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蒼風のヘルモーズ  作者:
『ハザマの国』編
39/50

第34話 悪臭漂う村を行く

 搭乗者や積荷の守りを担ってくれる天幕がないせいで、無造作に雨に打たれて、日に焼かれ。というわけで、当たり前のように灰色っぽく色褪せてしまっている、木製の硬質な荷車の上。豪華絢爛の欠片もない、劣悪一歩手前の車上環境。

 そんなものはとっくに慣れてしまったと言わんばかりに、自堕落に姿勢を崩しながら、初めての魔獣戦で無様にへし折ってしまったナイフを郷愁の表情で見つめていた僕は、不意に周囲を旋回している風の感触が変わったことを認めて、手元を見ていた視線を進行方向へと向ける。

 直近に大所帯の馬車が押し寄せたことが原因となり、状態が著しく悪化している道路。故に大きく車体が車体が揺れてしまっている。通常であれば立ち上がろうなんて間違っても思わないが。しかし、僕の周囲を舞い踊っていた微風の尾に惹かれたように、持ち前の体感で徐に腰を上げた僕は、向かい風を正面に受けた。


「…………あれですか、目的地は?」


 二次産業が盛んだった工芸の町・スミカザリを発って、西方へと向かって進み行くこと、かれこれ二日。

 なんの滞りもなく着々と、目的地までの道のりを辿っていった一行は、五月二十二日の鮮やかな夕焼けを浴びながら、行方不明事件の渦中であるスミカザリ管轄の山村を視界に収める。 

 ぼんやりと斜陽に焼かれている先の光景を見据えながら、この二日で仲良くなった御者のアマンドさんに、僕は遠目にある木製の防衛柵の確認を取った。

 あれが目的地のものなのか、と。


「おう、あれが今回の『現場』だぜ。先発した冒険者の大隊はもう到着してるだろうし、結構ギュウギュウかもな。大してデカくない村だって言うしよ」


「それじゃあ今朝に話した通り、着いたらまず宿探しってことでいい感じ?」


「ああ、馬車を降りたらまずは寝床の確保。俺たちは大部屋一つで足りるけど、ロウベリーがいるから二部屋は必要だ。場合によっては五人手分けしてバラバラに探していくってことで」

 

 木々の隙間から溢れてきている西日が眩しそうに目を窄めつつも、僕からの質問に陽気な雰囲気で答えてくれたアマンドさん。

 そんな彼を横目にしながら、いつの間にか僕の隣に立って目を凝らしていたルルド君に、朝にしていた事前の話し合いで決まった行動の最終確認を取る。すると彼は頷いて、僕たちがまず先にやるべきは空き部屋がある宿屋を探すことだと言った。


「俺っちは馬たちと団子になって寝るから部屋は要らねえよ」


「俺も荷車で十分だから部屋は要らねえぜ」


「あはは……。でも、二日もここで寝泊まりしてたんだから、ちょっとは暖かい布団で休んだほうがいいと思うよ? これから行方不明になった人を探さなきゃいけないんだしさ」


「「そうか?」」


「そうだよ…………」

 

 疲れ知らずが過ぎる二人の発言に思わず苦笑してしまった僕は、この二日間は直射日光を浴びながらの野宿だった故、ちゃんとした布団で寝ないと後で祟るよと、宿屋での就寝を勧めた。

 しかし、トウキ君とアマンドさんは二人して、別にどこでも一緒だろと言わんばかりの顔をし、首を傾げる。

 それに僕は盛大に顔を引き攣らせ、頭痛を堪えるかのように頭に手を当てた。


 僕が先行きが不透明である母探しの旅を始めてから、かれこれ一ヶ月半が経った。

 決して長いとは言えないその時間の中で、旅というものには若干に慣れたつもりだったけど、さすがに強度のある休息を取らずに、普通の生活で使わない神経をすり減らすだろう行動をし続けるのは、人並み以上の身体能力を誇っている僕であろうとも、中々に堪えるものである。

