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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編
42/46

第37話 怪物の巣へ

 そんなこんなで一行は、残されている冒険者の足跡を追いかけていき、山に入ってから約四時間が経過したころになって、遠くの方に複数の明かりが見えていることを互いに認め合った。

 

「動かないね……。やっぱり何かあったみたいだ。急ごう、皆んな」


 遠目に見えている、ランタンのものと思しき複数の灯火は、その場から微動だにしていない。

 休息を取っているような雰囲気はなく、まるで『待機中』といった静けさだけがあった。

 そのことを細目で認めたルルド君は、冒険者達が足並みを揃えて山村を出発した原因が、やはり只事ではなかったと悟る。

 彼は後に続く僕たちに急ごうと言って、明かりの方を目指した。 足跡を追う際には慎重故にできなかった駆け足。

 ザザザ、と。僕たちは一直線に藪を越えて、地面に置かれたランタンの側に立っている数人の、やはり武装している冒険者へと駆け寄った。


「遅れました! 今の状況の説明をお願いしたい」


 漂っている唯ならぬ雰囲気にも臆することなく、悠々と先陣を切ったルルド君は、謎の洞窟の入り口を険しく見ていた、面長で、額に大きな火傷痕がある男性冒険者にそう声を掛けた。


「ん? 後続が来たのか。もしかして四人だけか?」


「ええ、まあ……。でも、この茶髪の青年と鬼人族の青年は、俺たちみたいなヒヨッコとが違って、万軍に勝るとも劣らない実力者です。なのに心許無い顔をされるのは、少々心外です」


 火傷跡の冒険者は、話しかけてきたルルド君に続く僕たちへと視線を向けて、その数の乏しさに、隠そうともしない顰めた眉を見せた。

 現場へと遅入した冒険者の援軍が来たと勘違いしたのだろうその表情に対し、ロウベリーさんは不服に思っているあからさまな顰めっ面をする。

 僕はそんな彼女の表情に、事実、僕は戦力にならないだろうしな、という苦笑を浮かべるも、神妙な面持ちのルルド君が発した『万軍相当の実力者』という言葉に、ただ顔を引き攣らせた。


「おいおい、全員ガキじゃねえかよ!」


 突然、洞窟の側にある岩陰で恥ずかしげもなく用を足していた、言っちゃあ悪いが物凄く身形が汚らしい、まるで話に聞く山賊のような風貌の冒険者が、ベルトをかちゃかちゃと閉めながら、遅ながら現着してきた僕たちの『若さ』を嘲笑った。

 ママの乳吸ってて遅れたか? と。 


「寒いこと言ってんじゃねえよ、ブッケロ。実力と歳は比例しねえ。エリオラんとこのガキを見りゃわかんだろ。っと、話が逸れたな。俺に話を聞いたってことは、お前らが村に着いたのは、俺たち冒険者が村を発った後ってことだろ? んじゃ、今の状況の説明をさせてもらう」

 

 まさか万軍並みって『吹かし』を信じたんじゃないよな。そんなまさかなと内心で大粒の汗を湛えながら、僕たちの若々しい外見を見ても小馬鹿にしなかった、理解ある火傷跡の男性は、下卑た笑みを浮かべている山賊みたいな男性を、あのエリオラさんの話を振って諌めてみせる。

 やはり、姉を自称するあの人の知名度は凄まじいんだな。という尊敬を抱きながら、この場面でスムーズに話が進む起点になってくれた『ガキ』に、静かな感謝の念を送る。何処かから聞き覚えしかない声をした、少女のくしゃみが聞こえてきた気がしたが、今は構うまいて……。


「これはさすがに知ってるとは思うが、俺たちが村に着いて情報収集を進めてると、一番乗りをしてた奴らが血眼になって『召集』を掛けてきたんだよ。魔族に負けねえ奴は集まれってな。そしたら『何があった』って聞くのは妥当だ。足を止めさせて耳を傾けてみると、顔傷の野郎が言ったんだよ。俺たちと手分けして捜索に当たってた奴が『殺されたかもしれねえ』ってな」


