第35話 いざ、北の大山へ
僕とトウキ君は、気の良い宿屋の女将から得られた情報と地図を持って、二手に分かれているルルド君たちの後を追い掛ける。
二人が向かっていったはずの村の西側に入れば、そこには小規模な田園が広がっており、田植え前で水が張られた水田は夜天の月光を反射して、美しく煌めいていた。
地上に現れた夜空を横手にしながら歩いていく土舗装の道の両脇には、腰くらいの横幅をした水路があって、山水から引いたのだろう清らかな水がそこを流れていく。
清涼な水路の音と、そこを根城にしている蛙の鳴き声。
そして鈴虫の歌唱だけが、静かすぎる辺りに響いていて、夜道を歩き続けている僕はそんな音色を聞き、小気味よい鼻歌を奏でた。
「…………」
東方の空にはまだ茜色が残っていて、夜と夕時の境界線が、少し首を回すだけで確認できた。
あそこにある昼夜の境界に立てば、そこは何時になるんだろう。
そんな疑問を昔に覚えたような気がする……。
脳が焼けそうなくらいの眩さ。
見上げられた視界が朱と暗色に染まって、そこに隠れよう太陽の白光が差す。
けれど、目を窄めるのが惜しくなるほどに美しく鮮やかな晩方の空に夢現つ。
害獣対策で飼われている犬の遠吠えが、どこからか聞こえるカラスの鳴き声に応じて響いた。
夜に追いやられる夕焼けが向かっていく方へと駆け続ければ、もしかすると時間の流れを遡って過去に行けるのかもしれない。
そうしたらまた、楽しかった今日を繰り返せるのだろうか。
そんな夢みたいなことを、幾つだったか思い出せない幼少の僕は考えていたような気もする。
ふとした追憶を、瞬いた瞼の裏側に映す。
空の境界と昔日の自分の二つを見つめる僕は、離れている故郷のことを思い出した。しかし、目元に影が生まれてしまう郷愁に酔うことはなく。
歌詞のない鼻歌をやめた無言をもって視線を前へと戻し、今に合流したい二人のことを探す。
「……おっ、あれじゃない?」
「オウ。あれで間違いないぜ」
長時間の徒歩で夜目が効いてきた僕たちに灯りは必要なく、住宅地から離れた場所に建っている人家が見える向こう側で、ゆらゆらと影を揺らしているランタンの光量がやけに目立った。
ランタンを掲げているのは、重苦しそうな鎧を着込んだ、百八十はある背丈をした青年。そして、そんな彼の隣に立っているのは、木杖を携えた少女。
見るからに間違いなく、向こうの人家に住んでいるおじさんに話を聞いているのは、宿を探すために手分けしていた二人だった。
ほぼ探していた二人に違いなかったものの、僕は談笑も兼ねて夜天を見上げっぱなしのトウキ君に確認を取った。
すると彼は前を向き、特に目を凝らすこともなく、それで正しいと言う。
「おーい! 二人ともーー!」
確信を得られた僕は満面の笑みを湛えながら、話が終わったのだろう平家に戻っていくおじさんに頭を下げているルルド君へと、そう声を掛けた。
すると彼は振り返り、僕たちの方に手に持っているランタンを近づける。その顔は夜目が効いていないと一目で分かる、凝り具合で。
底なしのように深い闇夜に紛れている僕たちの相貌は、周囲を狭く照らしているランタンで伺うことはできない。
しかし夜天に響いた聞き覚えしかない僕の声音で二人は警戒心を解き、大きく手を振って近づいてくる僕に呑気の手を振り返して、そして落ち着きながら歩み寄った。
「二人とも速いね、俺たちの方は全然だよ。こっち方面は一帯が農地みたいで、宿どころじゃなくてさ。仕方ないから事一件の情報収集に回ってたんだ。で、どう? 宿は見つかった?」
今回の捜索の拠点となる宿を探すために二手に分かれてから、かれこれ小一時間が経過した。
二人と分かれた手前では、大勢の冒険者が押し寄せてきている村での宿探しにはかなりの時間を要するかと思っていたのだが、短針が別の数字を指したくらいで捜索隊の面々は落ち合う。
こんな早くに空室がある宿が見つかったなんて思っていない様子のルルド君は、だが一切の不満を感じていないような微笑み顔で、駆け付けてきた僕に陽気なハイタッチを求めてきた。
