09.過去の俺と今の俺
幼馴染みっていうとアレだ。
よく聞く設定は、家が近所だった女の子と、腐れ縁ながら仲良くやっていて、思春期だか何だかそういう時に、ふとした瞬間に相手への恋心に気付くって奴だ。
そんでそれは意外と相思相愛で、互いに今まで通り普通に接していたんだけど、手が触れ合った時や、よろけて顔が近付いた瞬間に、急に意識しだしたりなんかして、目を背けて頬を赤らめる姿が何話も続いて、非常にじれったくて、思わず「はよくっつけや」なんて叫んでしまうような、めんどくせえ恋心が描かれる、少年少女漫画最強の切り札のひとつであるアレだ。
「なあ、マジで俺のこと覚えてないのか?」
「悪いが記憶の片隅にも残ってないね。脳ミソひっくり返して、頭ん中覗いてみても、残念ながらアンタのアの字も出てこないね」
そんな幼馴染み設定の概念をぶち壊すような、色恋のいの字も出てこないような青年は、けっこうキツめの目線で俺に質問した。
「パレットだ」
「は?」
「俺の名前はアンタじゃなくて、パレットだ」
「あー… すまん」
「真面目に謝んなよ、余計ショックだわ」
狭い店内の会計場所に座って呆れたように溜め息吐く青年の名は、看板にあった名前の通り「パレット」といって、少しヤンチャな雰囲気で細身の身体に黒いエプロンをしている。
まあ、日本で言ったらクラスに1人はいる一匹狼のヤンキーみたいな奴だった。
「ねえ、喧嘩しないでよ… 喧嘩は嫌だよ…」
「してねえよ。してねえから安心しろ」
「先に喧嘩売ったのは俺じゃないからな? 勝手に人のこと忘れやがったお前の母ちゃんの方だからな?」
そんな設定モリモリな、読者人気投票で主人公を差し置いて1位をかっさらいそうな雰囲気の奴は非常に、非常に口が悪い。
俺も人のこと言えんが、非常に口が悪い。
「怖いなー、とっても怖いお兄ちゃんだなぁ、なあアイル? 大人になっても決してこういう野郎にだけは近付いて行っちゃ駄目だぞ?」
「私、ママと結婚するもん。だから大丈夫だもん」
「性別的も物理的にも、法律的にも無理だろうが… おい、自分の娘だからって良いように洗脳しようとすんな」
してねえし、勝手にアイルが先走ってるだけだし。
そもそも俺は女児になんか興味はねえし、いくら前世そこまでモテなかったって言っても、聖バレンタインで貰った本命チョコは、生涯通して僅か1個だけだったと言っても、理性の垣根を越えてまで、他人様の娘に手を出すほど愚かじゃない。
ましてや身に覚えは無いとはいえ、血の繋がった少女ならば尚更だ。
生憎と火中に身を投じるような、キラメキなんかひとつもない、危険度100%の光源氏計画に身を乗り出すほど馬鹿じゃないのさ。
「洗脳なんてする訳ないだろ? まだ親離れできてない幼い子供なんだ、少しぐらい叶わない夢を見たって良いじゃないか?」
思えばガキのころはよく、年上の異性に憧れたもんだ。
まだ20代の学校の先生だったり、会えば目を見て挨拶してくれるような近所に住むお姉さんだったり、きっと彼女達には俺なんて、興味対象外の存在だったろうけど、いつかはきっとなんて、大人になった自分が隣に立つ姿を想像しながら、ランドセルを弾ませて帰った経験は、きっと俺以外にもあったハズだ。
叶わない夢だからこそ、大人になっても美しいし色褪せない。
だから俺は、アイルがそんな眼差しで俺を見るのは、その延長線上だと思っているから無理に咎めない。
「…いや、結構マジだと思うぜ」
「ははは、そんなハズは…」
「むー… ママの馬鹿、どうしてそんな酷いこと言うの…」
パレットとかいう口の悪い自称幼馴染みに言われて、繋がれた手の先を見れば、口を尖らせて頬を膨らませるという、非常に難しい芸当をする真剣な表情のアイルがいた。
◆
店の中は本当に、本当に必要最低限の物しか売られてなかった。
