第五話 秘密の場所……ふたりの呼吸。
あの日から―――
吉野さんの周りの空気は、少しずつ色を失っていった。
ちら、ちら。
ひそ、ひそ。
好奇の視線と、小さな囁き声。
けれど、今は違う。
誰も、彼女を見ようとしない。
ねえ。
それがいちばん、残酷なんだよ。
私は何度も話しかけた。
わざと明るく笑って。
隣に座って。
お昼も誘って。
―――でも。
一人の声じゃ、空気は変えられなかった。
その様子を。
少し離れた席から、じっと見ている人がいた。
深山くん。
何か言いたそうで。
でも、言えなさそうで。
いつも私たちを見ている。
……あなたには、見えているの?
あなただけは、吉野さんを「普通に」見てくれている。
なのに。
どうしてそんな、苦しそうな顔をしているの?
◇ ◇ ◇
放課後。
私たちは、いつも公園に向かった。
屋根付きの小さなパーゴラ。
古いテーブルとベンチ。
花筏がゆっくり流れる水面。
ここだけは、世界から切り離されたみたいに静かで。
ここだけは。
ちゃんと呼吸が出来た。
「……ただいま、って言いたくなるね」
「ふふっ、分かる」
吉野さんが笑う。
その笑顔を見るたび。
胸がきゅっ……て、なる。
並んで座ると、肩が少し触れる。
それだけで、心臓がうるさい。
聞こえ……ちゃうよ。
「ねえ……天ノ川さん」
「ん?」
少し迷うように。
ためらうように。
彼女は話し始めた。
「ボクさ……写真、全部捨てちゃった」
「……え?」
「自分のこと、嫌い。
この髪も……目の色も……全部」
さらり。
風に散る桜みたいに。
「なんでボクだけ違うんだろうって。
なんで普通じゃないんだろうって。
……お父さんのこと、責めたの。
そんな自分が、大嫌い―――」
静かに、彼女の色が薄れていく気がした。
胸が、ぎゅうって痛い。
そんな顔―――しないで。
「……私もね」
気が付いたら。
私も……話してた。
「お父さんが死んだときから……ずっと思ってた。
私がいなければ……お母さん、苦労しなかったのにって」
「……天ノ川……さん」
「ずっと、一人だったの。
だから……吉野さんといる時間が……すごく、あたたかくて……」
言葉が震える。
でも、止められない。
「……初めて……”ここにいていい”って……思えたの」
―――沈黙。
でも、怖くない。
隣に、吉野さんがいるから。
そっと。
指先が触れた。
どちらからでもなく。
絡めた指先が。
じんわり……あたたかい。
私たち。
―――もう、一人じゃないよね。




