016.一期一会?
「なあ、ところで今、何時だ…?」
傷付いた身体で辺りを見回しながら、黒ローブの怪しい女性に今の時刻を問い掛ける。
異世界の時間は、地球と同じ速さで流れていて、家にあった木製の振り子時計を見て最初はとても驚いた記憶がある。
「えと、ちょうど17時を回ったところでしょうか… ギルドを出る時はちょうど16時30分だったので、今は恐らくそれぐらいだと思います…」
「17時!? もう、そんな時間なのか!?」
「…え、ええ、はい。まだ明るいですが、既に夕刻に迫る時間となっています」
朝早くに家を出て、ギルドで手続きを済ませてから依頼を受けて、ここに到着したのが凡そ10時前後だった。
どれだけ長く薬草採りをしていたのか分からないが、いつの間にか太陽は西側に渡り、刻一刻と、アイルとの夕飯の時間が近づいてきてる事実に焦る。
「マジか、俺はそんなに眠っていたのか…」
パレット曰く、そんな正確に時間が分かる時計も、数年前に今の俺が着ている服と同時期に流行りだしたらしく、それまで彼等は雲の流れや太陽の動きを見て、朝か昼か夜かを判断していたようだった。
だから冒険者になられるのが怖いと言っていた。
時計の針が示す時刻が見えない外の世界じゃ、全てを空の動きだけで判断しなければならないからだ。
星がどれだけ動いたか、月に掛かった雲がどれだけ流れたか、太陽は今どの位置にあるか、視覚と聴覚と嗅覚から得られる情報だけで、今の自分が何時の世界線に立ってるか判断しなければならないから、怖いと言っていた。
いったい自分は何時間戦っているのだろうかとか、いったい自分は何時間この茂みの中に身を潜めているのだろうかとか、どれぐらい水分を取っていないかも分からず、栄養補給をするタイミングも掴めない彼等はきっと、気付いた時には餓死してるんじゃないか、と心配し嘆いていた。
現代で言うならSNSを多く活用するに相応しい機種、スマートフォンなどがいい例だ。
欲しい情報をいつでも検索出来て、分からない漢字があれば直ぐに変換できて、面倒な掛け算は直ぐに計算できて、そんな俺達はいつの間にか、新聞を読むことさえも忘れ、熱心に勉強する事も怠り、全てを小さな画面に頼るようになっていた。
頼りすぎて駄目になっていた。
もしかしたら、こことは違う世界線にいる俺達は、機械に馬鹿にされ、何れはとって変われる未来が待っているのかも知れない。
ちょうど俺がこっちに来る前に、世界はA.I.だなんだと、未知の人工知能に怯えていたから、そんな未来は近かったのかも知れない…
「…まあ、そんな事はさておき。助けてもらった挙げ句、碌な御礼も出来ず悪いが… 待っている奴がいるからさ、俺は帰るよ… ぐっ…くそっ…」
ぐぐぐっ、と身体を持ち上げて、細い腕に精一杯力を込めて腰を浮かし、ようやく感覚が戻ってきた足を懸命に大地に付ける。
「な、何がさておきなのか分かりませんが、まだ駄目です! 無理をしたら、また傷口が開いてしまいますよ!」
「い、今無理しねえで、いつ無理するんだって話だ。泣くのを我慢して待ってる奴がいるのに、ちょっとぐらいの痛みを我慢できねえで、なーにが母親だよ… いや、母親じゃねえけどさ… 母親じゃねえけど俺は、娘に悲しい顔をさせたくねえんだよ…」
ズキンズキンッと、噛まれた箇所と走って擦れた足の指が痛む。
無理をした影響で、塞がった箇所から少しだけまた血が吹き出した。
「痛っ……」
「ま、待ってください。いま少しだけ治療を…!」
「何から何まで悪いな本当に…」
「い、いえ… これくらい全然大した事ないです。拙い治癒魔法しか使えなくてすみません…」
「ははっ、んな事ねーって…ありがとな本当に」
「い、いえ…」
立ち上がった俺に、再び魔法を掛けてくれた怪しげな魔法使いに御礼を述べる。
暖かく優しい何かが流れ込んできて、俺は暫くの間、そんな謙虚過ぎる魔法使いの後頭部を、ローブの上から眺めていたのだ…
「……んじゃな、またどっかで」
「あ、あの… せめてお名前を…」
「名乗るほどのモンじゃねえって」
治療が終わり、自らの名前も告げず、台詞が逆のような気がする名前も知らない彼女に、背中を向けてヒラヒラと手を振った。
「あ、あの、このグレアウルフは?」
「アンタに上げるよ。今日の御礼代わりだ」
「……え、えええ!?」
口をパクパクさせながら呆然と見送る彼女と、横たわったグレアウルフを背に、抜いた剣を支えにしながら俺は、ようやく血生臭い草原から脱け出したのだ。
◆
コン、コンコン、コンコンコン……
「俺だ、開けてくれパレット… 頼む!」
せっかく採った薬草を全て手離してしまった俺は、ギルドを通り過ぎてから、行きと同じ道中を辿り、なんとか村へと戻って、その途中にあったパレットの店のドアを迷わずノックした。
「…なんだ? その声はもしかしてユマリスか? 随分と遅い帰りじゃないか… よっぽど沢山の薬草が採れたのか? 熱中するのはいいが、あまり遅いとアイルが心配するんじゃないのか?」
面倒臭そうな声が中から聞こえてきて、かったるそうに店の扉に近付いてくる足音が、耳に届く。
ガチャリ、とドアを開けたパレットは、後頭部をボリボリ掻きながら、俺の姿を足元から見上げていって、目が合った瞬間に驚愕の表情を浮かべたのだ。
「……ーって、おい。なんだお前!? どうしたその怪我!? 大丈夫か? 大丈夫なのか!?」
「あー… ちょっとヘマしちまってな… 通りすがりの魔法使いに治癒して貰ったから今は平気だ。悪いけどさ、このまま帰ったんじゃアイルを心配させちまうから、何か別な服貸してくれねえかな?」
「はああっ!?」
「悪いけど店の物を買うことは出来ねえ… なにしろ成果ゼロの無一文だからさ…」
孤高のヤンキー系な見た目のパレットは、目を大きく開いたまま、着ていたエプロンをずり下げ、剣を杖代わりにして呆気らかんとマヌケな武勇伝を語る俺を見て、金魚みてえに口をパクパクさせた後、大きな声でこう叫んだ。
「こ、このバカヤローがあああ!! だから外の世界は、あれほど危険だって言ったじゃねえかアホタレエエエ!!」
「へへへっ、心配かけて悪いな…」
「笑ってんじゃねえよお!? 何で笑ってんだよお前!? こっちは怒ってんだからよおおお!!」
だけど俺は、そんなパレットの怒りがなんだか嬉しくて、こんな俺なんかの為に真剣に怒ってくれる奴は初めてだったから、真剣に心配してくれる奴は初めてだったから、ついつい笑顔でポリポリ頬を掻きながら答えちまったんだ。




