬼!」


 激昂した男が少年を睨み付ける。

 だが、殺意の含まれた視線を向けられても、少年は心底愉しそうな表情でニコニコと笑顔を浮かべていた。

 ほんの少しだけ幼さの残る顔立ちをした、十五、六歳程の少年だった。

 騎巧艇に跨がっているから身長は正確には測れないが細身で、何処かの制服なのか、見ただけでもしっかりしていると分かる黒地の服を着ている。まるで軍服のようだ、と男は思った。と同時に、何処かで見たことのある服のような気もした。

 鳶色の髪と裾の長いコートが風に(なび)き、右手に持った銀色の銃が太陽の光を反射して輝いている。

 そこまでならその少年は、ただの「物騒な少年」だった。

 だが、彼の瞳は、普通の少年のものでも平凡な人間のものでも無かった。

 少年の右眼は、蒼穹のように透き通った青色。

 左眼は、吸い込まれてしまいそうな、奥の見えない漆黒。

 左右の瞳はあまりにも異質で、しかし目が離せなくなる光を宿していた。


「餓鬼、貴様何者だ?」

「何者、とは?」

(とぼ)けるな、貴様の魔法の腕は子供にしては中々のものだった。名前を名乗れ」

「それ、強制か?」


 少年が笑顔を消して首を傾げる。空戦中には似つかわしくない仕草だった。

 男は苛々しながらも今すぐ怒鳴り散らしたい感情を抑え、頷く。


「当たり前だ。俺が誰だか分かってんのか」

「え? ああ、とっくに分かってるぞ」


 軽い調子で返されたまさかの答えに、男は動揺を隠し切れなかった。


「……は?」

「いや、だから知ってるって。アンタ、〈ミノタウロス〉って空賊のお(かしら)さんだろ?」

「……何故……」

「図星? ま、アンタの正体なんかちょっと調べれば分かるけどな」


 けらけらと少年が笑う。無邪気に、友達と遊ぶのが楽しくて仕方が無い子供のように。

 しかし彼とは対照的に、空賊〈ミノタウロス〉の(トップ)の男は、顔面を蒼白にさせていた。

 自分が〈ミノタウロス〉の一員だという事は知られていても、まさか頭であるという事まで知られているとは思っていなかったのだ。


「餓鬼……本当に何者だ、何処からその情報を手に入れた!?」


 少し半狂乱になっている男に少年は邪気の無い笑顔を向ける。

 男は、これまで沢山の修羅場を(くぐ)り抜けてきた筈の空賊の長は、その笑顔を心の底から怖いと思った。

 情けない、と思いながらも、男は背中に汗が伝うのを止められなかった。


「何処でって……さっき言ったじゃないか、調べたって」

「もっと具体的に言え!」

「五月蝿いなぁ。調べたものは調べたんだよ」

「こンの糞餓鬼が……ッ」


 男が眉を吊り上げる。だがそれでも少年に笑みを向けられ、すぐにハッと我に返った。


「ま、まぁ良い。餓鬼、名前を名乗れ」

「オッケー」


 笑顔と共に返ってきた返事に、男は些か気分が削がれるのを感じた。


「マイケルだ。マイケル・ジャワソン」

「……ふざけるな餓鬼」

「……いや、ふざけてねぇよ」


 そう言う少年は少しだけ頬が引き()っていた。


「明らか偽名だろう、マイケルって。ジャワソンって何だ、せめてジャクソンにしろ」