微笑みを返す僕がそれに答えれば、軽快な破裂音が物静かな辺りに響いて、蛙の跳躍を誘う。
そして村の中部へ向かった僕たちが、早々に二人の元へと駆け付けた理由を彼は問い掛けた。
「宿の方は見つかってないけど、でも、宿屋がある場所の地図は親切に書いてもらったよ」
僕はルルド君からの問い掛けに対し、無くさないように手に握っていた女将手製の地図を見せる。
それを受け取った彼は喜んだ顔をして、続けて疑問を感じているような表情を浮かべた。
「地図に載った宿はまだ見に行ってないんだよね? となると『何か』があった感じかい?」
「うん。それがさ——」
ルルド君は思案するように己が顎に手を添えながら、僕たちが持ってきたのは『地図だけではない』とズバリ言い当てる。
それに僕は頷き、徐に語り出した。宿の女将から聞いたことを——。
大勢の冒険者がやって来て、宿屋は開業初めての繁盛をした。
だが、一昨日に来ていた人相の悪い人たちが、村中の冒険者に『何らか』を知らせ、それを聞いた冒険者らは実力が乏しかったのだろう人たちを置いて、皆が北にある大きな山の方へと向かって行ってしまった。
それに加えて僕が感じていた違和感が、遠目に見えている北の山から漂ってきている、とも。
「なるほど。やっぱり今回の行方不明事件は魔族関連だったか。いや、神隠し事件の元凶による凶行の可能性もあり得なくはないな……。んんー、ソラたちは『ステイか、ゴー』の選択を俺に尋ねに戻ってきたわけだね。うん、この話を聞いちゃうと、ダラダラとしていられないな」
「ルルド、ぶつぶつ五月蝿い。で、どうするの? 行くの行かないの?」
「俺の判断よりまずは、ソラとトウキの意見を聞きたいかな。この一件が事故ではなく、魔獣や凶人によるものだとすると、捜索の危険度は飛躍する。そうなってくると全員の身の安全を任されてる俺は日和見したいのが正直な思いになる。でも、俺みたいな若輩じゃあ、判断ミスをするのは必然だ。だから勘のいいソラや経験に長けているトウキの判断を知りたい。二人はどう動くべきだと思う? 何でも気兼ねなく言ってくれ。俺は全責任を持って受け止めるよ」
緊急時であることを知った上でも冷静な雰囲気を崩さない捜索隊のリーダーの物言いに、僕は顎に手を添えながら考え込んだ。ぶっちゃけると、僕の勘というものに頼ってほしくはない。
間違いなき強者であるトウキ君ですらも知覚できないものを知覚することができる、風の神からの啓示らしい超感覚を信じるならまだしも、僕が有している本来の勘というのは、田舎でのうのうと生きてきた今までの経験のみで培われた、言ってしまえば役に立つ気がしない代物。
僕ですら確信というのを持てない、漠然とした僕自身の勘。
そんな取って捨てるようなくだらないものに全信傾倒するのは、なかなかに気が引けるのが正直な思いだった。特に『人命や安全』が関わっている物事にもなると。
そうなってくると、トウキ君の判断を得たい気持ちが湧く。
僕は無言のまま、彼の方を見た。
「俺は進むに一票だ。このまま日を越すのも手だが、輩が血眼だったっていう情報が気掛かりだ。もしかすると輩の仲間に何かがあったのかもしれねえ。昼ごろに駆け回って、未だに村に帰還してねえってことは、問題の解決は一筋縄じゃねえはずだろ」
「…………んと、僕は、冒険者みたいなことをするのはこれで二回目で、大した経験がないから判断はしかねるんだけど。僕の勘的に『ステイは無い』かな……。あ、風の加護とか関係のない僕自身の勘でね」
「待ちを捨てた理由を聞いても?」
トウキ君は常と変わらない様子で腕組みをしながら、自分の選択と、その選択をした理由を話していった。
その終わりに、隣に立っている僕へ視線を流す。
僕はトウキ君からの番が来たという目配せを受けて、深く考えながら皆に求められている『自分の直感』を言葉にしていく。
最後に、風の加護——延いては、風の神からの啓示とはまったく関係ない『僕自身の勘』という大事なことを言った僕に、ロウベリーさんからステイの選択を除いた理由の確認が飛んだ。
