011.旅立ちの朝
「そんじゃ行ってくるよ。悪いな爺さん、いない間アイルを頼むよ」
翌日、寝る時にしがみついて離れなかったアイルを起こして、朝までずーっと離れなかったアイルを起こして、不機嫌そうに固いパンをモグモグして、ちびちびミルクを飲んでたアイルを無理矢理席から立たせて、珍しく爺さんの家に行きたくないってぐずるアイルの手を引いて、訪れた林の中の玄関先で、俺じゃなく爺さんと手を繋ぐアイルに「行ってきます」の挨拶をした。
「……行ってらっしゃい」
小次郎が言葉を喋れたら、もっと感情表現が豊かに出来ていたら、きっとこんな感じなんだろうな…と、俯いて沈んだままでいるアイルを見ながら思った。
「んな顔すんなよ… 別に一生離れ離れになるって訳じゃないんだから」
「そうじゃぞアイル。この馬鹿娘は儂に尻を蹴り飛ばされる役目がまだ残っておるのじゃから、そう簡単にくたばりはせん。否が応でも帰ってくるわい」
「うん、ママ… 絶対にお尻蹴られに帰ってきてね」
「お、おう…」
いったいどんな役目だよ!? と、思ったけど口には出さなかった。
下手くそなウィンクを俺にかましてきた爺さんが、冗談を交えながら上手いことアイルの気分を上げてくれた事も分かってたから、別にそれ以上言葉を繋げようとも思わなかった。
てか、ギルドってそんな危険な場所なの!? 確かにこの世界には、まだ見ぬ魔獣や魔物なんかもいるらしいけど、不思議とまだ目にした事がないドラゴンなんかも大空を飛んでるらしいけど、俺は別に魔獣討伐に出掛ける訳じゃない。
会社の休み時間に、たまたま読んだ異世界転生漫画にあったような薬草狩りで、なんとか生活費を賄えないかと思っての安直な行動だ。
だからそんなに心配する必要ないんだよなあ…と思う。
「それにしても随分と身軽な格好じゃな… 大丈夫なのか、そんな軽装で」
「魔獣を狩りに行くわけじゃねーからいいんだよ。俺はあくまで薬草を採りに行くだけだ。よく分かんねーけど、あるんだろ? そんな内容の仕事が?」
「ほ? そうなのか? 儂はてっきり…」
「そうだよ。アイルが心配し過ぎなだけだ」
昨夜、説明したハズのアイルがあまりにも心配した様子でいるから、どうやら爺さんも勘違いしたらしい。
アイルがそんな様子でいるのは、きっと今着てる服の元の持ち主である父親の武勇伝を聞きすぎたんじゃないかと思っている。
やれ強大な魔族と対峙したやら、何体もの魔物に囲まれてボロボロになりながらも命からがら勝利しただの、昨夜はアイルに、羊を数える以上に多くの嘘臭い武勇伝を延々と聞かされた。
この身体にとっては大きすぎる黒色のつなぎ服を、腕捲りして、裾を捲し上げて、不恰好にどうにか着こなす俺は、そんな少し男臭い服の持ち主に更なる嫌悪感を募らせた。
浮気性のホラフキ野郎の、承認欲求爆発野郎ってな。
自分の娘にさえ、作り話をしてまで自己肯定感を上げたいのかと、お前は中小企業の家に居場所のない中年太りの部長かと、部下に与太話を聞かせて旨い酒を飲もうとするロクデナシ野郎と一緒かと、かなりガッカリした。
出来るなら今直ぐにでも、この服を脱いでしまいたいがそうはいかない。
生憎と、家にスカート以外の服はこれしかなかったし、その現代っぽさがどうにも着やすくて、スルリと着れてしまう感覚がやたら懐かしくて、足元がスースーしない安心感が、その感情を邪魔するからだ。
「でも、パパ… 森には危険がいっぱいって…」
「あんなクソヤローの事は忘れろ。馬鹿みてえに敢えて危険な仕事を引き受けるから危険な目に会うんだ。俺はそんな無茶で無鉄砲な事はしねえから、安心して爺さんと茶でも啜ってろよ」