 

 なのにも関わらず、トウキ君やアマンドさんは完全素面。なにも感じていない平気な様子で。

 これが真実の『慣れ』というものなのか。

 てことは、僕の慣れてきた感じは張りぼてだったのか。そんな思いを抱いてしまいながら、僕は横目の視線を隣に立っているルルド君に送った。 


「ゴホン……。まあ、到着したらまずは全員で手分けをして、空いてる宿を探すということで。もし見つからなかったらそのまま夜間捜索に加わることにしようか」 


「了解」


「分かったわ」


「オウ」


「弱っちい俺っちは力になれねえし、馬小屋で帰りを待っとくぜ」

 

 全員で話し合いをして、明確に決定されたわけではないものの、当捜索隊メンバーの中でもっとも統率慣れをしていた故に、実質的に捜索隊のリーダー格を担わされてしまったルルド君。

 昨日の夜、徹夜して辛そうだったアマンドさんに少しでも休んでもらうために、僕とルルド君が交互に手綱を握っていた際に交わしていた、本当になんてことのない談笑の中で、確かな帝王学的素養を僕に感じさせていたそんな彼が話した予定に、場にいる全員が異論なく頷いた。

 そうして、僕たちが乗っている馬車は目的地までの距離をぐんぐん殺していき、時刻にして午後の六時半になって、今まで回り続けていた車輪を止める。

 開かれた村の東門から入り、ガガッと土舗装の道を削って停車した馬車から、自前のリュックを背負っている僕が飛び降りた。

 

「よっと。〜〜〜っぁ。やーっと着いたね」


「ああ。予定通りではあったけど、やっぱりぶっ通しの移動の疲れるもんだね」


 ザッと地面に降り立った僕は、昨日の昼ぶりの大地の感触に、ついつい大きな背伸びをする。

 かなり幸運なことに、移動中に懸念しっぱなしだった魔獣との接敵は、たったの一度もなく。

 搭乗者の誰も大きな怪我をすることないまま、無事に現場入りができたことに僕が安堵の声を漏らせば、同じように下車をして背伸びをしていたルルド君が、微笑みながら相槌を打った。


 そんなこんなで、ようやく辿り着いた目的の山村。行方不明者の住居が存在している、現場。

 ここまで乗ってきた馬車を駐車した場所は、村に入ってすぐにあった空き地である。辺りに雑草がまったく生えていないことを鑑みて、ここには元々、住居か納屋が建っていたのだろう。

 右や左を向いてみれば、先着している第何陣かの馬車が複数台停められていて、それに馬が繋がれた状態であることからして、この幾つかの馬車は馬小屋に入れなかったのだと思われた。


 とは言っても、見回した限りでは、人の数は疎らである。

 まあ、もうすでに遅い時間であるからして、外に出ている人間の数が少ないのは当たり前なのだが。しかし、大所帯でやって来ている冒険者は、また別のはずだろう。

 行方不明者の捜索という重大な任を受けていると思しき人々の数すらも、僕の目には少なく見える。

 もしかしたら先着した人たちは、行方不明の男性は山菜取りを行っていたという情報を頼りにして、こんな時間であるにも関わらず、森の方を捜索しに行っているのかもしれない。

 かく言う僕たちも、空き部屋が見つけられなければ、夜間捜索に加わろうとしているのだが。

 それにしても、なんなんだろうな、これは…………。


「なんか臭くない? 空気も澱んでるし……もしかして、村に何かあったのかな?」


「え? ……いや、なにも感じないけど。変わって騒がしくもないし、普通だよ?」


「えぇ、そう……?」


 北にある大きな山と、南の小高い山。それらの間にある山村は、四方を森林に囲まれている。

 故に、植物が吐き出している新鮮で澄んだ空気が辺りには満ちているのだが、西方から迫ってきている夜に当てられてヒンヤリとしているそれは、何故か無視できない二つを孕んでいた。