「こ、殺された……? 冒険者がですか?」


 最悪の想定の中にあった『人の死』が、火傷跡の男性の口から『可能性』として語られる。

 そのことを聞かされた僕とルルド君は大きく目を剥きながら、間を置いた話の続きを求める。

 対して、ロウベリーさんは険しい顔をし、トウキ君は組んでいた腕を解いて、半歩前進した。


「ああ。それも、先着組の中で一番の実力者だった奴が、だ」


「髭面のそいつについて行っていた出っ歯野郎も一緒に居なくなったらしいぜ、兄ちゃん?」


「殺されたかもしれない、ってことは、まだ確定はしていないんですよね?」


「顔傷の奴と時同じくして捜索を開始した二人組が消えたって話だ。髭面の冒険者——この辺りじゃ有名な『武人・ゲントウ』が突然に音信不通になったと聞けば、只事じゃないと理解できる。この時間になっても帰還してないって時点で、それはもう『アクシデント』があったってことだ」


 厳しい顔をしている火傷跡の男性に続いて、山賊のような男性が知り得る補足を挟んだ。

 僕はそれに『まだ確定されていない可能性の話だよね?』と問いかける。

 すれば火傷跡の男性はコクリと頷いて、僕は戦慄いていた心臓の緊張を緩めた。まだ希望はある、という思いで。


「髭面と出っ歯の冒険者の『行方』には当たりが付いているってことですよね、この集合は」


「その通り。不幸中の幸いと言うべきかな、それらしい二人分の足跡を追っていくと、卑しいって有名な出っ歯野郎が道中で採取したんだろう『山菜数多がこの洞窟の前に置かれてて』な。これ以上先には一つも痕跡が残っていないもんで、まあ此処だろうっ当たりが付いたんだよ」


「暇で暇で仕方がねえのに、此処で大人しく待機してやってる俺らは、洞窟の中で『何か』が起こっちまった時用の伝書鳩ってことさ。ギルドさぁ〜ん、応援よろしくぅ〜! ってな」


 なるほど。ここで待機している冒険者は皆、多くの冒険者が新たな行方不明者を捜索しに立ち入った洞窟内で『アクシデント』に見舞われてしまった際の〝保険〟ということだったのか。

 そうなると、不服そうではあるものの、大人しくこの場所で待機している現状に合点がいく。

 あからさまに納得をした表情を浮かべている僕と同様に、強面の大人たちと進んで話をしていたルルド君も、そうだったのか……という呟きと共に、己が顎に手を添えながら頷いていた。


「私から話いい? アンタたちみたいな『ゴロツキ集団』がこの洞窟に入ってから、今で何時間が経っているの? まさか数時間も突入隊からの音沙汰がないとか言わないよね?」


「ゲハハハハ! 俺らをその辺のゴロツキと一緒くたかよ!? なんだ生意気そうな奴だな思ってたら、クソ面白え女じゃねえか! こりゃ気に入った、俺の方から話させてくれや!」


 ルルド君の一瞬の無言を使ったのは、さも優等生のような挙手をしたロウベリーさんだった。

 彼女は発言を聞いて視線を集中させてくる冒険者たちにも臆することなく、剰え生理的に嫌っていそうな顰めっ面をしながら、冒険者がこの洞窟に突入してから『経過した時間』を問う。

 あまりにも強気が過ぎる彼女の態度に対し、不意打ち、そして面を食らったかのような言葉と大笑いを体現させた山賊みたいな男性は、興が乗ったのか自ら進んで話をしたいと申し出た。

 目に見えて嬉々としている山賊みたいな男性に、火傷跡の男性は溜め息をつきながら頷いた。

 

「それがな、報連相が途切れてるわけじゃねえんだよ! 定期的に中に入ってった奴らは外に出て、洞窟の中の様子に、人的被害と成果無しを報告してくるんだわな。んじゃあなんで、この洞窟に入ったっきり音沙汰がなくなった髭面たちは見つかってねえんだよって思うよな?」


 気になるよな? 気になるんだろ? 気になってるんだろ? 

