013.虚構と現実
「ええと… 年齢は24歳。名前はユマリスで、趣味は無し、特技も無し。これまでの職歴は…知らん。志望動機は金が欲しいから、冒険者になって何を成し遂げたいか… って、おい! 何でここだけ妙に現代社会っぽいんだよ!?」
「あ、あの… 何か不可解な点が?」
先程の受付嬢がいる窓口で、前世で嫌というほど書いた履歴書みたいな登録用紙に、言われるがままに黙々と書いていた俺は、ついにキレた。
「なんかこう、水晶みたいなやつに手を翳して『登録完了しました』が普通なんじゃねえの!?」
「お、お客様の仰られる普通の定義はよく分かりませんが、これが我が国では極一般的な登録方法ですし… こ、これがこのギルドの普通です」
厄介なクレーマーを相手するように、黒と白の制服に身を包んだ受付嬢は、いきり立つ俺に向かってこれが異世界の普通だと訴えてくる。
「…普通?」
「普通です…」
「なんか理想と違うんだが?」
俺の知ってる異世界の普通は、面倒な手続きや余計な会話を排除して、あっという間に、一瞬に、全ての登録が完了してしまう不思議だらけの普通だった。
ひとつの会社に長く留まる事が出来ずに、何ヵ所か職を転々としてた俺は、空白の無職期間に何枚もの履歴書を書いては送り、書いては送りを繰り返し、最後はコピーしてそのままあらゆる会社に送り付けた記憶がある。
そんな時ふと思ったのが、異世界みたいにもっと楽に手続き出来ねえかなあ…だった。
無職だったから暇で、何となくボケーッと小次郎の脇でWeb漫画を読んでた俺は、めんどくせえ相手との電話やり取りや、いちいち送られてくる合否の判定に苛ついて、こうフラッと立ち寄った先で『登録完了しました、頑張ってください』が、聞きてえなあと思ったのである。
全部の会社がギルドみてえにならねえかなあ、と思ったのである。
正社員だの準社員だの排除して、似たようなシステムでも社会的地位は圧倒的に低い派遣社員なんかも排除して、全員が一律平等で必死に仕事を探して依頼を完了させて、その日の帰りに旨いラーメンを酒と一緒に流し込めるような、そんな幸せな世の中が来ねえかなあ、と思ったのである。
「そう思ってたんだけどなあ…」
どうやら、そんなギルドにも社会的倫理観は必要であるようだった。
誰が何処で何をやってきたか、依頼を受けるに相応しい人物か、それを見定める必要性はやっぱりあるようだった。
「あ、あの… 何があったか分かりませんけど、何が気に入らないのか分かりませんけど… 元気出して下さい。まだまだ若いんだからこれからですし、依頼を頑張って冒険を通した先には、素敵な出逢いが待ち受けてるかも知れませんよ」
「残念ながら、俺は子持ちだ…」
「え!? あ、し、失礼しました!?」
それに、中身はオッサンだしな!
…なんて事は、口が裂けても言えるわけがなく、今度はペコペコ頭を下げだした受付嬢を見て、理想と現実の差は異世界に来てもあまり縮まらないんだなと、考えの浅い自分を振り返り、改めて溜め息を吐いたのだ。
◆
登録を完了させて、向かった壁一面の掲示板には、様々な、本当に様々な依頼があった。
アイルから聞かされた元糞旦那の武勇伝には、相当尾ひれや背びれが付いているだろうけど、あながち嘘じゃなかったんじゃね?と思えるような、血生臭い内容の依頼が数多くあり、ゴブリン討伐にオーク討伐、スライム討伐、オーガ、トロール…などなど。
なんかすっげえファンタジー臭い奴等の討伐依頼がめちゃくちゃ、マジでめちゃくちゃあった。
そん中からサッと一枚、下の方にあった誰も見向きしなそうな薬草採りの依頼が書かれた古びた紙を持ち去り、全員に凝視されながらも我関せずな顔して、その場から離れた。
あと、どうでも良いけどめちゃくちゃ汗臭かった。
殆んどが男ばっかりだったし、希にチラホラいる女剣士やら、杖持った魔法使いっぽい女の子は、よく平気であんな中にいられるなあ、と関心した。
言うて俺も元オッサンだけど、今はなんか建設現場で働いてそうなヤンキー土木女子な見た目だけど、だけどもう少しエチケットには気を使っていたよなあ、と思った。
「さて、そんじゃあ張り切って採りますかあ」
持ってきた依頼書にある薬草の絵と見比べながら、指定された街外れの草原を見渡す。
きっとここに行けばあるハズと教えて貰った場所は、草木以外何もなくて、見渡す限りの大自然が広がっていた。
探すは紫の花が付いたラベンダーみたいな薬草で、効能はよく分からないが、遠目からでもチラホラと、そんな外観の草が生えてるのが見て取れる。
座り込んで探す位置から遠く見える場所には森があって、決してそこには近付かないでと忠告を受けた。
魔物が多く住まう場所だから。
貴女のような非力で軽装な女性は、きっと一溜りもないから。
生きて娘さんにまた会いたいのなら、絶対に近寄っては駄目です。
───と、強く強く忠告を受けた。
ならば違う場所を案内してくれよ、と思ったけど、どうやらその『コランドリ』とかいう薬草はここにしか生えていないらしい。
「だから皆、敬遠して売れ残ってたって訳か…」
ざっと見たところ報酬も他の薬草採りより金額が高かったのに、もう何日も貼られていた雰囲気だったのはその為のようだ。
もちろん俺も何度も確認されたけど、本当にそれでいいのか何度も確認されたけど、別に近付かなければいいだけの話だから楽勝じゃね?と思って、この依頼を受けたのだ。
森の怖さを知らないからそう言える。
魔物の恐ろしさを知らないからそう言える。
未だ白昼夢を見てる感覚でいるから、そう言える。
ギルドで購入した白い布製の手提げバッグに、10個ほど「コランドリ」とかいう草を放り込んだあと、もうひと踏ん張りするかぁ、と立ち上がって腰を伸ばしたあと、森の奥からガサガサッと何かが動く音が聞こえて、俺は冷や汗を垂らしながらゆっくりとそちらを覗き込んだ。
『グルルルルルルルル……』
だから、黙々と夢中で、暫く薬草採りをしていた俺は気付かなかった。
いつの間にか自分が森の近くまで移動していた事に気付かなかった。
「な、なんだ… おい、いったい何がいやがる…?」
なんだかんだ言いながら異世界に浮かれ上がっていた馬鹿な俺は、これからその世界の過酷さと、本当の命の重みってやつを、改めて知る事になる。