 その内の一つは、盛大に顔を顰めながら、強く鼻を摘みたくなるほどの——。


 卓上に並べられた多種多様な料理が等しく腐ってしまったかのような、この上なく酷い悪臭。

 それと、僕のボキャブラリーからは適している言葉が出てこない、魂の奥底から『無意識の殺意』すら湧き出させるほどの、さも汚泥のように全身に纏わりついてくる、気色の悪い感触。

 それらの不快が微々として、北にある一際大きな山岳の方から、この村へと流れてきていた。


 馬車に揺られている最中には、ようやく長かった移動が終わることへの達成的な開放感で気付かなかったけれど。

 いざ現場に地に足が付けば感じられる、なんとも言い難い、確かな異質。

 だけど、ルルド君にはこの臭気と感触が分からないらしい。

 荷車から降りたロウベリーさんやアマンドさんも、僕が言うようなものはまったく、これっぽっちも感じていない様子だった。

 僕だけ感じているとは、これ一体……。


 もしかして気のせいなのか? それともこの二つが微々すぎるからか?

 いや、そんな訳が。

 怪訝な顔をしながらスンスンと鼻を鳴らし、感じられる混入物に関して考えていると、最後に荷車から降りてきたトウキ君が、寝癖が付いた頭を掻きながら言った。

 妙だな——と。


「トウキ君も? やっぱり変だよね、この感じ」


「変というか〝奇妙〟だな。血の気が多い野郎どもが大勢いるはずなのに、空気が怯えてる」


「…………? この臭いはどう思う?」


「臭い? ……いや、なんの臭いもしねえぞ。敢えて言うなら、どっかの家が味噌汁作ってるなぁくらいだ。どんな臭いがするか聞いてもいいか?」


 僕の感覚とはまた違った認識をしているトウキ君が、僕だけが感じているらしい現状の詳細を問いかける。

 その、なんとも言語化にし難い質問に対し、ついつい視線を斜め上に向けてしまう僕は、深く思考しながら問いの答えを用意して、それを皆に伝えるべく口を開いた。


「なんと言うか……腐ったものをさらに腐らせたような。腐敗しきった汚泥のような。ひとえに悪臭ではあるかな。あと、変に空気が澱んでる。しつこく纏わりついてきて、すごく嫌な感じ」


「くん、くんくん……うーん。私はなにも臭わないな。空気は澄んでて気持ちいいくらい」


「俺もロウベリーと同じだな。ソラの気のせいってことはないだろうし……。なんだろう?」


「ソラは風の加護を持ってる。なら、所有者だけが分かる『啓示』的なものかもしれねえな」


「なるほどな。そうなってくると、ソラの超感覚は捜索の要になるかもしれないぞ。腐敗を重ねたような悪臭と、絡みつくような嫌な空気か……。この情報的に、今回の行方不明事件は只事じゃなさそうだな」

 

 まさか、僕独特の感覚でとんとん拍子に話が進んでいくとは。

 今回の要かもって言われても、僕自身もよく分かっていないのに……。

 それにしても『啓示』か。考えてもみなかったことだ。

 今までにも、妙な『第六感』的なものを使うことはあった。それも無意識に。

 フリュー大森林で魔獣の子を探していた時とかが、まさに顕著だっただろう。

 唐突に吹いてきた一陣の風に導かれる形で、木の根に隠されていた魔獣の巣を発見したのだ。

 それがまさか、謎に僕のことを寵愛してくれている『風の神』からの啓示であったとは——。


 いや、明確に断定はできないけれども、しかし超自然的な感覚であったのは確かな気がする。

 なにせ、この『風の知らせ』というものは、他と比べても遥かなる実力者であろうエリオラさんやトウキ君でさえ受信できていないのだから。

 故にこの独自の感覚が『特殊』なものだというのは一際に納得できた。


「ソラの超感覚が頼りになるってのは確かだ。なんせ、真に『神懸かり』だからね。それでもまずは、自分の足を動かしてのフィールドワークだ。今晩の宿を探すのが先決だしさ。もし見つからなかったら仕方ないけど、夜間捜索に加わる。宿探しのついでに、今の状況を調べてみよう」


