いや、誰
出発して二ヶ月近く経っている。
オリオンからすれば、まだ二ヶ月しか経っていない。それでも、久しぶりに自分のメイドに会えて表情がほころぶ。
「ヴィミ~、ただいま~」
オリオンは右手を高く上げて振る。ヴィミのもとに駆け寄った。死ぬ可能性もあった危険な場所から帰還し、感動の再会。「生きて帰って来られて偉いですね」と褒めてもらおうと思っていた矢先。
「いや、誰っ!」
ヴィミの口から赤の他人に吐くような暴言が飛んだ。
「誰とは、なんだ。俺様だ、俺様」
「俺様詐欺なんかに、私は引っ掛かりませんよ。オリオン様はこんなに痩せていません。あなたほどイケメンじゃありません。身長まで違うじゃないですか。でも、服は公爵家の品……、あ、あなた、オリオン様をどこにやったんですか!」
ヴィミは目の前にいる黒髪のイケメン男の胸ぐらをつかむ。身長が一七〇センチメートルほど。
痩せていると思ったが、引っ張り寄せると内部に凄い筋肉を持っているのがわかる。
ヴィミ好みの塩顔。どこか幼さの残る童顔で可愛さが垣間見える。
自分の主の服を着ているこの男が何者なのか、見た目だけで判断できなかった。だが、近くでにおいを嗅ぐと、よく知っている者のにおいがした。
服からしているのかもしれないと思い、首すじ付近でスンスンと鼻を鳴らすと……。
「オ、オリオン様……」
「そうだとも。二カ月で俺様の顔を忘れたのか?」
ヴィミはオリオンの顔や腹に手を当てる。つまめた肉がなかった。
「こ、こんなに痩せて。えぇ、な、なんで……」
「いやぁ、バーラト王国にいた時は物資をやりくりしなければならなかったからな。思う存分食べられなかった」
ただでさえ食料が少ない状況だったバーラト王国で、大食いしていたら他の者から反感を買う。
そのため、オリオンは他の者と同じ量の食事で生活した。結果、体は口が空いたゴム風船のようにしぼんでいった。
「だが、これでは弱そうじゃないか?」
自分の腹を見下ろす。殺菌消毒積みのブーツのつま先に視線を向ける。動きすぎた影響で、革がボロボロだ。
ヴィミは言葉を失う。口をぽっかりと開けたまま人形のように静止している。
そんな彼女を見かねたオリオンは彼女の頭に手をぽんっと置く。飼い猫を撫でるようにあやす。
「元気そうで何よりだ」
「そ、それはこっちのセリフですよっ!」
ヴィミは無意識にオリオンに抱き着いた。
二ヶ月の間、特に他のメイドと会話するわけでもなく、淡々と仕事した。
痴漢もされず、有意義に過ごせた。そう思っていたが、仕事が全然楽しくないと気づいた。
オリオンがいた時は、つまらないと思った時は一度もなかった。気づいたら、主に早く会いたくなった。帰国の日が近づくたび、カレンダーと時計を何度も見まわした。今日は列車の到着時刻を見て屋敷から抜け出していた。
尻尾が高く上がる。ロングスカートの意味がなくなっている。
オリオンはヴィミの引き締まった大きなお尻に手をさりげなーく当てた。下着が周りの者に見えないようスカートをずらす。もちろん、お尻を触りたいだけである。
「冬休み中に帰ってこようと思ったが、まさか春休みも使ってしまうことになるとは……」
「学友の皆さんが、オリオン様に早く会いたがっていました。今の姿を見たら、きっと皆さんに驚かれますよ」
オリオンとヴィミは仕事人で込み合う駅から出た。そのまま帰路につく。
ドンロンの街は魔物に襲われた傷跡がまだ残っている。だが、少しずつ修繕されつつある。
現在は三月。まだ寒さが残っているが、今日は春が近いと思わせる暖かい日差しが降り注いでいた。
大好きなメイドのにおいが風に乗って鼻腔をくすぐる。