「理由と言っても、その選択をしたのは僕の勘をそのまま口に出したからで。だから確かな説明はできないんだけど……なんというか、早く行ったほうが良い気がして」
「はははっ! 行ったほうが良い気がする、か。うん、その直感は重要だと思うよ。俺も『進むが七、待つが三』だったから、三人の意見は『ゴー』で一致したね。んで、最後にロウベリー。君の意見を一応聞いとくかな」
ルルド君は僕の漠然とした答えに肩を揺らして、ロウベリーさんに目配せをする。
彼女はゴーを選択した僕たちに対して露骨に渋い顔をしており、ステイ派だということが安易に伺えた。
「はぁ」と大きな溜め息を吐いたロウベリーさんは、渋かった顔を揺るがない自分を持っている表情に変えて、片手で握っている木杖の石突きでコツンと、地面を打つ。
「ルルドの鼻につく言い方は後で折檻をするとして……」
男三人の注目を集めてから、一体なにを言うのかと待ち構えていれば。初っ端からルルド君の鼻っ頭をぶん殴るという暴力宣言。
それをジロリという鋭い上目遣いで『かまして』きた彼女に対し、当の彼は感じた身の危険を多大なる冷や汗で周囲に表現しながら、グッと緊張で肩を持ち上げた。
「三人の意見を否定するわけじゃないけど、私は『待ち』を取る。夜の森は危険すぎるし、何より北に向かったっていうゴロツキの詳細な行き先は不明なんでしょ? 危険な夜の森をそいつらの後を追うように彷徨って、結局見つからなかったら徒労よ。そうなるくらいなら集団が村に戻ってくるまで待っていたほうが確かで安全。意見を言ってくれた二人には悪いけど、私は経験や直感よりも目に見えた安全を取りたい」
みぞおち辺りで腕を組んでいる彼女の言うことは尤もだ。
トウキ君が有する経験はかなり生きているとは思うけれぢ、対する僕が進むという選択を取るに利用したのは、人生経験が他と比べて皆無だろう田舎者の勘である。
そう、ただの『勘』だ。どこの臓器に備わっているのかも分からない、第六感だ。
そんなものをおいそれと信じてくれる人なんて、純粋な子供か生粋のギャンブラーくらいに違いない。
この場合、ルルド君はギャンブラーと言えそうだ。
とまあ、そういう感じで、僕の勘に半信半疑な彼女の対応は至極納得ができる。
なんてったって、僕ですら自信がないんだから。
「まあ、多数決になったら負けちゃうし、これ以上は何も言わない。ほら、仮のリーダーとしてを行動方針をハッキリと示してよ、ルルド。無駄に足踏みするくらいなら宿を探したほうが有意義なんだから」
多勢に無勢だから、この話をすること自体が無意味でしょ。そんなことを暗に伝えながら肩を竦めているロウベリーさんに対し、蛮勇じみている男三人にとって、穏健な彼女の意見は至極貴重だと内心に思った僕は、しかし無言のままルルド君を見た。
「ロウベリーの意見は御尤もだよ。夜間の森林地帯の視界の効かなさは確かで、それ故に捜索の危険度は跳ね上がる。月明かりが出ている時の平地は目が効くけど、自然の傘が差されている森林でそれを頼りにするのはいただけない。……それでも、俺たちは『冒険者』だ」
「時と場合次第では、か弱い民間人の盾にならなくちゃいけない。まあ、それは兵士の領分に思えるんだが、言ってしまえば俺たちは民兵。その領分に片足を突っ込むくらいは許されるさ。それでも、今は盾にはならず、ただ行方不明者を探す『目』になるんだ。危ない状況が来たら構わずに逃げる。そして生き残る。死なないことが大前提。だけど危険を飲み込むのも必要だ。その危険を飲んで、俺は進む。その覚悟はスミカザリで召集をかけられた時には決めていた」
「……とまあ、散々カッコつけたけどさ。俺は冒険者を始めて一年くらいの歴としたぺえぺえ。一人で魔族と戦える力があるかは微妙だし、経験の蓄積がないから緊急時の行動でボロが出る。そんな俺の尻をちょっと強すぎるくらいに叩いてくれるロウベリーがついて来てくれなかったら今ごろ、日銭も稼げないで野垂れ死んでいたか、魔獣の餌になっていたと思う。こういう頼りない俺だけど、精一杯で事に臨むよ。だから、どうか力になってほしい。全員で明日で笑い合うために。困った人を助けるために」
