第六話 一緒に―――
しばらく、二人でお月様を見ていた。
風が吹いて、月明かりがゆらゆら揺れる。
―――私たちみたい。
「……ねえ、吉野さん」
「うん?」
呼んだ瞬間。
―――なんでだろ。
胸が、ちくってした。
こんなに、近くにいるのに。
この呼び方、なにか違うよ。
「……あのね」
「?」
「ずっと思ってたんだけど……」
言いにくい。
「一陽」って呼びたいのに。すごく遠い。
「よ、「吉野さん」なんて……なんか、他人みたいじゃない?」
彼女は、きょとんとした顔をする。
当然だよ。
自分でもびっくりするくらい、小さな声になる。
「クラスの……みんなと同じ呼び方、やだなって……
もっと……特別な呼び方……したいの」
―――沈黙。
やっぱり、突然すぎ?
なにか、言って。
お願い―――。
「……じゃあ」
彼女が、少し照れながら笑う。
「陽って呼んで」
どくん。
「お父さんとお母さんしか呼ばない、特別だから」
そんなの。
そんなの、反則だよ?
「……いいの?」
「うん。《《さくら》》は特別だから」
―――さくら?
え……初めて、名前……。
じんわり―――。
「……よ、陽ちゃん」
試すみたいに、そっと呼ぶ。
「……うん」
ふふ、陽ちゃん……照れくさそう。
「……さくら!」
は、はい! はう~……やばい。
その瞬間。
ただの友達じゃない。
クラスメイトでもない。
もっと近くて、
もっと大切な―――
お互いになった気がした。
ねえ……陽ちゃん。
指……このまま……繋いでいてね―――。
◇
◇
◇
待ち合わせをした―――夏祭りの日。
いつもより、ずっと大人な陽ちゃんがいた。
浴衣……。
私も、似合ってるかな?
りんご飴を買って「半分こ」。
ぱきって割ったら、
思ったより大きくて、ふたりで笑った。
射的は全然当たらなくて。
金魚すくいは、三秒で終わって。
なのに。
笑ってばかりの夜だ。
特別なこと、何もしていないのに。
陽ちゃんがいるだけで。
世界が、やさしい。
気が付いたら。
いつものベンチ―――。
「……ただいま、だね」
「ふふ、うん」
ドーン……!
遠くで、花火が上がる。
夜空に咲いて、消えていく。
ふふ、不思議。
やっぱり。
陽ちゃんの手の中が、一番落ち着く。
「ねえ、さくら」
「ん?」
「幸せって思うのは、どんなとき?」
「え、陽ちゃんと……こうしているとき」
「ふふ、そうじゃなくって。未来の自分のこと。
―――夢って言うのかな?
どんな自分が、幸せなのかなって……」
未来の……自分?
う……ん。
あんまり考えたことないかも。
「よ、陽ちゃんの思う幸せって……何?」
私は恐る恐る、尋ねてみた。
「ボクね……ピアニストになりたいんだ」
とくん。
ドーン……!
心臓の音に合わせて。
花火が、また咲いた。
「きれいな音がなったらさ、もうそれだけで友達でしょ?
さくらは?さくらの幸せって、どんなとき?」
「ん……夢とか、ちゃんとしてはないんだけどね」
「うん」
「ずっと歌っていたいなって思ってる。歌うの、好きだから。
でも、うまくなれる保証なんてないし。
ただの自己満足かもしれないけど……」
ドドドーン……!
また、花火が咲いた。
赤、青、金。
遅れて、陽ちゃんの顔が染まる。
「それでも……もし……もしもね。
聴いた人がちょっとでも幸せになってくれたら、幸せかな……」
自分で言って、照れくさくなる。
でも。
迷いなく、陽ちゃんは言ったの。
「それ、もう叶ってる」
「……え?」
「―――キミの歌、聴いてるとき。
めちゃくちゃ幸せだもん。
それでもなんて、言わないで。
ボクは”さくらの歌”が好きだよ」
時間が止まる。
花火の音も、もう聞こえなかった。
ただ、胸だけが熱い。
「……だからさ」
少し照れくさそうに、陽ちゃんが笑う。
「―――これからも、ボクのとなりで歌ってくれる?」
それは、お願いみたいで。
告白みたいで。
……約束みたいだった。
「……うん」
それだけで、十分だった。
―――もう一度だけ。
最終の花火が、夜空に静かにほどけた。