「なっ……偽名って見抜かれてる!? アンタ凄ぇな、心が読めるのか?」

「そんな高等技術持って無くても誰でも分かるわボケ。つーか、思い切り偽名って認めたな」

「くっ……まさか読心術とは! 流石〈ミノタウロス〉のボス、侮れん!」

「……聞いてんのか餓鬼」

「何だ、ミノボス。読心術があるなら俺の名も既に分かっているだろう?」

「そのミノボスって略称止めろ。……いや、それより早く名乗――」

「――まぁ、良いかな。真名(まな)を教えても」


 ミノボスの言葉を遮って言い、少年は笑う。

 その笑顔は優しくて暖かい、太陽からの陽射しのような微笑みで。

 だからこそ、やけに強調されて表れているもう一つの成分に、男は恐怖した。

 だからなのか、右手の灰色の銃を、無意識に少年に向けていた。


「アンタは俺をただの旅人かと思っていたみたいだけど、残念。俺は旅人でも、ましてや空賊でもないよ」


 少年は男が向けてくる銃口を見詰めたまま言う。

 少年の銀色の銃はピクリとも動かない。

 滞空する騎巧艇の上に股がったまま、少年の左手はハンドルに、銃を握る右手は下に銃口を向けてだらんと垂らしている。

 リラックスしている。戦闘中だと分かっていない筈はないのに。

 嘗められている――そう感じても、男は何時ものように怒気を撒き散らす事が出来なかった。


『総長? 全く、今何処の空域にいるんですか? こちらは殲滅終わったので、遊びは程々にして下さいね』


 突然、女性のハスキーボイスが響いた。

 予想外のそれに、緊張状態にあった男はビクリと右腕を震わせてしまった。


「危ないなぁ。ヴェネッサ、ちょっと空気読んで。引き金引かれるところだったよ」

『何の話ですか?』


 女性の声は、少年の乗る漆黒の騎巧艇から聞こえてきていた。

 どうやら少年の騎巧艇には無線通信機が取り付けられているらしい。

 だが、男が頭の片隅に残った僅かな冷静な部分で気になっていたのはそんな事では無かった。


「……総長?」


 男は呆然と呟く。

 この空の世界で、総長と呼ばれるのは一人だけ。

 ある者達からは敬意を、またある者達からは畏怖を込めて呼ばれる。

 よく考えてみれば、納得してしまう。

 少年の魔法の技能。

 自分の感じた恐怖の意味。

 少年の空戦中とは思えない余裕な態度。

 自分の知っているあの組織のものとは違うが、確かにそれに似た、軍服のような制服。

 自分の正体を見破る程の異常な情報通。

 世界でも十本の指に入る大規模な空賊グループ、〈ミノタウロス〉の頭を簡単に殺せていた実力者。


「餓鬼、まさか……」

「ああ、流石にバレちゃったか。うん、アンタの思ってる通りだよ」


 少年は笑顔で言う。

 冷や汗を額から――否、全身からダラダラと流す男を青と黒の瞳で捉えながら。


『総長、早く帰ってきて下さい』

「了解」


 ヴェネッサ、と呼ばれた女性のやや苛立った声に軽く返事をする少年。

 通信が切れたのだろう、ブツッという音が風に乗って男の耳まで聞こえてきた。


「じゃ、名乗るぞ。俺の名前は柊終夜(ひいらぎ・しゅうや)