厳かでありながら、どこか頼りないルルド君の言葉。
できた大人のように凛としたかと思えば、途端に軟弱を張り付けたような感じになって。だけど、それを面白おかしく笑う人は、この中にはいない。
彼の言葉を静かに聞いていた僕は、微笑む。
その表情は『同行する』という意思の表れ。
確かな恐怖はある。なんとも言えない不安もある。
けれど、進まないという選択肢はなかった。
「んじゃ、決まったことだし。突っ立ってないでさっさと行こうぜ」
「ぶははっ! 雰囲気ぶち壊したねー、トウキ君」
「ふふふ。じゃあ、適当な夕食を買ってから捜索に向かうことにしましょ。お腹の音なんかをゴロツキ連中に聞かれたりなんてしたら、とんだ笑い話になっちゃうから」
「よし、必要分の物資を手に入れたら、いざ『北の山』へ! 先行した冒険者達がどれくらい奥まで行ってるかは不明瞭だから、できるだけ多めに用意しておこうか!」
+ + +
行方不明になってしまったアメヤマさん(四十一歳男性)を捜索するために、彼が居住していた村へと足を踏み入れた僕たちは、三人の意見の合致、そして一人の同意の末に、大勢の冒険者たちが向かったという、村の北方にて威圧的に聳えている『巨山』へと行くことを決める。
頂上から麓まで、どこまでも深い色をした闇夜のベールを被っている、名称不明の巨山の標高は、凝らしてようやく認められる影からして、およそ二キロメートル。
正確には、二キロ強。
そんな、登山をするには一苦労だろう大きさをしている、巨大な単一の山。それを村を囲っている防衛柵の北口の側で見上げていた僕は、手に持っている『塩おにぎり』を徐に頬張った。
少人口・少流入が火を見るより明らかな村では順当なのだろうが、現在地のこの村にはたったの一店も飲食店がなく、僕たちは暫く村内を彷徨った末に、すぐそこにあった宿屋に入った。
そこで、これくらいの金銭で外食できる食べ物を用意してくれないか。という、腰が低いルルド君の言葉に和かな笑みを浮かべた宿屋の主人は、残り物だけどと謙遜しながら、僕たちに三角の塩おにぎりを渡してくれた。
そのおにぎりの中には卵焼きが入っていて、塩の旨味と出し巻き卵の甘みが、やや硬めの玄米とマッチし、この上なく美味だった。
溜め息を誘う空腹を癒して、無意識に出てしまう舌鼓。
えも言えぬ極上につい笑んでしまう横顔をランタンの明かりで照らしながら、ガサガサと荷物を漁って、ランタン用のオイルを探しているルルド君に、食い意地の張ったネズミのように頬を膨らませている僕は視線を向ける。
「みゅっかった? うんうん……ゴクッ。新品じゃないみたいだけど、今日分は足りそう?」
現在時刻は午後の八時過ぎ。夜天に浮かんでいる星々と大きな月星が、これでもかと光り輝いている時間。
農業区から離れている北口にも、カエルやら鈴虫の鳴き声が聞こえてきていた。
僕は口いっぱいの白米をはみはみと咀嚼し、喉を鳴らしながら飲み込んだ。
口内でほどよく分解された白米は詰まることなく食道を通り、スカスカだった胃の中を満たす。
そんな感触を地味に感じながら、僕はオイルが入っている小瓶をチャポチャポと振っている彼に問い掛けた。
「うん、残りは半分くらいだから、まあ買わなくても保つはずだ」
「買わなくても、じゃなくて、売り切れてて買えなかった、だけどね」
「あはは。先に村へ来ていた冒険者たちが買い占めちゃったらしいから、遅れてきた僕たちが買えなかったのは仕方ないですよ」
二つ目のおにぎりを飽くなく貪りだした僕からの問いに、ルルド君は半分くらいしか残っていないランタンオイルを見せて、これくらいあれば十分さ、と言った。
そして小瓶を握っている手を徐に夜空へと掲げて、透き通っている黄色のオイル越しに月明かりを見始める。
