04.沈む夕陽
メラメラと燃える炎を見つめながら数分…
「なあアイル… そろそろ火を止めてもいいぞ…」
「えー…」
「〝えー〟 じゃなくてな、そろそろ止めてくれないと、くそ熱い鉄の塊だけがこの場に産まれそうで、今日の食卓にはフライパン型の焼きごてが並ぶ事になりそうで、そしてそんな危ねえものでは流石に料理をする事も出来ねえから、頼むからその火を止めてくれないか?」
空のフライパンを、ただ火で炙っている現実にハタと気付き、少し焦り気味にアイルという名の幼女に、火起こしの中断を要請する。
「まったく仕方ないなあ…」
ふて腐れ気味に再び炎石とやらに手をかざしたアイルは、だけどどこか嬉しそうで、どこか誇らしげで、これまで一方的に叱られるだけだった母からの頼み事をじんわりと噛み締めながら実行してくれた。
「ほら、消したよ」
「おお、すごい。 すごいなアイルは」
「え、えへへ… ふ、普通の事だからそんなに誉めないで… えへへ…」
少しばかり大袈裟に誉めてやったら、さも嬉しそうな顔をした。
魔石とやらに触れれば水が出たり、火が点いたりする。
どういう仕組みか知らないが、この世界の人間は地球でいう電気代や水道代、ガス代の変わりに、自らの生命力を削って生きているようだった。
「あっ… と」
「どうした、大丈夫か?」
「う、うん。 少し魔力を使いすぎたみたい… やっぱり前にママが言ってた通りだ。 危ないのもあるけど、子供のうちはまだ魔力量が少ないから炎石は使っちゃダメだって、下手に使用すると寝込んじゃう事もあるからって… だからアイルはこの石に近付いてはダメだって…」
厳しい中にもまだ優しさの残っていた母の台詞を思い出し、アイルは少し遠くを見るような目をした。
恐らく直感的には分かっているのだろうけれど、あえてその現実を直視しない。
俺が母でないと認めてしまえば、この先自分は何に縋って生きていけばいいのか分からなくなるから、だからアイルは俺をママであると信じて疑わないのだ。
「ひとまず、この家にどんな食料があるか見せてくれないか? なにか貯蔵庫のような物があるのであれば教えて欲しいんだが…」
「う、うん… えっと、食べ物を貯めておく所だよね? それならママが立ってる位置から左に進んだ奥の方にある四角い箱がそうだよ」
「四角い箱… あれか?」
アイルに言われた通りの方角を向けば、確かに長方形の四角い箱があった。
重々しい雰囲気の黒光りする箱は、サイズ的には少し小さめの冷蔵庫のようであるが、分厚い扉で覆われたそれは、寧ろ金庫と比喩した方が正しいのかも知れない。
「〝レイセンタモツ〟って言うの。 …都会でしか手に入らないとっても高い代物で、昔々まだパパがお家にいた頃、酔っぱらって帰ってきてママに土下座して謝ってた次の日、ギルドでの依頼を終えた後に必死な顔で腕をプルプルさせながら抱えて持ってきた物なんだ…」
「ギルド…?」
「うん。 もしかしてそれも忘れちゃった? パパは凄腕のハンターだったんだよ」
マジか… あるのか… この世界に…
あの今や、どんなリア充や不良でさえ一度は耳にした事がある伝説の職業案内所が…
「女癖が悪すぎて、他所に女作って出ていっちゃったけど」
「意味分かって言ってるのか?」
「酔っぱらったママに散々聞かされたから…〝浮気性のクソヤロー〟って、ママはいつも叫んでた。 話を最後まで聞かないと叩かれたし…」
浮気親父に暴力母親… 随分と酷い両親に育てられたんだな…と、思った。
俺も相当に糞な奴等の元で育った自信はあるが、それに負けず劣らずの親ガチャ失敗例だなと…
「よく、スレなかったな…」
「スレる?」
「非行に走らなかったな… って意味だ」
「ごめんママ、それもちょっとよく分からない」
まったくやれやれ…
まさしく類は友を呼ぶ、同類相求ってやつか?
俺と少女は、同じような境遇に産まれ、酷い家庭環境で育った。
決定的な違いは、俺は両親を憎む事を選択し、少女は全てを受け入れ、全部自分の為を思って叱ってくれてると思い込む事にしたってとこだ。
辛い日々を乗り越える為に、優しすぎる心から憎む事を選択肢から外し、愛憎を愛情と思い込む事にした。
一文字違いのそれは、似ているようでだいぶ違う。
愛する事の中に憎しみなんかいらない。
本当に我が子を愛してるならば叩いたり、殴ったり、蹴ったりなんかしない。
しつけと称して、罵声を浴びせたりしないのだ。
「取りあえずは、中身見て今日の夕飯を決めようか… 外も暗くなってきた事だけど、この家には電気はないのか?」
吹きっさらしの窓から暗くなった外の景色が見える。
遠く見える大自然の、山の間に沈む夕陽は、だけど不思議と綺麗ではなかった。
あれは、都会でビルの間に沈むからこそ、より美しく見えるんだなと思った。
苦しい毎日の中に、極まれに楽しさが訪れる。
辛い毎日だからこそ、その一瞬の幸せがとても嬉しく感じる。
「デンキ… は、よく分からないけど、光石に手を翳せば、天井にある光玉が輝くよ? …ホラ?」
「はぁー… 便利なもんだ…」
だけど俺は、そんな一瞬の輝きよりも毎日を満遍なく、穏やかに明るく照らしてくれる幸せが欲しいなと…
魔力が回復したアイルが点けたオレンジ色の光玉を見ながら思ったんだ。




