『第九話』
月夜の美しい夜、少し冷やりとした空気が部屋の中にいる
のに何故だか肌寒い気がする。夫は話を続けた。
当時、凌隼には千夕と言う恋人がいた。
二人は結婚の約束をしていた。
しかし彼の突然の死によって二人は結ばれる
事はなかった。
それから山野家から嫁いで行ったのが実は、
凌隼の母であるお寿美と言う女性だった。
お寿美は後に二人を忍んでその一つの石をニ対にして、
近藤家の土地に並べて祀ったと言う。
その事を新しい当主は何も知らずにいた。
山野家へと運ばれた片方の石、つまり凌隼の石により
山野家は守られて来たのかも知れないが、
千夕の石は伴侶を失ったかの様にその場に寂しく佇ん
でいた。
それを見兼ねたお寿美は両脇にお寿美自身の石と
亡くなった千夕の母君の石を建てた。
お寿美がいつしか亡くなったその時には、
千夕の母君と傍にいて守ってやらなければと、それは
果たせなかった凌隼と千夕の思いを忍んで凌隼の
帰りを一緒に待とうとしたのだろうと。
しかしあの石を誰も動かす事は出来ない。
それはお前もよく知っている話じゃないか?」
「そうですね・・・」
寿子は又思い出した。あの石を動かそうとした者は皆、
不思議とその後、突然亡くなっていると言う噂を。
その事をずっと気味が悪いと思ってたのに、
何故だか夫に話を聞いてからは怖いと言うよりは若者
の悲恋に対する切なさを感じていたのだ。
遠い時代に思いを馳せた母の様に。