望遠鏡の如く瓶底を覗き込んで星を見だしたルルド君を、呆れ気味に横目にしていたロウベリーさんは溜め息を吐きそうな様子で、買おうとしていたが買えなかったという事実を挟んだ。 それで空笑いをするルルド君に、僕は一応の擁護を入れる。
「さて、準備も整ったことだし、早速出発しようか。さっきも言った通り、今回のアメヤマさん第一次捜索の刻限は明日の正午までだ。明日の夕時以内にはなんであれ、一時村に帰還する。行動は四人一組で絶対に個人行動には走らないこと。いいね?」
「了解」
「オウ」
「ルルドこそ、トイレとか言って離れて、そのまま迷子にならないでよね」
行方不明のアメヤマさん捜索隊のリーダーからの確認に、隊員達の声が飛んだ。
実力的にも経験的にも最下位に違いない僕は素直に頷き、戦闘員のトウキ君は変わらずの様子。お目付役のロウベリーさんは深々と釘を刺して、やや及び腰のルルド君はそれに苦笑する。
ようやくだ。これから僕たちは、微細な悪臭と絡みつく空気が流れてくる北の大山を目指す。冒険者達は先着組から何を知らされて、彼の大山へと足並みを揃えて向かったのか……。それは未だに謎に包まれている。
補給で歩き回った道中で、村に残されている冒険者達との対話は、すれ違うことがなかった故にできなかったし、関係のない村人は何も聞いていないそうで。だからこそ、僕たちは冒険者達が向かった先以外の情報を持たずに突き進むことになる。
だいぶ『危ない橋』を渡ることになるけれど、トウキ君や他の冒険者と比べれば経験に乏しいと言えてしまうルルド君もロウベリーさんも、確かに光るものを持っている、強者の原石だ。
二人が有している直感と危機感知能力、そして環境適応能力と戦闘能力は、経験の蓄積がなかろうとも頗る頼りになるもののはず。
僕はそんな頼りになる二人と、強者のトウキ君に負んぶに抱っことなるだろうが、どうにか三人の足を引っ張らないように頑張らないといけないな。
「よし、出発だ!」
ルルド君のリーダー的な号令が上がる。
僕たちは自前の武器を携えながら、自警団のおじさんに開けてもらった北口から外へ。目前に聳えている渦中の北の大山へと向かって歩き出した。
僕とルルド君は、火が灯されているオイル満タンのランタンを掲げて、前衛の後衛に分かれた。
僕が最後尾、僕の前にはトウキ君とロウベリーさんが。先頭にはルルド君がいる。
フォーマンセル。懐かしい気持ちを抱いてしまうフォーメーションである。
まだ故国ソルフーレンに居た時、その首都であるフリューの地を踏んだ日に、僕はエリオラさん達と出会った。
色々とあって、彼女達と共に行動することになってから、四日ほどの付き合いがあったんだ。
言葉にすれば、四日は極々短い。けれど濃かった。一週間以上、四人で居た気がするくらい。
そんな約一月前の光景を夜闇の中で幻視していた僕は、遠い目を切り替えるために頭を振る。 そうしてランタンを右へ左へ。
ふとすれば後方へと掲げながら、黒一色に染まりきっている雑木林の影に潜んでいる可能性がある敵性存在ほか、先陣を切ったはずの冒険者の姿を探した。
「どこまでも続いてるね……」
「ああ。一体、どこへ向かったんだろうね。山頂まで続いていてほしくはないな」
「チラホラと集団から外れてる跡があるわね。もしかして何かを探してる?」
「いや、それを追うのはやめとけ。どうせ野糞があるぜ」
「うぇ〜。やっぱり冒険者って最悪…………」
「あはは。まあ、そこはピンキリですよ。素行の良し悪しは職業とは関係してないですって」
山間にある村を出ていき、北の大山の麓までに広がっている森林道を進んでいけば、延々と続いている緩やかな上り斜面の山肌が、僕たちのことを待っていた。
階段ほど辛くはないが、しかし果てしない。
無規則に生い茂っている草木を避けながら頂上を目指すには、蛇行を続けていくしかないため、それはもう苦行だろう。
だが、手に入れられたのは苦難だけではなく、北の大山の上部へと向かっていく、冒険者達の足跡を見つけられた。
ランタンを地面の方へ下げてみれば、枯葉と土を靴底で削った、真新しい足跡が散見される。