 男の腕がガタガタと震える。いや、腕だけではない。脚も肩も、全身が寒気に耐えられないかのように小刻みに震えていた。

 銃の引き金に掛かった男の指が、内側に吸い込まれていく。


BAF(ビー・エー・エフ)総長、柊終夜だ。よろしくな、犯罪者」

「BAF……総長……? こんな餓鬼が……最強の断罪者(バスター)だと……?」

「信じてくれなくても全然大丈夫だ。――何故ならアンタは、今から死ぬんだから」


 ニコニコと笑顔を浮かべる少年――終夜は、小さな淀みもなく殺すと言い切った。

 当然だ。

 犯罪者に罰を与えるのは彼の、()いては彼の部下であるBAFの断罪者達の仕事なのだから。


「や、止めろ……来るな、来るなぁああぁぁあ!」


 男の指が銃の引き金を引いた。

 ヴン、という魔法陣の展開音が響く。

 灰色の銃口の前に、半径一メートル程の真っ赤な魔法陣が広がった。

 その魔法陣は、グリップに刻まれているものと同一である。

 そして次の瞬間、魔法陣の中央から炎の球体が生まれた。

 その火球(かきゅう)は勢い良く終夜の元へ飛来してくる。

 炎属性Aランクの攻撃魔法、[劫火球(ごうかきゅう)]。


「ちょっと傷付くぞ、俺の正体知っただけでそんな怯えられると」


 終夜が笑って炎の球体を見詰めながら言う。

 彼は大量の熱量の塊に、人間に本能的な恐怖を与える炎に、何の負の感情も抱いていなかった。

 この程度か、という無機質な思考だけを頭の中に巡らせていた。

 Aランク攻撃魔法[劫火球]が迫る。


「死ね、断罪者(バスター)!」


 空賊の(かしら)――犯罪者の男は狂ったように叫ぶ。


「こんな魔法じゃ死にたくても死ねないな」


 終夜は首を横に振る。

 その時、彼に猛スピードで飛来していた[劫火球]が何の前触れもなく消え失せた。


「……は?」


 訳が分からない、今見たものが信じられないというように声を漏らす犯罪者。


「アンタは空賊として沢山のものを奪ってきたんだろ?」

「……あ……」

「なら、自分も奪われる事を当然、覚悟しているよな?」

「……な、何を……」

「俺は断罪者(バスター)だ。今から俺がアンタの何を奪うのか、簡単に予想が付くだろ?」


 犯罪者に問い掛けた少年は、ここにきてやっと銃を男に向けた。

 銀色に輝く、拳銃にしては長い銃身で、埋め込まれた黄金色の石が太陽の光を反射する。そのグリップに、魔法陣は――無い。


「ま、待て……待ってくれ……」


 少年の持つ銃に魔法陣が無いという異常にも気付かないまま(握る手で隠れているので当然かもしれないが)、男は掠れた声を上げた。

 やっと男は理解していた。

 目の前にいる少年は何時でも一瞬で男を殺せたのだという事を。

 雲の中に男を誘導したのは自身の使う魔法を見られたくない為。

 話をしたのは男が〈ミノタウロス〉の頭だという事を確認する為。

 行動どころか会話までも、未成年の少年に誘導されたという訳だ。

 真っ赤な魔法陣は既に灰色の銃口の前から消えている。

 男の意識に、逃げるという考えは全く浮かばなかった。逃げても意味が無い、と分かっているからだ。


「アンタ、魔力の練り上げが遅いよ。それと、魔導銃(まどうじゅう)を全く使い(こな)せていないな」


 終夜は、誰もが意味が無いと感じるであろうアドバイスをした。

 これから殺し、死ぬ人間にアドバイスは必要の無いものだ。

 だが、終夜はこのアドバイスを意味の無いものとは考えていなかった。

 終夜の鳶色の髪が風に揺れる。


「今日は良い風が吹いているな」


 終夜は銀色の魔導銃の引き金を引いた。

 銃口の前に現れる小さな黄金色の魔法陣。


「な、何だ、その程度の魔法では――」


 俺は殺せない、という言葉は唐突に途切れた。

 理由は単純明白。

 男の額、眉間、首、左胸――と、人間の急所に電撃を纏わせた針が突き刺さったからだった。


「な、良い風が吹いてるって言っただろ」


 終夜は銃を一ミリたりとも動かしていないし、針が急所に突き刺さるように何か魔力的な干渉をした訳ではない。

 雷属性Cランクの攻撃・治療両用魔法、[電気針(エレクトリック・ニードル)]は、風によって男の急所に導かれたのだ。四つとも全て、一つ残らず。


「……」


 断末魔の悲鳴を上げる事も出来ないまま、男は騎巧艇からずり落ちていった。

 もう生命活動は完全に停止しているだろう。

 終夜は魔導銃の引き金を引かずに男の遺品である騎巧艇に、無属性Eランクの一般魔法、[追随(フロウ)]を掛けると、自身の騎巧艇に乗って雲の中から悠々と抜け出した。

 二つの騎巧艇がゴゥン、ゴゥン、という駆動音を響かせながら空中を進んでいく。

 殆ど、終始笑顔だった少年は今も優しげな微笑みを浮かべていた。

 ――ただ、その笑顔はあまりにも虚無な笑顔だった。


 唐突、と感じるかもしれませんが、謝らせて下さい。

 マイケル・ジャクソンファンの方がこの拙作を読んでくれた方の中にいるならば、この中で使われたものは気にしないようにしていただきたく思います。全て現実とは関係のないことであり、フィクションです。

 申し訳ございません。


 感想・ご指摘など下さると嬉しいです。


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