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05.神のてのひら

 扉を開けた「レイセンタモツ」とかいう、どう考えても俺と同じ感性を持った者が名付けたとしか思えないようなネーミングの謎の箱の中身は、やっぱり俺と同じ感性を持った者が創造したとしか考えられない、地球の冷蔵庫と瓜二つな内装をしていた。


 天井部分に何やらキラキラと輝く、すげえ高そうな魔石が埋め込まれていて、アイルに聴けばそれは「魔晶石(ましょうせき)」とかいう物らしくて、半永久的に、俺達一般市民がいちいち魔力を込めなくても、ほぼ半永久的に使える代物らしかった。


 なんだか偉大な魔法使いが魔力を込めたから、石に何らかの破損や亀裂が入ったりしなければ、普通に食料を保存しておく分には、何十年、何百年と使えてしまうんだと。


 すげえ高いらしいけど。

 そんでサラリと出てきた()()()()()()使()()という単語には、内心すげえビックリしたけど。


 もしかして、もしかしてなのか? と、この世界の大空にはドラゴンやグリフォンが飛んでいて、はたまた海中にはネッシーみたいな魔獣もいたりして、それを倒す勇者一行だって存在したりするのか? と、とっくに捨てた筈の童心が少し甦った。  


「すぅー すぅー すぅー…」


 起きた時と同じベッドに再び寝転がった俺の横で、お腹を満タンにさせたアイルが、警戒心を忘れた顔で健やかな寝息を立てている。


「…小次郎に比べるとやっぱり重いな」


 俺の腕を枕代わりにして眠るアイルを、15年間ずっと一瞬に寝ていたかつての愛犬とダブらせる。


 夕飯はあれ以上アイルに負担をかける訳にもいかないから、何の肉だか分からない燻製を薄切りにして、同じように中に入っていた飲みかけのミルクで、固いパンと共にむりやり胃袋に流し込むだけで終わった。


 やっぱり結構質素な中身だったけど、卵なんかもあったから、本当はそれを焼いたりしてやりたかったんだけど、綺麗ではなかったけど土のついた人参みたいな根っ子やキャベツみたいな野菜もあったし、砂糖や塩なんかの調味料もあったからスープも作ってやりたかったんだけど、今日の所はそれで断念した。


「…どれ、悪いが少しだけ退いてもらうぞ」


「う、うぅん……」


 寝静まっているアイルの頭をそっと横にずらし、彼女から教わった魔力の出し方の練習をする。


「手を正面で合わせて、温かい何かを感じたら、それを少しずつ膨らませていくか… 案外むずかしいな… いや、でも以前は出来てた身体なんだから、きっと俺にも使える筈だ」


 アイルは勿論心配だけど、永遠に風呂キャン勢は絶対に嫌だ。


 分からないからと言って、いつまでも幼い少女に()()()()()()()は、流石に40過ぎのオッサンとして、恥ずかしすぎる。


 馴れてないから、手探りだからが通じるのは初めのうちだけだし、きっとそんな言い訳はアイルにだけしか通用しない。

 窓から顔を出したら結構な家があったし、そこに住まう村の連中には、きっとネグレクト野郎のクズ野郎としか映らないだろう。


 子供に怪我させて魔力を全部肩代わりさせて、挙げ句の果てに(ろく)に面倒も見ないのでは… 寧ろ面倒を見られているのでは、産んだ覚えはないとは言え、()()としても情けないよなぁ… と、やたらと眩しい月明かりと星の光が射す室内で、一晩中「魔力」を探しながらそんな事を考えていた。


 ◆


「わあ、いい匂い…」


「おう、ようやく起きたか寝坊助」


 翌朝、台所に立つ俺の前に、長い髪に寝癖をいっぱい付けたアイルが、目を擦りながら現れた。


「昨夜アイルが寝静まったあと練習して、何とか糸口が掴めた気がしたから、試しに炎石に手を翳してみたらご覧の通り火が付いた。 どうだ? これで今日から温かい食事が望めるぞ?」


「すごい。 でも、頼んでくれれば私が変わりに点けたのに…」

「火を点けてもらう度に目眩を起こされたんじゃ、俺の身が持たねーよ。 逆にこっちがクラクラきちまう」


「でも、ママすごい()()だよ…」

「1日や2日の徹夜なんて大したことねえよ。 10分やそこらの休憩時間に目を瞑ってりゃ意外とその日は持つもんさ」

「ごめんママ、それはちょっと何言ってるかよく分からない」


 過去の社会人生活を思い出しながら作るのは、昨日作れなかった目玉焼きだ。

 一緒に燻製なんかも焼いてやったりして、よく洗ったフライパンで簡易ベーコンエッグを作り上げる。


「まあ、取りあえず、アイルは顔を洗ってからテーブルを拭いて、出来上がるまでそこに座って待っててくれ」

「う、うん。 分かったよママ」


 パタパタパタ… と、洗面所へ向かうアイルのお尻には、なんだか小さな尻尾が見えた。

 嬉しそうに横に揺れていて、俺を置いて何処かで自由を満喫させているだろう小次郎の姿を重ねた。


「勝手に産んで、勝手に見捨てて、なあこの身体の本当の持ち主さんよ… あんたにゃあの尻尾は見えなかったのかよ?」  


 本来の俺は自分の事だけで精一杯な生き物だ。

 本来の俺は動物なんて見れる器じゃないし、子供の面倒なんて見れるような器量も技量も持ち合わせていない愚かでちっぽけな人間だ。


 それが他人の子なら尚更だし、「めんどくせえ」で投げ出したくなる気持ちも分からなくはない。


 だけど、だけどさ……


「だけどそんなんじゃあ駄目なんだよ… そんなんじゃあ、俺は俺が嫌いだった奴等と同じになっちまうんだよ… 〝もう知らない〟が簡単に実行できるクソヤロー達と同じにさ… だから簡単にさ、見捨ててやんなよバカヤロー…」


 だから、俺は面倒を見る。

 知らねえ世界で、未知の性別の身体で、ひょっとしたらドラゴンやグリフォンなんかよりも手強いガキんちょの面倒を、本来は誰よりも()()()()()()()()の俺が「めんどくせえ」と思いながら見るんだ。


 急に放り込まれた世界でさ、「めんどくせえ」()()()幾つだよって思いながらさ、だけどそれはアイル(あいつ)だって同じだろう?


 ようやく開けた世界でさ、幸せいっぱいに見えた未来が薄まっていくのに抗うのは、与えられる愛情が消えそうになるのを必死に手放さないと闘うのはさ、魔王を討伐する旅より大変なのかも知れないのだから…


「アチチッ!? …あーやべー焦げた…」


 焦げたベーコンの裏をフライ返しのような物でひっくり返して眺めていたら、ふと何だか神様とやらに、俺も手の平の上でいいように転がされてるような気分になったのだが、果たしてそれは気のせいだったのだろうか…?

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