「了解!」


「オウ」


「分かったわ」


 風の加護由来のものらしい超感覚の有用性を、顎に手を添えながら認識しつつ。

 だがそれに頼り切ろうとしないルルド君は、予定通りに自分の足を使ってでの、宿探し兼、事件の情報収集を始めようと一声を発する。

 それに僕たちは頷いて、続くリーダーの言葉に耳を傾けた。


「それじゃ、ソラの超感覚がキャッチしてる妙な不安もあることだし、一応の警戒として、個人じゃなく二人一組になって動くことにしよう。俺とロウベリーのチームと、ソラ・トウキチームの二手に分かれて、早速村を回ってみようか。アマンドさんはここで待機ということで」


「俺っちは馬たちと団子になって寝るから気にしなくていいぞ〜〜〜」


「はははっ! よしっ……それでは、出発!」


 + + +


 落ち込んでいる人間でさえも、無意識に顔を上げさせてしまうくらいには鮮やかで美しい夕焼けが、西方から迫ってくる暗闇に侵されていく——まさに逢魔時。

 どれだけ遊んでも足りやしない愉快活発な子供でさえ、友達に手を振りながら家に帰るだろうそんな中を、マイペースな歩調で。

 しかし噛み合っている歩幅で隣り合って歩いていくのは、幼馴染同士で組んだルルド君とロウベリーさんと別れたばかりである、僕とトウキ君であった。

 

 恐れるほど暗く、怖いほどに静かな山村。

 第何陣という大勢の冒険者が来ているとは思えぬほど、村内は影で満たされており、それを宿を探しながら認めていた僕は、怪訝に眉を上げる。

 しかし何も言うことなく、歩みを前へと進めた。

 ザッザッと、靴底で乾いた土を削りながら。

 そうやって歩き続けること、かれこれ十分弱。

 僕たちはようやく、一軒目の宿屋を発見した。

 三階建ての建物の灯りは、全て付いているように見える。

 それでここは満室なんだろうなと察せつつも、しかしこの閑散とした状況を調べるべく、僕とトウキ君は宿屋の扉を引き開けた。


「ごめんください!」


「あらま! ごめんなさいね、お客さん。うち、もう満室で入れる部屋がないのよぉ!」


「ああ、やっぱりそうなんですね。えっと、それじゃあ、お話の方だけでもいいですかね?」


「うん? お話? ええ、体重と歳以外ならなんでも話しますよ?」


 敷居を跨いだ先にある宿屋のフロントでは、女将と思しき女性が一人で掃き掃除をしていた。 

 彼女は来客である僕たちを見て、非常に申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな顔をする。

 続けて発せられた満室という言葉に、僕とトウキ君は「やっぱり」という視線を送りあった。

 しかし敷居を退かない僕たちに、女性は何ようかと怪訝な顔をする。

 そのことを正面から認めながら、僕は身を乗り出して口を開いた。

 僕が宿泊とは別に話を伺いたいと伝えれば、女将は冗談まじりに快諾して、それに僕とトウキ君は一様に苦笑を湛えた。


「あはは。んと、昨日や今日に大勢の冒険者がこの村に来ませんでしたか?」


「ああ! はいはい、いっぱい来ましたよぉ! 昨日と今日にこの村にね。そのおかげでウチは開業初めての満室で、もうほんっとに万々歳です。それがどうかしましたかね?」


「その『いっぱい来た』ってところが疑問でして。僕たち、今し方この村にやって来てですね、それで先発の冒険者たちが村には溢れているだろうなって思ってたんです。でも、蓋を開けてみれば村は閑散としていて、なにかあったのかなぁ——と。それで話を聞きたかったんです」