 そんな顔面三段活用の迫力を見せる山賊みたいな男性に、ロウベリーさんは気持ち悪そうな顔をして、無言を貫く。その代わりに、僕とルルド君が気になるという表情と眼差しを、完全にスベっている男性へと向けた。 


「なんで野郎どもが足並み揃えて動いてんのに、好転も悪転もしねえのかって? それはな、髭面と出っ歯が入ってっただろうこの洞窟が、ただ単に『広すぎる』からってわけなんだわ」


「……具体的に、どれくらい広そうなんですか?」

 

 広すぎる。その言葉に眉を上げた僕は、答えを急かすようにそんな質問をした。が、男性は僕が求めている正確な答えなど持ち合わせていないと言うように、大袈裟に肩を竦めてみせる。


「さあな。昨日の夕方には入ってったのに、未だにその全体は把握しきれてねえんだ。熟練のマッパーが護衛を引き連れながら中を歩き回って、セコセコ描き記してるみてえだがな。一旦洞窟を出てきたそいつの話だと、今いるデケエ山と同じくらいの広さかもしれねえ、だとよ」


「こ、この山と同じくらい……!?」


 あまりにもスケールが違う発言に、僕とルルド君はあらん限りに目を見開いてしまった。そのリアクションが目当てのものだったのか、男性はニヤニヤとした笑みを顔に張り付けている。

 男性は質問を投げかけた僕に顔を近づけ、ただ「デケエだろ?」と臭い息を吐きながら言う。

 僕はそれに顔と鼻腔を引き攣らせつつも、素直にコクリと頷き、デカいっす」と返事をした。


「ゲハハ! 茶髪の兄ちゃんはクソ生意気な女と違って『ノリ』がわかってるじゃねえか! いいねいいね、今度一緒に飲みに行こうや。もち、兄ちゃんの奢りでな!」


「くだらねえこと言ってんじゃねえよ。んま、今にした話の通り、今回の件は一筋縄じゃあいかねえのよ。まさに猫の手も借りたいって感じだ。お前ら、腕っぷしに自信があって、尚且つ死ぬ覚悟があるなら、この中に入ってくれ。もう死にたくねえ待機組は十分いるからな」


 吐く息と体臭が物凄く野生臭い、僕の反応を見て途端に大笑いしだした男性に、火傷跡の男性が軽蔑の視線を送りながら話を遮った。

 そしてランタンの光に当たっている、言葉からして、死ぬ可能性がある場所へと立ち入りたくなかったのだろう、待機組の冒険者たちに視線を流す。


「俺は元より入るつもりだせ」


 死を間近にし、死を恐れた者たちが醸し出している、重い空気。そこに一瞬、何とも言葉が出ない静寂が流れた。

 それを真っ向から切り裂いたのは、今まで無言を貫いていたトウキ君で。 


「おいおい、兄ちゃん。この洞窟は明らかに生物の手が加わってるぜ? ここは、その手を加えた『何かしら』の巣かもしれねえんだぞ? 見てみろよ、この洞窟の大きさ。これを掘るってことはデケエぜ? それなのに微塵もビビらずに行くってか?」


「オウ。ってか、不必要にビビる必要はねえよ。俺と『ソラ』がいるんだ。この中に魔族が居ようが、人攫いが隠れてようがまったく関係ねえ。適当に伸しちまえばどれも一緒だ」


「へっっ!? ぼ、僕ぅっ!?」


 野生臭い男性は、死が目前にあるにも関わらず微塵も怯えを見せていない、あまりにも勇敢すぎるトウキ君が『正気』を保てているのか疑っているようだった。

 さっきまでのふざけた雰囲気を纏えていない彼に、トウキ君は横目の視線を送りながら、とんでもないことを言い出す。それに僕はびっくり仰天し、トウキ君が正気を失ってしまっていると半錯乱の状態に陥った。