小さな一軒家を、むりやり店舗販売形式にしたような店は、パレットが座る位置から全てが見渡せるほど狭い空間で、もちろん日本のスーパーのように、綺麗に清潔に整然としている訳ではなくて、壁に取り付けられた幾つかの棚に、水道やキッチンで見た、赤や青の魔石が無造作に陳列していた。
他にも、男女それぞれの無地の下着が重ねてあったり、小瓶に入ったちょっとした傷薬や、塩や砂糖などの調味料も置かれていたりして、なるほど確かに必要最低限の物しか扱っていないんだなと、ひとり納得しながら店内を眺めていた。
「なあ、ところで肝心の食料はどこにあるんだ? 今日はそれを求めに、わざわざ出向いて来たんだが…」
ざっと見渡しても、目当てである食料品類が見当たらない。
生活必需品は確かに揃ってるが、生きる上で何よりも大切な食料が見当たらなかった。
「…あれは店の奥だ。キチンと業務用の貯蔵庫に保管してある。こんな日の光を直接浴びるような場所に置いておいたんじゃ、早々に腐っちまうだろ? そんな事も忘れてしまったのか… なあユマリス、お前はいったい何処までなら覚えている?」
「……」
聞かれた問いに答える言葉は、全部何もかもだ。
だって俺は俺じゃないから、俺はパレットが知っているユマリスとかいう女じゃないから…
本来の俺はどんな性格だったか知らないし、どんな態度でコイツに接していたか分からない。
妄信的なアイルはどんなになっても俺がママだと言った。
薄々勘づいてそうな爺さんは、それでも俺がアイルの母親だと言った。
側にいる間は決してその手を離すなよとも言った。
じゃあ、幼い頃の俺を一番知ってそうなコイツの目には、今の俺はどう映っているのだろう。
まだ若い青年の目には、今のユマリスはどう映っているのだろう。
外側だけ彼女の皮を被った、悪魔のように映っているのだろうか?
「…なあ、答える前に1つ教えてくれ。お前の… パレットの前にいる俺は、以前と比べてやっぱり大分変わってしまったのか?」
ドッ ドッ ドッ ドッ……
情けない事に鼓動が大きく跳ねて止まなかった。
情けない事に、アイルと繋ぐ手の平にじんわりと、汗が吹き出て止まなかった。
「…っふん。どうやら噂は本当だったらしいな、睡眠茸を大量に飲んでしまった者は、まれに記憶を無くして以前とは違う、全くの別人のようになってしまう者もいるって…」
「…やっぱり大分違うのか俺は…」
「だがな安心しろ、以前のユマリスはもっと口調が荒くて、もっともーっと性格がキツかった。今のお前とは比べ物にならないくらい、酷い人間性だった。そうだな… 強いて悪くなった箇所をあげるなら『私』が『俺』に変わったところぐらいだな。その他は何も… 寧ろ改善されたぐらいだから変に気にする必要ないぞ? なあ、アイル?」
「う、うん… 私は前のママも好きだったけどね」
「…ったく、いい加減目を覚ませよな」
「ははは、マジかよ…」
どうやらこの身体の元の持ち主は、想像以上にどうしようもない性格だったらしい。
自分自身でも口が悪い事は自覚していて、どうしてアイルも爺さんもその事についてはあまり触れないのか疑問であったが、ここに来てようやく謎が解けた。
「まあ、だいたい今のお前の置かれた状況は分かったから、食料を持ってくるまで大人しくそこで待ってろ」
そう言って席から立ち上がったパレットを呆然と見送る俺に、隣にいるアイルは、少し考え事をしてから、励ましに近い言葉を送ってきたのだ。
「でもね、今のママはね、前のママよりもーっと好きだよ」
……って。いやさ、これより口が悪いって、いったいどんな母親だったんだよ?
俺は何だかアイルが無性にいじらしくなって、目線を同じにして、無防備な頭をくしゃくしゃに撫でながら、また溜め息を吐いちまった。