杖の先から、おそらくは魔法で光を出しているロウベリーさんが言った通り、集団で大山の頂上を目指している大量の足跡の中で、チラホラと道を外れて茂みに入っていくものがあった。
それにトウキ君が臭う答えを投げては、外れた方を覗きに行こうとしていた彼女は盛大な顰めっ面をして、やや酷めのレッテルを冒険者へと貼る。
僕はそれに苦笑しながら、冒険者という枠組みの中にも、エリオラさんやルルド君のように品行方正の人間は確かにいると擁護した。
「ソラの言う通りだよ。こんなところにトイレはないし、催したら適当な場所で処理をしなきゃ。ロウベリーだって、夜中にコソコソと用を足しに行ってるじゃないか」
「殺すぞ」
「…………ご、ごめんなさい」
何も考えていないような笑みと共に、ルルド君の口から放たれた言葉。それを聞いたロウベリーさんは一瞬羞恥で顔を赤くする。
しかし瞬く間に両の眼と雰囲気を『殺意』で濡れさせた。穏健を貫いている僕でさえ擁護しようもないくらいの、折角の頭を使わずに脊髄で話をしているような、さすがに「いい加減にしろよ」という苦言を申したくなるルルド君のノンデリ発言。
一体、何度同じような過ちを繰り返したら反省するんだ彼は。
特に女性に対してそれはない。故郷にいるカカさんなんか、
『私はトイレなんて使わない。というか使ったことないの。ん? じゃあなんで家にトイレがあるのかって? それは……ええっと、ほら。あっ! そう、客人用!』
なんて嘯いてたし、おそらく女性にとって用足しは羞恥と直結しているのだろう。
故に、そんな『笑えないネタ』を話にしてしまったルルド君の運命は、もはや決まっている。
辺りを包んでいる夜よりも暗い『深淵』を覗かせているロウベリーさんの、ともすると隠しもった凶刃を向けてきそうな雰囲気の凄み。
それを受けたルルド君は、辛うじて絞り出せた謝罪の後にスススーっと、ランタンを地面に置いた状態で真っ暗な茂みの方へと行ってしまった。
それからしばらくし、かちゃかちゃとベルトを閉めているルルド君が、待ち惚けしていた僕たちのところに戻ってきた。
彼に白い目と向けているロウベリーさんは、次はないと目で言う。その恐ろしく冷たい視線に対し、夥しい発汗を催した彼は、ただ無言でコクリとぎこちなく頷いた。
「ははは……い、いやぁ、ご、ごめん。マジで漏らしそうだったからさ……」
「二人が幼馴染なのは知ってるけど、なんであれ礼節は必要だよ。早死にしたくないなら」
「だね……」
こういう一悶着がありつつも、一行は何事もなく——魔獣や不審者と遭遇することなく——北の大山を進んでいく。
午後が終わって、零時が回ったころに、歩いていた道に変化があった。
「平面だ。ということはここが山腹かな?」
「そうみたいだ。だいたい二時間くらいは登ったかな? となると、もう日を跨いだころだろうね。流石にちょっと疲れたな。一旦ここでレストを取るにしておこうか」
僕は今立っている場所が上り坂ではないことを、しっかりと大地を掴んでいる足裏で感じ取った。踏んでいる土を足で払って、ググッと伸びをする。
そんな僕と同じように背を楽にしたルルド君が、僕のふとした発言に頷きを見せた。彼は微笑みながら空を見上げ、時間を察する。
そして計三時間の移動で蓄積した疲労を解消するために、小休憩を挟むことを全員に告げた。
「この辺で一度休んでる形跡があるわね。ってことは、この辺りかも?」
英気を養うために夜食を摂るのだろう、火の準備をテキパキと進めていくルルド君を傍目に、ロウベリーさんは僕たちが足を止めたちょうどの場所にあった、かなり新しめの休息跡を見る。
適当な石で造られた竈。草木を燃やしたのだろう灰の山。
そして椅子に使っていたと思しき、腰掛けるのにピッタリな倒木。
竈に灯された火を囲んだに違いない、複数人の足跡と胡座の跡。
どこからどう見ても、今昼に北の大山に入ったという冒険者達の痕跡である。
やはり続いている足跡を辿っていくのは正解だった。
このまま跡を追っていけば、いずれ合流できるだろう。