そう言ってポンポン…と、アイルの頭を撫でたら、少し安心したような表情で、「うん、分かった」と答えた。
「んじゃな、たまには勉強しろよ」
「勉強がメインじゃ、馬鹿たれめ!」
「ママも、気を付けてー」
二人に背を向けて歩きだした俺は、振り返りながら、そんないじらしい事を言うアイルにだけ、ひらひらと手を振る。
大地を踏み締める足には、なぜか1足だけあったユマリス用のブーツを履いて、どうにも現代地球っぽさが香る服装で進みながら、そういやアイツもエプロンの下に、妙に綺麗なボタン付きの白いシャツを着てたよな…と、行く前に寄るように言われたパレットの顔を思い出した。
◆
「随分と身軽な服装だな… お前、冒険者舐めてるだろう?」
顔を出した先で、昨日とほぼ同じ服装で俺を出迎えたパレットに言われた。
「爺さんと同じようなこと言うなよ… 動きやすくて汚れが目立たなそうな服がこれしかなかったんだよ。別に良いだろ? 薬草採りには持ってこいの服装だと思うけどな?」
仁王立ちで、腕を組んで、俺の格好を頭から爪先まで見たパレットは、苛立ちを募らせながら、深く溜め息を吐いた。
「気に喰わん」
「何が?」
「…それ、元旦那の服だろう? お前とアイルを置いて出ていったロクデナシ野郎の服だろう?」
「まあ、そうだけど…」
「平然と答えるな、腹立たしい」
別に服に罪は無いんだから良いじゃないか?と、パレットの沸騰するラインがいまいち分からない俺は、キョトンと首をかしげる。
「その顔、ムカつくから止めろ。以前のユマリスもよくしてた顔だから尚更腹立たしい」
「いや、前の俺は知らねえけど、こんな顔にもなるって… あ! てかさ、そんなことよりも、1つお前に聞きたい事があったんだよ!」
「…何だ?」
「こういった服は以前からあったのか? こう、何て言うか機能性に優れた近未来的な服はさ?」
俺のした問いにパレットは少し熟考した後、ゆっくりと口を開き、語りだした。
何年か前に突然こんな服装が流行りだした事を。
見たことない調理器具や、日常生活において便利だと思われる商品が次々に産まれ、あっという間に人々に行き渡り始めた事を。
今では、それ無しで生活する事は困難とさえ、人々に思わせてしまってる事を。
「…こんな店をやってる身分だ。需要供給のバランスにケチをつける立場じゃねえのは分かっている。だけど、利便性の中には必ず不便さが産まれる。水は蛇口から出るのが当たり前だと今の子達は思っているだろう… 生肉でも貯蔵庫に入れて置けば何日かは腐らないのが当たり前だと、きっと思っている事だろう… そんな子供達が大人になって、冒険者になったらと思うと、俺はゾッとするね」
「外の世界はそんなに甘くないってか…?」
「…そういう事だ。だからユマリス、これを持ってけ」
「わっ!?」
ポンッと、無造作に投げられた重く細長い、シルバーの鉄の塊を両手でキャッチする。
「…俺が昔、名もなき冒険者時代に使っていた剣だ。手入れもしてあるから錆びてないし、今でも十分に通用するハズだ。護身用にと思って持っていけ。案の定、手ぶらでギルドへ向かおうとする馬鹿への俺からの餞だ」
「あ、ありがとう…」
刃物なんか、包丁とノコギリ以外持ったことない俺は、少し戸惑いながら御礼を述べる。
「ふんっ、御礼が言えるだけ立派だ。やっぱり前のユマリスよりは性格が丸くなったな… しかし無鉄砲さだけは、以前よりも拍車が掛かったような気がするが…」
ズッシリと重く、刺せば人なんか軽々しく殺せてしまいそうな物騒な代物は、どうやらこの世界では日用品並みに普及しているらしい。
当たり前のように、それを放り投げたパレットを見て、俺はもしかして選択する職種を間違ったかと、今更ながら後悔した。