 しかし、今までが頗る冷静であったトウキ君が、こんな場面で自分を見失うわけがないと、ある種の信頼で半錯乱を脱し。

 だが、それとこれとは話が別だと、彼に掴みがかる勢いで凄む。


「いやいやいやっ! ってか、なんで僕を戦力に加えてんの君はっ!?」


「ああ? ビビりすぎたろ、ソラ」


「そりゃビビるよっ!? 怪物の巣かもしれないって、この臭いおじさんが言ったじゃん!」


「おいおいおい! 聞き捨てならねえな! 俺様を臭えってのはどういうこった、坊主!?」


「いや、マジで臭いから、おっさん。私の周囲三メートル以内に居ないでほしいくらいに」


「ええっ!? そんなに!?」


「おめえ、無自覚だったのかよ、ブッケロ」


「マ、マジか…………俺、臭かったのか………………」


 まさかの事態に焦りまくっている僕がついついポロリしてしまった、野生臭い男性への本音。

 それを耳に入れた当の臭う男性は、ピキピキと額に青筋を立てながら、焦っている僕と素面を通すトウキ君との間に割って入った。

 しかし、自分のことを臭くないと思っている素振りを見せている彼に、軽蔑の眼差しを送り続けていたロウベリーさんはすかさずに横槍を投擲する。

 容姿が整っている紛うことなき美少女のロウベリーさんが悪意をもって投げた槍。

 それがグサリと心臓に突き刺さって、ブッケロという名の男性はあからさまに動揺しながら、そんなまさかと大声を上げた。

 が、トドメの一撃を仲間と思っていた火傷跡の男性に刺される。

 

 少女の横槍と仲間の口撃で完全に生命力が尽き果てた男性は、もはや言葉も失って、ただ意気消沈したようにブツブツと言葉にならない声を呟きながら、俯いて遠くへと行ってしまった。

 一気に影を帯びてしまった男性の背中を、そのキッカケと作ってしまった僕は黙って見送る。

 トボトボと焚き火の方へ歩いていった彼が腰を下ろしたのを見て、視線を切った。僕は途端に疲労を感じつつ、中年の心を折ったのに、なに食わぬ顔をしているトウキ君へと顔を向けた。

 まあ、彼の心を折ってしまったのは、元を辿れば僕なんだろうが……。でも、僕に爆弾発言をしたトウキ君にも『非』はあるよね。ある、よな……? ある、はず。

 ま、まあ、今度おじさんと街中で会ったら、お酒でも奢ってあげようかな。うん。


「バカのせいで話が逸れちまったが……本気か? 鬼人の。現状、お前の突入に加わってやれるのは、お前の仲間の三人くらいだ。茶髪の兄ちゃんは乗り気じゃねえようだし、最悪、おめえ一人で行くことになるかもしれねえぞ? それでも行く気か?」


「オウ。俺はソラたちがどうだろうと関係なく、突入しようと思ってる。たとえ一人でもな。実力的にはなんの問題もねえし、もし鬼国に居た『人攫い』が潜伏してたなら、それこそ俺一人の方が安全ではある。それなら、行かない手はねえってこった。それに、アメヤマって奴の足取りを追って、髭と出っ歯はここに入ってったんだろ?なら尚更行かねえ手はねえさ」


「確かにな。んじゃ、お前らはどうするんだ? 仲間は行っちまうみたいだぜ?」


 威風堂々たる立ち振る舞い、そして自信に満ち溢れている声音から、トウキ君が実力的に只者ではないと察した様子の火傷跡の男性は、話を黙って聞いていた僕たち三人へ流し目を送る。

 

「んんー……確認ですけど、俺たち以外にこれから突入するって人たちはいないんですか?」


「ああ。誰一人といねえな。俺もブッケロも伝書鳩。向こうで焚き火に当たってる連中は、死ぬのにビビって洞窟に入れなかった負け犬と、前線に出せねえ治癒術士くらいだ。オメエらに助太刀できる人員は残ってねえ。つーか、やる気があった連中はとっくに洞窟に入ってった」


