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010.遠い空を眺めて

 強がったフリは、臆病を隠す鎧だ。


 誰にも見捨てられたくないから、必死で抗って、必死に歯を食い縛って、必死に強い人間のフリをする。


 動物がする威嚇だって、もしかしたらソレに近いのかも知れない。

 ヴーッと吠えて、絶対に敵わない事は分かってるのに、俺は強いんだぞと、支配されるだけじゃないんだぞと、俺達にだって心はあるんだぞと、必死に抗って人間達に教えているのだ。


 誰にだって、心はあるって。


 笑ってる顔の下は本当は泣いているのかも知れないし、怒ってる顔の下では、本当は助けを求めているのかも知れない。


 だから安易に決めつけてはならないのだ。

 手を繋ぐアイルが、今も本当に笑っているのか分からないから、本当は変わってしまった俺に内心ビクビクしていたのかも知れないから…


 だから、ああして質問した俺は、その解答に少なからずホッとしたんだ。


「…さてと、欲しいものは手に入れたし、気になってた事も聞けたし、今日はこの辺で帰るよ」

「またね、オニーサン。今度はママと喧嘩しないでね」


「っふん、誰がするか、そもそも今日の喧嘩はお前のママが発端だろうが」


 帰り際、入口付近で振り返り、エプロンのポケットに手を突っ込んで、かったるそうに立つパレットに挨拶をする。


 狭い店内であるが、わざわざ歩いて見送りに来てくれて、俺とアイルが手を繋ぐ姿を、言葉遣いとは裏腹に微笑ましそうに眺めていた。


「…なあ、今度は絶対離すなよ」

「分かってる。爺さんと同じようなこと言うな」

「爺さんか… 懐かしいな… あの人今でも元気にしてるのか?」


「とーっても元気だよ! 今日もママのお尻蹴飛ばそうと走り回ってたし!」

「尻… 蹴飛ばす…? おいおい元気有り余り過ぎじゃねえのか? あの色ぼけジジイ」


 柔らかく見えた雰囲気に少しだけ殺気が増した感じがした。

 何だか彼の後ろにドス黒いオーラが見えた気がしたが、何がそんなに面白くないのか分からない俺は、首を(かし)げながら違う質問をしたのだ。


「なあ、因みになんだけど、ここで従業員を募集したりはしてないか?」

「…してるように見えるか? お前達が来てから凡そ1時間近く経つのに、他に誰ひとり客が訪れないような店で、俺以外に人手が必要そうに見えるのか?」


「だよな… って事はやっぱり、()()()に行くしかないかぁ…」

「なんだ、もしかして職探し中か? いい心構えだとは思うが、いったい何処を想像している?」


「ママ… やっぱり働くの?」

「うん、まあなあ…」


 この身体の元の持ち主との知り合いで、何やら事情を分かってくれそうな幼馴染みがやってる店で、上手いこと働ければなと安易に考えたが、やっぱりそう都合良く世界は回っていないようだった。


 思い浮かべるは、あまり赴きたくなかった野蛮なあの場所で、俺の想像通りならきっと汗臭い男達で賑わっているに違いない場所だ。

 血と汗と泥の匂いが混ざって、更には酒の匂いも共に充満しているに違いない小汚ない場所だ。


「どこって、『公共職業案内所(ギルド)』に決まってるじゃないか?」


「はあ!? ユマリスお前… マジで言ってんのか?」

「ママ、もしかしてパパみたいな冒険者になるの?」


 パレットとアイルが目を真ん丸とさせて驚いていたが、異世界初心者の俺は、他に選択肢が見当たらなかったから仕方ないだろう?