「上の方に明かりは見えねえ。となると、連中が居るのは俺たちの死角だろうな」
黒色の積雲と、蔓延る闇夜を纏った山頂付近。
そこをじっと見つめていたトウキ君は、山頂部に冒険者達が掲げているに違いない火の灯りが確認できないと伝える。
僕も彼と同じように上方を確認するも、そこには確かに闇だけが存在していて、人がいるとは微塵も思えなかった。
「位置関係的に、冒険者達がいるのは山の側面か裏側あたりってことかな?」
「かもしれねえ。ま、跡を追えばいいだけだし、そこまで読みを使う必要はねえよ」
適当な折れ枝をやや雑に並べていくルルド君の手伝いをしている途中で、ふと首を回した僕は、見るもの全ての魂を魅了する星々の瞬きを見つめていたトウキ君に、そんな問いを掛ける。
トウキ君は問い掛けに顔を向けては自分の考えを語り、現状の深読みの不必要さを僕に説く。
それに僕は「そうだね」と頷いて、先ほどの彼の真似をするように、首を上げて夜空を眺めた。
「トウキの言う通り。この足跡さえ追っていれば、いずれ先陣組と合流できる。だから変に焦って頭を使う必要はないよ。頭の栄養になる甘い物を取れない今だと、ただ疲れるだけだしさ。ほら、この通り火も点いたことだし、早速夜食を摂ることにしよう。ソラが持ってる残りの白米と村で買った味噌を使って粥を作るよ。これ赤味噌らしいから、俺ら好み味になるはずだ」
四人して、先陣した冒険者が使っていた椅子代わりの倒木や、大きな葉の上に腰掛けながら、ぐつぐつと、鉄の小鍋に投入した白米と清水を煮詰める。途中、実はここまでの道中で採取していたタケノコを別の鍋でアク抜きし、熱々のそれを短冊切りにして、生米と共に火にかけた。
水分が米に吸収される前に木製の小箱に入っていた赤味噌を、トウキ君の「赤味噌は塩味が強い。だから入れすぎると飯が辛くなるぜ」という貴重なアドバイスを元に少量だけ鍋に投入。
急ぎの強火で煮詰められていく白米が赤味噌の色を吸収して、瞬く間に赤土色へと変貌する。
それを、パチパチと燃える火に目を窄めながらも静かに見届けていた僕は、この中で最も料理スキルがあるということで、しゃもじを使って適当な状態に達するまで鍋をかき混ぜていく。
赤味噌の香りが辺りに立ち込める。無言で火と鍋の様子を見つめていた四人は、それに鼻を鳴らしながら時を過ごす。暫しして、赤味噌の湯を吸い切った白米が、粥として皿に装われた。
「スンスン……んーっ。夜食は太っちゃうから敬遠してるけど、やっぱり良いなぁ。こう晴れ切った夜空に見下ろされながら、美味しいご飯を気持ちいっぱいに食べるの。んぅー、背徳」
「はははっ。ああ、ソラが山菜を取っていてくれたおかげで、夜食がさらに豪勢になったね」
「余ったタケノコは味噌で炒めて食おうぜ」
「うん。使わなかった山菜と一緒に炒めちゃおうか」
ロウベリーさんは『絶賛空腹中』という、やや不機嫌そうだった顔を隠せていなかった故に、一番に渡されることになった味噌粥に顔を近づけて、恍惚とした表情でえも言えぬ背徳感を香った。
それに微笑んだルルド君が、スキレットを用意している僕に褒めの言葉を送る。
僕はその言葉に笑みを向けながら、残り物を料理してしまおうと言ったトウキ君に頷きを見せた。
「はふはふっ……うん、美味しい。赤味噌って塩味が強くていいね。水分も飛ばしすぎないようにしたから丁度いい味になってる。前に飲んだ味噌汁って料理は甘かったけど、もしかして赤味噌じゃなかったのかな? 僕はこっちの方が好みだなぁ」
「甘かったっつうことは、使ってたのは白味噌くせえな。俺も赤の方が味が濃くて好みだ」
「味噌にも色んな種類があるんだね」
「……ぷはーっ。赤味噌も白味噌も元は大豆で、ちょっとした製法の違いで変わるらしいぜ」
「へえー」
粥に続いて完成した、食欲を甚だしくそそってくる旬のタケノコと山菜の味噌炒め。
それを皿節約のために粥の上に乗せ、二杯目を装ったロウベリーさんと共に、男三人は手を合わせた。
「「「「いたただきます」」」」