「なるほど……」


 火傷跡の冒険者が暗に言うように、僕たちは意気ある冒険者の一団から出遅れてしまったわけだ。そりゃ、スミカザリを発つにしたって、一陣と二陣の後を追う形だったからな。危険が潜んでいるだろうここに足を踏み入れられる人達は軒並み、既にこの洞窟内を探索していると。

 ルルド君は今に知れた置き去りの現状に苦々しい顔を隠さない。被害者のことを第一座に置くとしても、僕たち、捜索隊のメンバーの身の安全も重要である事実は変わらない。ここまで来はしたものの、命綱も付けずにバンジージャンプに挑むような蛮行など、できるはずもなく。

 だが、戦力的には『足りている』との思いがある様子で、彼の顔には絶望的な色はなかった。


「うん。トウキがいれば『四人』というのは大した問題にはならなさそうだけど、しかし個人の実力に頼り過ぎるのはよくないよね。洞窟へ赴くなら俺たちの意見の合致が必要だ。ソラとロウベリーはどうしたい? ゴー、か、ステイ。君たちはどちらを選ぶ?」


「私の意見ねぇ…………」


「ん、んぅー…………」 


「最終的な決定をするのはあくまでも俺だ。これでも捜索隊のリーダー(仮)だからさ。そういうわけだから、気兼ねなく意見を出してくれ。変な責任感なんて背負わずに、忌憚なくね」


 ルルド君からの意見要求に、僕とロウベリーさんは二人して明後日の方向に視線を向けた。

 顎に手を添えながら考え込む、自己的判断を求められた二人はルルド君やトウキ君と比べれば、かなりの慎重派だと思われる。夜間の出発を一押しした僕が言えることじゃなさそうだが。

 そういうわけで、ぶっちゃけ四人だけで行く? 少なくない? ヤバい何かの巣なんじゃないの、ここ——との不安が、僕とロウベリーさんの胸中にはあった。故に渋る。問いの答えを。

 洞窟突入できる人員はたったの四人と少ないがしかし、トウキ君という圧倒的に頼りになる強し味方がいることを加味すれば、些かだが突入への不安が和らぐのは正直なところであった。

 

「逃げるわけじゃないけど、私はルルドの判断に従うわ。どんな判断を下そうともね。でも、自分の考えを言わせてもらえれば、私は『一旦は待機』でいいと思う」


「ほう?」


「先んじて突入している部隊は定期的にここに戻って、内部の状況と構造をあそこの臭いのに報告しているんでしょ? だったら最終的に私たちも洞窟へ突入をするにしても、ここで一旦は待って再突入していく部隊と『合流』をした方が、もし洞窟内で何らかのアクシデントが起こったとしても、死亡や怪我のリスクは少ないと思う。だから一時ステイ、私はそれに一票」

 

 なるほどなぁ、と。いかなる決断を下せばいいのかと苦心していた僕は、聡明な彼女が掲げてみせた三つ目の選択肢に目を見開き、深く納得したような阿呆面を晒す。

 ——進むけど待つ。

 慎重派の筆頭だろう彼女は『急がば回れ』を僕たちに提示してみせたわけだ。

 

「うん、ロウベリーの意見はかなりイイね。双方のバランスを上手く取った優等生案だ。でも、ソラが山下の村を出発をする際に言っていた『急いだ方がいいかも』というのが俺の中で引っ掛かってる。……エズゲラさん、最後の報告があってから今までで、どれくらいの時間が経ちましたか?」


「ん? あぁ、だいたい二十分くらいだな」


「勘でもいいので、後どれくらいで報告が来そうですかね?」


「洞窟は滅法広いと全員が口を揃えるからな。後一時間……早くても四半刻は掛かるだろう」


 目が効き辛くて危険な夜間に、山下の村を発つかどうかを決めた、意見交換会。そこで言った『早く行ったほうが良い気がして』を引き合いに出されて、僕は心臓をドキッと跳ねさせた。

 火傷跡の冒険者——曰く『エズゲラ』さんは、顎に手を添えながら思案しているルルド君から問われたことに記憶を辿って、今から二十分ほど前に最後の定期報告があったことを告げる。