 僕からの質問に気前よく答えをくれた女将は、初の快挙だという満室御礼に喜色満面を湛えて、それに僕は、村人が行方不明になっているのに、さすが商売根性が逞しい商売人だなと内心で戦々恐々とする。

 しかし臆することなく、僕は今に気になっている疑問を投げ掛けた。無言のトウキ君もこの話は聞きたいようで、腕組みで後方待機をしていながら、半歩前へと動く。


「そういうことだったの! ええっと、ちょっと待ってね。最近は物忘れは酷くてねぇ。ああ、たしか今日の昼ごろだったかしら。一昨日くらいに村に来てた人相の悪い人たちが血眼になりながら村を走り回って、村にいる冒険者に「なんとかかんとか」って声を掛けて回ってたのよ。あたしゃ、急に泊まりにきた冒険者方の寝床の用意に忙しくて聞き耳立てられなくてさぁ。それで何を言ってたかはわかんないんだけど、人相の悪い人たちの話を聞いたっぽい冒険者方は、一斉に村の広場で集まってね、そのまま『北の大きい山』の方へ向かってしまわれたのよね」


 合点承知と手槌を打った女将が話していく内容を聞いて片眉を上げてしまう僕は、ルルド君たちと別行動を取る前のことを脳裏に閃かせる。

 会話時に皆へ伝えはしなかったが、北にある一際大きな山の方から、腐食に腐食を重ねたようななんとも言えぬ悪臭と、まとわりついてくる嫌な空気が流れて来ていると感じていたのだ。

 それは『風の加護』を有している僕しか感じ取れていなかったらしいが、その北の山からという点と、冒険者らが揃って北へ向かったという点が、ものの見事に繋がったような気がする。

 もしかしたら、北の山で『何かしらの問題』が起きてしまい、そのことを『風の神』は無知な僕へと知らせようとしていたのかもしれない。

 啓示、か。まさしく言い得て妙だったようだ。


「北の山……で、なにかあったんですかね?」


「なにかあったのかは誰にも聞けてないから知らないけど、たぶん行方不明になった『アメヤマ』さんがよく山菜取りに行っていた方角だから、それでなんじゃないかしらね?」


「なるほど……」


「他に何か聞きたいことはあります? あっ、うち以外の宿屋の場所を教えましょうか?」


「あ、はい! 是非お願いします!」


 風の神からの啓示。風の寵愛を受けている僕だけが察知していた、北の山の異変。それを今更ながら認識して、僕はつい目線を下げて考え込んでしまう。

 すると必然的に交わされていた会話が止まって、女将さんは中断している掃き掃除を再開するために、黙る僕へと話を振った。

 そういえば作業を中断させてまで、話を聞いていてもらっていたんだったと、焦り気味に顔を上げた僕は、続けて挙げられた女将からの提案を嬉々として受け入れる。 

 

 帳簿から雑に千切られた紙に記されていく、あまりにも殴り書きな地図の作成を見守り、ものの二、三分で完成したそれを受け取った僕は、バッと腰を折って感謝を告げた。

 そうして、終始無言だったトウキ君と共に、わざわざ貴重な時間を割いてくれた女将に再度感謝を告げて、満室との宿屋を、厚意で頂けた村の宿屋が一目で分かる地図を持って出ていく。

 カランカランと小鐘が鳴らしながら扉を閉めて、宿屋の敷居の外に出た僕たちは、そこから少し離れた場所にある道のど真ん中で面と向かい合った。


「この冒険者の少なさは、大勢が『北の山』に向かったのが原因だったみたいだね」


「だな。チラホラと村に残っている連中は大方、乏しい実力的に待機させられてる感じだろう。そうなると、ただの『捜索目的じゃない』かもしれねえな」


「んんぅ…………」


 やはり、今回の行方不明事件の原因は『外的』なものだったようだ。

 外的なもの、つまりは凶暴な野生動物、悪意ある人間の手による狂行——もしくは『異生物』による原生害意の暴走。  

 そうじゃないと、わざわざ貴重な人手である非戦闘系の人たちを村に置いていく理由がない。

 不慮の事故による遭難であったのなら、僕みたいな戦いに不得手な人間も駆り出すべきだろう。

 しかし、そうしなかった。限られている貴重な人手を『強弱選別』しなくてはならなくなった主な要因は、間違いなく一番乗りしていた『人相が悪かったらしい人たち』の血眼な知らせ。