 仕事を探すと言ったら、先ずはハローワークに行くのが現代社会人の鉄則なんだから…


 ◆


「ねえママー、本当に明日からお仕事に行っちゃうの?」


 その日の晩、買ってきた食材で作った見映えの悪いスープと肉野菜炒めを食べ終えたアイルが、キッチンで洗い物をする料理初心者の俺に声を掛けてきた。

 テーブルから身を乗り出し、椅子に膝をつき、浮いた足をパタパタとさせて、不安そうに寂しそうに嫌そうに、明日からの動向を尋ねてきたのだ。


「今日の買い物で金庫にあった紙幣は三枚減った。残すところはあと四枚とお釣りの銀貨二枚だ。…アイル、あと僅か一週間で俺達は本当に餓死する事になる。…それでもいいのか?」


「ママと一緒なら、天国でもどこでも平気だもん」


「俺は俺1人なら構わねえが、お前まで同じ場所(てんごく)に連れていく気はねえよ。天国だなんて場所を想像するのは、お前の歳にはまだ早すぎるから、もう少し考えてから発言しろ」


「…私と一緒は嫌なの?」

「そういう事を言ってるんじゃない。もっと生きて世界を知って欲しいから言ってるんだ」


 死にたがりの俺が、前世愛犬の後を追って自殺した俺が、なんとも説得力の無い台詞をアイルに言い聞かせる。

 まだ10歳にも満たない少女が、既に自分が旅立つ場所を想像しているなんて余りに早すぎるからだ。


 …俺は世界がクソッタレな事を知ってるから、俺に神様は微笑まないのは45年の人生を過ごして知っているから、だから俺ひとりなら、側に誰もいないなら、何時(いつ)だって旅立つ覚悟は出来ている。

 だけど……


「ママのいない世界なんて生きてる意味ないよ…」

「そんなこと言うなよ… 頼むから…」


 だけど早すぎるじゃないか、余りにも早すぎるじゃないか、こんな小さな子供が、本当なら鼻水垂らして何も考えず走り回ってるような小さな子供が、()()()()()()()()なんて思うのは早すぎるじゃないか…


「未来にはさ、もしかしたらもっと素敵な、俺なんかよりもっと素敵で信頼できる人間が、待っているかも知れないだろう…」

「いないよ、そんな人…」


 ガシャンッ


「いるよ! いるんだよクソッタレ! お前にはアイルには、絶対必ず、自分の全てを捧げても良いって思える人が、必ずいるハズなんだ!」

「ママ…」


 興奮して、洗っていた食器を手から滑らせて、割れた音をかき消すように大きく叫んでしまった。

 まだ6歳の少女に、()()()()()だなんていう、酷い罵声を理性の欠片もなく浴びせてしまった。


 …信じて生きて欲しい。

 俺みたいにならないで欲しい。

 恨むような目つきで世界を真下から睨むのは、本当に辛く苦しい事なんだから、純粋な眼で太陽の下を、俺の手を引いて歩いていた(アイル)には、真っ直ぐそのまま俺を置いてでも行って欲しいんだ…


「…かつて、()()()()()()()()()()()()()って誰かが言ってた。だけど俺にはそれが分からなかった。だからどうかアイルには、その楽しさを味わって俺に教えて欲しいんだ。〝今日はこんなことがあったよ〟って、仕事(ギルド)から帰った俺に教えて欲しいんだよ…」


 いつだったか、既に題名を忘れてしまった漫画にあった台詞を思い出して、アイルに伝えた。 

 上手く伝わったか分からないけど、今でも忘れられない言葉をアイルに伝えた。


「分かった… それがママの望みなら…」

()()()()()()か… まあ、いいよ。今はそれで…」

「う、うん…ごめんね…」

「こっちこそ、急に大きな声を出して悪かった」


 たとえ俺が天国に行ったあとでもさ、もしかしたら地獄行きかも知れないけども、大きくなったアイルには、遠い空を眺めて『ママの言った通りだね』って、隣にいる誰かと一緒に伝えて欲しいんだよ…


『世界は思ったより悪くなかったよ』って、どっか遠くで呑気に愛犬と散歩してる俺に向かってさ…

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