 そして、次に突入部隊からの報告が来るのは、雑に考えても三十分から一時間後だろうとも。


「なるほど。……ソラ、君の勘はどれくらいの猶予があると判断している?」


「え、ぼ、僕の勘……!? え、えぇっと…………」 


 こんな状況で、しかもこんな時に、僕の勘——第六感なんて何の役に立たないだろうに。しかし、ルルド君はそれも頼りにしていると言わんばかりに、勘で導き出される意見を求めてくる。

 それにギョッとしてしまいながらも、無言で見つめてくる捜索隊のメンバーとエズゲラさんに、頭痛を堪えてるような苦しげな表情で僕は言った。


「足踏みするのはいけないような気がする……かな。致命的になるような、うん」


 こう洞窟を前にし、より一層強く感じられるようになった、今までにないレベルの悪臭。腐食に腐食を重ねてできたスーパー腐りみたいな臭いと、全身に絡みつくような粘的感触。鼻を摘んで全速力で離れたいくらいの不快感だ。長時間嗅ぐとズキズキとした頭痛を覚えるだろう。

 特にこの空気の感触も相まって、くらくらとした酔いに苛まれかける。気を抜くとえずくな。さらに『急げ急げ』と訴えているような胸騒ぎ。

 理由不明の痺れと震えが心臓を締め付けている。この感覚を言葉にするなら、疼痛、だろうか。漠然とした不安を掻き立ててくるものだ。

 僕が感じているこれらを信じるならば、目の前にしているこの洞窟が今回の事件の発端であるのだろう。

 述べ二名の冒険者がここで消息を絶ったと言うし、それはほぼほぼ間違いないか。


「ふむ。足踏み——この刻一刻の浪費は、事態の深刻化をより顕著にする、というわけか」


「つまり、時間が進めば進むほど、状況が悪化していくってこと?」


「状況が悪くなるというか、うーん、如何せん『ただの勘』なわけだから言語化が難しいんだけど……何というか、今みたいな感じで悠長にしていると、僕たちのこの行動そのものが無意味になってしまうような、手遅れになるような気がするんだよね」


 顎に手を添えながら、さすがの頭脳を閃かせて、なかなかにハッキリとしていなかった僕の発言を、軍師然としているルルド君は咀嚼していった。

 そんな彼と同様に、僕が感じている不安——役に立つとは思えない第六感から来ているそれを正確に理解して、時間が経てば経つほど状況が悪化していくということかと、ロウベリーさんは顔を歪めている僕へと確認を飛ばす。

 僕は彼女からのそれに至極悩ましげな表情をしてしまいながらも、なんとか言語化してみせた胸中の不安、足踏みをしていると救助的な行動が無意味になる気がしていると語ってみせた。して、語気に確信がないそれへ一番に反応を示したのは、今まで沈黙を貫いていたトウキ君である。


「無駄足を踏んでると、行方不明になってる奴らが死ぬってことか」


「そうなるのかなぁ……? んー、こう断言はできないんだけど……うん。行方不明者……今回の二人の冒険者も含めて助けるなら『できるだけ急いだ方がいい』んだと思う。でもこれは僕なんかの勘なわけで、大して人生経験のない。だからあまり過信——信用はしないでほしいかな。僕自身、この直感を信じてるわけじゃないから」

 

 僕はトウキ君からの問いに対し、あくまでも勘だから信用しすぎないでね、と締めくくった。

 そして流れる思案の無言。そこで今一度自問する。この胸騒ぎ、漠然とした不安についてを。

 先ほどトウキ君が言っていた通り、この洞窟に髭面と出っ歯の冒険者が突入していった理由、それは今回の行方不明事件の発端である『アメヤマさんの足取り』を追ってのことだろう。

 たしか、アメヤマさんが行方不明になった当日は『豪雨』だったと、ルルド君が言っていた。もしかしなくとも、山菜取りの帰りに運悪く豪雨に見舞われた彼は、雨宿りをするために以前から知っていた、偶然に見つかった、そのどちらかでこの洞窟に入っていったということだ。