 僕たちよりも先んじてこの村に到着し、当捜索を開始していた『人相の悪い人たち』が、血眼になりながら村中を走り回ったのなら、それは誰がどう見たって『只事ではない』と分かる。 

 ただならぬ様相を呈していた人相の悪い人たちがする『何らかの話』を聞いた冒険者たちは、皆で足並みを揃えて『北にある大きな山』へと向かった。

 それはつまり、今回の事件の全貌がそこにあるということか。もしくは、それとは関係なしに『何か』が起きてしまったのか……。

 この思索は、現実と僕の妄想を掛け合わせたものでしかない。

 これを確固にするには、僕たちも北の山へと向かう必要性があるだろう。それか、残っている非戦闘員に話を聞くか、だな。


「…………宿探しを中断して、ルルド君たちと合流したい気持ちだけど、一旦は村に残ってる非戦闘系の冒険者に話を聞いてみる? 血眼な人相の悪い人たちが何を伝えてきたのかって」


「いや、部屋に入ってまで話を聞こうとするのはやめておいたほうがいいぜ」


「え?」


「冒険者ってのは弱っちいくせにプライドだけは一丁前な奴が多いんだ。下手に話を聞いて、相手が『侮辱された』と勘違いしちまったら喧嘩になる。それも拳と拳、武器と武器って血みどろのやつにな。最悪、横の繋がりがある下っ端連中に目を付けられて、この国での活動に支障がでかねない。まあ腕っ節だけなら幾ら来ても有象無象でしかねえが、騒がれずに安眠したきゃあ、避けておいたほうが吉に違いねえよ」


 長考していた僕が出した『性善の択』は、田舎者な僕なんかよりも社会や人間というものを知っている、トウキ君によって敢え無く却られた。

 それに苦虫を噛み潰したような顔をする僕は思う。

 今まで出会ってきた冒険者というのは、ソルフーレンで大変な世話になったエリオラさんや、現在進行形で世話になりっぱなしなルルド君のような、性善の塊のような人ばかりだった。

 助けを求めれば、苦笑しながらも助力をしてくれる、強面で近寄り難いけれど、根は優しい人たち。

 それが、今までの旅の中で見てきた『冒険者』である。

 傷ついてしまう体を張って、二つとない命を懸けて、弱者の力になってくれるそんな彼等彼女等を疑うなど、正直に言えばしたくない。

 けれど、力ある彼等彼女等もまた僕たちと同じく、人間という『心を持った生き物』なのである。

 ならば、ひた隠した邪心や、他を害する悪心を持っていても不思議ではない……。

 

「そっか……」


 性善を生き抜いて、弱者のために身命を賭す冒険者。

 そんなものは偶像。ただの張りぼて。虚像は虚像でしかなく、儚くもない幻想。

 けれど、僕は一切の悲しみも感じず、衝撃も受けなかった。それは言わば、たしかに心の中にあった『悪は影のように必ずあるもの』という本音の肯定だったから。


「ま、宿探しは一旦置いて、離れてるルルドたちと合流だろうな。今日は待つか、それとも動くのか。それは俺らを率いてるアイツが決めなきゃいけねえことだ」


「……うん、そうだね。えっと、ルルド君たちはたしか『西の方』へ向かって行ったから、僕たちもそっちへ急ごうか」


「オウ」


 現実に冷え込んだ内心。それを持ち前の切り替えで常の状態に戻し、僕は腕組みをしているトウキ君の判断に従って、ルルド君たちがいるだろう方向へ足先を向けた。

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