「ヴィミ、なんか距離が近くないか?」
「そ、そうですかね? オリオン様のお腹周りについていた肉がなくなったので、その分近づけるようになったから、近いように感じるだけだと思います」
ヴィミは肩が当たるほど近くを歩く。
オリオンは首元に巻いていたマフラーを解いた。彼女の首に巻き、寒さをやわらげる。
「な、なんですか、らしくもない……」
オリオンの一挙手一投足に心が跳ねる。ヴィミは尻尾のせいでスカートが捲れ、気が散って仕方がない。
人間用のメイド服ではなく、尻尾が通せる穴が着けられた品に買い替えた方がいいかもしれないと思い立つ。
「ヴィミもやせたんじゃないか? 腹回りがすっきりしたように見えるぞ」
「学園ではなく、屋敷で沢山動いていますからね。自然に痩せられるんですよ」
ヴィミは鼻高々に胸を張る。食事制限なしで痩せてやったと言わんばかりに、勝ち誇った表情だ。
オリオンはその様子を見て、にやりと微笑んだ。少し背伸びして、ヴィミの耳元に口を近づける。
「じゃあ……、今が完璧な状態ってことかな?」
その言葉で、ヴィミは一瞬で約束を思い出した。頬は熟したリンゴのように赤くなった。
確かに完璧な状態になったらおっぱいにあるほくろを見せると言った。
「ま、まだ完璧じゃありません……」
「そうかー、ならば仕方がないな」
オリオンは見せてもらおうが、見せてもらえまいがどっちでも良かった。
とまどっているヴィミの姿が見れたら、それで十分。弄りがいのあるメイドが近くにいて、いつもの日常が戻って来たような気がした。
「ヴィミ、顔が寒いぞー」
「もう、じゃあなんで私にマフラーを。返しますよ」
「いや、顔だけが寒い。何か暖かいものに包まれたい気分だ」
オリオンはヴィミの尻に手を回し、軽々と抱き上げる。そのまま、顔を彼女の胸に押し付ける。
「ちょ、オリオン様、こんなところでっ」
不安定な状況のため、ヴィミはオリオンの頭に抱き着く。
顔がムチムチでふわふわで幸せな温もりに包まれた。
「あぁ~、これでは、前が見えないなー。ヴィミ、ちょっと放してくれないか~」
その場で、くるくると回る。お尻の感覚も腕で沢山受け取る。
「も、もうっ、オリオン様、お遊びもいい加減にしてくださいよっ」
怒っているはずなのに、ヴィミは口角が上がった。
二人で戯れた後に屋敷に帰る。
オリオンは久しぶりに腹いっぱい料理を食べ続けた。
春休みが終わるころ……。
「も、戻っちゃった」
寝室のベッドで眠るオリオンの体に脂肪がどっぷりとつき、ムチムチ体型になっていた。
その姿を見るヴィミは、少し安堵した。
痩せた状態で色々な痴漢を受けると心がざわついてしまった。豚のような彼の方が無心になれる。これで、いつも通りになるはずだと思えた。
カーテンを開け、明るい陽射しを室内に入れ込む。
「学園に出発する日ですよ。早く支度してください」
オリオンはぱちくりと目を開ける。日差しを一杯に浴びて、気持ちよく目を覚ました。
スキルを貰っていこう、悪夢は一度も見ていない。ヴィミに叩き起こされることもなくなった。
「あぁ~、また、ヴィミのおっぱいに挟まれて癒されたいなー」
「もう……、そんな子供みたいなこといつまで言う気ですか」
ムチムチした体を弾ませるように起こす。ベッドの縁に座った。前に立つヴィミの胸に顔を埋める。それだけでやる気が増した。
バスローブを脱ぎ、向きたて卵のような艶やかな肌を晒す。ドラグフィード学園の制服を着こむ。
食堂で料理長が作った大量の料理を胃の中に詰め込んでいき、満腹感を得る。
列車でドラグフィードに行く方法もあるが、馬車の方がヴィミに甘えられるので、いつも馬車を選んでいた。