 しかし、村から遠く離れたこんな場所まで山菜取りに赴くか? という疑念は浮かぶけれど。まあ、何らかの理由があってと、当の本人がいない今は思うしかないか。


「…………うん。ソラは、今も感じている胸騒ぎを含めて、どうしたい? 俺的には戦力は足りていると思っている。この洞窟を掘れる大型の魔族がいたとしてもさ。俺やロウベリーの二人だけだとキツいが、ソラとトウキがメンバーにいる時点で俺は戦力過剰な気がしてる。だから、潜伏している魔族が不透明でも、大丈夫だと思った」


 それに、と。そんな言葉を挟んでから、ルルド君は話を続ける。


「ソラの勘が訴えてる『リミット』が俺の中で引っ掛かってる。言っただろ、山下の村、そして今も『急いだ方がいいかも』と。その言葉通りなら、おそらく被害者達には時間が無い。即時救出が生存の条件であるなら、待つという選択は取りづらい。それに、俺はこのクエストを受けた時に、多少のリスクは飲み込んででも救助に尽力をすると覚悟していた。だから、俺は『進む』に一票を投じる。今すぐの出発、にね」


 漠然とした勘というものを本人以上に頼りにしている素振りがあるルルド君に、当の勘の主である僕は苦々しい顔を隠さない。

 でも、確かに。悠長にした結果に最悪のカウントダウンが刻限を迎えてしまえば、ここまでの道程は無に帰してしまう。それは、何らかのアクシデントに遭って、身動きが取れなくなってしまった被害者たちの首を、僕達が締めたのと同義だろう。

 だからウカウカとしていたくはない。それは僕も同じ思いだ。しかし怖いものは怖い。これは言ってしまえば、田舎者の第六感が訴えてきている刻限である。そんなものを信じて、何が潜んでいるのか分からない『巣窟』に挑むなど、あまりにも無謀。

 もしこのまま四人で進んで、もし洞窟の中で僕たちが最悪に見舞われてしまったら。被害者が僕だけなら『自己責任』の一言で片付けられるけれど、輝かしい未来がある若人の三人——トウキ君は崩落等に巻き込まれても、何事もなかったようにピンピンしていそうだけど——を巻き込む重責は、小心者の行動を制限するに事足りる。 

 

『一歩間違えれば、僕たちが次の被害者になってしまいかねない』


 そのことを踏まえても、今も心の中でポワポワと浮かんでいる『僕の本音』だけは誤魔化せそうにない。特に、確かな慧眼を持っている、この三人の前では。


「…………正直に言えば、怖いよ。何がいるのか分からない場所、何が起こったのかが分かっていない所へ四人だけで行くのは。でも行かなくちゃいけないような『使命感』が胸の内にあるのは、そう。だから、僕は行きたい。そう思うよ。嘘じゃない」


 最後の意見発信者になってしまった僕へと向けられる、三者三様の視線。それに真正面から向かい合って、真摯に、堂々と、そして心からの言葉を僕は口にした。

 

「はあー……結局は多数決だし、しかも私の一人負け。こんなの既視感しかないわよ、まったく。……はんっ、それじゃ、さっさと行きましょ。こうしてのんびりとした時間を送るのは駄目なんでしょ? なら、さっさと行く。ほら! 早く早く!」


「はははっ! よし、行こうか、皆んな!」


「オウ」


「ふふっ。うん、行こう」


 僕の本音を聞いて、ロウベリーさんが嘆息混じりに微笑み、それを見たルルド君が明るい笑みを浮かべながら出発の合図を出す。

 トウキ君は短い返事のみを吐いては洞窟に足先を向けて、各々のリアクションを取りながらも足並みが揃っている捜索隊のメンバーに僕は微笑を湛える。

 そうして、若人の眩しい馴れ合いを遠目にしていた待機組の冒険者達に「頑張ってこいよ」「怪我しても治してあげるからね」と見送られながら、僕たちは勇気ある八つ足を、大口を開けて獲物が来るのを待っている『怪物の巣』へと運ぶのであった。

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