学園祭が終わる、その前に
学園祭の準備は、いつも放課後から始まる。
机を動かして、段ボールを広げて、
何でもない時間が、少しずつ特別になっていく。
その中で生まれた気持ちは、
すぐに言葉にはならなかった。
これは、学園祭より少し前から始まった、
まだ名前のついていない物語。
学園祭の準備が始まったのは、まだ夏の名残が残る九月の終わりだった。
放課後の教室には、いつもなら静かな空気の代わりに、ざわざわした期待と少しの面倒くささが混ざったような空気が流れていた。
机は後ろに寄せられ、床には段ボールや模造紙、色とりどりのペン。
黒板には「学園祭まであと21日」とチョークで大きく書かれている。
「展示班と装飾班に分かれてー」
クラス委員の声に従って移動した先で、俺は彼女を見つけた。
結衣。
同じクラスではあるけど、今まで特別話したことはなかった存在。
肩までの髪を一つにまとめて、眠そうな目でこちらを見ている。
それだけなのに、なぜか目が離れなかった。
「じゃあ、展示班はこのメンバーね」
その中に、俺と結衣の名前が並んでいた。
最初の作業は、正直ぎこちなかった。
何を話せばいいのかわからず、ハサミの音だけが妙に響く。
「……そこ、もう少し切ったほうがいいかも」
結衣が小さな声で言った。
「あ、うん。ありがとう」
それだけの会話。
それなのに、胸が少しだけ跳ねた。
次の日も、その次の日も、放課後は準備。
少しずつ、自然に言葉を交わすようになった。
「直人くん、今日も残る?」
「うん、時間ある」
「じゃあ一緒だね」
その一言が、やけに嬉しかった。
失敗して貼り直したり、ペンキをこぼして笑ったり。
気づけば、準備の時間が苦じゃなくなっていた。
「直人くんって、真面目だよね」
「そうかな」
「うん。黙ってるけど、ちゃんと見てる」
そんなふうに言われると、顔が熱くなる。
自分でも気づかないうちに、彼女の評価が心のど真ん中に来ていた。
家に帰っても、頭の中は学園祭のことばかりだった。
というより、結衣のことばかり。
今日、どんな顔で笑ってたか。
どんな声で話してたか。
それに気づいた瞬間、
「ああ、これが恋か」と、妙に冷静に思った。
でも、言えるわけがなかった。
この関係が壊れるのが怖かった。
準備期間の後半になると、クラスの空気は一気に本気になる。
完成が近づくにつれて、焦りも増していった。
学園祭前日。
教室はほぼ完成していて、みんな疲れた顔をしている。
「終わった……」
誰かがそう言って、机に突っ伏した。
結衣も椅子に座って、少し遠くを見ている。
「なんか、寂しいね」
ぽつりと、結衣が言った。
「え?」
「準備、楽しかったから」
その言葉を聞いて、胸がきゅっと締めつけられた。
俺も同じだったから。
そして、学園祭当日。
校舎は一変していた。
人の波、笑い声、音楽、屋台の匂い。
自分たちの展示は思った以上に評判がよくて、忙しかった。
それでも、結衣と目が合うたび、自然と笑ってしまう。
昼過ぎ、少しだけ時間が空いた。
「直人くん、休憩行こ」
二人で向かったのは、校舎裏。
人の少ない、少しだけ静かな場所。
ペットボトルを開ける音が、やけに大きく聞こえる。
「成功してよかったね」
「うん。結衣のおかげだよ」
「私、そんなに?」
「かなり」
思ったことを、そのまま言った。
結衣は一瞬驚いてから、照れたように笑った。
その笑顔を見て、決心が少しずつ固まっていく。
夕方。
片付けが終わり、校舎は静かになっていった。
窓から差し込む夕焼けが、教室をオレンジ色に染める。
俺は結衣を校舎裏に呼び出した。
足が少し震えていた。
「どうしたの?」
「……話したいことがある」
深呼吸して、言葉を探す。
「準備の期間、すごく楽しかった。
毎日、放課後が楽しみで」
結衣は、黙って聞いている。
「それで……その理由が、結衣だった」
一度、目を閉じてから続けた。
「俺、結衣が好きだ」
沈黙。
遠くで誰かの笑い声が聞こえる。
「……私も」
結衣は、少しだけ涙ぐんだ目で言った。
「直人くんがいたから、準備も頑張れた。
この時間が終わるの、嫌だった」
胸の奥がいっぱいになって、言葉が出なかった。
帰り道。
二人で並んで歩く。
手はまだ繋がない。
でも、肩と肩の距離は、確かに近かった。
学園祭の準備から始まった恋は、
騒がしさの中で静かに芽生えて、
夕焼けの中で、やっと言葉になった。
きっとこの先、いろんな日常が続いていく。
でも、この学園祭だけは、
一生忘れない。




