012.デジャブ
口は悪いが意外と根は優しかった幼馴染みが商う店「パレットロックス」を後にして歩くこと数分、俺は狭く小さな村の出口まで、熱い太陽光を浴びながらようやく辿り着いた。
大きめのつなぎ服に、日本でいう竹刀ぐらいの長さの剣を背負って歩く姿は、よほど珍しいのか、擦れ違う爺さん婆さん達が、みんな作業を止めてキョトンとした顔で俺を見ていた。
何時もだったら、してくれるハズの会釈も忘れてキョトンと。
背中にある剣はズッシリと重くて、その重量感がスポーツ用品とは違うことを教えてくれる。
振り下ろせば「パァン」ではなく「ズシャ」、きっとそんな嫌で残酷な音が俺の耳に届くハズだ。
ひとたび振り下ろせば、相手を倒した喜びよりも、きっと殺めてしまった苦しさが俺を襲ってくるだろう。
命を奪ってしまった事への罪悪感に苛まれて、一生後悔して、一生自責の念に駆られるだろう。
どうして俺は命を奪った?死にたがりの癖に誰かの命を奪ってまで生きたいのか?お前の命にはそれほどの価値があるのか?ってさ。
「だから俺は… 分からねえけど、たぶん俺は…」
たぶん俺は、仮にそんな絶体絶命の危機的状況に陥ったとしても、この剣を抜くことは無いんじゃないかな、と思っている。
護身用にと言って渡されたから、渋々背負って歩いてるけど、きっと鞘を滑らせる事は無いんじゃないかな、と思っている。
刀身を剥き出しにして、構えて対峙するのがどんな凶悪な魔獣や魔物であったとしても、安易にそれを振り回せば、こんな細い身体の俺だって、もしかしたら命を奪えてしまうのかも知れないのだから…
「お、ドラゴンだ! 初めて見れた! おいアイル、ドラゴンだぞ、真っ赤なドラゴ……」
ぼんやりと空を眺めて歩いていたら、上空にでっかい赤竜を見つけて、嬉しくて思わず声を掛けた先には、この七日間ずっと一緒にいたハズの幼女はいなかった。
急に左手が寂しくなって、アイルのことを思い出して、少しだけ考えがぶれる。
待ってる奴がいるんだよなあ、と考えがぶれる。
「約束したんだよな、必ず帰るってさ…」
そんな優柔不断でどっち付かずな考えをする俺なんかより、何倍も価値のある命を養う為に、公共職業安定所がある街へと続く舗装されてない砂利道をゆっくりと進んでいった。
◆
到着した街の中は非常に混雑していた。
そして、まさしくそここそが、俺の想像していた通りの「The.異世界」って感じだった。
「マジかよ… 獣が二足歩行で歩いて人語を喋ってやがる… 小次郎、見てるか? お前そっくりの犬の顔した奴が尻尾を振りながらトカゲと喋ってるぞ?」
日本でいう商店街から天窓を外したような賑やかな場所で、所狭しと、どう見ても人外である者達が出店を前に談笑している。
やたらと耳の長い人物や、頭から獣耳を生やした人物など、恐らく獣人やエルフと称される者達までいて、やたらと背の低くゴツいオッサンが斧なんか背負ってたりして、映画やアニメ、小説で描かれていた世界観は、マジもんのマジだった事に驚かされた。
行き交う彼等は、それぞれが甲冑やちょっとした武具なんかを取り付けていて、その下に着る衣類もまた、俺がいま着ている楽で機能性重視な物とは違う、若草色や赤茶色などのファンタジー感溢れる何とも地味な洋装だった。
「流行り廃りも、その界隈ごとに違うみたいだな…」
いわゆる冒険者などと呼ばれる彼等には、俺のような最先端と言われる流行服は寧ろNGであるようだった。
通りすがりに、つなぎ服に剣を背負った俺を見てクスクス笑っていく者が多く見られる。
自分の学校で流行ってるからといって、他所の学校にそれを着て行けば「ダサい」と言われるような、そんな感覚に近いだろうか?
とにかく、いま俺が着ている服では剣なんか背負っちゃいけないようだった。
「だからってなあ…」
そう、だからと言って沈んでばかりはいられない。
俺には待ってる奴がいるから、沈んでばかりはいられない。
お祭り騒ぎのようだった出店地帯を抜けて、立派な建物が並ぶ区間まで訪れると、高額そうなドレスが売られているショーウィンドウの窓ガラスに、確かに場違いそのものの格好をした俺が映ったが、それでも俺は眼前にある「ギルド」と書かれた建物に入る決意を固めた。
「鬼が出るか、蛇が出るか、どっちも嫌だけど出来るなら蛇の方で」
自分でも訳の分からない決意表明を口にして、場違いで、軽はずみで、他人から見れば直ぐに命を落としそうな舐めた格好をした俺は、そんな異世界の醍醐味であるギルドへと、足を運んで行ったのだ。
◆
「いらっしゃいまー……」
カランカランと、ドアについた鈴を鳴らしながら中に入った俺を見て、これまたオーソドックスな異世界転生物によく登場するような、金髪美人のやけに色気のある受付嬢が言葉途中でピシリと固まる。
「…あの、仕事を探しに来たんですけど、出来れば安全な薬草採りで。そんな仕事っていうか、依頼ってあります?」
「えと… そ、それでしたら、あちらの掲示場所に幾つか…」
手の平を上に向けて、綺麗な所作で辿々しく案内された場所を見れば、確かに幾つもの張り紙が貼られた壁があって、その前には何人もの防具を揃えた冒険者が集まっていて、そこにいた殆んどの者が、場違いな格好で現れた俺を見て驚いていた。
「なんか、すげー既視感… マジで最初に異世界転生ものを書いた奴は、何者なんだよ…」
唯一、想像と違うのは、意外と綺麗な店内で、酒の匂いも土の匂いも、そして血の匂いもそこまでしないという事だった。
銀行や郵便局のようにズラリと並んだ受付窓口には、俺に最初に声を掛けてくれたお姉さん同様に、綺麗な人達がそれぞれ立っている。
誰もがみんな俺を見て驚いてるけど。
「あ、あの… 初めての方ですよね? そ、その前に冒険者登録をお願いします」
「ああ、その言葉もまたすげー既視感…」
壁に向かおうとする俺を慌てて止めた受付嬢の台詞を聞いて、マジで最初に物語を書いた奴は実際に異世界転生したんじゃないか、と疑わしくなった。




